デジタル家電の競争力――薄型テレビの事例

開催日 2008年2月15日
スピーカー 大木 博巳 ((独)日本貿易振興機構(ジェトロ)主任調査研究員)
モデレータ 住田 孝之 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省商務情報政策局情報通信機器課長)
ダウンロード/関連リンク

議事録

デジタル家電市場における日本企業の位置

日本のデジタル家電は、縮小傾向にあるノート型PCと半導体とは対照的に、世界市場で上位シェアを占めています。国内で設計・開発と基幹部品の調達をして、人件費の安い中国で生産をするという、日本を核とした事業モデルの強み故と思われますが、それ以上に、ハイテク商品を受け入れる分厚い国内市場がデジタル家電市場を支える重要な要素となっています。

ところが、基幹部品の量販化、台湾系・米国系企業の自家調達割合の高まり、新興市場の需要拡大による「新興マーケット効果」を背景に、たとえばデジカメでも日本の優位性維持を懸念する論調が出ています。

垂直統合VS水平分業

デジタル家電業界においても、日本をコアとした垂直統合か国際的な水平分業(戦略的提携)かの検証が、日本企業の競争力を考える上で1つの課題になってきています。

国境を越えた受注・生産体制を特徴とする水平分業の最も極端な例が、ものを作らない電子機器会社、ファブレス企業です。米企業発注、台湾受注のパソコン生産の場合、台湾のOEMメーカーが外から部品調達しながら中国で生産をします。こうしたOEMメーカーは自社ブランドを持たないとはいえ、単なる生産だけでなく、調達、設計・物流を含めたプロセスを一括受注する能力をつけていて、最近では逆に発注者に提案する例も見られます。携帯電話、デジカメ、薄型テレビでも同様に台湾OEMメーカーのプレゼンスが高まっています。

薄型テレビ――4つの課題

薄型テレビを巡っては以下4つの課題があります。
1.市場動向の見極め
2.成熟化の問題
3.基幹部品の外販
4.代替市場を超えた発展

薄型テレビ市場は既存のブラウン管テレビの代替市場でありますが、全世界で使用されるテレビが約12億台あるのに対し、08年のテレビ販売は2.2億台このうちの約1億台が薄型テレビの見込みです。したがって、成長余地はそれ程なく、近いうちに飽和する懸念があります。実際、日本の出荷台数に占める薄型テレビの割合が9割近くを占める等、先進国では既に頭打ちの兆候が出ています。新興市場についても今後の伸びについは未知数の部分が多く、代替市場に代わる製品(ネット接続テレビ、ビジネス・ユース)を開拓しない限り、大きな成長は期待できないとの見方があります。そうした市場動向の見極めが1つ目の課題となります。

2つ目の課題が成熟化の問題です。日本企業が強みとする、差別化・新製品を軸とした競争力がいつまで持続するかが焦点となりますが、高画質化と大型化は一巡した様子で、今後は環境性能等が消費者動向を握る可能性もあります。また、「差別化のパラドックス」も指摘されることから、製造コスト(価格)と利益のバランスを再考する必要があると思われます。実際に、日本製品は殆どの国で「高品質」というイメージが定着していますが、「価格に見合う価値」があるかという点では、むしろ韓国の躍進が目立ちます(博報堂グローバルHABIT2006)。その意味で、米市場の「VIZIOショック」は示唆に富むものがあります。つまりVIZIO社長のいう「OK Price, OK Product」がヒットしたことは、高品質化が必ずしもシェア拡大につながらないことを意味していて、コモディティか高級品かでターゲットを絞る必要があるということです。

3つ目の課題として、完成品の代わりに基幹部品の外販でシェアを狙う戦略もありますが、その中でパネル生産とシステムLSIのいずれに比重を置くか、あるいは両方を狙うのかは各企業の戦略に左右されます。価格競争力に大きく関係するのは液晶パネルですが、差別化の鍵となるのはシステムLSIだと思われます。また、家電メーカーに半導体製造は必要かという議論があり、ソニーが東芝に「Cell」の工場を売却する一方で、パナソニックが半導体製造に大規模投資をする等、ここでも企業の戦略が分かれます。同時に、半導体のDRAMやパソコン用液晶パネルの二の舞とならないよう、継続投資を支えるに足る収益を上げることが重要です。

代替市場後の発展の可能性として、インターネット接続テレビが考えられますが、そうなるとインテルやマイクロソフトといったコンピュータ会社や台湾企業との競合も予想され、その中でいかに利益を確保するのかが4つ目の課題になると思われます。

薄型テレビの供給体系

薄型テレビ事業の特徴として、パネルを日本、台湾、韓国で生産して、消費地で部品を組み立てる消費地立地主義がありますが、その背景には高関税率(EUは14%)といった通商的問題が絡んでいえます。

各地域の市場動向

米市場では、少数のブランド(シャープ、VIZIO、サムスン、ソニー、LG、Funai)とその他大勢が競合する中で、廉価テレビメーカーのVIZIOがシェアを急拡大(10%)しています。殆どのブランドで平均価格が確実に下落していて、32インチ(エントリーモデル)で500ドル、40インチで800ドルに付けている等、米市場において薄型テレビは既にコモディティ化しているとの見方もあります。

欧州市場は、大手地場ブランドが高付加価値品を提供しているのが特徴で、サムスン、フィリップス、ソニー、LG、シャープ等のブランドが大きなシェアを占めるほか、「HD ready」品質保証を利用した群小ブランドやトルコ等のEMSブランドが一定の顧客を得ています。独高級品メーカーとの競合関係から日本製品が必ずしも「高級品」とされない点で、日本とやや状況が似ています。

アジアを見ますと、中国とタイのいずれでも海外ブランドが非常に優勢で、価格競争が厳しく、流通の問題もありVIZIOのようなファブレス企業が入る余地が無いのが、1つの特徴となっています。中国の沿岸都市部の需要は飽和に近づいていて、次なる市場として地方都市部の伸びが期待されますが、同時に中国メーカーとの競合が激化するとの見方もあります。最も安い機種で見ても、(1)ソニー、パナソニック、サムスン、TCLの7000元代、(2)東芝、シャープ、その他日系・中国製メーカーの5000元代、(3)中国メーカーの5000元という3つの価格帯があり、ブランド別プレミアがかなり明確なことがわかります。バンコク市内価格では、ソニーとサムスンが他社と比べて高く、中でもソニーブランドのプレミアがかなり顕著になっています。

今後の展望

2010年以降は、BRICsを含めた全世界が薄型テレビの市場となると同時に、高級品と低級品の二極分化が進む見込みです。新興市場の半数は現在中国需要で占められていて、ロシアとブラジルでは今後拡大が見込まれますが、その他については購買層(大都市部の富裕層・中間層)の広がりを見極める必要があります。新興国ではテレビより自動車やパソコンが優先されることも考えられ、オリンピックやデジタル放送計画による効果が期待できる地域も一部に限られますので、現実的に購買インセンティブとなるのは価格下落と顕示的消費と思われます。

その中で焦点となるのが、設計・デザイン、パネル生産、モジュール組み立て、システムLSI、テレビ組み立て、ブランドというバリューチェーンにおける、自家調達、部品外販、外注――すなわち垂直統合モデルと水平分業モデル――の組み合わせの最適化で、日本企業もそうした試行錯誤の時期に入ってきていると思われます。

差別化戦略とファブレス化

差別化の最重要素はシステムLSIですが、この部分のワンチップ化は競争力の観点からも重要になると思われます。薄型テレビでは、基幹部品の集積化と低価格化、特に画像処理ロジックLSIのスリム化が最終製品の価格下落の要素となることから、ここでの開発競争が1つの焦点となっています。そこで気になるのはファブレス企業の出方です。

その1つであるVIZIOは、「OK Price, OK Product」を戦略にシェアを着実に伸ばしています。管理コストが非常に低い(従業員数90人、一般管理費は売上高の0.7%)のが特徴で、PR担当者もアウトソースにする等、人件費を極端に切り詰めています。このVIZIOを支えているのが台湾のOEMメーカーAmtranです。

もう1つの例として、部品を持たない身軽な経営を目指すフィリップスは、専らデザインで勝負する方針を掲げていて、その意味でアップルが最大のライバルとなるそうです。インテルやマイクロソフトといったファブレス企業も同様で、日本企業はむしろパートナーであるといっています。アップルにしても、「iPod」の中核部品は殆ど日本製(組み立ては台湾のOEMメーカー)で、量販部品を前提とした製品設計によって高収益を上げています(小売価格299ドルのうちアップルの収益は80ドル)。こうしたコンセプト指向型の企業は、「いかに」ではなく「何を」作るかに主眼を置いているところが特徴だと思います。

日本デジタル家電の行方

途上国市場開拓には幅広いラインアップが必要ですが、コスト的にそれが無理な場合は、OEM等の活用も考えられます。あるいは、最初から特定のユーザー(富裕層等)を狙う選択もありえます。また、高性能化以外に、デザインによる差別化(例:サムスンの「Bordeaux」)や環境性能付加(例:フィリップスの「エコテレビ」)といった多面的な差別化が鍵になると思われます。

基幹部品の外販戦略は既に松下電器等で進行中だと思います。また、全般的には垂直統合のインセンティブが低下していることから、水平分業・戦略的提携が進むと思われます。

国内外の富裕層市場に横展開する一方で、新興市場等の低所得層にはやや旧型の製品を販売するのが従来の日本企業の方式でしたが、これに対して米国のコンセプト指向企業はマーケットに適合した製品を企画することで、国内や新興国の大衆市場を狙う戦略をとります。現在はそういった2つのモデルが争っている印象ですが、日本企業としても、今後のグローバル展開にはやはり戦略的提携によって低価格製品を供給し、マーケットを拡大する視点が必要だと考えます。

質疑応答

Q:

日本の電子機器企業の収益率は5%が壁で(サムスンは約10%)、他の業種と比べて低くなっていますが、統合といった施策は考えられますか。

A:

台湾のOEMメーカーが高収益を上げている一方で、日本企業が低収益に悩む理由として、選択と集中の不徹底がよく指摘されます。薄型テレビにかかる生産すべてを満遍なくこなすのは利益的に無理があるとも考えられますが、長期的な技術開発ないし次世代への投資として考えると、垂直統合にもそれなりの収益性があるかと思われます。どの時間軸で見ていくかがポイントだと考えます。

モデレータ:

日本企業にとって最も収益率が高いのが欧州事業ですが、国内で利益を上げられない理由として、利益無視のシェア至上主義があると見ています。顧客志向が似ていることから、日本でも欧州のような販売戦略を展開すれば、理論上は利益を上げられる筈ですが、現実には量販店の価格競争の中でコモディティ化している印象があります。

Q:

デジタル家電の今後の戦略として、M&Aを含めた資本提携は考えられますか。個人的には、VIZIOの例のように、海外企業買収等、国境を越えた提携を通じて安い商品を提供していく戦略も必要だと考えます。ハイエンド商品と廉価品といったブランドの二層化も視野にいれるべきではないでしょうか。

A:

最も幅広くM&Aを推し進めているのがフィリップスで、半導体事業やLGP事業から撤退しただけでなく、総合家電メーカーであることをやめるという選択をしています。それ以外にも、東芝とシャープ(液晶パネルとLSIの相互供給)や台湾のOEMメーカーの例があります。また、ブランドメーカーが部品等を外販する例として、パネルと最終製品の両方を生産するサムスンでは、パネル部門が外販で収益を上げ、外販先の完成品を介して自社製品と競合するといった、社内競合体制をとっています。
M&Aをする必要性は必ずしもなく、その意味でサムソンの例は示唆に富むと考えます。

Q:

水平分業・ファブレス化が主流化している印象を受けますが、薄型テレビ市場を本格的に制覇するには、パネル等の高品質部品を安定的に、低コストで調達するためにも、むしろ垂直統合モデルが有効ではないでしょうか。そうして水平分業でファブレス化を進める企業と二極分化するのが望ましいと考えますが。

A:

垂直統合が可能な企業は限られていて、それ以外についてはやはり量産効果が必要だと考えます。パネル直販でも台湾メーカーとの競合が今後予想されることから、ブランド維持とパネル生産の両立がはたして可能か、むしろいずかに特化すべきではないか、検討する時期に差し掛かっていると思われます。

モデレータ:

サムスン、VIZIO、アップルのビジネスモデルから学ぶところは多いですが、一方で、日本はものづくりの基盤が充実しているという点で、国内での垂直統合が可能な世界有数の国と見ています。日本企業としては、海外の例を参考にしながらも独自の良さを活かすべく、垂直統合をむしろ強みにする視点が必要ではと感じました。無理に水平分業や統合を推し進める必要はないと思われます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。