地球環境問題と洞爺湖サミット

開催日 2008年2月12日
スピーカー 鶴岡 公二 (外務省地球規模課題審議官)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

深刻化する気候変動問題、首脳会談での議題へと

気候変動問題が首脳間で議論されるようになったのは、2005年7月に英国で開かれたグレンイーグルズサミットでのことです。このサミットを機に、G8を含む主要20カ国、それに世界銀行と国際エネルギー機関(IEA)が参加して気候変動問題を話し合う「グレンイーグルズ対話(G20閣僚対話)」が始まります。

昨年末に「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が採択した第4次報告書では、気候変動は実際に起きている、その原因は人為的活動である、気候変動が今後進むことは不可避であるとの報告がなされ、科学的知見に基づいても気候変動は深刻な問題であることが明確になりました。一方、気候問題は影響する分野が環境からエネルギー、さらには国の開発計画まで、多岐にわたるため、どこの国でも1つの役所で所管することは不可能です。かといって、縦割り行政で特定の役所の大臣に任せて解決できる問題でもありません。そこで、政府を動かすには首脳の直轄型で議論を組み立てる必要があるとの認識が生まれ、そうした認識に基づき昨年1年間に気候変動問題に関する首脳間の議論が活発化しました。

たとえば、昨年3月の日中首脳会談では、次期枠組み交渉に関する日中の取り組みに言及した日中首脳間では初の首脳文書が発出されています。それと同じ月に行なわれた日米首脳会談でも気候変動問題は議題に上がり、この問題への両国の真剣な取り組みを約した首脳文書が発出されています。このことには非常に大きな意味があります。というのも、当時のブッシュ政権は気候変動問題に極めて後ろ向きで、この問題をブッシュ大統領との間で議論すれば日米関係に悪影響が及ぶ可能性もあると捉えられていたからです。とりわけ就任早々、いよいよ日米関係の強化に取り組もうとする安倍総理が気候変動問題を日米首脳会談の議題に持ち上げることは、外交的に回避すべきだとの指摘もありました。しかし最終的には、ブッシュ大統領が署名した文書としては初めて、気候変動という文言が含まれた首脳文書が採択されたのです。これは、関係閣僚級の会談では実現できなかった成果だと思います。

その後、6月のハイリゲンダムサミットの議長総括では「2050年までに地球規模での排出を少なくとも半減させることを含む、EU、カナダ、および日本による決定を真剣に検討する」ことが明示され、9月には国連事務総長の呼びかけで、国連総会の機会に、気候変動問題に関する1日がかりの議論が各国首脳の参加を得て行なわれました。アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議や東アジアサミットでも例外なく気候変動問題は話し合われ、12月にインドネシアのバリ島で開催された「国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP13)」では米国を含むすべての排出国が参加する枠組み作りに向けた工程表「バリ・ロードマップ」が合意され、2009年の最終合意に向けた交渉がスタートすることになりました。

このバリでの成果を踏まえ、いよいよ今年7月に開催される北海道洞爺湖サミットに向け日本はどのように主導権を確立させていくことができるのか。われわれは、日本の総理大臣からもう一度、改めて、気候変動問題に対する日本の真剣な取り組みを世界に明確に示すことが適当だと考えました。今年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で福田総理が政策演説で発表した「クールアース推進構想」です。

「クールアース推進構想」

日本は昨年、「クールアース50」を世界に向け提案し、2050年までに世界全体の温室効果ガスを半減させることを呼びかけました。同提案に対する各国の理解が深まり、さらには、次の枠組み作りに関して期限を切った具体的交渉が始まったいま、次に必要となるのは「クールアース50」を実現していくための具体的な手段です。そこで日本が発表したのが「クールアース推進構想」です。

「クールアース推進構想」では構想を現実的な行動に導くための手段として、(1)ポスト京都フレームワーク、(2)国際環境協力、(3)イノベーションの3つについて提案をしています。

「ポスト京都フレームワーク」では、次の枠組みのあり方について「クールアース50」よりさらに一歩踏み込んだ日本の考えを示しています。また、国別総量目標を掲げ、主要排出国と共に温室効果ガスの排出削減に取り組むとの具体的決意も示されています。「国際環境協力」については、途上国に対する具体的支援が打ち出されました。「イノベーション」には革新技術の開発と低炭素社会への転換の2つが含まれます。とりわけ、低炭素社会への転換については、ライフスタイルそのものを根本から見直す必要が長期的課題として訴えられています。

「クールアース推進構想」に対しては、それまで日本の取り組みに批判的であって欧州からも高い評価が得られ、事実、フランスは政府の公式声明の中で日本の政策演説を評価しています。

気候変動問題に対してカギを握る国――米国

米国はこれまでもそうであったように、今後も、気候変動問題に対して決定的なカギを握る国となります。その米国は国連交渉への復帰と議論への積極的参加を累次表明しています。ブッシュ大統領自身、欧州連合(EU)を含む17カ国の主要経済国による掘り下げた議論をする場(「エネルギー安全保障と気候変動に関する主要経済国会合」)を設定することを提案し、その第1回目の会合が昨年9月にワシントンで開催され、第2回目の会合も今年1月にハワイのホノルルで開催されたところです。

米国ルイジアナ州を襲ったハリケーン「カトリーナ」は米国に甚大な被害をもたらし――温暖化との因果関係が科学的に証明されている訳ではないにしても――米国も温暖化とは無縁ではなく、温暖化により大きな被害が生まれるおそれがあるという意識が一般国民の間で強く芽生えるきっかけとなりました。また、国内産業や有識者の間でも、温暖化対策を進めることは米国の死活的な利益につながるとの理解が深まっています。たとえばニューヨークタイムズ紙のコラムニスト、トマス・フリードマン氏は、米国が気候変動に真剣に取り組まないことはテロリストを支援することに等しいと指摘しています。すなわち、化石燃料への依存から脱却しない限り、米国から中東への資金の流れは止まず、中東に流れる資金は米国攻撃を企てるテロリストへとさらに流れるというのが彼の論陣で、こうした論評で米国国内の注意は大きく喚起されました。加えて、昨年1年には連邦議会を中心に気候変動の取り組みが活発化しています。そうした中で米国は日本や欧州の首脳との会談で問題への取り組み姿勢を明確にしながら、遂にはハイリゲンダムサミットで主要経済国会合の起ち上げを自ら提案するにいたった次第です。

米国の一部メディアや欧州からは、主要経済国会合への米国政府の意気込みは国内向けの政治ショーだと皮肉った見方も挙がりましたが、ここで、第1回会合が開催された当時と現在とではCOP13を境に世の中の質が大きく変わっている点に注目してみたいと思います。

米国国内での意識の高まりが大きな推進力となって米国が交渉に復帰するというのは、昨年9月に第1回目の主要経済国会合が開催された時点では欧州の懐疑論者がほぼ不可能とみていたことです。ところが実際は、2009年を終着点とした交渉を、米国の参加も得て開始させることがCOP13で明確になりました。米国は気候変動問題に真剣に取り組む姿勢を自らの行動と発言によって明確化させ、そのことを欧州も正面から受け入れ評価し、一緒に動いていこうという流れができつつあります。同時に、ダボス会議での福田総理の政策演説の直後に開催された第2回会合では、日本のG8議長国としての今後の役割に対して非常に大きな期待が寄せられました。

今後の外交日程

3月14~16日にはG20閣僚対話の最終会合が千葉で開催されます。日本が議長を務めるG8の大臣会合も4~6月にかけて3つ予定されています。4月にはパリで第3回主要経済国会合が予定されています。第1回、第2回会合を米国が開催したのに続き、今度はフランスが第3回会合をパリで開くことにしたことには、非常に大きな意味があります。5月下旬に横浜で開かれる第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)でも気候変動は大きな柱の1つとなっています。そこでは途上国の適応の問題、すなわち、途上国が環境変化の悪影響にどう対抗するかという点が議論される予定です。そうしてこれら一連の会議を経て、7月にいよいよ北海道洞爺湖でG8サミットが開催されます。対話国も多く参加することが予想される北海道洞爺湖サミットは、気候変動という地球規模の課題を議論するのに最もふさわしい場となるでしょう。

質疑応答

Q:

気候変動問題への取り組みについてG8を含む各国の足並みはどの程度そろっているのでしょうか。

A:

各国を交えた交渉の場では、通常、対立するいくつかのグループができます。一番大きなグループは先進国と途上国ですが、このグループはさらに細分化でき、先進国の中でも、EUと、米国、日本等が異なる立場にあります。しかし気候変動への取り組みについては、先進国側では米国の動きに伴い、立場が収斂しつつあります。

途上国は、国連交渉の場では、自分たちの主張を通すために統一的な立場を形成して、中国およびG77というグループを組んで交渉にあたります。気候変動交渉でもこれまで途上国は一枚岩で臨んできました。ところがCOP13の前後――とりわけ開催後――にそれぞれの途上国が自らの主張を強め、途上国間での見解の違いが表面化する傾向が強くなりました。海水面の上昇等により国の存続自体が脅かされている島嶼国の立場からすれば、米国や日本から排出されるガスであろうが、中国やインドから排出されるガスであろうが、排出の結果温暖化が進むことで被害を受けるのは自分たちなのであり、そういった主張が明確に外にでるようになってきたのです。これは否定的に捉えるべきことではありません。むしろ、解決策を探るための論点が整理されつつあるという点で大きな進展だと思います。問題を解決する上で重要となるのは、問題点や要求を明確化することであり、それが少しずつでも進んでいるのは前向きな動きとして評価できます。

Q:

ダボス演説で示された、削減可能量を積み上げて国別総量削減目標を作るというのでは、排出の削減ではなく、むしろ増加につながるのではないでしょうか。

A:

「クールアース推進構想」では、世界全体の温室効果ガス排出を今後10~20年でピークアウトさせ、2050年には排出を半減させる必要を訴えています。一方で、途上国の排出が20年後に減り始めるというのは基本的に考えられません。そうなると、世界全体の排出量を10~20年後にピークアウトさせるには先進国が莫大な量を削減しなければならなくなります。総理がその点を状況認識として明確に発言し、さらにそれを国際的な共通認識として確立しようとしたのが、「クールアース推進構想」なのです。今から10年後といえば、新しい枠組みができてからすぐ5年後にやってきます。だからこそここで、総量の削減目標を設定した上で取り組んでいく決意を表明したのです。

Q:

国内での目標達成義務に関して、国民に対するコミュニケーションでは何が中心になっていくのでしょうか。国民の理解を高めるベストプラクティスが世界にあればお教えください。

A:

政策広報に関するご質問だと思います。政府部内では昨年1年かけて、国民と共に歩んでの気候変動対応について検討を進めてきました。振り返ってみると、総理自らが国民に向け問題提起するのが極めて効果的であったのではないかと思います。気候変動への取り組みでは話題になることが重要になります。その点、総理の発言は短いものでもメディアに取り上げられますし、国際社会も耳を傾けます。一閣僚ではそうはいきません。そのような大きな発進力のある総理が語れば国民の間でも認識が深まります。そういう意味でも、日本で最も効果的な発信機能を持つ機関は総理大臣だともいえるのでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。