衛星測位と準天頂衛星~21世紀の社会を変える公共インフラ

開催日 2008年2月8日
スピーカー 穴井 誠二 ((株)ゼンリン営業本部事業開発担当)
モデレータ 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)

議事録

衛星測位技術の開発は1973年に米国の空軍と海軍が全地球測位システム(GPS)の開発に着手したことで始まり、1995年にはGPSの全面運用が開始されています。その後、精度劣化措置(SA)が解除されたことで、民間機関も軍事機関も等しく測位をすることができる時代となりました。2000年のことです。

衛星測位システムの先駆者――GPS

GPSとは人工衛星を使って自分の位置を知ることのできるシステムで、過去20年に120億ドル(約1兆3000億円)の予算が投じられ開発が進められてきました。

GPSの歴史で転換点となったのは1983年8月31日に起きた大韓航空007便の撃墜事件です。事件の真相は現在もはっきりしないままですが、一説によると航法装置のトラブルが原因となったのではないかと考えられています。当時のレーガン大統領はこの事件を受けGPSを民間に開放するという大きな決定を下しました。

GPSでは現在、6つの傾斜円軌道に各4機、計24機の衛星が配置されています。地球上どこにいても少なくとも4機の衛星がみえるという配置です。

衛星で重要となるのは地上からコントロールする能力です。この点で、米国の衛星コントロール能力は誤差2センチのレベルで、日本の誤差が10メートルであるのと比較しても格段に高い能力を持っていることがわかります。日本と米国の間には経験やノウハウの面でまだまだ大きな差があるようです。

GPSの効果は1991年の湾岸戦争で実証されました。自分のいる位置を確認するための目標物が周囲に無い砂漠では地図は通用せず、よって、GPSが大きな効果を発するようになったのです。

現在、GPSの監視ステーションは世界に6カ所ありますが、米国航空宇宙局(NASA)は「精度改善計画」の下でその数を将来16カ所にまで増加させる計画です。

同時に、米国ではGPS近代化計画が進行しています。計画の目的は民間・軍事の両ユーザーに、精度・効用・信頼性等を向上させたGPS信号を提供することで、軍事ユーザーには3P方針で対応することとなっています。3PのPは「使いやすさの保護(Protection)」、「反対勢力の利用防止(Prevention)」、「作戦地域外での民間利用の保持(Preservation)」の3つのPを指し、同方針の効果はイラク戦争で実証されています。さらに、欧州連合(EU)のガリレオや日本の準天頂衛星との互換性のある民間信号の発信機能が追加された新型衛星、ブロックIIIの1号機が2013年に打ち上げられる予定です。ちなみに、つい先日に発表された大統領声明ではブロックIII衛星にはSA機能は組み込まれない点が明らかとなり、今後は軍用・民用に差をつけないという考えが示されました。

GPSは自分たちの生活には直接関係の無いシステムだと考える人もいるかもしれませんが、実は誰しもがいつでも、どこでも使っているのがGPSなのです。たとえば、われわれの使う時計はGPSから発信された信号を基に作られていますし、インターネットや電子取引、タイム認証サービスでもGPSの電波が利用されています。さらに、GPSは建設・測量等の分野の生産性を著しく向上させる等、大きな経済効果も生んでいます。

地震や火山の観測にも活用されるGPSはとりわけ日本にとって重要なインフラとなっています。現に、GPSは日本の地理情報システム(GIS)の根幹となっていますし、警察や消防への緊急通報時に通報者のいる場所が特定できるようになっているのも、GPSが活用されてのことなのです。

民用と軍用が分けられていたGPSでは民用の精度はそれ程高くありませんでした。そこで、日本はGPS補強システムの構築に熱心に取り組んでいます。補強システムは現在6つあり、これに2010年、準天頂衛星システム(QZSS)が加わる予定となっています。QZSSについては後で詳しく説明することにします。

GPSはまた、測地学の世界に大革命を引き起こしました。具体的には、グローバルな観測点での地表の重力場に影響されない最初の測位が可能となり、全世界共通の測地座標系に基づく測位が実現できるようになりました。これにより、国や地域ごとに異なる位置座標が統一または相互変換できるようになりました。

GPSはカーナビにも活用されています。そのカーナビの累計出荷台数(2007年6月時点)は日本で2724万台となっており、2008年3月までには3000万台を間違いなく突破すると予想されています。同様に、日本での携帯電話加入者数はこの10年で3倍に増え、今や1人1台の時代に突入しようとしています。米国では既にE911指令(911=日本の110番や119番に相当)により携帯電話へのGPS導入が法令で義務付けられていますが、日本でも今後、携帯電話へのGPS導入は進むと見込まれています。数年後には8~9割の携帯電話にGPSが導入されているのではないでしょうか。

他の衛星測位システム――グロナス、ガリレオ、新北斗衛星測位システム

世界にはGPSのほか、以下のような衛星測位システムがあります。

【グロナス(GLONASS)】
ロシアの衛星測位システム。1995年時点で24機あった衛星の数は1996年以降、国内情勢不安等の影響を受け一旦減少しましたが、その後、プーチン大統領の強力なリーダーシップの下で再び大きな資金・人材が投じられるようになり、2007年12月時点では18機体制にまで持ち直しました。これはロシア国内をカバーするのに十分な数ですが、ロシアはGPSへの対抗意識もあり、2010年までに24機体制を実現し、世界的な測位体制を完成させる計画です。

【ガリレオ(Galileo)】
EUの衛星測位システム。ガリレオは官民共同プロジェクトとしてスタートし、2011年にサービスを開始させる目標を立てています。機数は30機で、それらが全面稼動するのは2013年とされています。ガリレオプロジェクトにはインドや中国、韓国、イスラエル等の国も参加しています。投資額は50億ユーロ(約7750億円)にまで膨れ上がっていますが、英国議会では巨額の資金を投じてプロジェクトを今後も続行させるべきかについて懐疑的な意見が上がり始めているのも事実です。

【新北斗衛星測位システム】
中国は独自の知的財産権を有する衛星測位システムの構築を目指しています。静止軌道衛星5機と非静止軌道衛星30機が打ち上げられる予定で、一般開放サービスと有償サービスの2つのサービスが提供されることになります。35機のうち5機の打ち上げは完了し、サービスの一部は提供され始めています。胡錦濤政権の下でシステムの開発に資金・人材が集中的に投じられています。

このように、衛星測位システムには各国ともに総力を挙げて取り組んでいるのが現状です。そこには、衛星測位システムが国の主権に直結する重要インフラであるとの共通認識があります。

日本の衛星測位システム――準天頂衛星システム(QZSS)

準天頂衛星システム(QZSS)とは日本の衛星測位システムで、日本の「ほぼ」真上に衛星をみることができるという意味で「準」天頂といわれています。2010年夏に官民共同プロジェクトで1号機を打ち上げるというのが日本政府の方針です。

QZSSの開発の背景には、日本には高いビル群や山間地が非常に多いこと、米国がGPS補強策を奨励してきたこと、GPS補完による測位性能の向上ができること、等がありました。QZSSの効果は建物等の遮蔽物の影響を受けにくいという点や、アベイラビリティ(効用)や精度低下率(DOP)が改善できるという点にあります。

GPSにQZSSが加わることで、地滑りやがけ崩れが発生する危険箇所を数センチ単位の誤差で監視することができるようになります。また、歩行者ナビゲーションサービスが可能となれば身体障害者や高齢者の福利に貢献できるようにもなります。

位置情報サービス(LBS)のマーケットが今後、どういった分野で広がっていくか正確に予測することは難しいですが、巨大マーケットの出現は確かに見込まれます。

準天頂衛星時代の到来は、人類史上初の高精度測位の実現を意味します。言い換えれば、空間情報システム時代の到来で、情報にのみこまれることなく、情報をうまく管理できる空間情報社会がやってくることを意味します。昨年成立した「地理空間情報活用推進基本法」もまた、この空間情報社会の実現をサポートするものだと私は認識しています。

GPSとQZSSを活用すれば高精度な測位が可能となります。しかし高精度な測位ができるだけでは意味がありません。野球の世界でいくらコントロール抜群の投手がいたとしてもボールを完璧に受ける捕手がいなければゲームとしてなりたたないのと同じように、高精度測位の受け手となる高精度な地図データベースが今後は必要となります。その地図データベースの定期的なメンテナンスの必要を訴えたのが、地理空間情報活用推進基本法のポイントだといわれています。

質疑応答

Q:

昨年、中国が衛星を打ち落とす実験を実施しましたが、日本の準天頂衛星は日本のほぼ頭上にあるので他国に打ち落とされることはないと考えられますか。

A:

中国の実験実施については、軍部の独走という見方もありますし、一種の交渉術だという見方もあります。実験は中国の能力を米国に誇示するためのもので、駆け引きの材料として使われたということです。どの見方が正しいのか、あるいは今後どういった可能性が考えられるのか、この時点ではっきりとした答えを述べることは難しいと思います。

Q:

衛星を使用した地図測量は航空測量等の既存の測量技術の代替技術になるのでしょうか。衛星を利用した歩行者ナビゲーションについて、携帯電話の基地局を活用したナビゲーションとの差別化は可能なのでしょうか。

A:

衛星測量が航空測量等の代替技術になる可能性は十分にあります。現に、一部の航空測量会社は衛星測量の出現を受け事業を他の分野に広げる動きにでています。
衛星を利用した場合の誤差は数センチレベルになり、道路の段差すら区別できるようなナビゲーションが可能となります。携帯電話基地局を活用したナビゲーションとは比較できない程の精度なので、差別化というよりはまったく別の新しい商品として市場に出回ることになると理解しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。