IMFの世界経済見通し(2007.秋)

開催日 2007年10月29日
スピーカー 有吉 章 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします。

世界経済見通し――2007年秋

世界経済の先行きはサブプライムローン市場の混乱で、やや不透明になっています。2007年秋の段階での2007年見通しは7月時点から修正ありませんが、2008年見通しは0.4ポイント下方修正されました(なお、国際通貨基金(IMF)の世界経済見通しが他のデータより高い数値となっているのは、購買力平価(PPP)ベースの国内総生産(GDP)で加重平均をとっているためです)。

地域別では、米国の成長率が大きく下方修正されています。同様に、サブプライム危機と米国の景気減速に大きく影響される国の成長率も下方修正されました。日本の場合、2007年と2008年の見通しは2007年7月時点の見通しから、それぞれ、マイナス0.6ポイントとマイナス0.3ポイントの下方修正となっています。新興国は非常に好調で、生産・設備の能力面で天井に近づきつつあります。また、食料品価格も大きく上昇しています。

下方改訂の要因として、まずは金融市場の混乱が挙げられます。IMFの『グローバル・フィナンシャル・スタビリティ・レポート』からは、信用リスクと市場・流動性リスクが拡大する一方で、金融面でのリスク許容度(risk appetite)が縮小している状況が読み取れます。

サブプライムローン危機の影響

米国のサブプライムローン市場は約1兆4000億ドルの残高を抱え同国の住宅ローン証券化市場の15%程度を占めているといわれています。特に2006年にかけてサブプライムローンの件数が急増し、その後、延滞が深刻化しました。

同時に、資産担保手形(ABCP)が売れなくなり、新規発行が殆どできなくなったことで、ABCP市場は急激に縮小しています。10月は米連邦準備銀行の公定歩合引き下げと、一時期の異常なリスク回避が治まったことの影響からABCP金利は若干下がりましたが、他のCPと比べてまだ開きがあります。

さらに、欧州の銀行が住宅ローン関連証券を大量に保有していたため、欧米各国の短期金融市場が停滞する結果となりました。特に、3カ月物短期金利といったターム物の金利が大幅に上昇しています。他の信用市場でも、優良社債以外の一部金利が上昇したり、途上国の国債金利が若干高騰したりしました。ただ、これまでに行き過ぎた面もあるので、利上上昇そのものは、適正なリスク評価の観点からは、むしろ健全だといえます。問題は今後も資金が流れ続けるかです。

残る不安定性と今後の動き

短期金融市場は落ち着きを取り戻しつつありますが、依然注視する必要はあります。株式市場は一時的な落ち込みから概ね回復して、相当の強含みとなっています。優良社債は7~8月に一挙に落ちましたが、9月には旧来ベースに復帰しています。しかし住宅ローンの資産担保証券(ABS)は殆ど回復しておらず、金融市場の回復、安定化は完全ではないといえます。

短期金融市場では、「誰が損失を被っているのか」に関する情報の不足や、それに伴う不信感が解消されれば、元の状態に戻ってくると思います。住宅ローン市場では低金利のリセットが2008年一杯続くとみられています。

もう1つの懸念は、レバレッジ・バイアウト(LBO)絡みの資金の動きです。融資条件を緩和したコビナントライト・ローンが近年急増しましたが、住宅ローン市場の混乱を契機に、現在、銀行には3500億ドル程度の融資在庫が残る結果となっています。これは、今後経済状況が悪化すれば損失につながる可能性もあります。また、状況如何で大量の違約金の支払いが発生する可能性もある訳で、こうした点も大きなリスク要因となっています。

地域別見通し

1.先進国(米国、欧州、日本)

米国については、投資が大幅に低下し、消費は底堅く推移しています。輸出も好調で、結果として、GDPはそこそこの水準で推移しています。投資をさらに詳しくみてみると、住宅関連投資は大きく低下していますが、商業用不動産投資や設備投資は堅調に推移しています。2007年春の見通しと違い、住宅市場では2008年末まで調整局面が続く見通しです。このように住宅市場の低迷が続く中で設備投資や消費がどの程度持ちこたえるかが1つのポイントとなっています。

西欧諸国では構造改革の成果もあって生産性が向上してきましたが、ここにきて、サービス部門で若干の陰りがみえ始めています。この地域の今後のリスク要因は為替と住宅市場です。また、住宅価格が米国以上に上昇し住宅関連投資のGDP比が高くなった一部欧州諸国では、住宅価格下落に際しての反動が懸念されます。

日本はまだ完全にデフレを脱却できていない状況です。

2.新興国(アジア、東欧)

新興国の世界経済成長への寄与度は高く、特に中国の寄与度は2007年、ドルベースで世界最大(日本の3倍強)となり、PPPベースでは世界全体の3分の1程度を占めるにいたっています。しかし同時に、食料品価格の上昇等によるインフレ懸念が浮上しており、今後、いかに成長を軟着陸させるかが中国にとっての大きな課題となっています。

新興国では近年、資本流入が大きく進んでいます。アジアでは1997年のアジア通貨危機直前と同水準かそれ以上となっていることから、アジア危機の再来が懸念されています。ただ国・地域によって様相は大きく異なります。アジアでは経常黒字も資本流入も大きくなっていますが、東欧では巨額の経常赤字を資本流入でまかなう状態が続いています。たとえばバルト諸国では経常赤字がGDPの20%近く、バルカン諸国では平均10%程度を占めています。

アジアについては、米国依存を脱却したとする、いわゆるデカップリングの議論がありますが、楽観視はできません。確かにアジアでは域内貿易が貿易全体の約5割を占めるようになりました。しかし域外輸出の対GDP比は1990年に比べむしろ拡大していて、外需減少の直接インパクトは大きいといえます。また、域内貿易といっても、最終需要が欧米にある半完成品の貿易が多い場合は、やはり外需に依存している部分が大きく、欧米経済の先行きはアジアにもそれなりに大きな影響をもたらすことになります。

グローバル化と所得格差

多くの地域でここ数年、ジニ係数でみた所得格差が拡大しています。各階層の所得はすべての地域で上昇していますが、所得の伸び率は高所得者程高く、相対的な格差は拡大しています。この傾向は特にアジアで顕著です。

格差拡大の原因にグローバル化が挙げられることが多いですが、実際は、技術進歩の影響の方が要因としては大きいようです。具体的には、進歩した技術を有効に利用できる人に対する需要が高まることでそうした層の所得が上昇し、逆に、教育水準の低い、あるいは技術を有効に利用できない層の所得が相対的に低くなるという現象が起きています。一方、グローバル化にはどういった影響があるのかをみてみると、農産品輸出の増加や関税の自由化は所得格差の縮小に働くことが明らかになってきています。他方で格差拡大につながるのが直接投資です。途上国への直接投資には技術・技能レベルが比較的高い層への需要を高める効果があるようで、結果として、そうでない層との格差が拡大するようです。同じ傾向は先進国の対内投資についても観察されます。

まとめ――下ぶれリスクについて

世界経済は5%前後という高水準で堅調に成長し続けるというのがIMFの中心シナリオです。ただ、サブプライムローン危機の余波と米国内需のさらなる減退が下ぶれ要因となる可能性はあります。石油価格の動向も引き続きリスク要因として注視する必要があるでしょう。

グローバルインバランスの解消過程で米ドルが急落するリスクもあります。米ドルは実質実効レートではここ5年強で2割程度、減価して、着実に調整の方向に向かっています。ただ、各通貨に対してかなりアンバランスな形で調整が進行しているのには若干の懸念があります。

2007年春の見通しと比べ秋では見通しの誤差の幅が大きくなっています。このことは不確実性の拡大として読み取ることができます。中でも下ぶれリスクが大きくなっています。住宅価格と株価が想定より10%下落し、信用スプレッドが50ベーシスポイント上昇する等の住宅ショックと金融ショックが同時に8四半期程度持続すれば、米国経済はほぼリセッションの状態になり、他の国の成長率も0.5%程押し下げられるというのが例示的なシナリオです。

質疑応答

Q:

サブプライムローンや住宅金融の文脈でLBOに言及されましたが、IMFとして特に懸念を持っているということでしょうか。

A:

IMFの『グローバル・ファイナンシャル・スタビリティ・レポート』では、昨年あたりから、LBO絡みのローンの急増に対する懸念が指摘されています。

特に2006年後半から2007年前半にかけて、LBO絡みの融資市場が競争的になり、財務制限条項を大きく緩和した融資が増え始めました。こうした融資は不良債権化しやすく、不良債権化しても財務制限条項がほとんど付いていないため打つ手が殆どありません。また、LBO絡みの融資は短期金融市場停滞の1つの原因ともなっているといわれています。ただ単純融資とは違い、LBOのディールが経済そのものに悪影響することはそれ程無いといえます。それでも、銀行システムや流動性への影響はそれなりにあると思われます。

Q:

原油価格はファンダメンタルズからみて妥当な水準にあると考えますか。

A:

原油に関しては、供給が今後それ程大きく増えない中で需要が相当大きくなり、短期的には需給関係がタイト化しているのだと思います。また、投機的資金の流入がよく指摘されますが、原油高との因果関係は明らかではありません。長期的には50ドル台が下限、100~110ドルが上限、短期的には需要も供給も価格に対して感応的ではないので、時々の状況で動くというのが専門家の見方です。

産油国等で進められている設備増強が完備するのはまだ先なので、タイトな状況は今後しばらく続くとみられます。米国経済が世界経済を巻き込む形で後退して需要が大幅に減少すれば、1998年の逆オイルショックの再来となる可能性もあります。そうなれば、一次産品の輸出に頼る国への影響は大きくなるとみています。

Q:

今回のサブプライム危機に関しては、コビナントライト・ローンの増加や、サブプライムローン証券化への格付機関の関与等、制度的問題もあると思われますが、IMFの見解をお聞かせください。

A:

サブプライム危機については何が問題であったかが十分整理できていない面もあります。ただ、十分な情報公開と透明性の徹底は大きな課題だと思います。また、銀行のリスク管理やそのための手法に関する問題もあります。

格付については、証券化商品の格付と普通企業の格付では性質が大きく異なる点が資産運用のアセットアロケーションで無視されていたのではないかと思います。IMFとしては、これら2つの格付は別々に取り扱うべきであるとの主張を1年半程前から繰り返してきました。また、AAAから6~7段階ダウングレードされることは構造上不可避であることは3~4年前から明らかになっていました。それにも関わらず、実務にうまく結びつけられなかったところに問題があると思います。銀行の連結監督で今回引っかかっているものの大半はオフバランスのアイテムです。ですが、レピュテーションの問題や、バックアップラインの問題があって、結果的には銀行に自動的にオンバランスされてしまう、あるいはそういう選択をせざるをえない状況が生まれています。さらに、相手先の信用状況を見極めずに、手数料目的で融資をして第三者に転売するといった融資側のモラルハザードの問題も指摘されています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。