日米経済関係と今後の我が国の課題

開催日 2007年8月24日
スピーカー 石井 裕晶 (日本貿易振興機構(ジェトロ)企画部長)
モデレータ 三田 紀之 (経済産業省通商政策局米州課長)

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

日米通商関係の概観

始めに、貿易分野を中心とする最近の日米関係を概観してみます。

第1に、米国では力強い景気回復を背景に、貿易摩擦が全般的に減少しています。第2に、米国では通商問題のターゲットが日本から中国へとシフトし、むしろ日本とは中国への対応で協調していくという考えが広がり始めています。第3に、日本の対米投資が拡大する中で現地雇用が増加し、地元から現地の日本企業の保護を求める声が議会に反映できるようになっています。第4に、政治関係全般の好転があります。政策面でも日米の関係は深まっています。そして最後に、食やアニメ、ゲーム、スポーツの分野などの分野を通じて対日理解が深まり、日本への親近感が大きくなっています。このように、大きな貿易摩擦のあった1980年代に比べると現在は安定条件が整ってきています。

アジアの地域の枠組みと日米

日本外交にとって、日米関係の基本となるのは当然ですが、同時に日本は、開かれたアジアを作るため、アジア太平洋諸国との連携も一層深めなければなりません。日本は、アジア太平洋経済協力(APEC)や東南アジア諸国連合(ASEAN)+3、ASEAN+6でさらなるイニシアティブを発揮し、アジア全体の連携を深めることが重要です。

ただし、日本がこうした連携を深めるにあたっては、米国との調整を注意深く進めていかなければなりません。米国はアジアの利害関係者(ステークホルダー)です。また、アジアの統合は米国の目からみれば、単に経済面での統合に留まるものではなく、地域の政治的枠組みや安全保障の枠組みにも大きく影響する動きと理解されています。したがって、1980年代末にマレーシアのマハティール首相が東アジア経済グループ(EAEG)構想を提唱したときも米国は排除されているとして、これに不快感を示し、1997年に財務省等が提唱したアジア通貨基金構想にも反対した訳です。さらに、米国を除いたアジア地域の連携の枠組みに向けた動きが進む中で、米国が自らもメンバーであるAPECの強化を訴える背景にはこうした考えもあります。

日本としては、アジア太平洋諸国との連携をAPEC、ASEAN+3、ASEAN+6等で重層的に深めることが重要です。全世界と多くの外交課題を抱える米国にとっては、東南アジアは、中東などに比べれば相対的にプライオリティが低い地域です。逆にいえば、日本がもっと積極的に地域を支援すれば、それは地域や日本の利益になるだけではなく、米国の手の届かないところを日本がきちんとやっていくという意味で米国の利益にもつながります。そのために、日米で緊密な連絡調整を行ってアジアの安定と発展を図っていくことが重要です。

グローバル化が求められる日本

日本にいるとBRICs (ブラジル・ロシア・インド・中国)の成長に目を奪われがちですが、米国は3億人規模の人口を抱え、日中韓台、ASEAN、インド、オーストラリアを加えたよりも大きなGDPをもつ巨大な経済です。米国が4年間連続して3.5%成長すれば、中国経済1つを作り出すほどの規模です。日本にとって米国市場での成功は不可欠です。

日本の自動車産業は大きな米国市場で現地生産を通じて順調に発展を遂げていますが、情報通信産業のポジションは弱くなっています。米国では韓国、台湾、中国などアジア系の競争力が強くなっています。仮に米韓の間で自由貿易協定(FTA)が発効すれば、日本のポジションの悪化は避けられないでしょう。

北米で事業展開する情報通信機器関連の企業のトップからは、「日本市場がそれなりの規模にあるので、そこである程度のポジションがとれれば利益がとれる仕組みになっている。かけ声ではグローバル化を目指すものの、経営の実態はまだそこまでいっていない」と聞きました。自動車産業等では研究開発から生産にいたるまでの拠点を米国に移し、米国市場向けの製品を開発・製造していますが、他の産業ではそこまでのグローバル化は進んでいないようです。米国市場が非常に競争的で、製品開発やブランド確立などのために相当の投資をしなければ、参入は難しいのですが、これまでは90年代の不況の中で事業の選択と集中が行われ、それだけの余力がなかったという面があると思います。

日本は人口減少局面にあります。世界の名目GDPに占める日本の割合も今後減少が続くと見込まれます。そうした状況で日本が自国の市場のみに固執するなら、先は無いことは明らかです。日本が生きる道はグローバル化しかありません。しかし、本格的なグローバル化が最も必要になっているこの時期に逆に日本人は内向きになっているという印象を受けています。日本人にとっては、言葉の壁もなく便利で安全な生活ができる日本が最も快適な国になっているから、あえて海外で苦労をするチャレンジ精神が乏しくなってきているようです。

日本には、グローバル化によって発展していく大きな余地があります。たとえば、米国市場を例に考えても、省エネ、環境分野、セキュリティ関連のハイテク機器分野などの需要は高まりをみせています。日本が、巨大な市場や技術を持っている米国とも連携をとりつつ、グローバルスタンダードを作っていける先端分野は多く残されています。さらに、伝統産品でも可能性はあります。たとえば広島県のある企業が製造する「熊の筆」は外国の一流化粧品ブランドの刷毛に使用されています。日本食の普及とともに、すでに寿司は米国料理になっており、ニューヨークの高級デパートでは有田焼が販売されはじめています。日本のコメは、東アジアでも味、安全、安心の面で高く評価されています。このように、日本の狭い市場に固執していては途絶えてしまうような分野でも、グローバルな展開をすることで生き残れる可能性は多くあります。

経済産業省はジャパンブランドの育成事業を推進したり、日本貿易振興機構(JETRO)が地方自治体と連携しながら地域の特産品や農産品の輸出振興などを推進しています。戦後、通商産業省が設立されたとき、日本の発展は貿易にしかないとの認識から、すべての内局の名前に「通商」という冠がつけられましたが、今や、厳しいグローバル競争の中で、すべての局の名前に「グローバル」という名前をつけるような気持ちで、我が国のグローバルな発展を図っていく必要があるでしょう。

日米二国間協定の意義

日米財界人会議や在日商工会議所等多くの経済団体から、両国間でのFTAや経済連携協定(EPA)の締結を求める提言が出されています。日米の政治関係がこれだけ良好なときにこそ、経済関係のさらなる強化を図るべきだというのが提言の背景にあります。財界からは、日本と米国という先進国同士でハイレベルの貿易・投資の流れを作ることができれば、自由貿易国としての日本のイメージアップにつながるとの話も聞かれますし、政界からは、アジアが変動する中で安全保障面だけではなく、経済面でもきちんとした枠組みを作ることが重要である、そういった意味でFTAは日米の政治関係強化に貢献するという声も上がっています。

これまで、日米間で租税協定や社会保障協定、電気通信分野での相互認証協定等、日米のマーケットをシームレスにする枠組み、さらには日米間での特許処理を迅速化するための枠組みが整いつつあります。今後はこうした取り組みを会計や税制や基準、紛争処理といった分野にまで広げることができないのか検討を進めるべきです。

北米自由貿易協定(NAFTA)の締結によりメキシコと米国の間での貿易・投資が飛躍的に伸びたのは、関税引き下げなどの直接的な効果だけではなく、通商経済問題が生じたとしても両国政府が前向きに対応してくれるという安心感が生まれたためという話があります。FTAを締結している国になら安心して投資ができるという心理です。EPAは関税などの個別の通商措置だけではなく、二国間の政治経済関係全般を強化する効果があるということも決して無視できません。

今年4月の日米首脳会談でもそれぞれの国が締結したFTAをお互いに情報交換することになりました。ただちに日米でFTAを締結するのは無理かもしれませんが、これから米国で新政権が誕生するまでの期間は多くのアイデアを模索すべき非常に重要な時期です。貿易摩擦時代は日米政府関係者の間で意見交換をする機会が多くありましたが、貿易摩擦が著しく減少すると、意外に人と人のコミュニケーションの機会も少なくなってしまいます。まずは行政府レベルで具体的なアクションをとるところから始めていくべきだと考えます。行政府レベルでは、情報交換を含めFTAをよく勉強し、特許、原子力、情報技術(IT)、セキュリティ問題の分野での協力をビルデングブロックで具体的に進めていくべきでしょう。地球環境やエネルギーといったグローバルな問題、アジアの問題についても突っ込んだ話し合いをしていくことが重要です。

質疑応答

Q:

米韓FTAはどれくらいの可能性で発効するのでしょうか。また、その行方が日米交渉にどう影響するのかお考えをお聞かせください。先の参院選では、これまでの小泉改革や農業近代化政策が拒否される形でかなりの農業票が民主党に流れました。そうした背景にあって日米両国は農業交渉をどのように進めていくべきなのでしょうか。

A:

私は米韓FTAの議論が始まった当初、行政府間での締結は70%の確率で可能だと考えていました。また、同じ確率で議会を通ると予測していました。米国議会の現在の情勢では今年中の締結は難しいと思いますが、新しい大統領が選出されるなど、時間をかければ、私は個人的には、高い確率で通過すると見ています。

米韓FTAが成立したとして、日本に直接的に大きな影響がただちに及ぶことは無いと思います。ただし、米韓FTAがあれば米国から韓国への投資が活発化するのは当然想定できますし、米韓の経済関係が強化されると思います。

日本の農業については、民主党はEPAを進めるとマニフェストに記しています。今後、実際の政策がどのようになるのか見るべきだと思います。諸外国は、日本の農業市場が閉鎖的だと批判しますが、私は、アメリカ人の通商関係などに対して、日本が極めてオープンなマーケットであることは、日本が世界最大の農業純輸入国であること、農業関税も経済開発協力機構(OECD)加盟国の中で2番目に低いレベルにあること、補助金も欧州諸国や米国の5分の1のレベルにありながら、自給率は4割を切っている、そのように既に世界の中でもオープンな市場である上にさらに日本は格段の努力をしながらWTOなどの貿易交渉に臨んでいる、と主張してきました。単にレトリックで日本の農業市場は閉鎖的であると批判するだけではなく、米国として日本に何を要求するのか、具体的現実的議論をしていかなければ建設的ではありません。さらに、日本の農産品輸出を拡大して、日本の農業の体力を付けていくことが重要となります。このためにJETROも努力しています。

Q:

米国では中国を責任あるステークホルダーとして迎え入れる政策が前面に出ているようですが、ブッシュ政権に安倍政権の「価値の外交」はどのように映っているのでしょうか。

A:

ブッシュ政権は基本的には「価値の外交」を歓迎していると思います。米国の中国に関する見方はさまざまで、1つに、グローバルマネジメントは中国とやり合い、日本はリスクヘッジとして位置付けるというキッシンジャリアンの見方がありますし、他方では、グローバル覇権を争う潜在性を持つ中国を牽制するという意識の下に、価値観を同じくする日本やオーストラリア、シンガポールやインドと連携しながら中国対応を進めていこうという見方もあります。私は、現在のブッシュ政権はどちらかといえば後者の見方に近い人が多いのではないかと見ていましたが、中国を敵でもないが、同盟国でもないが、世界における利害を共有するものとして整理したのが、「責任あるステークホルダー論」だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。