設計立地の比較優位に関する試論

開催日 2007年7月24日
スピーカー 藤本 隆宏 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院経済学研究科教授/東京大学ものづくり経営研究センターセンター長/ハーバード大学ビジネススクール上級研究員)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

藤本氏はセミナーで「開かれたものづくり」への発想転換と、ものづくり技術伝承や組織能力構築の必要性を述べるとともに、「広義の比較優位論」においては設計拠点が重要である点や、わが国製造業の強みである「擦り合わせ型アーキテクチャ」の課題について指摘した。藤本氏は、ものづくり現場の将来像に向けた提言でセミナーを締めくくった。

設計をベースに「開かれたものづくり」への発想転換を

藤本氏は冒頭、損害保険の商品開発にものづくりの発想を入れたら売上げが伸びたという事例を挙げて、従来、生産現場だけの話であったものづくりが、「設計」というキーワードにより非製造業も巻き込む広い範囲に亘ることを紹介した。

藤本氏によると、付加価値の源泉は設計情報にあり、伝えるためには媒体が必要、そこで人工物(経済学でいうところの財・サービス)に託して、設計情報を創造し、転写し、発信し、お客に至るよい流れをつくって顧客満足と経済成果を得ることが「開かれた(広義の)ものづくり」であるという。

産業競争力にとっては、生産現場の溶接、塗装、あるいは販売現場でどうやって声がけするかといった「固有技術」と、それをつないで流れをつくる「ものづくり技術」が車の両輪である。「ものづくり技術」は異業種間で共有可能であり、現場のイノベーションを促進するためには、これを開放する必要があると藤本氏は指摘する。そのためには産業間をつないでものづくり技術を流通させるエージェントが必要であるが、各企業の50代のベテランを再教育し、20代の若手に伝えていくのが理想的という。藤本氏は実際に各現場のベテランを集めて「ものづくりインストラクター」の養成を行っているが、彼らを異業種の工場へ連れて行くとカイゼンの手腕を発揮するという。

設計拠点の立地を重視した比較優位論

続いて、藤本氏は、経済がグローバル化して比較優位が顕在化し、国際分業の時代になっているが、日本は何を輸入し何を輸出するのかという疑問に対して、既存の(狭義の)比較優位論ではうまく説明できていないと述べ、設計という工学的概念を、比較優位という経済学の概念に融合し、設計活動にまで対象を広げた「広義の比較優位論」を提唱した。

具体的には、設計拠点の立地をもっと重視するべきだという。「ものづくり現場発の戦略論・産業論」は、アーキテクチャ(設計思想)と組織能力を二本柱と捉えているが、地域に根ざす組織能力はグローバルな移動が困難だ。したがって、偏在する組織能力をベースに比較優位を築き、特化し、国際分業することが望ましいと指摘した。

現場と本社のアンバランス克服が課題に

最近は企業のパフォーマンスを測る際に、収益力に加えて組織能力をみる。しかし組織能力があることは、どうしたら分かるか。藤本氏は、企業が資本市場で選ばれる“収益力”、マーケットで製品が評価される“表の競争力”に加えて、工場同士が生産性向上を競い合うなど、現場が経営層に選ばれるための“裏の競争力”を詳細に分析する必要があるという。日本は、失われた10年と言われた時期に、強い現場と弱い本社という状況にあった。わが国製造企業の目指すものは、強い現場と強い本社の両立だという。

得意アーキテクチャを見極める

設計は機能と構造を結びつける作業であり、設計思想(アーキテクチャ)はモジュラー(組み合わせ)型と、インテグラル(擦り合わせ)型に分かれる。モジュラー型はそれぞれ設計したものを後から結びつけるやり方で米国や中国などが得意とする一方、インテグラル型は大勢で集まって取り組む必要があり日本的といえる。実際に統計をとったところ、日本はインテグラル・アーキテクチャ度が高いほどその製品を輸出していることがわかったという。

さらに賃金、離職率などを参考に仮説を立ててみると、得意アーキテクチャには地政学的な分布があり、日本と同じ擦り合わせ軸のローエンドにはASEAN諸国、バンガロールを除くインドがいて、モジュラー軸と交差する位置には2パターンを柔軟に使い分ける台湾がいるという。

擦り合わせ型の日本企業にはサイエンス活用力が課題

藤本氏は、日本企業にとっては擦り合わせを要所に仕込むことが大事で、「べったり擦り合わせ」は過剰設計、過剰コストになりやすいので注意が必要という。さらに、組織能力があることが前提であって、日本人は擦り合わせDNAがあるから大丈夫という話ではないこと、コスト競争力のためには、まずモジュラー型製品をつくる努力をすることが必要であり、結果として擦り合わせ製品になっていくものが日本の得意分野であることを指摘した。

また、藤本氏によると、日本は科学的知識を集めてから開発に着手する初期段階を軽視する一方、始めてからの試行錯誤的調整が速いという。このため「中程度の擦り合わせ」製品は得意だが、超ハイテク製品では負ける可能性がある。初期段階の精度が高い国(カメ)に、開発を早く始めた日本(ウサギ)が負ける現象が起こるという。製品の擦り合わせ度は複雑化する傾向にあり、日本が科学的調整力を身につけることが課題ではないかと述べた。

イノベーションがもたらす「ものづくり現場の将来像」

日本では、イノベーションが起これば付加価値生産性が向上し、経済成長を実現するとの議論があるが、イノベーションと生産性向上の因果関係が曖昧であり、その間に設計情報のよい流れができているという状況、よいものづくり現場が存在するという状況を示すことが必要であろうと指摘した。

そして、国の予算を固有技術やアイデア創出に配分するだけではなく、ものづくりイノベーションを担う人材育成や、技術の普及などにも充てて欲しいとの現場からの要望を述べた。

セミナー後の質疑では「組織能力は地域的に違いが出るのか」という質問に対し、藤本氏は「ある歴史的な経験を共有した企業、同じような能力構築環境の中で競争してきた企業群が類似した組織能力を持つのではないか。日本の強い産業は人・金・モノが足りない高度成長期に育っているが、それが今日の統合力につながっているのではないか」と述べた。

(2007年7月24日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。