中国の銀行制度改革:市場経済化のための更なる課題

開催日 2007年3月19日
スピーカー 岡嵜 久実子 (ランド研究所アジア太平洋政策センター国際客員研究員、日本銀行国際局)
モデレータ 黒田 篤郎 (経済産業省通商政策局国際経済課長)
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議事録

金融制度改革の流れ

中国の金融制度改革は大きく3段階に分けて考えることができます。第1段階が1978~1990年代初頭。それまでの中国では中国人民銀行が唯一の銀行として中央銀行と商業銀行の双方の機能を果たしてきましたが、改革のこの段階でモノバンクシステムからの脱却を果たしています。株式制商業銀行が作られたり、証券市場が創設されたりしたのもこの段階です。

第2段階は1993~1997年。1993年の共産党第14期3中全会で社会主義市場経済という概念が明確になり、この段階から銀行を商業化させる動きが強まりました。商業銀行と政策銀行が分岐したのもこの時期です。1995年には商業銀行法や中央銀行法といった法律も整備され、改革の第2段階ではインターバンク市場の統一や外為市場の統一も行なわれました。

1997年以降現在にいたるまでが第3段階です。アジア通貨危機に際しては、しっかりとした監督体制がなければ金融の自由化を進めるのは危険との考えが広まり、このあたりから従来とは異なる改革アプローチが取られるようになっています。

経済環境の変化

1990年代半ばには中国経済を巡る環境変化が起きています。1つは世界貿易機関(WTO)への加盟交渉が本格化したこと。加盟条件として金融サービス分野の開放を求める声が大きくなり、当局の間でも現行の金融制度のままでは大幅な市場開放についていけないとの認識が強まりました。2つ目の環境変化はアジア金融危機によるものです。中国は内外資本移動が遮断されていたので1997年のアジア金融危機から直接大きな影響を受けることはありませんでしたが、グローバル化を進展させる中で金融システムの安定確保が重要との認識が強まるようになりました。3つ目の環境変化が国際決済銀行(BIS)への正式加盟です。これにより、バーゼル合意や銀行監督に関するコアプリンシパルの遵守という意識が強まっています。

こうした3つの要素から、現行の銀行制度で環境の変化に対応することは難しいという問題意識が党や中央政府の幹部の間で共有されるようになりました。

非金融部門の負債構成と預金取扱金融機関の資産残高シェア

非金融部門の負債構成を日米中で比較してみると、中国では銀行借入が7割近くを占め、株式・出資金は7%程度です。米国はこれとは正反対のパターンで、銀行借入は約16%、株式・出資金が55%、日本は借入が33%、株式・出資金が36%となっています。中国の株式・出資金が7%程度というのは過大データという見方も過少データという見方もありますが、いずれにしても、銀行借入の割合が大きいのは事実です。このような構造では、銀行に深刻な問題が生じると、経済成長のために必要な資金が国内で回らなくなりがちです。しかも中国の場合は1990年代、預金取引金融機関の資産残高全体の7割を国有商業銀行4行が占めていました。国有商業銀行の自己資本を強化し、財務体質を改善することが急がれると議論された背景にはこうした状況があります。

脆弱な国有商業銀行とその改革

1997年末の国有商業銀行の不良債権比率は25%を超えていたといわれています。そこで1997年11月の第1回全国金融工作会議では「銀行を真の銀行に変革する」というスローガンが打ちたてられ、銀行の自己資本を強化し、不良債権比率を低減する方針が決まりました。同会議ではさらに次の点が話し合われました――人民銀行の金融監督機能を強化する。商業銀行の商業化を進める。多層・多類型の金融機関体系を構築する。金融秩序を規範化し、維持する。金融犯罪・違法金融活動を取り締まる。金融面から国有企業改革の経済調整を加速する。

国有商業銀行に関する改革の一環として貸出総量枠規制が撤廃されました。預金準備率制度も改革され、準備率は引き下げされました。財政部が国有商業銀行に資本注入したことで、国有商業銀行の資本金は拡充されました。また、銀行の傘下企業の経営分離や、省分行と省都所在市分行の合併も進められました。改革では金融資産管理公司(AMC)が設立され、そこに各国有商業銀行の不良債権が移管されました。

改革の成果はどうだったのでしょうか。不良債権比率については、多額の不良債権を移管しても、1997~2002年の期間で不良債権比率はさほど低下しませんでした。1998年に導入された新しい査定基準を徹底させる過程で、従来は不良債権とはみなされていなかったものが不良債権と認定さたという事情もあったようですが、銀行と企業の関係に大きな変化がなかったことも重大な要因かと思われます。自己資本比率も財政部が資本注入した1998年は8%を超えましたが、その後不良債権処理を進める過程で比率は低下してしまいました。

そうした中、中国は2001年にWTOに加盟しました。銀行分野について中国が加盟時に行なった約束は、外貨業務に関する制限を加盟と同時に撤廃する一方、人民元業務開放地域を段階的に拡大し、5年以内に制限を撤廃するというものです。顧客に関しては加盟後2年以内に中国企業向け人民元業務を認可し、5年以内にすべての中国人顧客向け人民元業務を認可する約束をしました。

WTO加盟後の2002年2月に第2回金融工作会議が開かれ、国有商業銀行の抜本的建て直しの必要性が認識されました。1997年からの改革が成果を挙げなかったことの反省から、所有制を変えなければ国有商業銀行の建て直しは難しいとの議論が行なわれ、市場のプレッシャーを活用することが決定されました。2003年10月の第16期3中全会では、国有商業銀行の株式制転換方針が確認されました。

そこで再度、公的資本の注入と不良債権の移管が行なわれました。2回目の資本注入は、Huijin投資公司という機関が立ち上げられ、外貨準備が資本注入に活用されたという点で従来の資本注入とは異なります。前回同様多額の不良債権がAMCに移管されましたが、入札方式が採用されるなど、部分的ではありますが、市場的手法が導入されました。

市場機能の活用ということで、劣後債の発行がインターバンク市場で行われました。より大きな効果を発揮したのが外国戦略投資家への出資認可です。そこには、投資家を通して経営戦略や新商品展開のノウハウを得ようという狙いもありました。また、改革の一環として海外上場をさせるという手段もとられました。上場を成功させるには海外の監査法人のチェックを受けた上でバランスシートを公開するなど、厳格な会計基準の適用と広範な情報開示が求められるからです。

主要行の現状

2005年時点での主要行の現状を比較してみると、国有商業銀行の資産規模はアジアでは日本のビック3に次ぐ大きさになっており、世界でも20位台の銀行になっています。不良債権は移管により処理が大きく進んでいます。2006年末時点で株式制商業銀行で2.81%、国有商業銀行では改革が完了していない農業銀行以外では2~4%台にまで下がってきています。しかし世界トップクラスの銀行の不良債権比率が1%台、あるいはそれ以下であることを考えるならば、中国の銀行の不良債権比率は依然高いといえます。自己資本についてはほぼ問題の無い水準にまできていますが、今後の収益性を考えると、これで十分なのかという議論はまだあります。収益性は株式制に変更した2005年に大きく上がっていますが、この時点では優遇税制がかなり活用されているので、こうした優遇措置が無くても同じような収益性が維持できるのか、楽観はできない状況だと思います。

今後の重点課題

資産内容は改善していますが、先にも述べた通り不良債権比率は国際水準と比較すれば依然高く、さらに処理を進める必要があります。また自己査定による不良債権の数字が正確なのか、疑問も残ります。不良債権ではないが要注意の枠に入っている債権もかなりありますが、要注意債権は経済成長が停滞すれば不良化する危険があります。特にここ数年、中国では不動産関係の融資が急速に拡大していますが、こうした債権の動向には注意が必要でしょう。また、AMCに移管された不良債権の抜本的処理も残されています。損失負担をどうするのかもはっきりしていません。

バーゼルIIへの対応では、リスクに応じた資本金のあり方が重視されてきます。債権のリスクに見合った引当金を積み立てるための体制作りが、大きな課題です。

マクロ的には非効率な資金配分も問題です。銀行が借り手のリスクに見合った金利を設定し、資金が将来性のあるプロジェクトに向けられるよう体制を整える必要があります。最大の障壁の1つは、銀行の意思決定に関して政治的な介入があることでしょう。上場や外国戦略投資家の導入が政治的な介入の排除につながることが期待されています。

法律の整備はかなり進んできました。そこで次に問題となるのが法執行力です。中国では依然として裁判所の決定が執行されないケースがあり、その背後には地方行政府や党の力が働いていると噂されることが多いようです。関連して、汚職や腐敗の問題もあります。

金融市場については為替や金利の自由化を更に進めていく必要があります。

外国銀行との競合については、中国は現時点では資本取引の自由化がさほど進展していないので、短期的には、外国銀行が国内銀行に比して圧倒的優位を示すような取引は提示しにくいと思います。また、企業のバランスシートの信憑性が低いため、外国銀行としても貸し出せる企業は限られているのが現状です。ただし、長期的展望に立つならば、中国国民、企業の便宜のためにも諸規制は次第に緩和されるはずです。中国の銀行もこの点は強く意識しており、技能向上に努めています。

中国全体としては依然としてオーバーバンキングの状況であり、金融機関の再編は一段と進むものと思われます。証券や保険を扱える総合金融機関を創設する議論も出始めていますが、この点については法律や監督体制の整備が整合的に進められる必要があるでしょう。預金保険機構も設立直前の段階にまできているようです。

質疑応答

Q:

政府が作ったとされる不良債権と銀行セクター自身による不良債権はどの程度の割合ですか。公的資金注入による不良債権処理は今後も続くというシナリオですか。地方の優良企業への低金利貸出競争が激化しているとありましたが、貸出面での現状と今後をお聞かせください。最後に、日系銀行は中国の銀行の動きに対しどういう考えを持っているのでしょうか。

A:

2度切り離した不良債権については中国政府も政策による要因が大きいと認めています。しかし、公的資金を使って多額の不良債権をAMCに移管させ、組織体制も転換させた以上、今後生じる不良債権は銀行の自己責任とされるはずです。中央政府はさらなる公的資金の注入は考えていないでしょう。銀行も、上場によって市場の目に晒されるようになったことで、不採算融資の削減・抑制に本腰を入れるようになるだろうと思われます。

貸出については、借り手のリスクに見合った金利を設定するリスク・プライシングができていないことが問題と指摘されています。このため貸倒れリスクの低い優良企業に対する貸出競争が激化しているのでしょう。ただ、たとえば「どういう企業がどういう状況に陥ったら貸出が不良化する確率が高くなる。従って、信用状況がこの位の企業に対してはこの位の金利を課さなければならない」といった経験則に基づく枠組みを作るには、まだデータが十分ではありません。また、借り手企業の意識が変わっていないようなので、企業から銀行に正確なデータが提出されているかどうかも疑問です。

日系銀行が外国戦略投資家として目立っていないという点については、日本の銀行はようやくバブル崩壊の痛みから回復し始めたところで、この段階で新たなリスクをとることには慎重だったのではないかという印象をもっています。また、日系銀行は日系企業が活動するところに独自の支店網を張り巡らせていますが、米国銀行は一部を除けば、それほど多くの支店を持っていないため、当面は独自に支店を出すよりは、出資を通じて中国の銀行の支店網を活用した方が効率的と考えたのではないかとみています。上場時の主幹事確保を狙った動きもあると聞きますし、外国戦略投資家の戦略は、各行の置かれた状況により一様ではなさそうです。

Q:

中国の多くの機関・組織は党との二重組織で、重要な決定は党が行なっている点と中央政府の力が法律の力よりも大きいという点についてどうお考えですか。また、情報流通の自由はどうなっているのでしょうか。

A:

党との二重組織構造は国有商業銀行でも解決すべき最も重要な課題の1つとして認識されています。中国人民銀行の周小川行長も党委員会との関係をどう調整するかがコーポレートガバナンスを徹底させるための鍵であるとの考えを示しています。温家宝総理が本年初の第3回全国金融工作会議で行なった演説でも、コーポレートガバナンスを徹底させるにあたり、党の役割を変えていかなければならないという考えが示されています。これまでのところ、幹部人事などに関してはまだ党委員会の決定の方が上のようにみえますが、上場による情報公開義務や海外戦略投資家の存在は多少なりともこうした状況の変革につながるのではないかと思われます。
情報流通に関してはまだまだ課題は多そうです。市場メカニズム徹底のためには、正確な情報が全ての市場参加者に公平に行き渡るシステムを確立しなければなりませんが、情報の共有に関しては、なおしばらくの間は試行錯誤が続くのかもしれません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。