中小・ベンチャー企業のイノベーションと東アジア・グローバル経営(「物」と「サービス」の視点から見た新しい企業成長の方向)

開催日 2007年2月1日
スピーカー 三本松 進 (RIETIコンサルティングフェロー/(独)中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー/一橋大学商学部客員教授)/ 滝澤 豪 (経済産業省経済産業政策局産業人材参事官室参事官補佐)
コメンテータ 浅川 和宏 (RIETIファカルティフェロー/慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

東アジア経営、経営の東アジア化

三本松氏:
東アジア経営とは「輸出等の市場獲得活動の空間的広がりを、自国を含む東アジア地域に展開した状態で、供給品目の範囲に応じ、機能連鎖の空間的配置(研究、開発、生産、流通等)を国内又は国外で、内部(子会社)分担・外部委託の別に自国(日本)を含む東アジア地域内各国で展開して、ダイナミックな競争力を確保しながら東アジア市場で経営上の成果を達成する経営」と定義できます。経営の東アジア化とは一言でいうとマネージメントの現地化です。これには東アジア最適な経営人材を登用し、業務プロセスに異文化チームを登用することも含まれます。

「物」と「サービス」の対比

「物」には、見えて在庫が効き、提供機能が安定して、何回でも機能を引き出せるという特徴があります。「物」は顧客への提供機能を製品の構造・形態で実現するよう開発・設計され、市場と離れた所で加工度を上げながら事業化、量産化されていきます。

一方、「サービス」には同時性、消滅性、無形性、変動性、顧客との協働生産性の5つの特性があります。「サービス」とはこうした特性により、顧客の不満・課題に対して、顧客のアプローチ可能な場所・時間で、1回毎、ソリューションを提供して(売り切って)、顧客満足・顧客ロイヤリティを確保することです。また、サービスは、顧客への提供機能をモデル化し、それを供給システムで構造化し、組織・業務により顧客に供給されます(例:ある場所で病気を治すという機能を実現するために病院システムを作り、ドクターの組織、看護師の組織、会計の組織、薬の組織を機能別に組織化・チェーン化して、顧客接点のプロセスを通じてサービスを供給する)。

「物」と「サービス」は経営者が人と技術・設備を組み合わせて、物(インプットをアウトプットに変換)、サービス(提供機能の形成と順次供給)のプロセス別に機能・業務チェーンを形成し、ルーティン化して経営管理する点では共通しています。

製品供給企業のフレームワーク

機能をどのように実現するかを構想し、機能を形にする事業設計のレベル、それを組織・業務プロセスでどう実現するかを構想する組織設計のレベル、そして組織能力(業務ルーティン)設計のレベルが製品供給企業の基本構造です。ルーティン設計は、物作りと新製品開発の2つの側面でダイナミックな競争力を確保するためのものです。

そうした競争力を確保するにはグローバルな製品供給とイノベーション上の優位性を形成する必要があり、これら優位性は新製品の開発・事業化のチェーン(イノベーションチェーン)と量産化のチェーン(供給チェーン)の2つの機能チェーンを形成し、効果的・効率的マネージメントにより顧客志向の全体最適な仕組み――研究・開発・生産を結ぶプロジェクトチームや企業間のバーチャルなネットワーク等、サービスでいうならばフランチャイズチェーンシステム等――を形成し、最適化した業務ルーティンを形成することで達成できます。

グローバルにダイナミックな競争力のある製品を市場に供給し、グローバルな市場で顧客満足を得るには、企業発展のレベル(設立時・急成長期・安定成長期)に応じ人・資金等を調達し、先に述べたこれら優位性を保持するのに必要な供給システムを構築し運用する、更にその中でプロダクトイノベーションやプロセスイノベーションを実現する必要があります。

サービス供給企業のフレームワーク

顧客ニーズや顧客を取り巻く環境は変わっているにも関わらず、供給サイドの構造認識は変わっていない。このギャップはイノベーターにとってのチャンスです。

まずは人・組織の不満があります。この不満をいかに解決するか、イノベーターは新機能を着想します。たとえば10分1000円を売りにする高速ヘアカットチェーン。ここでは床屋に一般的な4つの機能のうち3機能が削除されました。ただし単に削除するだけではシステムは機能しなくなります。そこでサービスモデルを再構成し、床屋システムに構造化して、組織・業務で実現する。具体的にはこの供給システムの設計、対応する組織・業務設計の中で、顧客サービスでの顧客接点のプロセスに関連する個別の機能別の業務チェーンの設計に加え、各種課題(品質・生産性向上等)にマネージメント対応することで、情報を共有し、顧客志向で差別化し、効率的で全体最適な仕組み、更には最適化した業務ルーティン(組織能力)のあり方を設計する。こうすることでサービス供給上の優位性は構築できます。

更に、東京で10分1000円を売りにしたヘアカットチェーンを展開するには人材面でも資金面でも開業準備に多大な手間暇がかかります。こうした準備をすべて整え、更に顧客接点のマネージメントをした上でサービスを提供し、買ってもらい、顧客満足・感動を手にし、ロイヤリティを獲得する。この仕組みがマニュアル化され、国内地方と東アジアに向けて同時展開し、東アジアでもサービスイノベーションのモデルとなっています。

東アジア・グローバル経営に向けてのレベルと道筋

東アジア・グローバル経営に向けてのレベルとは親会社と子会社が連携する組織ルーティン、組織能力のレベルともいえ、本社からの輸出、現地販売会社を経由して輸出するレベル1、現地に合弁企業を立ち上げ現地生産会社をつくるレベル2、単独で現地生産会社をつくるレベル3、貿易機能、生産機能等を担う複数の子会社を持つレベル4、親と子会社間での機能の分担と統合が起きるレベル5、本国を離れた本社による東アジア・グローバル経営統合が起きるレベル6の6つのレベルで概念化できます。

海外に展開すれば、子会社であっても異文化・異法人にルーティンを転写する必要が生まれます。ところが米国でも中国でも子会社以外にはルーティンを強制的に転写することはできないので、騙しあいの世界になる可能性があります。こうした可能性を回避しながらいかにしてルーティンを共有するかがグローバル経営の本質となります。

ベンチャー・中小企業の東アジア・グローバル経営の最近の特徴

ベンチャー・中小企業の東アジア・グローバル経営のここ10年の特徴の1つとして、グローバルな経営方式の浸透が挙げられます。新製品の分野でもサービスの分野でも東アジア経営が起きています。受注生産の新製品でいえば、日本の検査機器や製造装置企業が新開発した、液晶や半導体の製造プロセスに関する新製品が、韓国や台湾の企業のプロセスイノベーションに直結し、イノベーションの連鎖という現象も起きています。東アジア各国にサービスイノベーションを移転し、新サービスを供給している企業や、経営の東アジア化(現地経営人材の登用)、日本での各国グループ企業トップ会議の開催もここ10年で目立ち始めています。

まとめと提言

提言としては5点あります。
(1)企業成長と経営選択、全体最適な仕組みの構築(経営管理上の必要な条件とは、物、サービスの商品特性は異なるが、共に、個別最適に陥りやすい各機能チェーンを全体最適化する仕組みを構築、運用することです。そしてこの仕組みの持続可能な条件とは参加者間のWIN-WINの関係を構築、運用していくことです)、(2)リスクへの対応、(3)イノベーションマネージメント、(4)東アジア・グローバル経営と東アジア地域内のイノベーション、(5)新しい人材育成のフレームワーク

「アジア人材資金」構想

滝澤氏:
中小企業が国際展開する上で経営人材の確保は重要な課題となります。

アジア諸国の生産拠点から市場への変容に伴いマーケティングができる人材が必要になる等、企業のアジア展開に必要な機能は多様化し、更に、グローバル化は人材獲得競争の激化をもたらしています。また、日本は人口減少社会に突入しています。こうした中、日本が経済成長を続けるには1人当たりの生産性の向上やイノベーションの創出が重要となります。そこで、優秀な外国人は創造性や多様性をもたらす資源であり、我が国産業の競争力強化をサポートする支援策の1つとして、政府は優秀な外国人の受け入れに向けた社会・制度インフラの改善に取り組んでいます。

日本には、約12万人の留学生が滞在、卒業生の3割は日本での就職を希望しているといわれていますが、実際に日本で就職している留学生の数は5000人程度というのが現状です。留学生採用の障害を企業にきいてみると、「文化・習慣の違い」や「日本語運用能力」が挙がってきます。一方、留学生の側はより充実した就職情報を求めています。こうした企業と留学生のニーズを満たし、日本企業の留学生活用を促進したいという考えが「アジア人材資金」構想の背景にあります。

具体的施策としては、「専門教育プログラム」、「ビジネス日本語研修」、「日本ビジネス研修」、「インターンシップ」、「就職支援」等をパッケージとして提供して、日本企業と留学生の橋渡しを行います。加えて、経済産業省は、企業の側で必ずしも外国人人材を活用できる環境が整備されていないことを受け、「グローバル人材マネージメント研究会」を立ち上げ、産業界と共に推進方策について検討を進めています。

アジア人財資金構想は、大きく2つの事業に分けられます。1つ目は、企業と大学が産学連携のコンソーシアムを形成し、企業ニーズも踏まえた留学生選考を行います。また、各地域で優秀な留学生に対し日本語研修、ビジネス文化研修、インターンシップを提供することで、地元企業と留学生の橋渡しをするスキームも用意しています。

コメント

コメンテータ:
三本松氏ご紹介のフレームワークはメタナショナル経営のコンセプトに適合するようです。メタナショナルとはすなわち、自国・自社の優位性のみに依拠せず、世界レベルで能力構築をするという概念です。イノベーション活動を行なう上では、自国中心主義や自前主義、更には先進国市場主義をいかに克服し、グローバルでオープンな視点を持つかが重要となります。人材不足に陥りやすい中小ベンチャー企業は大手企業に比べメタナショナル的経営の必要性は高まるでしょうし、また実際そうした経営に適した条件も備えています。したがって中小企業の地域での、あるいはグローバルなレベルでのイノベーションは特にメタナショナル的観点から極めて重要な論点を提示していることになります。グローバル経営との対比で何が東アジア経営を特徴付けるのかといった点や、東アジア経営を実践する企業の組織能力構築プロセスを今後さらに掘り下げていくことが研究課題になるのではないかと考えています。また、中小企業に顕著な経営課題をさらに整理することもできるでしょう。

質疑応答

Q:

日本語よりも英語でコミュニケーションできる人材の方が必要なのではないでしょうか。また、留学生ではなく教授レベルの人材を日本に招待する方法もあるのではないでしょうか。医療サービス等のプロフェッショナルサービスでは規制を考える必要がありますが、どういった枠組みが必要だとお考えですか。

滝澤氏:

最初のご指摘に関しては、商社からでさえもマネージメントレベルでいきなり英語を取り入れるのは難しいという意見があがっています。当面の課題は日本企業の国際化であり、高度人材の卵である留学生は、日本語や日本文化に対する理解があることから、海外人材の活用に向けた大きなステップになると考えています。規制に関しては経済連携協定(EPA)等の場で議論されていく課題だと思います。

三本松氏:

医療、介護、看護等については、規制緩和とビジネスモデルの革新は連動しています。この点にどう取り組むかが現在の日本が抱える最大の課題だと考えています。まずは国内での構造改革に取り組むべきでしょう。

Q:

全体最適な仕組みの構築を提言されていましたが、企業の全体最適化はどのように評価できますか。また、どのようにすれば全体最適化は実現できるのでしょうか。

A:

全体最適化とはわかりやすくいえば部門をまたがるプロジェクトチームを形成することです。主体をまたがってオープンソースで開発要素を構成し、新製品に必要な要素を満たし、それを新製品の機能の塊にして、設計に落とすといったチェーンのプロセスを持っているかどうかで企業の全体最適化は評価できます。サービスの場合は品質や生産性の向上が全体最適化の目的となっていますが、まずは何のための全体最適化か、その定義を考える必要があります。最も重要なのは顧客満足度・感動を目的関数に逆算したモデルが成立しているかという点です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。