日本外交の展望

開催日 2007年1月22日
スピーカー 田中 均 ((財)日本国際交流センターシニア・フェロー/東京大学公共政策大学院客員教授)
モデレータ 高原 一郎 (RIETI副所長)

議事録

外交のグランドストラテジー

安倍首相のいう「戦後レジームの終焉」、「美しい国」、「主張する外交」はいずれも正しい概念だと思いますが、今後はその具体的内容を世界に向けきちんと説明する必要があります。そのためには外交のグランドデザインが必要となります。どういう方法で何について「美しい国」を実現するのか、あるいは「主張する外交」で何を主張し、その主張をどのように実現させるのかを示すグランドストラテジーも無く、建前だけで「美しい国」だとか「主張する外交」といっても、各国からの理解を得ることは難しいでしょう。

グランドデザインに関連していえば、たとえば、1990年代に日米安全保障議論が行なわれる中で、米海兵隊による婦女暴行事件が起き、沖縄の負担軽減という短期的政治的要請が強まりました。沖縄の負担軽減は国益にもつながりますが、同時に日本政府はグランドストラテジーの中で沖縄問題を考えました。その結果が日米安保条約の共同宣言であり、その後の日米防衛協力のガイドラインという訳です。沖縄問題については普天間返還や「沖縄に関する特別行動委員会(SACO)」のプロセスで地元住民の負担を軽減する一方で、日本の安全保障上の役割を強化・拡大する必要がありました。

私は日米防衛協力ガイドラインで日本の役割を明らかにすれば、日本のミッションは増え、米軍基地の負担軽減につながるだろうという考え、この考えに基づきグランドストラテジーを策定しました。それが日米防衛協力のガイドラインから周辺事態法へと発展し、更には有事立法、アフガニスタンやイラクの特措法へとつながった訳です。

シンガポールとの自由貿易協定(FTA)も戦略的に締結しています。日本は1980~1990年代に、米国の圧力を受けながらグローバルスタンダードの市場を作ってきましたが、東アジア市場が拡大する中、更に少子高齢化が進む日本がより大きな経済的繁栄を享受するには、今後日本がイニシアティブをとって、経済協力や経済連携協定(EPA)を活用しながら東アジア地域に高度な市場を構築していく必要があります。そこで必要となるのが東アジア共同体という大きなコンセプトであり、これもまた外交のグランドストラテジーといえます。

2001年からの北朝鮮との水面下での交渉でも、地域の平和を達成するために日本は何をすべきかを示すグランドストラテジーがありました。北朝鮮が正常な政策をとるようになれば、地域の安全保障上の脅威も無くなります。平壌宣言は、拉致問題を解決し、核問題を多国間で解決し、国交を正常化すれば、北朝鮮に大きな経済協力が提供されることを示したロードマップです。私は日本の外交は数年先には必ずこの路線に戻ると考えています。

憲法解釈と現実とのギャップ

安倍首相のいう「戦後レジームの終焉」とは、1つには憲法が想定した国際関係と現実の国際関係のギャップを埋めること、もう1つには日本の戦後の過去と現在のギャップを埋めることを意味します。現憲法は非常に平和な世界を想定しています。しかし現実に起きたのは朝鮮戦争であり、東西冷戦でした。脅威の性質も、国家間の戦争から、非国家主体によるテロや大量破壊兵器の拡散へと変容しています。安全保障の視点も防衛・自衛から、紛争予防、あるいは紛争による個人への人道的被害をどのように最小限に留めるのかといった点や、テロをどう未然に防ぐのかといった点へと移っています。

そうした中、日本国憲法は、あまりにも現実と乖離しています。このギャップを埋めるために、戦後われわれはさまざまな理屈を考えてきました。たとえば、周辺事態法や日米ガイドラインでは、他国の武力行使と一体化しない、という苦しい概念が捻出されました。この考えによると、米軍の負傷兵を治療することさえ、治癒後の兵士が戦地に戻すのであれば、それは「武力との一体化」であるとみなされてしまいます。このような論理によって、われわれは集団的自衛権の行使を禁じる憲法の解釈に反しない領域を拡大してきました。中でも「非戦闘地域」という概念を生みだし、こうした地域に完全武装した自衛隊員を派遣しても違憲ではないと解釈した点は注目に値します。しかし、このような論理は諸外国の不信を招きます。「戦後レジームの終焉」というならば、国内でしか通用しない虚構の論理に終止符を打ち、どういった状況で集団的自衛権が行使できるのかを法律で定める必要があります。

過去と現在のギャップ

戦前、諸外国に大きな損害を与えた日本と、戦後、急速に経済発展を遂げ、短期間で諸外国に比肩する国家となった現在の日本は大きく異なります。それにも関わらず、基本的人権が十分に守られていない中国になぜ過去の問題を指摘され続けなくてはならないのでしょうか。もちろん未来に向けての展望を開くには、過去の問題についての基本姿勢を踏み外してはなりません。すなわち、1995年の村山談話で示された、周辺諸国に損害を与えた過去を忘れず、将来に向かって平和を築くという姿勢です。その基本に立って、日本は東アジアにおいて能動的に秩序を作っていくべきだと私は考えます。日本はこれまで国内体制の変革でも対外政策の策定でも米国の影響を強く受けてきました。しかし世界統治に責任を持っていると考える米国は、追従する他国を真剣には扱いません。更に、東アジアで信頼を勝ち得ない日本は有用な同盟国とはみなされないでしょう。そういった意味でも、日本は欧米諸国との関係を十分に活用しながら、民主主義、経済力、技術力、環境・エネルギー政策といった戦後築き上げた資産を東アジアに積極的に広げ、地域秩序の構築を主導していくべきだと考えます。また、日本にはその能力があると思います。

中国を巡る外交課題

年率8~9%の成長を続ける中国市場は今後も魅力的なマーケットであり続けるでしょう。中国市場といえば、中国の貿易依存度や外資依存度からみても明らかな通り、諸外国と共に成長している点が特徴的です。ですから、中国を孤立させたり、封じ込めたりするような政策は成り立ちません。むしろ中国が国際ルールを尊重し、対外的に覇権を求めない国になることは、日本を含め世界の利益につながります。この点で日本が東アジアで実施すべきグランドストラテジーとは、過去についての基本姿勢を守りながら安全保障上のタブーを無くし、集団的自衛権が行使できるよう法整備を進めることです。

安倍首相の訪中・訪韓は極めて好ましいことです。日中関係において今後必要となるのは大国間の関係をつくるためのグランドバーゲンです。中国の経済成長は軍事的成長をも意味します。現在のように不透明な仕方で中国が軍事大国化するようなことはあってはなりません。

過去の問題についても基本姿勢を維持しつつ包括的議論を進め、互いの議論を透明化する必要があります。また、日本は中国の環境・エネルギー問題に対して本格的な協力をすべきです。

更に日本は、中国と目標を共有しながら東アジア共通の経済ルールを作るべきだと考えます。東アジア共同体実現に向けたプロセスについても日中間で議論すべきでしょう。経済的共同体については、私は東南アジア諸国連合(ASEAN)+3+3(日中韓、インド、オーストラリア、ニュージーランド)の16カ国のEPAのネットワークの実現から始めるべきだと考えています。二国間協定を積み重ねて経済連携地域を作るには時間がかかると思いますが、まずは二国間のネットワークを張り巡らせることから始められるでしょう。こうしたネットワークの構築ではFTAだけではなく、WTOを超える投資や人の稼動も課題とすべきでしょう。

貧困国と対等の関係でEPAを結ぶことは難しいので、日本はASEANの貧困国に集中的に経済協力を提供すべきです。これも「戦後レジームの終焉」に含まれることですが、戦争に負けた日本が東アジア諸国に紐をつけずに援助した時代は終わりました。今後はもう少し目的意識を明確にして、人材開発、民主主義的制度の構築、市場開発の分野でのインドネシアやタイ、フィリピンといった国への援助を強化すべきです。

安全保障については、地域に普遍的価値、民主主義的価値が広まるまでの間は、日米、日欧、米韓、米豪等の二国間防衛機構の役割が減ずることはないでしょう。一方、海賊、テロ、津波、大量破壊兵器拡散等に協力的に取り組む地域の安全保障枠組みは実現可能であり、そうした枠組みにおいて、第七艦隊等の強力な資産を持つ米国とASEAN+3+3(日中韓、インド、オーストラリア、ニュージーランド)は非常に重要な役割を果たします。

質疑応答

Q:

国益が追求される過程で国民の考えが反映される余地はありますか。また、北朝鮮問題については、日本政府は6カ国協議で核問題に取り組みながら拉致問題の解決を図っています。これはお話にあった包括的取り組みといえるのではないでしょうか。

A:

これまでの外交では、西側の一員であるとか、米国と同盟関係にあるとかといったように座標軸が明確でしたから、国益についても比較的容易に回答が得られましたが、今後は日本の座標軸がどんどん増えていきますから、政・官だけで対外政策の中核が決められるべきではないと思います。だからこそ外交についての議論を活発にしなければなりません。少なくとも有識者といわれる人は、もう少し専門家の知恵を活用しながら、外交面での日本の選択肢、あるいは座標軸を議論しておく必要があります。そうでなければ、すべてが政治的要請で牛耳られてしまいます。省益か国益かという議論もありますが、官僚は日本の選択が合理的であること国民に説明し、国内の支持を強化する必要があります。
北朝鮮問題については、拉致、ミサイル、核開発、偽造通貨、麻薬に絡む北朝鮮の政策は、自らの生き残りのためには何をしてもいいと考える点でみな同根です。これらは分けて考えるべきではなく、こうした政策を根本的に改めさせない限り拉致問題は解決しません。6カ国協議で取り組まれているのもこの根本であり、核問題の解決方法として示された2005年9月の共同宣言でも、日朝間の懸案解決や、米朝国交正常化を睨んだエネルギー協力といった、核問題に限らない包括的な課題が提示されています。ですから日本は強硬措置をとることを目的化するのではなく、北朝鮮の根本的問題の解決に向けまずは諸外国との連携を緊密化させる必要があります。
政権崩壊によって北朝鮮の根本を変えることは可能かもしれませんが、それに伴う人的被害等のコストを考えれば選択肢とはなりえません。6カ国協議では、大きな監視メカニズムの中ですべての政策を変えさせるソフトランディングを目指しています。拉致問題を前進させないことの報復措置として制裁を課すことは、日本国内での大きな政治的要請だと思いますが、そうした解決手段はプロフェッショナルではありません。

Q:

朝鮮半島が分裂した状態で安定している方が、統一によって不安定になるよりも日本の国益にかなっているという意見がありますが、これについてはどうお考えですか。

A:

民族の統一はいずれの場合でも重要な概念であり、結果的には平和を生むでしょう。統一朝鮮の実現が日本にとって好ましいか否かはあくまで二次的な問題です。韓国国民がそれを望んでいるかどうかは別にして、南北の統一は望ましいことです。国際社会も安定的統一朝鮮を目指すべきだと私は考えます。

Q:

米国はイラクで手一杯で北朝鮮やイランでの有事には対応できないという意見があります。仮にそうであるとして、日本はどう対処すべきでしょうか。

A:

北朝鮮がさらなる核実験やミサイル発射に踏み込めば、中国や韓国も政策の見直しを迫られ、北朝鮮の孤立は進み、その結果国内的な不安定により崩壊することは考えられます。それがソフトランディングならいいのですが、そうでない場合が懸念されます。北朝鮮は米国のイラク政策に関わりなく、既に相当追い詰められていると思います。したがって今、1つの目的の下に各国が連携すれば、解をみいだせるかもしれません。もちろん北朝鮮が自分たちのテコを完全に放棄することはなく、核も支援を見返りに徐々に廃棄していくという方法をとるでしょう。そのため、すべてが解決するには5年はかかると思います。日本はその5年の間に、日本にとって好ましい政策を北朝鮮が講じる仕組みを作るべきです。

Q:

朝鮮半島統一を視野にいれた地域情勢を考えると、中国が対外的に覇権を求めないようになるとは考え難いのではないでしょうか。

A:

軍事支出の二桁成長を遂げる中国が周辺国の脅威となる可能性は否定できません。しかし、中国が覇権を求めないようにするためのルールを作り、これに中国を合意させることで事態を変えることは可能です。日中、あるいは米国も含めた国々の安全保障政策で透明性を高めたり、非伝統的安全保障の分野で東アジアに地域的枠組みを構築したりすることがルール作りとして考えられます。そのためには米国の力が不可欠で、米国がこの地域で確たる役割を果たすことには日本にとっても好ましいことです。オーストラリア、ニュージーランド、インド、韓国との連携をとる必要もあります。中国は地域共通のルールで変わると私は考えます。事実、中国が世界貿易機関(WTO)への加盟を果たした今、中国の経済政策の予測可能性は高まっています。その意味で私は、日米同盟関係、民主主義国との連携、協力的地域安全保障枠組み、二国間政策の透明化、東アジア共同体を視野にいれた重層的関与政策が中国に対するグランドストラテジーだと思います。

Q:

経済産業省の鉱物資源安定供給政策についてご指摘があればお聞かせください。

A:

外務省と経済産業省は資源を巡る外交や通商政策をきちんと議論し、共通の大きな枠組みで政策を展開する必要があります。民間であろうと、省庁であろうと、オールジャパンで国益を考える体制が作られることを切に希望します。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。