日産自動車のマーケティング改革

開催日 2006年11月28日
スピーカー 星野 朝子 (日産自動車株式会社執行役員(市場情報室担当))
モデレータ 高橋 淳 (経済産業省経済産業政策局経済社会政策室長)

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

日産自動車は、カルロス・ゴーン社長の日産リバイバルプラン(NRP)によって、1999年の純損失6800億円という巨額な赤字から、翌年度末には早くも黒字転化を達成し、その後も改革を続けて驚異的な好業績を維持している。改革の過程で、「顧客指向」を社内に浸透させるため新設された市場情報室担当の星野執行役員が、日産の改革の仕組みと、これまであまり語られなかったマーケティング改革について語った。

改革の推進力はクロス・ファンクショナル・チーム

星野氏は日産の改革の成果について、「99年と比較して05年は、新車販売台数が41%増、売上高は60%増、営業利益は955%増を実現。2兆円もあった有利子負債もゼロになり、11%というこの業界で殆どあり得ない高い営業利益率も達成した」と説明した。

一連の改革の推進力となったのは、各部門から精鋭が選ばれて、社内横断的に事業の発展、購買、生産などの各種の課題解決に取り組む「クロス・ファンクショナル・チーム(CFT)」だ。各CFTは、あらゆるタブーに縛られずにゴーン社長に直接改革の提案を行う。CFTは、実施の責任を負わないことで、より果敢なチャレンジを各部門に提案できる仕組みだ。

日産のCFTの特徴はeternalであることで、期限を切られず、いつ、何を提案するかはチームに任されている。星野氏は、「CFTのメンバーはある意味で各部門を背負ってきており、各部門の立場からの議論を超えて、何が課題かを導き出すまでが大変だ。どこにチャレンジするか決まれば解決策は速い。また、CFTは提案実施後のtrackingも行い、怠けているところがあれば、すかさずチャレンジして行くのが役割」だと言う。

一方、現場でのクロス・ファンクショナルな課題やCFTからの提案を実行プランに落とすのは、各ラインの「Vアップ・チーム」が責任を持つ。CFTとV-upの両輪で、改革は常に提案され実行されていく。

ブランドの確立が次のチャレンジ

改革による収益の改善は著しかったが、メーカーにとって成長を持続する生命線ともいえる「ブランド・イメージ」の確立に関しては、まだ大きな課題が存在する。
そこで、同社は、国内市場での「存在意義」を求めて道を歩み始めた。星野氏は、「日産の明確な特徴を持つことでユーザーの心を捉え、購入して満足してもらい、それによりファンが増加するというスパイラルを描いていけないと、経済的利益のある成長はsustainableでない」と言う。このため、ブランド・アイデンティティの確立に向け、日産ブランドの定義をまとめた「ブランド・ディクショナリー」を作成し、それに沿った商品開発、コミュニケーション、社員の行動等を定義している。

既成概念をShiftするマーケティング改革を開始

マーケティング分野では、Shiftキャンペーンを開始した。「既成概念、常識を変革し、新しい価値を提供する」という意味を込め、「Shift__」をタグラインにしており、「現在日産では、何をshiftするのかが、改革の提案の重要なポイントになっている」と星野氏は述べる。

これまでの「Shift」例を挙げると、半年間で6車種の新車発表と従来の秘匿管理の概念を打ち破る発表の半年前からの新車キャンペーン、新聞の一面全部をジャックした広告、デザイナーとのコラボレーションによるインテリアに力を入れた車種では「椅子」に焦点を絞った広告など、常識を打ち破る手法にチャレンジしてきた。これらの成果が、インテリアの良い車として女性に認められるなど、日産のブランド・アイデンティティの確立に繋がりつつある。

「顧客指向」のために社内の調査部門を一元化

ゴーン氏は、「顧客指向」を社内に浸透させるため、マーケティング改革の要となる市場情報室を新設した。市場情報室は、新車開発から販売や販売後のマイナーチェンジなどに至るまでの各段階で必要とされる、各国の社会トレンド、技術トレンド、消費者、価格情報などの情報を一元的に提供する。

かつての日産では、リサーチ部門は商品企画、販売、研究開発などの部門毎にそれぞれ存在しており、「顧客の声」を代表するスペシャリストが社内に存在していなかった。リサーチ部門を独立させ、意志決定の場に直結させることで、各部門に都合の良い結論ありきの調査ではなく、company orientedにデータが読める客観性が確保された上で調査が行えるようになる。しかも、顧客や市場に関する豊かな情報を提供できるexpertiseを持つようになった。日産では、「顧客のベネフィット」を中心に据えるため、毎月の意思決定会議に提供する消費者関連データは、直接市場調査室が提供するか、或いは他部門が提供する場合は市場調査室のvalidationが必要という。

独立した調査部門を機能させる人材育成

質疑応答では、「独立した調査部門にすると、現場の専門的な知識の不足で機能しないことがあるが、人材育成はどうしているのか」との質問に対し、「車のセグメント毎にその分野では世界中のマーケットの知識を持つ専門家を育てるなど、さまざまなことをしている。さらに、専門的な顧客情報を蓄積した人間が商品企画など他部門に戻って強みを発揮することも考えられる」と述べた。

(2006年11月28日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。