日本を強くする~産官学協業による新産業創出のすすめ(日本ゼオンの新規事業とMOT)

開催日 2006年11月2日
スピーカー 山崎 正宏 (日本ゼオン株式会社代表取締役専務)
モデレータ 安居 徹 (経済産業省製造産業局化学課機能性化学品室長)/ 田尻 貴裕 (経済産業省製造産業局化学課課長補佐)
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議事録

日本の化学産業は、現在、我が国製造業の中で、出荷額では輸送用機械に次いで第2位、付加価値額ではトップを占める。なかでも、高機能材料は、世界市場におけるシェアが、半導体や液晶向けの高機能材料で各6割と7割を占めるなど、化学産業を支える力となっている。高機能材料に特化し、産学官協業を活用したMOT(技術経営)によって、世界市場で独占的なシェアを持つ製品を多数開発している日本ゼオンの山崎専務が、同社の成功を支えるものは何かを語るとともに、産学官協業による日本の産業の強化について提案を行った。

新規事業の飛躍的拡大

特殊ゴムでは世界一の基盤技術を有していた日本ゼオンは、オイルショック後の危機感の中で新規事業の探索を開始、80年代に新規事業展開を進め、93年には、さらに進んで「独創的世界一技術での展開」を目指す方針に転換した。同社は、基盤事業の合成ゴム分野を「強いものはより強く」して安定的な収益を確保、そこで得たキャッシュフローを新規事業に投資して、独創的技術の高付加価値商品、同社の言葉で「世界一製品」を作り上げてきた。

こうした「だれにもマネのできない技術」による、高機能透明樹脂、半導体製造用エッチングガス、合成香料などの高機能材料の新事業収益は、2000年に初めて黒字化し、その後も拡大を続けて、今や基盤事業の収益と肩を並べるまでになった。このため、同社は、今年度見込みを含め6期連続で過去最高の経常利益を更新中であり、新規事業収益は、今年度には累損も一掃して今後は基盤事業収益を超えて拡大する見込みである。新規事業は、同社の業容を変え始めているのである。

「産学官協業」などで開発スピードを半減、市場に出して1年で黒字化

材料の開発には、時間がかかる。かつて日本ゼオンの製品開発は、研究開始から世の中に製品を出す上市まで平均6年弱、上市から黒字化まで同6年弱、合計平均12年弱の長期間を要した。このため、同社は独自に研究開発のスピードを上げる4つの方法を開拓した。
それは、(1)研究開発から市場化という順序ではなく、未来の市場、未来の製品像などに合致する開発テーマを選定する、(2)世界一の技術者と協業または招聘によって自社に不足している研究資源を補う、(3)ビーカーから徐々に規模を拡大して生産機テストに至る通常の順序でなく、まず工場を建て生産機で24時間体制の開発を行い、開発成功と同時に上市可能にする、(4)新材料の実用化に必要な新しい装置、新しい製造プロセス、理論の裏付けという、一社には不可能に近いことを産学官協業で成し遂げる、の4点である。

山崎氏は、「開発には産学官協業が必須であることを実感しており、基本的に全て産学官協業で行う」と言う。産学官協業により、同社の開発のスピードは、研究開始から上市まで平均5年半強、上市から黒字化まで同1年弱、合計平均6年半と大幅に短縮された。山崎氏は、「この分野で世界一と惚れ込んだ大学の先生の指導を受け、新たな材料を使いこなそうとしてくれる企業集団の優秀な人々の力を借り、国のプロジェクトで協業する。このため開発のスピードが速まるとともに世の中が認める高付加価値製品となり、市場に出てから黒字化までの期間が圧倒的に速くなった」と述べた。

ゼオン流のMOTで経営戦略と研究開発戦略を一体化

同社は不確実性の中から富を生み出し、新製品・新事業を継続的に創出して企業を発展させるためMOTが不可欠とし、ゼオン流MOT、すなわち「経営戦略と技術開発戦略の一体化」のため、1994年以来、毎月、社長と経営陣、生産技術、事業の責任者、研究開発担当者が参加する研究開発会議を開催している。そこで毎月研究開発テーマの進捗を議論することで、事務系の社長でも技術や開発テーマの関係者に親しむようになるとともに、産学官協業の場と同じ情報を社長以下のマネジメントが共有することで、正式な決定の場での即断・即決が可能になる。

また、同社は、新技術の開発について、「ニッチでも、得意分野で地球に優しい革新的独創的技術にもとづく世界一製品・事業を継続的に創出し、社会に貢献する」ことを基本的な考え方としている。従って、今後も材料と部材の分野に徹していく、という。

日本の産業への提言-リスクを恐れず新材料でパラダイムシフトに適応を

最後に、山崎氏は、「まもなく、ユビキタス社会に向け、スーパーブロードバンドネットワークを構築するためのパラダイムシフトが起き、通信・情報家電の多機能化・高速化・軽薄短小化が進む。シュンペーターの“創造的破壊”により、取り残された企業は衰退する。日本を強くするためには、現在の高度部材産業の強みを生かす、情報通信機器・デジタル家電産業の強化が必要」と提言した。日本は、川上の電子材料、川中の電子部品・半導体などでは世界市場の半分以上を占めるが、川下の産業のシェアは3割以下と低い。「技術革新でここを強く出来れば全てが生きる」と山崎氏は訴えた。

山崎氏は、「“創造的破壊”は、あっという間におこるので、技術の方向はトップダウンで即断することが必要で、このためにもMOTが必要。新材料は既にあるが、残念ながら、今、使用しようとしているのは米国の企業だ。日本企業は世界に先駆けて新材料を採用するリスクテイカーであってほしい」と述べた。

質疑応答では、なぜ日本企業は新材料を使おうとしないのかとの問に対し、「2001年のIT不況で同世代の経営者がいなくなり、リスクを取る風土がなくなった。また、短期間で結果を求められ、期間をかけて成果が出る仕事が評価されない現状がある」と回答した。

(2006年11月2日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。