オムロンの技術経営 ~グローバルR&D協創~

開催日 2006年10月27日
スピーカー 北尾 善一 (オムロン株式会社経営企画室知的財産部企画グループ長)
モデレータ 住田 孝之 (経済産業省産業技術環境局技術振興課長)
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議事録

オムロンの事業概要

オムロンは、「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくリましょう」という社憲を掲げ、「機械にできることは機械にまかせ人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである」との企業哲学の下、これまで操業してきました。2005年度には連結で6200億円の売上を計上しました。

オムロンはグループ本社に加え、インダストリアルオートメーション、エレクトロニクスコンポーネンツ、オートモーティブ・エレクトロニック・コンポーネンツ、ソーシャル・システムズ・ソリューション&サービス事業の各ビジネスカンパニーを組織に従えています。かつては体温計、血圧計等の健康機器の会社といわれていましたが、現在、健康機器を扱う部門は別会社となっています。事業構成(売上高ベース)では、制御機器事業が43.5%、電子部品事業が15%強を占めています。また、車載電子部品事業にも進出しています。その他、自動改札機等の社会システム事業、健康機器事業がオムロンの売上を構成しています。

オムロンはグローバルな企業ですが、日本国内の売上比率が56.6%と過半数を占めています。海外では欧州、アジア、北米で事業展開しており、最近では、特に中国での事業拡大が顕著になっています。実際、オムロンは既に中国国内に16の工場を構えています。中国での事業は技術流出等の問題もありますが、中国は看過できない巨大市場です。オムロンは中国を第2の本社と位置付け、中国事業に大きく力を入れています。

最適化社会に向けたオムロンの取り組み

先程紹介した社憲には今年5月に若干の修正が加えられ、現在では「企業は社会の公器である」という基本理念の下で経営指針と行動指針が定められています。オムロンは経営指針として「個人の尊重」を、経営理念として「ソーシャルニーズの創造」を重視しています。

「SINIC理論(SINIC=Seed Innovation to Need Impetus Cyclic Evolution)による未来予測(社会成長のシナリオ)に基づき『最適化社会』へのフロンティアを信念をもって拓く」というのがオムロンの方針です。オムロンは情報化社会の次の段階として2005年から「最適化社会」に突入したと考えています。「機械にできることは機械にやらせる」という理念が実現した社会です。

情報化社会ではパソコン等を使用する際にID入力が必要となります。IDを入力するにはパソコンの知識が必須となりますが、オムロンはここで、パソコンの知識がない人や子どもがパソコンを使用するときのことを考え、顔認証システムを開発しています。このシステムは表情からユーザーのパソコン知識の有無を判断し、音声ガイドを行なう機能を持っています。パソコンではまだ実用化されていませんが、工場では既に実用化が進んでいます。「最適化社会」の到来を物語る2つ目の事例が機械による技術継承です。これまでは不良品が出ると、生産技術・品質管理の専門家が現場に直行し、問題点を特定して全工程でフィードバック・修正をかける仕組みとなっていました。しかしこうした熟練技術者の定年を控え、そのノウハウをいかに伝授するかが課題となります。そこでオムロンでは技術の伝承を機械に任せる技術の開発を進めています。今後は「センシング&コントロール」に特化して、安心・安全・健康の実現を目指した開発を進めていきます。

今後の展望

オムロンは21世紀型企業のあるべき姿として「健康でおもしろい企業」、「ホロニック企業」、「マルチローカル企業」を目指し、その実現に向け企業変革ビジョンとして「経営の自律」、「事業の自律」、「個人の自律」――特に「個人の自律」――を重視しています。また、オムロンは2010年までのシナリオを描いた経営目標の下で企業価値の倍増、株主資本収益率(ROE)10%の維持を目指しています。現時点でROEは2005年、2006年共に10%を超える見通しです。

オムロンは当初、2010年までの成長イメージを「収益体質つくり」と「成長への積極投資」の2ステップと捉えていましたが、その後後者を更に「成長構造の作りこみ」(新第2ステージ)と「成長構造の実現」(新第3ステージ)に分類し、現在は「成長と収益のバランス」を目標とする新第2ステージに入っています。オムロンは2001年度に26年ぶりの赤字経営に陥りました。そこで最初の3年間で収益体質つくりをした後、2010年までに成長構造の実現を目指すという成長イメージが構想されました。現在はROE10%の継続維持を目標に、超精密複製技術(MEMS技術)、光波制御技術、画像センシング技術、光波センシング技術、電波センシング技術、知識情報制御技術を組み上げて光表示デバイスや光通信デバイス等の開発を進めています。まさにオムロンの構造改革を支えるコア技術です。

こうした技術の詳細はオムロンのホームページで公開されています。それはオムロンが全世界を股に掛けた競争を視野にいれているからであり、これこそがイノベーションであると考えています。誰かと競争をするとき、あるいは企業が相手から何かを得ようとするとき、自分たちをオープンにしない限り相手は手を組んできません。オムロンが自社技術の詳細をホームページで公開するのはこうした考えに基づいています。

オムロンは「商品‐技術マトリクス」、「技術ロードマップ」、「PAT(特許)マップ」の「3種の神器」で技術的強みを明確にしています。経営側はコア技術テーマや成長テーマに資金を拠出しますが、同時に、テーマを実現させる上での技術の妥当性や市場の有無を半年毎に見直しています。そこでの判断材料となるのが「3種の神器」で、経営はこれを活用しながらテーマを継続させるか、中止またはペンディングにするかを決定しています。

「商品‐技術マトリクス」の縦軸には全事業分野(商品)、横軸には各事業に必要となるコア技術が記されています。このマトリクスを見れば、自他社を網羅する形で、各事業の先駆者、技術内容、特許群やその力関係がわかるようになっています。たとえばあるコア技術を使って開発をしたいという要望が開発側からあった場合、経営側はこのマトリクスを見れば、その分野がリスク分野なのか、誰が市場を占めているのか、市場に隙間はあるのかを判断できるようになります。「技術ロードマップ」には、各開発技術の10年先までのロードマップが示され、技術ごとに「PATマップ」が準備されています。

協創(Collaborative Innovation)

電機関連会社が独自で新商品を生産する時代は終わり、今後は他企業との連携あるいは吸収合併(M&A)や産学連携が不可欠になると考えています。オムロンでも現在、M&Aを積極的に進めているところです。

事業を始める際には、まず事業ドメインを設定する必要があります。その際、経営者、開発者、知財関係者等は事業ドメインを十分理解しなければなりません。その後、自社技術ドメインを見極めることになります。事業ドメインよりかなり小さな自社技術ドメインを事業ドメインと同じ面積に拡大させるには連携やM&Aが必要です。オムロンではこうした連携やM&AをMOT(技術経営)と呼んでいます。MOTの一環として、オムロンはさまざまな機関と提携して、将来のコア技術の布石となる研究開発を進めています。最近では大阪大学との連携が多くなっていますが、京都大学やスタンフォード大学等とも提携しています。また、京阪奈イノベーションセンターに設置した「協創ルーム」に地元の学生等を常駐させ連携を進める環境も整備しています。2005年の連携件数を国別で見ると、インドが約10件、中国が20件、国内が13件、北米が8件になっています。

オムロンの中国での新たな研究開発協創の拠点として欧姆龍伝染控制研究開発有限公司(ORS)が12月にオープンします。安全性の確保や住居の手配等で1人当たり2000万円程度の経費が発生するため、日本からは開発人員は派遣せず、上海交通大学の教員や卒業生を研究開発者として採用する予定です。オムロンは研究員にテーマ、場所、開発費といったインプットを提供し、アウトプットを手にします。その意味で、ORSは新しい形態の研究開発拠点となります。技術流出の阻止や知的財産権の保護・帰属といった課題への対策として、オムロンの知財部は現在、研究開発協創ガイドラインを作成中です。

質疑応答

Q:

オムロンでは「企業の社会的責任(CSR)」という考えが非常に早くから徹底している印象があります。CSR総括室はどのような業務にあたっていますか。

A:

CSR総括室は社長直轄の組織としてCSRの管轄・管理業務にあたり、CSRに関する社長の考えを全社的に伝達する役割を担っています。また、各部門でCSRを含めた内部統制が徹底しているかの監査を監査部と共同で毎年行なっています。

Q:

海外子会社の発明は子会社と親会社のどちらが特許出願しますか。理由も併せてお聞かせください。

A:

子会社に特許を出願させた後に、譲渡対価を支払い、特許の権利を親会社が取得する方式を採用しており、そのための知財契約を事前に各子会社と結んでいます。譲渡対価の評価は商品価値や費用等に基づき決定されますが、その妥当性の判断は難しいところです。オムロンは通常、費用に付加価値分を上乗せした譲渡対価を支払うようにしています。その際、契約を事前に結んでいることは絶対必要条件となります。

Q:

オムロンでは従来、知財部を技術本部でなく経営の中枢に据えてこられたのですか。そうでない場合、経営本部に移った理由や経緯を教えてください。

A:

知財は経営そのものと考え、経営企画室に知財部を組み入れるよう上申しました。知財部は2002年に一時的措置として経営企画室に組み入れられ、2003年から正式に経営企画室の一部となっています。経営企画室に組み込まれたことに伴い、知財部には成長テーマやコアテーマを実現する上で必要となる技術の妥当性を評価するというミッションが与えられました。知財部の戦略チームは技術や競合の動向、社会全体の動きの把握に専念しています。知財部は強化すべき事業やM&Aの方向性を経営陣に提案する役割も担います。知財が経営戦略や事業戦略と理想的に結合した形だと思います。
開発部門や事業部門でも競合の動向は把握していますが、知財部は異業種の動向にもアンテナを張っているという点でこうした部門とは異なります。

Q:

最近では、中央の研究所に知財関連部署を置く会社が増えているようですが、知財部を研究所内に構えることについてはどのようにお考えですか。

A:

企業の捉え方によると思います。知財部を経営企画室に置く利点は、社長との接触が多くなることです。社長の日々の行動や考えが把握しやすくなる分、知財部として見極めるべき技術がより明確になります。中央の研究所に知財部を置くこと自体は問題ではないと考えています。

Q:

オムロンでは具体的に何のセンシングをコア技術としているのでしょうか。

A:

いまは光関係に集中していますが、音、窒素濃度等人間の五感で判断できるセンシングはすべてコア技術となります。

Q:

光ならばレーザーといったように技術分野が限られてくると思うのですが、特許マップ等で強みを伸ばす方針ですか。

A:

ご指摘の通りです。従来のコア技術を柱にしているのは事実です。一方、そういった技術が事業として今後大きくなるのかを見極める必要もあります。オムロンはそういった観点も踏まえM&A等を進めています。
知財部はM&Aの1年以上前から買収企業の技術的強みを精査し、知的資産を見逃さないようにしています。また、技術者のノウハウをオムロンに取り込む努力と並行して、人材流出を招かないよう技術者の処遇を工夫する必要があり、これも知財部の仕事で、そういう意味でM&Aは知的資産の領域に大きく関係します。

Q:

「3種の神器」での役割分担はありますか。

A:

「技術ロードマップ」と「PATマップ」には技術・開発部と知財部が取り組んでいます。「商品‐技術マトリクス」には経営戦略部がメインとなり、知財部がデータを提供する形となっています。

Q:

各事業部には知財担当者が配属されているのですか。その場合、知財担当者の役割は何ですか。

A:

各事業に特化した出願、発明発掘、海外展開をメインに担当する知財担当者がビジネスカンパニーに配属されています。

Q:

技術経営の仕組みを動かす上で大事なのが「人」と考えますが、オムロンは人材をどのように確保しているのでしょうか。大学等でのMOT教育についてもご意見をお聞かせください。

A:

オムロンに限らずどの企業でも知財責任者の後継者育成は大きな課題です。オムロンでは経営企画部から知財責任者を登用するようにしています。また、若手社員への権限委譲も徹底しています。若手社員にいち早くプロになってもらうにはOJT(オンザジョブ・トレーニング)で経験してもらうしかありません。オムロンでは次世代経営者を海外の子会社に派遣して、さまざまな課題に対し自ら判断せざるを得ない状況に置くようにしています。
ビジネススクールのMOT講座は非常に内容が濃い印象を持っています。まず、質問の質が違います。技術的な質問だけではなく、事業への結びつきや知財の役割等、非常に具体的な質問が飛び交います。ビジネススクールだけが良いとも考えませんが、さまざまな職種の人材を招待し、議論する仕組みにすれば有用な人材を輩出できるのではないかと考えています。

Q:

経営企画室から見て、自前だけではできないという意識は全社的に浸透していると考えられますか。

A:

まず事業・経営部門が考える事業ドメインと技術部門が考える事業ドメインを一致させる必要があります。そうすれば技術部門は自らのドメインの限界に気付き、アライアンスや産学連携、M&Aの意義を理解するようになります。オムロンでもかつては技術ドメインを前提とした事業ドメインを画定し、結局は事業につながらない無駄な投資が行なわれる傾向がありましたが、経営企画室に知財部を組み込むことでそれに歯止めをかけることができました。

Q:

外からの技術を導入する場合、自社技術と他社技術の線引きはどのように決断しますか。

A:

事業ありきなので、事業部門が最終的に判断します。アライアンスを組んだりM&Aを実施したりする際には、経営企画室は特許や知的資産に関連して必要となる施策の提案をしていますが、最終決断は事業部長が行ないます。

Q:

国際標準と知財・技術開発の連携のあり方についてはどうお考えですか。また、国内の大学はどう評価されますか。フォーラム等で自社規格を国際標準化する戦略についてはどうお考えですか。また、標準戦略はどの部門が担当していますか。

A:

問題となった事例がほとんどないので国際標準に関しては具体的な回答はできません。ただ、問題が発生した場合は知財部が主導する体制となっています。
国内大学が悪いとは決して考えていませんし、国内の大学と海外の大学との違いはほとんどありません。ただ、中国の大学はビジネスに応用しやすいテーマを多く持っている実感はあります。
オムロンでは社員を連携先大学に派遣し、先生にアドバイスを請うパターンが主流です。大学は未来に向けた基礎研究を進めるべきというのが個人的な考えです。しかし、企業の目的はあくまでも早期の商品化です。そこはきちんと線引きをする必要があります。

Q:

欧州にカウンターパートがいないのは偶然でしょうか。中国、インド、北米のカウンターパートはどのように発掘していますか。

A:

欧州のカウンターパートがいないのは偶然です。カウンターパートは主に学会で発掘しています。事業に絡みそうな研究を発表された先生にはオムロンからアプローチしますし、オムロンが自社の取り組みを学会で発表すれば、大学の研究者からアプローチされることもあります。技術移転機関(TLO)を介した提携先発掘は、事業とマッチしない場合が多いです。

Q:

上海交通大学、清華大学の技術水準はどの程度ですか。また、上海のORSで技術開発に付随した成果が出た場合、それは中国人研究者に帰属するのでしょうか。この点でトラブルは発生していますか。中国にアウトソーシングした技術開発で安全保障に絡む問題が生じた場合、知財部はどのように対処する方針ですか。

A:

清華大学や上海交通大学は世界トップ水準の研究機関ではありませんが、与えられた課題に迅速に解決策を提示できるという特徴はあります。
ORSでの新たな付加価値は相手に帰属する契約となっています。
安全保障の問題が生じたことはいまのところほとんどありません。ただし、そのようなリスクはあるので、今後考慮する必要はあると考えます。このような開発では、ガイドライン、契約、内部の仕組み、技術流出防止策等が非常に重要となります。

Q:

「OKAO Vision」を海外に展開する場合には国際標準との関係が議論の1つのテーマになると思います。この点、どうお考えですか。

A:

「OKAO Vision」の開発当初はオムロンから国際標準戦略を仕掛けるべきとの意見もありましたが、現時点では出願戦略をとっています。国際標準化はその後の段階と考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。