日本の不平等

開催日 2006年10月13日
スピーカー 大竹 文雄 (大阪大学社会経済研究所教授)
モデレータ 鶴 光太郎 (RIETI上席研究員)

議事録

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日本経済は戦後最長の拡大基調にあるが、個人の収入格差は広がり、だれもが景気の良さを実感する環境にはなっていない。所得格差は国会でも論争となり、関心は高まっている。著書「日本の不平等」の中で日本の不平等をアカデミックに、そして身近な問題を多面的に分析した大竹教授は、日本の所得不平等度はトレンド的に上昇しており、所得格差拡大の理由は人口の高齢化にあると指摘している。同時に、所得階層間移動の低下を反映して生涯所得格差を示す消費格差は勤労層で拡大傾向にあることを明らかにしている。

所得格差は80年代から上昇

内閣府の調査で収入や財産の不平等を感じると答えた人は、78年には13%だったが05年には4人に1人になっているという。教授は、「日本の家計全体で見た所得格差は上昇傾向にあり、特に80年前後からはどの指標でも所得の不平等度は上昇トレンドにある。家計調査では71年以降、不平等度はゆっくりと上昇し、90年代は拡大している」と指摘した。ジニ係数では1人世帯も含む家計の階層ごとのデータは、80年代より現在まで格差は拡大してきていることは事実だという。

一方主要国の男性の賃金格差推移を上位10%、下位10%でみると、米・英国がアップしているが、日本やフランスはあまり変わっていない。上位0.1%の所得シェアを比較すると、米・英・カナダはいずれも80年代からシェアがアップしているのに対し、日・仏は、そのような上昇が観察されず、02年に至るまで2%程度シェアで推移している。

所得格差は下方所得層の所得低下で発生

貧困率(中位所得の半額以下の所得の世帯比率)はこの20年間上昇してきている。日本の所得格差拡大は「上位層の所得がより高まっていることが原因ではなく、下方所得者層の所得が低下してきていることが原因である」という。こうした所得格差のトレンドを大竹氏は、人口の高齢化で説明できると指摘、「日本では年齢が高い程、同年齢グループ内の所得格差が大きく、世帯主の高齢化が所得格差拡大の原因」と分析した。

20代で低所得比率アップ

ただ最近は、30歳未満でも年齢内所得格差が拡大、低所得層がより低所得となる傾向が観察される。一方、学歴間賃金格差は「年齢計でみると70年代から現在まで変わらず、40歳代後半層では逆に縮小傾向にある」とし、学歴間賃金格差の変化の要因は中高年齢層の高学歴化にあると指摘した。

年齢階級別貧困率では最近の傾向として、20代全体で低所得比率がアップしている。また世帯レベルでの格差では、低所得の高齢者はかつては表面化しなかったが、高齢化によって独立世帯が増え、見かけ上の低所得者層が増えてきている。もっとも年齢内の不平等度は94~99年の5年間では変わらなかったが、「それ以降現在に至るまでは幅広い年齢層で不平等化が広がっている」とも。

長期的格差拡大と高齢化

消費シェアの変化では、所得のシェアの変化ほど下位層のシェアは下がっていないが、30代の消費上位層のシェアは上がり、30代の消費下位層のシェアは下がっている。この年齢層では、生涯所得の格差が拡大していると解釈できる。長期間に所得の格差が広がる要因は高齢化であって、その高齢化が所得格差拡大の主因であると説明できるのに、人々が格差の拡大を感じるのはなぜなのか。「それは将来の格差拡大への予想とデフレや低成長への影響、そして若年失業やフリーターの存在などにある。所得格差の変化には現れてこなかったが、生涯所得格差の拡大は勤労層の間で生じてきている」と教授は説明する。

日米の認識の差

こうした格差拡大の意識を大竹氏らがアンケート調査(日本3000人、米6000人から回答)したところ、過去5年間で所得・収入格差があったと感じる日本人は68%、今後5年間で拡大すると認識する人は72%と、米をそれぞれ13、14ポイント上回った。また所得は何で決まるべきかとの問いには、日本は選択や努力との回答が多く、運、才能、家庭環境、学歴で決まることに否定的だったが、米は学歴という回答が中心だった。

「人々が格差を感じるのは、若年失業やフリーターの存在によって若年層の所得格差が拡大していることと、フリーターが生涯所得の格差を発生させることを人々が予想している」と教授はいう。実際、男性年齢別賃金では賃金下位グループの人で名目賃金の低下が観察される。

チャンスは日本は少ない

また同調査では、日本の方が米より機会が平等にないとの意識が高い。90年代以降、若年層での所得格差は拡大しているが、それは「不況が要因、そして技術革新とグローバル化も否定できない」と示す。OECDによると日本の貧困率は15%で、米の17%に次ぎ主要先進国で2番目だという。「ただそれをどのデータで見るかで異なってくる。十分な所得がないため食料、医療、被服の生活必需品が調達できない絶対的貧困率の割合は、日本は国際的には非常に小さいことも事実」なのである。

男性間の格差は広がる

質疑応答で、日本社会の階層間の流動性は所得・消費格差の動きで低下しているのかとの質問に教授は、「たとえばイタリアは米に比べて格差が小さいが、階層間流動性も低い。日本も似たような状況で、日本のフリーター増は流動性低下の象徴だ」と答えた。男女の賃金格差については、「今までは、男性と女性の間の賃金格差が重要であったが、今後は、男性内格差、女性内格差が大きくなるのではないか。男性も全員がフルタイムで働く時代でなくなり、男性パートやフルタイムの低賃金層は増えている。グローバル化、技術革新によって男性同士の格差が今後拡大すると見ている」と答えた。さらに規制緩和や税制面などの政策対応に関しては、「規制緩和によって、規制で守られていた人の所得は低下し、参入できた人は所得がアップし、規制で守られていた人同士の格差は拡大した。しかし規制緩和を止めるのは何の対策にもならない。技術革新、グローバル化に対応できなかった人は教育訓練で対応するしかない」と応えた。

(2006年10月13日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。