IMFの世界経済見通し

開催日 2006年10月2日
スピーカー 有吉 章 (国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 木村 秀美 (RIETI研究員)

議事録

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IMFの「世界経済見通し(WEO)」を始めとする一連の報告書が9月に公表された。有吉氏は、それらに基づき、世界全体の経済成長は、今後とも過去30年の平均成長率を上回り、5%近い成長を維持するなどのIMFの中心的なシナリオを紹介し、さらにアジアの全要素生産性(TFP)や格差の問題などの中長期・構造的なトピックに関しても分析を行った。

2006年、2007年の世界経済見通しをともに上方改訂

有吉氏は、今回のWEOでは、世界の実質GDP成長率は、06年が5.1%(4月時点の見通しでは4.9%)、07年が4.9%(同4.7%)と、いずれも上方改訂されたが、これは、主として中国、インド経済が予想以上の成長を続けているためと説明した。また、世界経済は今後とも過去30年の平均成長率を上回り、特に04年以降、連続して5%近い成長を維持する見通しとした。

一方、世界的に需給ギャップ解消の方向に進んでいることもあり、見通しの不確実性、特に下ぶれリスクも高まっている。上ぶれリスクとしては、企業の旺盛な設備投資、中国など新興市場の高成長などがあり、下ぶれリスクとしては、米国の住宅市場の弱含み、主要国が金融引き締めサイクルに入っていること、原油価格の再高騰、米経済の減速を日欧がどこまで補えるか、米の経常収支の急激な調整の懸念などが想定される、と有吉氏は述べた。

各国マクロ経済も概ね堅調

このうち、米経済に関しては、IMF見通しは直近の住宅価格下落を織り込み済みではあるが、住宅価格の今後の動向と、それが最終的に消費にどう波及するかがポイントであるとした上で、他方では生産性の鈍化からくるインフレリスクがあり、景気減速懸念との間での連銀の舵取りが重要な要素になる、と指摘した。

日本経済に関しては、成長率が本年の2.7%から来年2.1%に減速すると予測されているが、潜在成長率に近づいており、健全な過程にあると見ているという。また、欧州についても投資を中心に構造政策の成果が出つつあり、比較的堅調だと述べた。

アジアは引き続き堅調で、原油価格高騰からの金利引締め策の一段落によって内需が回復するとみられる。中国は短期的には高成長が想定されるが、投資の過熱が将来的に過剰設備や不良債権につながる懸念があり、金融引き締めが企業の内部留保が高い中でどれだけ効果があるかを見守りたい、と述べた。

世界の金融市場は、景気サイクルが成熟する中でも安定

有吉氏は、金融市場に関しては、通常、景気サイクルが成熟すると株価のボラティリティ(予想変動率)が大きくなるが、現状では非常に安定している、あと10倍近くボラティリティが上がらないとリセッションにはならない状況か、或いは市場が十分にリスクを織り込んでいないかであると指摘した。

また、資金の流れに関しては、途上国の民間部門の借り入れが増加していることが懸念される、また地域的には東アジアとロシア・東欧への資金フローが最近急激に上昇している点が心配されるが、中国とロシアは外貨準備が積み上がっているため脆弱性は低く、東欧についてはEU統合というリスク緩和要因がある、と分析した。

原油価格低下が持続するかポイント、途上国は当面債務危機の心配なし

原油価格については、最近の価格低下を好感しつつも、低価格が持続するかがポイントだ、という。また、投機的資金が原油価格高騰の要因というより、価格が上がったから投機資金が入る関係であり、むしろ中国の需要増大をはじめとする基本的な需給関係、政治的リスクや天候などの影響で価格が再び急騰する可能性はあるとの見方を示した。

なお、石油以外の一次産品価格が好調なことから途上国の貿易収支はかつての石油ショック時ほどはトータルでは悪化しておらず、また最貧国には債務削減が実施された上、援助資金が豊富に流れているため大きな困難に陥っておらす、石油価格の高騰などに際し一時的調整のためにIMFが新たに設けたファシリティは借り手がない状態だという。

アジアはサービスセクターの生産性向上が課題、格差は拡大

次に、中期的なテーマに関するIMF分析について、有吉氏は、アジア全体のTFPは高いが国による差が大きく、鉱工業部門では米国とのギャップが縮小しているが、サービス部門では差が拡大傾向にあることを指摘し、「アジアは、サービスセクターの生産性がしっかり向上していればもっと成長できていただろう」と述べた。

また、最近注目を集めている格差の問題については、過去10年間のジニ係数の推移では、日本を含め韓国、フィリピン、中国などアジア各国で格差が拡大している。これは、中央値と最低値の賃金差は縮小している一方で、上澄みの階層の賃金が非常に上がった結果である、と分析した。

借り入れ減り、新たなIMFのビジネスモデルの策定が必要に

終了後の質疑で、世界経済が良好に推移することで途上国からのIMF借入れが減少する中で今後IMFのビジネスはどうなるのかとの質問に対して、有吉氏は「確かにアルゼンチンやブラジルが完済し、借り入れ国は減っている。融資だけでなく、年次経済協議や途上国の技術協力へのファイナンスなど、新たなビジネスモデルについて今後議論されるだろう」と述べた。

また、日本の財政政策、消費税の引き上げについては、「IMFは、日本のマクロ政策運営のうち、金融政策に関しては、あまり早く金利を引き上げるべきでないと指摘し、財政政策に関しては、2011年にプライマリー・バランスを達成する目標を引き上げると同時にペースも速めるべきである、そのためには、歳出削減に加え景気中立的な消費税の段階的な引き上げで税収増を上手く図れるとよいと指摘している」と述べた。

(2006年10月2日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。