性急な金融引き締め:2007年に景気減速局面へ

開催日 2006年9月25日
スピーカー 松岡 幹裕 (ドイツ証券株式会社経済調査部長チーフエコノミスト)
モデレータ 松永 明 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局調査課長)

議事録

本日は次の5つにテーマに絞って議論を進めていきたいと思います。(1)日本経済が2007年減速すると考える根拠。(2)量的緩和解除の影響。(3)世界金利の成立が持つインプリケーション。(4)日本の潜在成長率。(5)団塊世代の退職がもたらすマクロ的影響。

2007年景気減速局面へ

日本経済は次の3つの理由で2007年1~3月期に減速し始めると予想しています。1つは、設備投資需要の一巡感が出やすくなるため。次に、量的緩和解除の衝撃波が2007年に集中して表面化可能性があるため。3つ目に、グローバルな景気が減速するため。これら3つの要因の減速への寄与率は、それぞれ30%、50%、20%程度になると考えています。

景気の下降局面を、深度や継続期間の観点から、「踊り場」、「減速」、「景気後退」の3つに分けるのがわかりやすいと思います。最もモデレートな減速が「踊り場」で、サイクルは2~3四半期、生産は横ばいくらいだと思います。これがもう少し長くなったのが「減速」で、4四半期程度、生産は少し下がると思います。「景気後退」は1年を超える減速で、生産も目立って下がります。後退局面では新規求人数や機械受注、資金繰り判断のDI(中小企業判断、日銀短観)が悪化し、交易条件が改善します。踊り場ではこれらの指標の悪化は起こりません。そして4つ目の分類が「大不況」です。2007年の日本経済は、4四半期間、潜在成長力の2%をやや下回る伸びで減速する、ただし1990年代の後退局面ほどは長引かない、というのが我々の見通しです。

なぜ「踊り場」ではなく「減速」なのでしょうか。先に「減速」の理由を3つ挙げましたが、これらはいずれも2004年後半の「踊り場」では観察されていません。しかし2005年頃から設備のストックが増え始め、現在のペースが続けば設備投資に達成感あるいは一巡感がでてくると思います。量的緩和も2006年3月に解除されました。2007年の欧米諸国の景気は2006年に比べ1パーセントポイント程度減速すると思います。こうした点を踏まえ、「踊り場+α」の「減速」になるのではないかと考えました。

当社の景気先行指数が下落し始めて3カ月が経過しましたが、米国の定義では3カ月連続で前月比減少すると、景気後退の可能性が高くなります。2004年の「踊り場」のときも景気先行指数は5%程度落ち込みましたが、それ以前の3回の「景気後退」局面では12~15%落ちています。ですので、1桁の落ち幅であれば本格的景気後退まではいかないが、5%を超えて落ちていけば「踊り場+α」規模の「減速」になるのではないか考えており、2007年がこれに該当すると予想しています。というのも、今はまだ3カ月で2%程度しか低下していませんが、今後悪化が見込まれる構成要素もいくつかあり、ここ1~2カ月の間で下向き始めている指標(住宅着工、OECD先行指数、商品価格、株価、長短金利差、中小企業景況感等)が増加しているからです。総じて、減速のサインが広がり始めたというのが我々の認識です。

量的緩和の解除

量的緩和の解除による影響が金融市場で目立ち始めました。たとえば景気に先行する現金/預金比率の12カ月年率(分子はM1、分母は広義のマネーサプライ)変化率は2006年初頭から下向き始め、M1の伸びは3月以降低下しています。量的緩和が解除され、金利の上昇期待が出始めると、現金の保有コストが上昇し、現金は定期預金や投信等に移るようになります。これは、「今年の消費を来年に先送りしよう」という誘因になります。日本ではM1のような流動性金融資産の変動が、消費に影響を与えます。

銀行貸出は伸びているではないかという指摘もありますが、銀行貸出はそもそも遅行系列なので、これが下がり始めた時点では、景況感はすでに悪化し始めていると思われます。ですから、銀行貸出を目安とするのは賢明ではありません。むしろ、8月に、銀行貸出の伸びはやや鈍化し始めています。これが今後も続けば、一致系列や先行系列に次いで遅行系列も弱含み始めるということになるので、減速のサインはますます強まることになります。

量的緩和とはそもそも何だったのでしょうか。この間、中央銀行は量的緩和を通じて、非金融部門の負債を25兆円余分に買い上げてファイナンスしていました。これにより民間の非金融部門はより良い条件で負債を発行できるようになり、その一部を設備投資や事業資金に回すことができました。このようなアコモデーティブな状況は量的緩和が解除されたことで変化し、この25兆円は、今後、中央銀行ではなく金融市場によってファイナンスされなければならず、その分、金融市場はタイトになっていると考えられます。

日銀の当座預金目標額が1兆円増えてもそれほど大きな効果はないとの見方もありますが、では1000兆円増えたらどうでしょうか。1000兆円というのは民間部門の負債の全額を超える規模の金額です。中央銀行がこの額の国債を引き受けても景気に影響がないとは考えられません。1兆円は効かなくても1000兆円は効くのであれば、1000兆円の40分の1程度の25兆円でも効果は生まれるはずです。中央銀行が民間も含めた非金融部門の負債を追加的にファイナンスすることに何らかのプラスの景気刺激効果、金融緩和効果があったというのが我々の考えです。

それでは、量的緩和の解除で金融市場にはどのような変化が見られたのでしょうか。量的緩和が効いていたとすれば、これを解除したときに限界的な資金調達者に主に影響が出る筈です。ここで注目すべき指標は、クレジットスプレッド、新興企業と成熟企業の相対評価、中小企業の資金繰り判断DI、短期金融市場残高と民間銀行証券保有残高の相対変化です。クレジットスプレッドは1998年程の大きな拡大ではないですが、限界的資金調達者のコストは若干上がり始めています。新興企業の大企業に対する株価の相対的な動き、たとえばジャスダックやマザーズインデックスと日経平均との相対値を見ると、新興企業の株価が3月以降大きくつまずいています。量的緩和という異例な局面では限界的資金調達者の資金コストは低くに抑えられ、低いクレジットスプレッド、高い株価のバリエーションでの負債または株式の発行が可能となっていました。改善基調にあった中小企業の資金繰り判断DIも量的緩和解除で停滞しつつあるように見えます。

金融市場は景気の持続的拡大を想定して各種の経済統計の予測値を出していますが、その予測値に合わない悪い状況がここ1~2カ月続いています。CPIも機械受注も総じて下ぶれし始めています。金融市場の景況感を見てみても、直近の落ち幅は「踊り場」のときの落ち幅を上回り始めています。金融市場にとってのショックは「踊り場」のときよりも今回の方が強いということでしょう。

世界金利の成立が持つインプリケーション

次に、上ぶれと下ぶれのリスクを簡単に説明したいと思います。

ベースラインの見通しでは、設備投資は2007年頭打ちになると予想しています。潜在成長力が上がれば必要な投資額は増えるので、経済にとって過剰感も不足感もない設備投資の水準は上に移動し、逆に減価償却のペースが下がれば投資が減少するので水準は下に移動するとします。そうしたとき、2%の潜在成長力に対応する投資のGDP比率は現時点では上限にかなり近いところまできていて、このペースで拡大が続けば、おそらく2007年前半にはほぼ上限に達すると思われます。これは、企業の設備投資への意欲が一巡するきっかけになり、金融政策の変更、グローバル景気の減速と相俟って、設備投資が2007年頭打ちになるのではないかと見ています。ただし、設備投資の持続が2007年を通じて持続するとすれば、企業の資金コストに対する収益率の水準が高い状況が続くこと、アニマルスピリットの高揚が設備投資の拡大を持続させてしまう可能性があります。

下ぶれリスクはグローバル景気と連動しています。2004年以降、実質GDP成長率が実質長期金利を上回るという稀な現象がG7で起きています。これには2つの意味があります。1つは、景気拡大局面の長期化要因となるという点。2つ目は、資産価格にとっては追い風になるという点。また、G7の実質長期金利のばらつきは1990年以降、継続的に小さくなっています。すなわち、各国が共通の実質長期金利(世界実質金利)に直面していることになります。これも重要な点です。

従来の閉鎖経済、不完全な金融資本市場では中央銀行の金融政策が長期金利に影響し、金利が成長率の後を追う形で景気循環を形成してきました。ところが世界金利が成立すると、潜在成長力の高い国と低い国で二極分化が起きるようになります。米国のように潜在成長力の高い国にとっては、自国の金融緩和を続ければ低金利を維持したまま高い成長率を実現できるので、成長率と金利のギャップはプラスに働きます。一方、大陸欧州のように潜在成長率の低い国は高いハードルレートに直面することになります。よって景気は拡大してもそれほど力強いものではなくなります。その結果、成長率格差が拡大し、その裏で対外インバランスも大きくなります。対外インバランスが大きくなっても低金利が続けば、それをファイナンスすることで攪乱にはならないため、潜在成長率の高い国がそこから最大のメリットを受けることになります。世界金利そのものが上昇し、金利と成長率の関係が逆転すれば、この安定均衡がショックを受ける可能性もあります。

米国だけが金融を引き締めても主要国の長期金利に大きな影響はありませんが、各国が足並みを揃えて引き締めに動けば金融引き締めは効くと考えています。ここで注目したいのが、貯蓄の供給国としてエマージング諸国の相対的位置が高くなっている点です。特に資源を有するエマージング諸国の貯蓄がグローバル資本市場に環流して、最終的に米国にファイナンスされる形になっています。G3の金融引き締めが周辺国に波及するとなると、米国に還流するエマージング国の貯蓄原資国内に吸収され、グローバルな景気減速とエマージング諸国の貯蓄超過の減少がほぼ同時に起きることになります。我々は、グローバルの景気減速と実質金利の高止まりが2007年前半にかけて同時進行するのではないかと見ています。これが3つ目のテーマに関連する点で、資金環流のひずみの有無を見るには、G3と周辺国の金融引き締めの程度を見る必要があります。

日本の潜在成長率

日本は労働力人口が減少しても今後5~10年は2%程度の潜在成長力を維持できると思います。気をつけなければならないのが、労働生産性は景気循環的に推移するという点です。ですので、長期停滞の期間をベンチマークに生産性のトレンドを判断すれば下ぶれしますし、逆にバブル期のように高い成長率が続いた期間をベンチマークに生産性の伸びを計算しても、過大推計につながります。トレンドは長期拡大でも長期停滞でもない平均的状態で計算する必要があり、その意味で1975~1986年のデータを使用するのが一番適切だと思われます。現に、直近3回の景気拡大局面での労働生産性の伸びを比較してみると、バブル崩壊直後の局面では1.2%でしたが、ITバブル期には2.0%にまで回復し、今回は2.4%まで戻っています。そうすると、デフレギャップは思ったよりも大きくなります。これは政策判断で十分に踏まえるべき前提でしょう。完全雇用の定義にもよりますが、完全雇用に達するには3%程度の成長が今後数年続いたとしても2010~2011年くらいまでかかるのではないかと考えています。

団塊世代の退職のマクロ的影響

団塊世代(1947~1949年生まれ)の1人当たりの消費は、その前後のコホート(生まれ年別グループ)に比べて格段に高いとはいえません。もちろん個別品目で比較をすれば、特定品目では強い伸びを示しますが、総額でみた場合は必ずしも増えるとは限りません。ですので、この部分の格差を強調するのは適切ではありません。また、人口構成の変化が賃金に与える影響は比較的軽微であると考えています。賃金コストは下がりますが、下がり方はモデレートです。団塊世代退職による雇用コスト節約額を業種別に見てみても、最も多く節約できるケースでも年間経常利益に対して3.4%程度であり、より現実的には1.5%程度です。団塊世代の退職による影響はありますが、むしろそれよりも景気循環で利益がぶれる方が大きいと思います。

質疑応答

Q:

2007年度以降、過剰感や金融引き締めの効果はどういった形で解消していくとお考えですか。

A:

金融政策の場合、政策変更が実体経済に影響を与え始めるまでには約6~9カ月、最大のインパクトに達するのには約12~18カ月かかるのではないかと思います。したがって、2006年3月からショックが起きたとすると、実体経済に影響が出始めるのが2006年年末頃から、最大のインパクトに達するのが2007年半ばくらいではないかと考えています。
成長率は2008年には3%程度に戻るのではないかと考えています。公的部門を除いたGDPは、ここ3~4年間、年率3%を超えたペースで推移しています。これが巡行速度、あるいは日本経済の実力ではないかと思います。設備投資のストック調整が2007年に起きるのではないかという予想については、2011年くらいまで拡大が続く中での中だるみが、金融政策の変更により増幅される形で2007年に起きる。それが解消されれば投資の回復が起きて然るべきではないかと思います。

Q:

量的緩和やゼロ金利が性急に解除された理由は何だとお考えですか。年内に政策を元に戻した場合、危機は回避できるのでしょうか。またその場合、回復にはどの程度の期間が必要だと思われますか。

A:

最初のご質問に関しては、これまでの日銀の説明を単純化すれば、量的緩和の「量」の部分は金融不安がない限りは効いていない、したがって「量」を外しても金利が低位で安定しているのであれば問題はない。日銀はゼロ金利解除に早く踏み込みたかったのだと思います。政策金利を中立的水準(おそらく名目短期金利2.5~3%)にもっていくのが最終的目標だとすると、とりあえずはゼロ金利解除を早期に実現する必要がある。そうするとゼロ金利を解除する前に25兆円を削らなければならない。2年10カ月かけて供給した25兆円をなくすにはさらに3年が必要となる。日銀はこうした状況を避けたかったのではないでしょうか。私個人としてはそのように考えています。
足許の景気の減速が続き、なおかつ景気が深刻に悪化しない限り、量的緩和政策には戻らないと思います。量的緩和解除によるショックとゼロ金利解除のショックについては、前者は既にパイプラインに入ってしまっているので、ゼロ金利に戻ったとしても量的緩和解除によるショックがパイプラインから取れるまでは減速のインパクトは残ると考えています。

Q:

2006~2009年の景気展望で、為替が1年で10円程度ずつ円高になるという前提を置いておられるようですが、円高にならなかった場合、同時期の景気展望は楽観的になるのでしょうか。

A:

1ドル=80円台になると業績はかなり落ち込むと考えています。為替レートは今後の金融政策如何である程度は円高に動くのではないかと思います。円高に動かないとすると、想定している成長率も業績も現在の展望よりも若干プラスに効いてくるのではないかと思います。10円の円安で成長率は0.2%程度改善すると思います。
金利差が縮小しても円高に動かないとすると、ドルを買っている方がリスクが小さいということは起こり得ると思います。金利差が多少縮まるくらいであれば、そのときのボラティリティが変わらない限りは円高には戻らないと考えています。

Q:

「後退」局面までいかないと考える理由を教えてください。

A:

理由の1つとしてはキャッシュフローが現時点ではまだ潤沢であることが挙げられます。1991年、1997年に比べれば、金融上の制約から設備投資をあきらめる企業は少ないのではないかと考えています。ここでは、金融乗数効果がマイナス方向に働かない古典的な景気循環で下に落ちていく姿を想定しています。別の理由としては、景気先行指数の落ち幅が2桁になるのは、各種不運が続く時であるという点が挙げられます。1997年には消費税引き上げ、アジア通貨危機、国内金融不安の3つの不運が続きました。今回はそこまで不運は続いていないので、「後退」局面まではいかないと考えています。ストックの累積的積み上がり幅がモデレートであることも、1990年代の後退局面よりは投資の減速が短期間で終わる可能性を高める要因になると考えています。

Q:

消費や設備投資といった実体面での指標が強くなるのは、実体経済からマネーへの需要が増えているときだと思います。日銀が、強い貨幣需要をアコモデートするように事後的にマネーサプライを増やしていたという可能性はありますか。また、いわゆる「鉄の六角形」の体制下で潜在成長率の低い国から高い国に資金が流れる理由は何だとお考えですか。

A:

準備預金の水準は日銀が政策的に決めているので、それを経由した効果は金融政策の効果だと思います。また、短期金利の変更も日銀政策で引き起こされたと考えています。景気拡大の結果、マネーサプライの量が変わったという逆方向のフィードバックは明示的には織り込んでいません。ただし説明変数の中に、為替レートや海外の景気の強さを入れることによって外生的ショックを考慮し、準備預金からのショックが政策的変更によるものとなるように配慮しました。
周辺国から先進国への資金環流については、周辺国の政治・経済体制が先進国的体制に収斂していく過程で、自国通貨安で通貨を固定する擬似固定相場制が採用されるケースが、1970~1980年代に比べ増えてきています。この傾向は1997年のアジア通貨危機以降、特に顕著です。そうすると為替リスクがかなり弱まり、なおかつ自国の資本移動の規制が緩和されるので、安全な投資先としての米国への資金供給が増えやすくなると考えています。

Q:

量的緩和を続けることでミニバブル的な地価の上昇といったリスクが生まれることを考えると、日銀の政策変更は性急であったとも思えません。この点についてご意見をお願いします。また、需給ギャップが解消しつつあるという景気判断は間違っていないと思います。この点もご意見を頂ければと思います。

A:

「性急」といったとき2つの議論が可能です。1つは「タイミング」として3月が適切であったか、という議論。もう1つは超過準備を回収する「ペース」が速かった、という議論。この2つは分けて議論すべきです。時期として3月が適切であったかどうかにはあまり疑問を挟むつもりはありません。ただし、回収ペースが極めて速かったという意味では性急であったと思います。超過準備が25兆円に達するには2年10カ月かかっています。それをあっという間に減らしてしまう。ここに問題があるというのが私の考えです。
需給ギャップについては、潜在GDPをどう定義するかにもよりますが、ギャップが縮小していくトレンドには変わりないと思います。早晩どこかの時点で需給ギャップがゼロに近づいていくというところに日本経済は位置していると思います。日本経済はこれまで、潜在成長力を超えたペースで走ってきていますが、潜在成長力の推定に若干の下方バイアスがかかっているので、不必要な引き締めに足早に向かうリスクが発生するのだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。