資源インフレと日本の対応

開催日 2006年5月24日
スピーカー 柴田 明夫 (丸紅経済研究所所長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)
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議事録

資源インフレ:価格均衡点の変化

商品先物市場には10~15年単位の大きなトレンドがあるといわれています。CRB先物指数(エネルギー、農産物、非鉄金属など、19銘柄で構成された指数)は1960年代を通じて低安定で移行し、1970年代に2度のオイルショックと食糧危機を経て強い上昇を見せました。ところが1980年代からは25年連続の長期下げトレンドになりました。長期低迷していた資源価格は、2000年頃を境に均衡点が変わり、上昇に転じました。現在のCRB指数は1980年の最高値を抜いています。これは長期上昇トレンドの始まりにすぎないと見ています。

大方の商品は1998~2001年に歴史的安値をつけました。その後、価格は反発に転じ、最近では史上最高ともいえる高値をつけています。今年初めにトン当たり5000ドルの高値につけた銅市場はマネーゲーム化した格好ですが、その根本的原因は需給構造の転換にあります。需要が増加し供給過剰から供給不足に大きく傾いたのです。その先駆けとなったのが、2000年を境に上昇に転じた原油市場です。原油価格はオイルショック後の1980年代後半から1990年代までの15年間、平均18ドル/バレルの水準で安定的に推移してきましたが、今年は年明けから60ドルを越える勢いです。今年の平均価格は70ドル近い水準になる可能性が高いと見ています。

最近では、需給の逼迫を材料としたヘッジファンド等の投機マネーの流入が価格を吊り上げているという面も見られます。従来の「短期の投機マネー」、「オイルマネー」に加えて、年金ファンドや上場投資信託(ETF)などによる長期の投機マネーも流れ込んでいます。その背景には、新しい金融商品が開発され、投資対象の選択肢が広がったことがあります。

では、原油価格はどこまで上昇するのでしょうか。米政府が「許容可能」とする原油価格水準を推測してみました。推計にあたっては、米政府が(価格調整のために)「戦略備蓄(SPR)」を放出した際の価格水準を1つの目安としました。2000年までは36ドル/バレルが許容上限だったようです。最近では70ドルを超えた時点でSPRが価格調整に活用されたことを考えると、70ドル/バレルが現在の許容範囲だと思われます。このように1990年代と比べ許容上限は倍の大きさになりましたが、原油価格の上振れリスクは依然として残ります。

均衡点の移動という観点から原油と銅の長期価格トレンドを見てみると(資料5P)、いずれも1970年代に均衡点が上方に移動する動きがありました。価格はその後1980年代後半から1990年代にかけて安定推移してきましたが、最近になって均衡点が再び上方に移動する新しい動きが観察されています。

マーケットの「ひずみ」

価格上昇の一因である投機マネー流入の背景として、マーケットのひずみが指摘されています。原油市場に関しては、(1)石油輸出国機構(OPEC)加盟国の生産余力の低下、(2)地政学的リスクの高まり、(3)米国の原油精製能力不足、の3つのひずみが挙げられます。

(1)生産余力の低下
OPEC加盟国だけでなく、ロシア、中国などのOPEC非加盟国や北海油田などでも原油生産が頭打ちになっています。世界の原油供給余力は2002年頃までは日量500万バレル程度ありました。この「のりしろ」部分で需要増に対応していた頃は価格が上がりにくい構造になっていたのですが、2003年以降、中国と米国を中心に需要が急上昇し、供給余力は一時、日量100万バレルを切るまでに低下しました。このような需給関係が続くと将来的に供給不足に陥る可能性があるとの推測から、投機マネーが流入するようになったわけです。

(2)地政学的リスク
イラク情勢の泥沼化に加え、さらなる供給不安を誘うような地政学的リスクが世界各地で相次いで発生しています(資料8P)。原油価格の上昇に伴い資源ナショナリズムが広がる気配も見られます(資料9P)。いずれの場合も資源ナショナリズムは短長期的に価格押し上げ要因となります。

(3)米国の精製能力不足
米国の原油精製能力は消費量が日量2100万バレルであるのに対し日量1700万バレルにとどまっています。このように精製能力が不足する背景には1970年代からの歴史があります。米国では1970年代に320以上の製油所が建設され精製能力が一気に高まった結果、製油所の稼働率が平均74~75%にまで落ち込みました。その後、稼働率を引き上げるために製品価格の引き下げや製油所数の削減といった措置が取られ、製油所数は現在、1970年代の半分程度にまで減少しました。石油大手は収益の大半(6~7割)を販売など川上部分で得ていることから、製油所関連といった川下部分はできるだけ合理化しようという考えです。ところが現在は環境問題等により規制が厳しくなり、精製能力の急激な拡大は困難となっています。現在、製油所の稼働率は平均94~95%にまで回復しましたが、故障・火災や災害により供給不安が生じる危険性を考えるなら、老朽化した製油所がフル稼働する状態は好ましくありません。

OPECの対応

次にOPECの生産枠と生産実績を見てみると(資料11P)、生産能力強化を目指すサウジアラビアなどでも増産は難しいのが現状です。ましてや価格低下を招くような増産・資源開発にOPECはどこまで本気になるでしょうか。問題は供給ではなく精製面にあるというのがOPECの立場です。OPECは価格の下ぶれに対しては減産による価格維持で対応しますが、価格の上ぶれに対応する能力はありません。供給増で市場を冷やすといった選択肢がないのです。OPECが設定する「フロアプライス」(適正下値)は年々上昇傾向にあり、原油価格が構造的に上昇している可能性もあります。

一方、需要は急速に伸びており(資料12P)、将来的に大幅増が見込めない供給に対し高止まりするリスクがあります。拡大ペースを見ても、日量6000万バレルから7000万バレルへの増加には18年を要しましたが、それから8000万バレルに到達するまでの年数はわずか8年でした。今年には日量8500万バレルに、2007年末には9000万バレルに到達すると見込まれています。その間、実に4年です。

金、非鉄金属

金相場も最近になって大きく動いています。ニューヨーク商品取引所(NYMEX)金相場は、2001年の250ドルを下値に次第に上昇し、これまでの上限(400ドル/トロイオンス)を大きく抜けてきています。今年に入り730ドルの高値につけ、それから100ドルほど調整を経て現在は650~660ドルの水準で推移しています。金相場が大きく動き長期価格が500ドル台にのったことはこれまで3度ありましたが、いずれも上昇は一時的なものでした。たとえば、1983年の上昇背景にはロシアのアフガニスタン侵攻、英・アルゼンチンのフォークランド紛争、イラン・イラク戦争といった事件があり、1987年の場合はプラザ合意によるドル安・円高、ブラックマンデー、チェルノブイリ原発事故がありました。一方で最近の金相場の押し上げ要因としては供給側の体制強化と新規投資需要の拡大が指摘されています。

金の生産は2600トン前後で頭打ちになっていますが、需要は堅調です。鉱山会社は現在、過去のヘッジ売りの買戻しをしているので、金の値段が下がれば買い戻されるという構図になっています。また、1990年代とは対照的に、2000年に入って中央銀行の間に準備金を積み増しする動きが現れました。金はインフレヘッジ商品やリスクヘッジ商品としての側面も持っています。そこでETFが買われた分だけ金販売会社が金在庫を積み増しするという仕組みになります。世界の金需要は年間4000トン弱程度ですが、金ETFの残高はその1割に相当する400トンを上回ってきています。

非鉄金属ではアルミニウムと銅の高騰が顕著です。アルミニウムは2000年代初めはトン当たり1400ドル台で動いていましたが、最近では3000ドル前後で推移しています。2004年以降、世界のアルミニウム需給関係は供給不足に転じており、この傾向は今年から来年にかけてさらに強まる見通しです。銅も現在、トン当たり8000ドル前後の高値で取引されています。トン当たり約1500ドルで取引されていた2003年初めから、5倍以上上昇したことになります。銅は2003年から供給不足に陥り、価格は急上昇しています。

穀物相場:エネルギー市場との新たな相関関係

原油高が進むにつれエネルギー市場と穀物市場が連動するようになりました。その傾向はエタノールなどのバイオ燃料の原料となるトウモロコシと砂糖に顕著です。米農務省の需給報告では2006年度のトウモロコシの期末在庫量が現在の23億ブッシェルから半減するとの見通しが示されています。供給逼迫の背景には昨年8月に成立した「包括エネルギー法」があります。同法に基づき米政府は2012年までにエタノールの生産量を倍増させることを目指しています。米国は現在、生産するトウモロコシの約4分の3を国内で消費し、残りを国外に輸出しています。しかし数年のうちに、米国産トウモロコシの9割がエタノール生産を含む国内消費にまわされ、輸出に回されるのは残り1割程度という状況になります。

トウモロコシの新たな供給国としてはブラジルやアルゼンチンといった南米諸国が想定されますが、輸送距離などの面からコストが必然的に高くなります。砂糖に関してもブラジルでのエタノール生産に向けた需要増と供給逼迫が高値の要因となっています。なお、エタノールの増産が原油市場を冷やすことはありません。むしろ、バイオマス燃料の使用が原油価格の上昇を調整していると見るべきでしょう。

このような中、中国の動向が注目を集めています。経済発展に伴う食生活の変化により、中国は大豆輸入国に転じています。米農務省報告によると、トウモロコシに関しても中国は来年から輸入国に転じる可能性が高い見通しです。米国の供給余力が縮小する中での中国の輸入開始は大きな懸念材料となります。世界全体の穀物需給に関しても、需要の伸びに供給が追いつかず、穀物在庫が急速に取り崩されるというパターンが2000年以降続いています。来年7月末には世界穀物在庫率は15.7%にまで落ち込む見通しです。この数字は1970年代の食糧危機時代のレベルであり、かなりの注意を要します。

資源高騰下での経済成長

国際通貨基金(IMF)によると、世界経済は資源高騰にもかかわらず4.7%の成長率を維持する見通しです。このような世界同時好況の背景には、(1)原油の実質価格の低安定化、(2)オイルマネーの還流、(3)設備投資の加速化があります。

(1)原油の実質価格の低安定化
石油の名目価格は1980年から2005年にかけて30ドルから60~70ドルへと倍増していますが、同期間の先進国のインフレ率(CPI)が2.3倍であることを考えると実質価格はそれほど上がっていないという計算になります。

(2)オイルマネーの還流
オイルマネーは主に産油国のインフラ投資と石油収入の運用といった2つのルートで世界に還流されています。後者に関しては多様な運用形態がありますが、最終的には米国債が買われる形で米国に流れてきます。

(3)設備投資の加速化
上記2つの要因に加え、省エネ対策等としての設備投資も世界経済の活性化につながっています。原油価格の高騰は世界経済にとって必ずしもマイナスではないことが分かります。

中国の経済成長がもたらすインパクト

中国の経済成長は資源高騰の要因となっています。1978年の改革開放以来、中国経済は9.7%の平均成長率を維持しており、ここに来て10%前後に達する勢いです。1兆ドル規模の経済が10%前後の経済成長率を維持するには、それなりの仕組みが必要となりますが、中国の高成長は海外からの資源調達に支えられてきました。成長に必要な資金・技術・資源は外から調達し、それらを製品化して輸出するという仕組みです。

中国はこれまで輸出による経常収支黒字を外貨準備に還元してきました。中国の外貨準備高は今や日本を越えて世界第1位です。しかし、外貨準備の積み増しに伴い、人民元切り上げ圧力が強まってきました。そこで、石油・金などの資源準備へのシフトが始まっています。その動きを実際に担うのが「走出去」(中国企業の国外進出・投資戦略)政策です。

最近の資源価格の高騰は表面的には1980年代のオイルショックの時に見られた動きと類似しています。しかし、レスポンスはまったく異なりそうです。かつては増産が価格高騰の有効な対抗策となってきましたが、2000年以降見られる価格高騰現象では市場メカニズムが作用しにくい構造になっています。急激な増産も需要減も見込まれないからです。価格体系が全体的に上方シフトする予兆もあり、価格が恐慌レベルにまで上昇する可能性も否定できません。

日本経済の行方

日本経済が今後も3~4%台の成長を維持するには成長モデルの見直しが求められます。原油高を前提条件として受け入れ、それに対応した設備投資や社会作りを進めることが必要です。ただし、日本経済は既に原油高・資源高に対して抵抗力を持つ構造になっています。1970年代、1980年年代から現在にかけて日本の国内総生産(GDP)や対ドル為替は2倍になりましたが石油消費量はそれほど伸びていません。環境負荷を抑えつつ持続可能な発展を遂げた日本企業の歩みは、中国やインドなどエネルギー消費型経済への転換を迎える国にとって1つの成長モデルとなるでしょう。日本は原油価格の高騰を新たな成長のきっかけとしてつかめるでしょう。投資機会の増加、新しいライフスタイルの提案など、さまざまなチャンスが隠れています。資源インフレ時代こそ、まさしく日本の出番なのかもしれません。

質疑応答

Q:

原油価格はいつ頃安定するのでしょうか。また、原油に続く重要なエネルギーは何ですか。

A:

市場メカニズムにより原油価格は120ドル程度まで上昇した後、2008年から2010年までに60ドル前後で落ち着くと思われます。1970年代のオイルショック期の原油価格は、一時40ドル台にまで跳ね上がりましたが、1980年代後半には平均18ドル台で落ち着きました。今回も同様のシナリオが当てはまりそうです。
現在操業中の油田は生産余力が既に限界に来ています。とはいえ、深海などの新たな資源開発には多大なコストがかかります。石油以外では天然ガスが第2のエネルギーとして重視されています。しかし、天然ガスも増産に向けて海底資源などを開発するとなると、やはりコストが大きくなると思われます。

Q:

数多くの商品がある中で銅が投機対象として特に選ばれる理由は何ですか。

A:

銅が投機対象として選ばれる理由としては出来高と価格の変動の大きさが挙げられます。最近の高騰に関しては、5000ドル/トンを突破したあたりからはマネーゲーム的な色彩も加わってきたように思われます。また、金融市場の横ばい状態が続く中で、より値動きの良い非鉄金属、とりわけ銅への投機意欲が高まっているようです。

Q:

株価とコモディティ価格の相関をグラフで示すとどうなりますか。また、日本経済はどのように原材料高を吸収していますか。

A:

株価指数とCRB指数は逆相関関係にありますが、その傾向は変わりつつあります。株には金融相場と業績相場という大きな流れがあります。これまでは金融相場でしたが、最近では業績相場にシフトしています。全体の株価が「もの作り」部分の景気に連動することで先物市場の動きとも連動するようになりました。この傾向は特に日本で顕著です。
吸収能力については新規投資によるインフラ面での対応が課題となります。

Q:

日米で金利引き締めの動きが見られますが、過剰流動性・投機マネーへの影響はどのようなものでしょうか。また、資源インフレの一方で、人件費には下降圧力が見られますが、この状況はどのように解釈できますか。

A:

金利上昇は先物市場に大きく影響します。1月末の連邦公開市場委員会(FOMC)による金利引き上げ、3月の日銀による量的緩和解除を契機に、350を超えていたCRB指数は一時的に320にまで調整されました。金利引き上げが本格化すると、円キャリートレード等の投資ルートが絞られることから先物市場の伸びは鈍化します。価格の均衡点は従来の2~4倍の水準に高位移動する見通しです。最終的な到着点は金利とのせめぎあいの中で決まると思われます。
現在は合理化と新規設備投資の2つの流れが拮抗しています。あまりにも急速な金利上昇は設備投資を抑える方向に作用します。そうなると、雇用も抑制されることから、かつてのデフレ経済循環に陥ってしまいます。しかし、資源価格の高騰を見越して企業が新規投資に乗り出せば、雇用環境は改善します。中国でも広東省あたりでは技能労働者の需給が逼迫してきています。人件費は今後上昇すると思われます。

Q:

米国のトウモロコシ生産余力が低下する中で中国が輸入を開始すれば、漁獲量などにはどのようなインパクトがあるのでしょうか。

A:

漁獲量の増加は穀物需要増につながります。中国では消費される魚介類の大部分を養殖でまかなっていますが、養殖に際し大豆などの穀物が必要となるからです。水問題が深刻化する中国は農産物を特にブラジルなど南米諸国からの輸入に依存していく見通しです。外貨準備に代わる資源準備として穀物準備も検討されています。食料問題はトウモロコシを先駆けに来年あたりから先鋭化していくのではと思われます。

Q:

石油大手は一連の流れでどのような役割を果たしていますか。資源価格の高騰化が進む時代の投資機会としては具体的にどのようなものがありますか。

A:

石油大手の生産量は世界全体の2割程度にすぎません。1990年代の安値を経て石油大手は下流部分を整理統合し上流部分で利益を得るようになりました。現在の原油高に対しても、新規埋蔵の開発・探鉱よりも石油会社の買収を通して埋蔵量の減少を防ぐ戦略をとっています。
新たな投資機会を提供するものとして、代理エネルギー、精製施設、エコ住宅、高度道路交通システム(ITS)が挙げられます。省エネ商品やビルの省エネメンテナンスシステムの開発などもありますが、省エネ努力は既に限界に到達しています。

Q:

最近の日本の株安とコモディティ価格の相関はどのようになっていますか。日本へのオイルマネー還元はどのような状況ですか。

A:

CRB指数に代表されるコモディティ価格とニューヨーク株式市場は逆相関の関係にあります。日本の株価は1990年代からニューヨーク株式市場に連動するようになっていますが、資源高騰により連動性は薄れてきています。日本の株価は今後、むしろ先物市場に連動するようになると見ています。
オイルマネーは欧米ファンドが運用する形で流入しています。その行方は明確にトレースできません。日本に対する海外投資ファンド等に関しては、技術大国としての「新発見」、デフレ時代からの「再帰」、相変わらずの「無関心」の3つの見方があります。最近は、「新発見」が強調され、併せてオイルマネーも流入する傾向にあるようです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。