コモディティ化による価値獲得の失敗・デジタル家電の事例

開催日 2006年5月11日
スピーカー 延岡 健太郎 (RIETI前ファカルティフェロー/神戸大学経済経営研究所教授)
コメンテータ 横尾 英博 (経済産業省商務情報政策局情報通信機器課長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)
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議事録

デジタルカメラで世界シェアの86%、DVDレコーダーで69%、液晶やプラズマなどの高精細ハイビジョン対応の薄型テレビでも半分程度と世界をリードする日本のデジタル家電は、高い先端技術をいち早く提供し市場を拡大してきているが、急速な価格の低下(コモディティ化)で付加価値や利益が伴っていない。こうした現状の要因のメカニズムを分析し、今後デジタル家電が安定した収益を上げていく価値獲得の可能性とそのための課題について延岡健太郎氏が提言した。

デジタル家電の失敗の要因はコモディティ化

デジタル家電は日本経済再生の期待のセクターの1つだが、現実は収益が伴っていない。延岡氏は、「日本のデジタル家電は、優れたイノベーションを行い、ユーザーが商品を喜んでも、もうからない象徴的な産業」だという。

「最近の新聞でトヨタ自動車の営業利益が2兆円に近づくという報道があったが、それと比較して松下電器産業やソニー等の優良な家電の利益創出能力は5分の1程度しかない。デジタル家電は全て日本発の技術が世界に出ており、技術力から見て、自動車とここまで利益の差が出るのはおかしい」と延岡氏は指摘し、その要因は、デジタル家電においては、コモディティ化で価格が急速に低下し続け価値獲得が困難なためであると分析した。

延岡氏は、「成功すればするほどモジュール(組み合わせれば製造できる部品)化している商品はすぐ真似されて他の地域の付加価値に転換し、逆に敵に塩をおくってしまう状況にある」とし、コモディティ化のメカニズムは、モジュール化と中間財の市場化、顧客価値の頭打ちの3点にあると説明した。

デジタル家電業界の最近の好決算も、「このトレンドが変わらないと業界にとって逆効果になる」と厳しく分析し、「DVDは全く利益を上げておらず、唯一頑張るデジタルカメラでも今後の収益は危ない」と警鐘する。

コモディティ化を誘発する3つの要因について、延岡氏は、(1)モジュール化で統合・組み合わせが単純化し付加価値が低下する、(2)モジュールの市場化で中間財市場が形成され調達が簡単になり、商品システムの標準設計が調達可能となって統合・組み合わせの付加価値が低下する、(3)顧客の機能へのこだわりの低さなどが主要機能のみでの競争を招き、それ以上の付加価値の創出が困難になる、というメカニズムであると説明した。

モジュール化しなかった自動車産業とデジタル家電の違い

オープン特性を持つモジュラー型(組み合わせ型)の典型である携帯電話、DVD、デスクトップPC等のデジタル家電と対照的なのが、モジュールやシステム統合が簡単に市場では調達できないインテグラル型(摺り合わせ型)の自動車産業であるという。

自動車は、「新型エンジンを開発するのにトヨタは1500億円も投資するが、この額を自動車価格にフィードバックしている。シート等も各社別に開発しており、モジュール化すればコストは半分となるが、自動車はモジュール化しない。モジュール化しなくとも価格は取れているから」と機能以上の付加価値に金を払う顧客が多い。

1番のポイントは、デジタル家電は色々な機能を付けても、その分の価格を顧客が払ってくれない点だ。「さまざまな機能を一気に達成してもありがたみがなくなる。機能だけではない価値がつかないと利益となりにくい」点が自動車と大きく異なる。

自動車では、フォードの大量生産方式について、アルフレッド・スローンがファッション性、ステイタス性の概念を植え付け、付加価値を高めることでコモディティ化を止めた。延岡氏は、「大型PDPテレビを載せる台座は10万円もするのに9割の顧客が買うのは、台座で薄型テレビを自慢しているから。デジタル家電もこうしたステイタス性、ファッション性の創出を産業全体で行う必要があるのではないか」と顧客価値の獲得がいかに大事かを強調した。

デジタル家電の今後の戦略

デジタル家電商品が今後価値を獲得していくには、戦略的に正解はないものの、以下の3つの可能性とその場合の課題が考えられる。

延岡氏は、(1)モジュールプラスアセンブリをうまく摺り合わせていくこと、ただし部品と最終製品の両方を持つことの戦略的困難さの克服と顧客価値の獲得が課題、(2)モジュールのみの場合では戦略を持ってプラットフォームリーダーとなれば価値は獲得出来る、ただし、多くの外部企業をマネジメントする能力が必要、(3)アセンブルのみの場合には、機能以上の意味的価値とサービス価値の追究を徹底して進め鍛え、摺り合わせに持っていくことで、自動車のように収益が大きく上がる価値を獲得する商品になる、ただし、商品コンセプトの創造力、中国の低コスト、米国企業のグローバル経営との競争が課題、と提言した。

質疑に移り、日本は3つの戦略のどれを選択すべきか、或いはバランスよく進めるべきかとの質問には、「要は何をやろうとするかをハッキリさせていかないと。台座で10万円もする家具に顧客が金を出すのだから、家電ももっと頑張れる」とメリハリのある価値創造の設計を持つ企業の必要性を示した。

また、付加価値に結びつかないのであれば、コスト管理の観点から日本企業は製造技術の磨き込みはそこそこでいいのではとの質問には、「松下電器等もコストダウンをものすごい勢いで行っても、それ以上に価格が下がっている。薄利でもシェアをとろうという戦略に走っている。でも日本は技術を捨ててはダメ。今後も徹底して製造技術を磨き、それを戦略的に価値に結びつけることが大事。小手先の戦略でなく、長期的な強みを作っていくべき」と日本企業はモノ作りの技術開発を中心に体力をつけていくべきであることを指摘した。

(2006年5月11日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。