イノベーションへの競争と協調:技術標準を巡る政策課題

開催日 2006年3月30日
スピーカー 長岡 貞男 (一橋大学イノベーション研究センター長・教授)
コメンテータ 江藤 学 (METI産業技術環境局基準認証ユニット工業標準調査室長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)
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議事録

はじめに

最初に、どうして「技術標準」かというと、基本的には情報通信技術が非常に発達してきて、ネットワーク外部性がいろいろな技術の利用に関連して高まってきているということがあります。そのネットワーク外部性を有効に活用して新技術を普及させる、あるいは新しい市場を立ち上げていく中で、技術標準の役割は非常に高まっていると思います。ただ、技術標準には知的財産権が付いていることと、研究開発に参加した企業が非常にたくさんあるということから、うまく技術標準を立ち上げるためには企業の協力が必要です。それに関連して新しい政策的な課題も出てきています。この分野は日本の知的財産推進計画、それから昨年出た「Innovate America」でも、知財をつくるだけでなく、知財をイノベーションに活かしていくために協調的な標準設定をやっていくことが必要だと書かれていて、そういったコンテクストでも重要性が認識されてきています。今日は話を大きく2つに分けて、まず、今の技術標準と必須特許について、5つのポイントを報告させていただきます。そして、それを踏まえた今後の政策・経営課題を議論をさせて頂いて、今後さらに研究を深めるきっかけにさせていただきたいと思います。

技術標準と必須特許

最初に「技術標準と必須特許」ですが、まず、1つ目のポイントとして、非常に必須特許の数が多いという単純な事実があります。最近の標準規定型パテント・プールの情報を使って、各標準にどの程度の特許があるのかを調べてみますと(資料5P)、たとえばMPEG2では、2004年時点で22企業と1大学、644特許、127のパテント・ファミリーがあり、非常に多数の企業がたくさんの特許を持っていることが分かります。

どうしてこんなに多数の必須特許があるのかというと、4つぐらい原因があると思います。1つは、最近の標準の対象になっている技術は非常に高度なもので、多数の技術分野をカバーしていて技術要素が多いということです。2番目は、研究開発競争が世界的に激しくなってきているということです。3番目に、互換性標準は最終的には1つがドミネートしますので、勝ちそうなところに技術を提供して標準を拡張しようというインセンティブが働きます。それを「互換性標準のバンドワゴン効果」と私は呼んでいます。4番目に、特許の継続的な出願制度というのがあって、当初出願の優先日を利用して事後的に特許権を増やすことができるわけで、これがかなり高頻度で使われているという実態があります。

それから2点目に、標準というと昔はメーカーがつくるという色彩が強かったわけですが、最近は研究開発専業企業といった組織が必須特許権の保有企業として重要性を増してきたということがいえます。必須特許の保有構造を見ると(資料9P)、いわゆるメーカー、製品のユーザー、それから純粋ライセンサー(研究開発専業企業、特許管理企業、大学等)があります。特許ベースでなく単純に数で見ますと、メーカーのシェアは6割から7割になるかと思います。従って、クロスライセンスをはじめとして、技術を使いかつ技術を提供することを前提にした無償あるいは無償に近いライセンスの仕組みが、必ずしもうまくいかなくなっているといえると思います。

特に研究開発専業企業の特徴を見ますと、そもそも研究開発専業で存在できることから、非常に高い技術力があるといえると思います。それから、企業行動面でいいますと、標準を製品化する下流資産を持っていませんので、必須特許に高いロイヤルティを課す誘因が非常に高いということがいえます。ロイヤルティが決められてから製品の価格が決まりますので、技術の価格決定を最初にできるわけです。それから、下流資産を投資しませんので、標準の普及が広まれば広まるほど交渉力が高まるといったことがあります。こういうことで、標準の選択やロイヤルティの水準をめぐって、研究開発型企業と垂直統合型企業の間でいろいろな問題が起きています。

それから3番目は「特許が先か、標準が先か?」という、かなり単純な、しかしベーシックな問題です。普通は、技術ができてから標準ができるだろう、従って特許が先だろうと思っている方が多いと思いますが、実際には規格の決定時に必須特許は確定していないというのが事実です。MPEG2とDVDで、各必須特許毎にそれぞれ規格の決定時点と、それからそれ以後に出願あるいは登録されたものかどうかを調べてみますと(資料13P)、出願日が規格決定よりも後のものも多いことが分かります。MPEG2で10%、DVDで70%ぐらいです。つまり、規格が決定された時点ではまだ特許が出願されていないということです。どうしてこういうことが起きるかというのは、後で継続的出願のルールとの関係でご説明します。

それから4番目は「アウトサイダーの存在」です。何をアウトサイダーと定義するかですが、ここでは集合的ライセンスのスキームに参加していない必須特許保有企業とします。たとえばIBMとルーセントのように、プールに入らなくてもプールの個別メンバーとクロスライセンスをすることで必須特許へのアクセスができるというタイプのアウトサイダーもいますし、トムソンのように、標準の議論には参加したけれどもプールには参加しないといった企業も存在しています。それから、自分の特許あるいは特許出願の移行を隠して事後的に特許権を行使するといったケースも存在しますし、全く標準化には関与せずにサブマリーン特許の権利行使をするといったケースもあります。このように、アウトサイダーといってもいろいろな類型がありますので、それぞれの原因ごとに対応の在り方を考えていく必要があると思います。

5番目に「ホールド・アップ問題」があります。1つの例として「ランバス事件」を紹介します。ランバスの特許というのはDRAMの標準に関連したもので、米国のFTC(米連邦取引委員会)との間で独禁法の訴訟が現時点でも続いています。FTCはランバスを、基本的には標準の過程で議論に参加しておきながら必須特許の出願意図を開示せずに、標準が広まってから権利を獲得し行使をしたといっており、それはFTC法の5条に違反するということで訴えたわけです。ところが、標準化機関の開示ルールがそこまで開示を求めていないということがあったために、FTCの行政裁判でFTC側が負けました。

政策、経営課題

さて、以上を踏まえて、幾つかの政策や経営課題を考えてみたいと思います。最初は「反共有地の悲劇とコアリション・フォーメーションの問題」(資料17P)です。基本的な問題は、標準に多数の必須特許があるということです。そこで、標準にかかる必須特許を保有する企業がそれぞれ独自に権利行使を行うと、標準に支払うべきロイヤルティが過大になってしまうという問題があります。資源に所有権が設定されていないと、その資源が過剰に使われてしまう「共有地の悲劇」という問題がありますが、逆に、資源にたくさんの所有権が付いているとその利用が過小となる「反共有地の悲劇」(Heller and Eisenberg)という問題もあります。その解決策はパテント・プールで必須特許を一括してライセンスすることです。つまり、個々の必須特許権者が価格を決めるのではなく、それを集めた必須特許権の束に価格を付ければ過剰な価格にはなりません。

ただ問題は、そのようなパテント・プールができるのかどうかということです。それを「コアリション・フォーメーションの問題」(資料18P)といいますが、標準の必須特許を保有している企業が自発的に協力できるのかという問題があります。経済学の中に「コースの定理」というのがありますが、それは、所有権さえはっきりしていれば協力によって企業に利益が生まれるので、必ず協力が実現するという考え方です。ただ、現実にはアウトサイダーが、独自で権利行使をしているケースが発生しているわけで、これは一体どうしてなのだろうかということです。

最近は、協力すべき人が自発的に協力するのかということについて、いろいろと理論的な分析が進んでいます。その「コアリション・フォーメーションの分析」の考え方を、必須特許を持っている人が自発的に協力できるかどうかという問題に適用しますと、企業数が一定程度以上あると必ずアウトサイダーが存在するということがいえます。アウトサイダーになることに最初にコミットした方が得で、残りの人は仕方がないから少ない人でパテント・プールをつくることになるだろうと理論的に予測できます。こうした分析の含意は、標準が先に決定されてしまうと、標準の必須特許権者がその後でネゴシエートしてもパテント・プールは必ずしも形成されないということであり、標準とライセンスの条件を同時決定しないと、基本的には問題が解決できないのではないかということが最初のポイントとしていえると思います。

そうすると、企業が標準の価格決定について事前に話し合うことが競争政策上の問題をもたらさないかが問われます(資料20P)。実は米国のDOJ(米国司法省)もEUのDG4(競争総局)も標準についての競争政策の在り方については非常に強い関心を持っています。パテント・プールについては、たとえばDOJはビジネス・レビュー・レターを出していて、かなり考え方を明確にしつつありますし、EUの場合は2004年4月に「technology transfer block exemptions」を出し、ここの中の技術プールの新たな波においてパテント・プールについての独禁法の考え方を示しています。公正取引委員会も、昨年「規格の標準化に伴うパテント・プールの形成等に関する独禁法の考え方」というのを示して、考え方はかなり収斂してきました。

補完的な必須特許を持っている人たちのプール形成を促すという基本的方向で競争政策が運用されるようになってきていると思われます。ここで5つの基本的なルールをお話しします。1つは、必須特許であるということを第三者が認定して、その人たちが集まって価格を決めることには問題ないということです。2番目に、プールは必須特許の束の価格決定についてだけ議論をすべきで、ほかの付随的な制約に合意するために利用されてはいけないということです。それから3番目は「バイパスの自由」ということで、ライセンシーにプールを通したライセンスの義務を課してはいけないというものです。4番目は、標準がかなり大きな市場シェアを持つ場合にはオープンライセンスがなされるべきで、"fair and non-discriminatory"な条件でライセンスをしなくてはいけないということです。5番目は、標準の決定とライセンス価格の同時決定の必要性に関連しますが、米国もEUも、それはホールド・アップを抑制し、またまだ標準の間に競争がある段階で価格が決まるということで望ましいと、肯定的な立場を取っています。

次は特許政策に関連して「継続的出願の効果」(資料23P)についてです。規格が決まった後にたくさんの特許が出願されているという事実があるわけですけれども、一体それはどのようにして起きているのかという問題と、それが標準の技術革新に良いことかどうかという、2つの点があると思います。基本的には標準が決まった後でいくら必須特許が増えても、標準自体の収益性には影響はありません。そうしますと問題は、良い特許を持っている人、良い技術を開発した人が、よりたくさんの収入を得る、メカニズムとして、継続的出願は効果があるかどうかということです。実は後者の効果もかなり疑問で、分割などによる特許の割合が高い企業ほど、どちらかというと初期にあまり良い技術を持っていないという、ネガティブな相関が見られます(資料25P)。従って、良い技術を持っている人が継続的出願によってパテント・プールのより多くの収入を得るような仕組みとして機能しているかというと、そうではないということが事実としてあると思います。ですから、事後的に標準の必須特許権が増えるのは、必ずしもポジティブなことではないということがいえると思います。

次は「標準機関の特許政策」についてです(資料27P)。標準機関の知的財産政策は、最近になって標準には知的財産権が付くことが非常に多くなってきたということと、また独禁法事件にも関連して見直しがされています。現状の特許政策においても、何の歯止めもなく知的財産権を標準に認めてしまうと反共有地の悲劇という問題が起きてしまいますので、一定の約束をさせています。基本的にはRAND(Reasonable and Non-discriminatoryな)条件といって、合理的な条件で無差別にライセンスをするということを条件にして、特許権を含む標準をつくることを認めています。問題点としては、何が合理的なロイヤルティの水準であって、何が無差別なのかということを明確に説明をしている標準化機関はまだ存在しないということがあります。それから2番目は、知的財産権の開示についてのルールがはっきりしないということです。そもそもJEDEC(合同電子デバイス委員会)の場合も開示が義務かどうか、開示すべき知的財産権の内容、この辺りがまだはっきりしないことがホールドアップ的な行動を許すことになったといえます。3番目は、開示を遵守する義務は誰が負うのかということです。つまり、標準化機関に参加しているのは個人としてか企業の代表者として参加しているのかといったところも明確でないというのが現状だと思います。従って、こうした点を明確にしていくことが今後の大きな課題になっていると思います。

それから最後に「技術標準形成の収益性」ついてです(資料29P)。これは「オープン化とコントロールのバランス」という問題があります。オープン化していくメリットとしては、たくさんの人の良い技術を標準に含めることで、標準の技術的な価値が上がるということです。もう1つは、自分だけでは技術が十分に使いこなせない場合は往々にしてあるわけですから、ほかの人の市場あるいは補完的資産を使うことでマーケットを広げるということがあります。ただ、そうしますとコントロールを失います。そこで、トレードオフ関係が存在してバランスを取るということが重要になってくると思います。コントロールの方法としては、基本的には標準技術の有償ライセンスと、補完財の供給があります。どちらを重視すべきかですが、補完財を持っている企業が世界的に増えれば補完財を供給しても自分のシェアは下がっていきますから、基本的には補完財での競争性が高まれば高まるほど、技術の有償ライセンスの重要性が高まるといえると思います。そうしますと、やはりライセンス政策が非常に重要になり、それに関連して企業の特許政策の重要性が大きくなり、特に、国際出願、エンフォースメント、それから市場に合ったライセンス政策をやっていく必要があるのではないかと思います。

コメント

コメンテータ(江藤氏):
われわれは日本の標準であるJISをつくっている立場、それから国際標準をつくっている立場からしましても、今日のお話しは日々問題に感じているところです。われわれにとって一番大きな問題なのは、アウトサイダーの問題です。つまり、標準をつくっていない人たちが後から自分の特許を主張してくることによって、その標準が使えなくなってしまうという問題です。ITU(国際電気通信連合)の調査では、標準をつくっていない方々が持っている特許の割合が2割を超えています。それらをどのように把握して、その方々からどうやってライセンスを受けるかを整理していくのが、われわれにとって一番大きな問題です。その根本的な解決策というのはないのですが、パテント・プールというのが大きな解決策の1つで、いろいろな形で支援していこうという話になっています。

ただ、収益の配分方法などで企業体の形式が違いますので、全員が入るプールというのはまずできません。そこには、プールの魅力がない、もしくはプールに入ると収益が下がるという大きな問題があって、ではどうやってプールに入ってもらうかという議論を政策的にしています。たとえば、標準の特許を持っている人はプールに入らなければいけないという強制的なルールをつくるとか、パテント・プールに税制的な優遇策を設けて魅力を高めるとか、いろいろな案が考えられるわけで、ぜひ皆さんからご議論をいただきたいと思うところです。

それから、実は今日初めて知って興味深かったのは、価値のない特許ほど分割をしているということです。特にMPEG2のパテント・プールは昔から特許分割の問題がいわれていますが、実はこれは特許の数で収益を分配するのです。そうすると、特許の数が多いほど収益がたくさん入るために特許分割競争が起こって、ものすごい数の特許になってしまったわけです。先生のデータでは(資料25P)、分割をしたのはあまり良くない特許を持っている方々なので、本当に良い特許を持っている方々の収益がどんどん削られていくということになります。こういうことだと、やはりプールの魅力は下がっていきます。そういった中でどうすればいいのかというのが、われわれにとって大きな問題です。

さらに大きな問題は、たとえプールの中で値段を統一しても、プールの重ね合わせによってライセンス料が非常に高くなるということです。たとえば、DVDレコーダーを作ると、10個ぐらいのパテント・プールとの契約が必要で、全部で20ドル以上のライセンス料を払わなければいけません。DVDレコーダーを1台作るのにそんなに払ってしまうと、全く儲けになりません。そういうことがあって、プールの重ね合わせ問題をどのように解決するかも大きな問題です。

それから、特許で収益を上げるか、それとも補完財で収益を上げるかですが、ここのところについてはいろいろな考え方があると思います。もちろん特許を技術に入れることで収益を上げるというのは良いのですが、たとえばDVD製品は41%が中国から出ているのですが、ライセンス料は2割ぐらいしか出ていません。つまり、ライセンス料を払っていない企業が中国には山のようにあるということです。しかもライセンス料を払っていないのはどれかというのが分からないのです。こういう状態では特許料がなかなか取れません。これが非常に大きな問題になっています。ただ、DVDについては、本当に儲けているのは補完財側で、9割以上のシェアを日本が持っているのです。これは、標準をつくるときに自分の標準に合った技術を特許として押さえておいたということがあります。そういった企業戦略とのリンケージをうまく考えることが、標準をうまく使う上で非常に重要です。そういう意味では、特許でお金を取るのが良い、補完財でお金を取るのが良いという二律背反ではなくて、どういった戦略で標準をうまく使って儲けるかというのが、今の企業体にとって非常に重要な課題ではないかと思います。この辺りでも政策的に何ができるのか、いろいろな研究をしているところです。

質疑応答

Q:

流れとしては、パテント・プールが増えてくる方向になるのか、あるいはアウトサイダーの存在や分割の問題の関係から、パテント・プールを形成していくのはやや困難な方向にあるのか、どちらと踏まえて考えていったらいいのか教えていただきたいと思います。

A:

そんなにたくさんの標準のケースを見ていませんが、ただ、3Gではプールをつくるのに非常に苦労しているということは確かです。ですから、やはり必須特許権者が増えれば増えるほど、プールをまとめるための努力は非常にかかるようになります。

コメンテータ:

先生がおっしゃられた通りプールはつくるのが難しいのです。プールを運営する組織が必要ですので、どうしても新しい組織をつくらなければいけません。さらに、それがプールのメンバーとは別の組織でなければ独禁法上良くないということもあって非常に難しく、あまり増えてはいません。ただ、3Gの例は非常に面白い例で、これはパテント・プラットフォームと呼ばれていてプールではないのです。1カ所に特許を集めていないで、特許権者だけがお互いに合意をして契約は個別の企業とするのですが、契約料のトータルのライセンス料は5%以下にするという約束だけを決めています。これだと運営組織が要らないので良い方法であり、期待をしていたのですが、クアルコムもノキアも入りませんでした。この大きな2社が入らなかったということで、実際上は結局3つと契約をしなければいけないので、非常に高いロイヤルティ料になっているというのが現状です。

モデレータ:

そういうときに、政府の役割というのはあるのでしょうか。プールに入ることを強制したり、インセンティブを与えたりという手段を例示されていましたが、現実には今どうなっているのでしょうか。

コメンテータ:

現実的には、公取のガイドラインが政府として唯一実現できた施策で、このガイドラインで、どういうプールであれば独禁法上問題がありません、こういうプールの条件を満たしてくださいという、そこまでは明確化しました。それだけでもプールをつくる環境はそろったと思います。ただ、今のところそのプラスαの、つくった方が良いというインセンティブまではなかなか付与できていません。そこに政府として何かできないかというのが、今のわれわれの課題だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。