政策評価ミクロモデルについて

開催日 2006年3月17日
スピーカー 金本 良嗣 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院経済学研究科・公共政策大学院教授)
モデレータ 戒能 一成 (RIETI研究員)
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議事録

政策評価の現状

『政策評価ミクロモデル』という本を出しましたので、これを種にお話しさせていただきます。この本のコンテクストは、日本でも政策評価法ができて、政策評価をきちんとやるという状況の中で、役に立てることはないかというのが出発点です。私自身もこの政策評価関係にかかわっていますが、現状ではあまりうまくいっているわけではありません。それにてこ入れするためにも、こういったものを出す必要があると考えました。評価法施行後ほぼ4年で、かなりの積み重ねができていますが、役所の現場ではあまり快く思われていないという現状があります。

その状況を改善するためには、ツールやデータなどとは別に、役所や関係する方々の仕事のやり方の全体のサイクルを変える必要があります。現状は政策評価というのは出口でやるのです。政策の企画をして、関係者とネゴをして、やっとまとめて、最後のところで評価をして出します。この出口の段階で「これはダメだ」と書けるわけがないので、つじつま合わせの作文をする傾向があります。

基本的には、政策評価が有効なのは一番最初の段階だということです。政策企画で、最近は審議会を使わないケースが増えてきたのですが、以前は審議会で議論をしてまとめていました。そういう段階から順次評価をしていって、最終的にまとまったものを政策評価法に基づく評価として出すという、こういったプロセスができればいいという気がしています。そういうことを念頭に、現場で何ができるかといったことを考えました。

『政策評価ミクロモデル』の狙い

この本の狙いは、政策を企画している現場で評価ができるようにしたいということです。政策担当者自体がちまちました計算ができるかどうかは別として、現状でも結構な予算を使ってコンサルタント会社を雇い、いろいろなことをやってもらっています。こういった中で簡単なモデルを用意して、こういうふうにやれば一応結論が出るよと提示しておけば、現場でもコンサルタントを適宜使いながらできるのではないかといったモチベーションになります。ここでの小さいモデルのメリットとしては、構造が分かるのでどこを細工してあるかも分かりやすいということがあります。

基本的に経済システム全体をモデルすると必ず大きくなります。しかしよく見てみると、経済システム全体をモデルする必要はないことが多いのです。全体を見ないと気持ち悪いのですが、全体を見ても評価結果がそれほどは違わないということが多いのです。

また、こういうものの誤差のイメージ、定量的なイメージというのは、素人の方とやっている人間とで格差があります。大体5割間違えるというのは、非常に精度の高い評価だということで間違いないと思います。もっと難しいものはたくさんあって、2倍、3倍というのはざらです。健康や環境などはもともとの問題が難しいので、100倍、1000倍とか、以前まで全く安全だと思っていたものが非常に害があるということはあります。そういうもともとの誤差に比べれば、経済全体をモデルするのか、もっと狭い範囲だけ取り出すのかということによる誤差の大きさは、無視できることが多いということです。

この本最初の部分では部分均衡モデルの中で「余剰分析」というものを使っています。「余剰分析」とは、経済学の教科書の一番初めに出てくる、需要曲線が右下がりの直線で、供給曲線が右上がりの直線で、この「X」の交わったところが市場均衡だというものです。非常にエレメンタリーで結構使い手があり、どういうふうに使えるかということを解説してあります。

その次に、もう少し複雑になるとそれではうまくいかないので、簡単なモデルをつくらなければいけません。それをどうつくればいいかということをやっています。これに関しては、経済学はまだ数学をやる人が多いのですが、自然科学系ですと数学をやるというよりは、コンピューターシミュレーションで解くということが多くなっています。コンピューターは非常に性能が良くなっていますので、ほぼ何でもできてしまいます。しかも皆さんが使っているエクセルでも、高度なシミュレーションができてしまいます。そういったことをやれば、数学の定理をフォローする必要なく、シミュレーションができます。ただ、一番問題なのは、経済学のフレームワークは意外に難しいので、理工系の数学・コンピューターができるという人がそれだけでやると、かなりトンチンカンなことになってしまいます。経済学を一生懸命勉強した人でないとなかなかちゃんとしたモデルはできません。その辺のところは、奥義まで説明するのは難しいのですが、具体例を幾つか示していますので、それでご理解いただきたいと思います。

あと「寡占モデル」というのがありますが、特に経済産業省辺りで扱っているものは、経済学の教科書にある完全競争モデルではなくて、少数の人たちがゲーム論的状況で競争しているということがあります。こういうものについても、割と簡単なモデリングができるということで解説をしてあります。

政策分析の流れ

それから、政策評価とはどういうもので、どういうふうにするのかということについて、この本で使っているアプローチを説明してあります。これはアメリカの公共政策大学院で教えられている教科書を翻訳したものです。アメリカでは、「政策評価」という言葉は事前の評価についてはあまり使われておらず、70年代ごろから「政策分析」という言葉が使われています。私も他の人たちと一緒に日本で公共政策大学院を始めたのですが、アメリカでも本格的なものというのは割と最近であって、70年代にケネディスクールが始めたのがモダンな公共政策大学院の最初といわれています。その時、始めた人たちの狙いは、政策形成のプロセスを合理的にしていく、政策に合理性を持ち込みたいというのが一番だというふうに聞いています。合理性については、実は経済学が相対的有利性を持っています。経済学というのは、すべての人たちが合理的に最適化していると思って構築しているのです。従って、合理的にやろうというときに一番強みを発揮するわけです。ケネディスクールで始めた人たちも、経済学のアプローチを政策分析に持ち込みました。その後、それだけでは政策ができないということで、今はもっと幅広いものになっているという感じです。

アメリカ流の政策分析の流れというのは、基本的に問題を理解・分析して何ができるかというのを考えて、何ができるかというのが分かれば、それを実施することによって何が起きるかというのを予測して、その結果が良いか悪いかというのを評価します。そして、評価結果をいろいろな人に伝えるといった流れになります。これは非常にシンプルなのですが、基本的に何をやってもこういうプロセスだという気がしています。いろいろな手法があって複雑なものはたくさんあるのですが、こういう全体的な構造であるというのが分かれば、戸惑う必要がなく、政策評価というのはたいしたことをやっていないということも分かると思います。

それから、私が公共政策大学院で学生を教えているときに強調するのは、一番重要なのは必ずしもツールを理解して使えるということではなく、ツールを使うべき対象は何かを見つけるのが一番難しいということです。実は一番想像力、創造力を要する、イマジネーションとクリエーティビティーを要するところだということです。従って、「問題分析」というのが非常に重要です。実際、政策企画で役所の担当者がやっていることの主体は多分ここです。これだけで突き進んでしまうのが問題だということはありますが、ここを抜きにして何も始まりません。

この問題分析は、まず問題は何かというのを理解します。基本的には何か悪いことが起きているというのが普通です。悪いことが起きていなければ何もしないで終わりになります。何か起きていると、それが何によって発生しているか、何が悪いか、何が問題かということを考えなければいけません。そういうことを考えるフレームをつくらなければいけません。この辺だけでもちゃんとやると、政策形成のメカニズムが改善されることがあります。ほとんどのケースは症状があって、何か悪いことがあるとすぐにそれをつぶす解決策が出てきますが、この症状が何によって起きるのか、どこがボトルネックなのかをきちっと考えて、それをつぶす政策が出ることは結構ないのです。次に「目標と制約の選択」です。理想的なことが政治的な制約でできないことはいっぱいあります。そういうものを考えて、何ができるかを考えます。そして、何をやりたいかというのが分かると、「分析手法を考える」ということになります。

そういうものができると、後は「評価」になります。ここが政策評価と呼ばれているものになります。この政策評価のストラクチャーは非常に簡単です。一番シンプルなケースは、現状維持で何もやらないという1つの代替案です。それから、今打ち上げている新しい政策です。現状維持というのは必ずオプションとしてありますので、その2つのどちらがいいかというのを評価するのが政策評価ということになります。この政策評価も非常に簡単で、その両者について、実際にやると何が起きるかを予測する「インパクト予測」をします。そのインパクト予測ができると、その起きた結果を何らかの評価基準に従って評価をする、これで終わりになります。

政策評価で一番難しいのは、このインパクト予測のところです。一番時間と費用がかかっているのが、代替案のインパクトを予測するモデルをつくるところです。ただ、手法はいろいろあって、精緻なものも、簡単なものもあります。ここで精緻なものを使ってもあまり精度が上がらないことも結構あります。基本は、各代替案を実施すると何が起きるかというのを予測するだけです。この本では、インパクトの予測と、それから経済効率性からの評価について、どういう評価をするかというところを解説しています。

政策評価の基本的な流れ

もう少し細かく、政策評価のプロセスについてご説明をします。まず何を評価するかを決めます。これは代替案を評価可能な形にきちんとつくるということです。そして「代替案について効果・影響を予測する」ということなります。その後「社会的な便益・費用を評価する」となります。

便益・費用を評価する時は、貨幣単位で評価するとしていますが、これは何の単位でもいいのですけれども、貨幣単位が一番分かりやすいということで、通常貨幣単位に換算をします。経済学を学んでいない人は貨幣単位で換算できるのは経済的なものだけだと考えるのですが、基本的には個々の方々が合理的に首尾一貫して行動していればすべて貨幣単位で換算が可能だという、経済学の定理があります。ですから、貨幣単位に換算というのは理論的には問題ありません。問題なのは、個人と個人の間の比較というのが、コンセプチュアルにもモラル的にも一番大きな問題です。個々の人の便益が貨幣単位でいくらかというものの計算は問題ないのですが、Aさんの500円とBさんの500円と、どちらが社会的な価値が高いかといったことになると非常に難しいのです。しかし、実際の政策決定についてはそういうことを考えざるを得ないということになります。通常の政策評価では、最初は誰の1円も同じ価値だと考えて足し合わせます。それでまずいことも多いので、そうすると誰の1円かというのを予測するのです。実は生活保護や公営住宅などはそれをやっています。

それから、時間が、今年、来年、再来年、100年後といろいろありますので、割り引いて、それで各代替案の便益を計算するといったことをやります。あと、私たち経済学者は「費用便益分析」の話をするのですが、政策評価の現場では必ずしもこれを全部やる必要はないし、やらない方が良いケースも多いことがあります。基本的には、政策代替案でどちらがいいかということを合理的に決めたい、そのための情報をつくりたいということですので、便益を計算する必要がないケースも結構多いことがあります。その場合には「費用対効果分析」といわれているようなものがあります。これはBSE対策などの安全関係で使われていることが多いのですけれども、こういう対策で人の命をどれぐらい救えるかというものです。人の命の価値を決めて、救った命の便益を計算すると費用便益分析になるのですが、それはなかなか難しいことが多いのです。ですから、BSE対策で、輸入停止で瀬戸際で止めるという対策と、入れるのだけれども何らかの検査をするといったいろいろな対策がありますが、そういうケースに対して、輸入停止のコストは人命1人救うために何兆円かかる、入れて検査をするとそれが1000万円になる、という形で計算ができます。そうすると、人命の価値を入れなくても選択ができるといったことがあります。

政策評価の流れの最後に「感度分析」があります。これは政策評価で極めて重要なのですが、日本では全く話題になっていません。一応、感度分析という名前のものをやっているのですが、全く本来の感度分析ではありません。政策評価の場合に出てくる便益・費用の数字は、5割の誤差ならばかなり信頼性が高いといったたぐいの数字で、その数字の精度についての情報を与えるというのが感度分析です。いろいろなケースがありますが、よく取り上げられるのは需要予測です。需要予測について分析する人が持っている、これがベストだろうという1つの推計値に加えて、楽観的な推計値、悲観的な推計値を計算します。そして、悲観的であっても便益費用比は1.2だということで、それではやろうかと決める、そういったものが基本です。

これについてもう1つの例を申し上げておきますと、便益・費用を計算するときに「原単位」というのを使います。先ほど申し上げた人命の価値というのも原単位で、これは、日本は公式の数字があるようなないような、一応公式に出ているのは三千数百万という数字しかないので、人命の価値は三千数百万で計算されています。それから、交通関係ですと時間の価値です。新しい交通都市をやって便益が出るのですが、計算してみますと、一番大きいところが時間節約分の価値なのです。そうすると、1時間節約されたものの価値が100円なのか1万円なのか、便益はすごく違います。この時間価値を設定するところでいろいろなことが起きるということになります。こういうものについても、アメリカ等のマニュアルですと、中央省庁が推奨する数字と、それから上位値、下位値と、必ずしも完璧というわけではありませんが数字を出しています。こういったものについていろいろ計算をして、堅めに見てもこれぐらいはあるよと、楽観的に見ればこんなにすごい便益があるよと、そういうものを出すというのが感度分析になります。

おわりに

基本的に一番資源が必要なのはインパクトの予測のところで、これをできるようにするにはデータの整備が必要です。日本ではこれが非常に後れています。いろいろ見ていますと、調査費を使っていろいろなことをやっているのですが、それで出てきたデータは役所の中の全体としては蓄積されていません。役所は担当者がすぐ変わりますから、担当者レベルの蓄積も基本的にはありません。どこに蓄積されているかというと民間コンサルタント会社です。この辺はやはり考えた方がいいと思います。

この本を授業で教えているわけではありませんが、授業の一部で今日お話ししたようなこともやっています。公共政策大学院の「事例研究ミクロ経済政策」という科目は、こういったものを学んだ後に事例研究をやっています。あと「公共政策の経済評価」という科目でも、この本の幾つかのテーマを教えており、事例プロジェクトというのをやらせています。いろいろなテーマについて、基本的に定量的な分析評価をやっています。見ている感じとしては、1年間、大学院で授業をやれば、かなり使えるなといった感じです。

質疑応答

Q:

この5~6年見ていただいて、霞が関全体で、成果としてこういうところはやって良かった、あるいはここは変えた方が良いなど、何かアドバイスをいただけたらと思います。

A:

やって良かったところは何かというのはなかなか難しいですが、公共事業のようなものについては分野間の問題がなかなか難しくて、これが課題です。具体的な成果というのも難しいのですが、少しずつマインドが出てきているというか、説明のときに、国民にとって良いことは何で、悪いことは何でといったことをまず説明しなければといったことが、少し浸透しつつあるのかなという気がします。

Q:

政策のどこを対象にして評価するのかという点について、人事院でも初任者研修みたいな形で全省庁を集める際に、モデル事例の説明をやれればいいと思っているのですが、若手の職員に分析マインドを付ける上でどういうアプローチがいいのか、何かご示唆をいただければと思います。

A:

研修の事例はいくらでもあるのではないかと思います。最近面白いのはやはりリスク関係です。分析事例でチャイルドシートやアスベスト規制などがありますけれども、この手のものは合理的に考える訓練としては非常に良いと思います。ただ、まだマスコミがこういうリスクをきちんと受け入れる感じになっていませんので、すぐに現場で適応できるかどうかは別として、人命の価値は無限だとか、そういったことではないということを考えること自体、合理的に考えることの重要な訓練になると思います。それから、私は経済学者ですので、経済分析で定量評価に乗るものをメーンにやっていますが、政策評価については定量評価に乗らないものも非常に重要です。定量的なところでは、便益費用比が1以下でもやった方がいいものもあります。それはなぜかというと、計測が非常に難しいものが非常に重要なケースがあるからです。また、原子力政策や高速増殖炉など、こういう新しいものについて、通常の採算ベースのリスクを考えるのと、それから安全保障を考えるのと、こういったたぐいのものも良い教材かなという感じがします。

Q:

なぜアメリカはあんなに早くから政策分析の手法ができ、定着して、なぜ日本はかくも後れたのかということについて、もしコメントがあればお願いします。

A:

いろいろなことがいえると思いますが、もともと組織の成り立ちが違うのかなというのがあります。アメリカはプロが分かれて分業体制を組むというようなことになりますから、プロはプロの世界でという形になっています。日本の場合は、理工系の技官の方々でも専門的なものをかなり忘れて立派に政治をやられていることがあるといった状況です。もう1つの理由は、われわれ大学に責任があるのかなという感じがします。ニーズがないのと、サプライがないのと、ニワトリと卵の関係なのですけれども、もともと研究で現場で使えるようなものをやっている人がほとんどいないということがありますし、経済学は勉強しているのだけれども、現場でどういうふうに使えばいいのかということは誰も教えていないといったことがあろうかと思います。専門職大学院をつくって、そこでそんなに高度な経済学ではないものをしっかり身に付けていただいて、現場でうまく使える人たちをつくりたいと、こういったことでうまくいくことを期待しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。