日中企業の経営比較――その理論と事例――

開催日 2006年3月2日
スピーカー 徐方啓 (一橋大学大学院国際企業戦略研究科ポスドク研究員/江蘇工業大学創造経営学研究所所長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)
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議事録

はじめに

私は日本に来て15年になります。その間に世界の状況は大きく変化しました。湾岸戦争、冷戦の終結、同時多発テロ、タリバン政権崩壊、アジア金融危機など、世界経済に大きな影響を及ぼすような出来事がありました。一方、日本国内でもバブル崩壊で大きな変化がありました。このような大きな変化の中で私は、何を目標にしていけばよいかをずっと考えていました。“失われた10年”の中で、日本に来たのは間違いだったかと思ったこともありましたが、バブル絶頂期でも崩壊後でも、史上最高の利益を出した日本企業がいくつもありました。それこそが「日本的経営」の本質なのだと思います。我々が学ぶべきことは、まだまだたくさんあります。それを追究し、中国企業と比較研究していきたいと思っています。その1つの成果として、『日中企業の経営比較』という本を出版しました。

そのなかで私が主張したかったのは、日中企業の経営比較を行う緊迫性です。日本でも中国企業の研究は行われていますが、それはわりと個別的、分断的であるように思われます。私はもっと大きい視点でみていくほうがいいと思います。

中国と日本の企業の基本的概念

比較するにあたって、いくつかの概念を検討しました。まず、中国経済の概念として「社会主義的市場経済」があります。これは簡単にいえば、社会主義という前提のもとで市場経済の手法をどんどん取り入れるということです。そして日本は資本主義ですが、社会主義と似たところがあります。それは計画経済の要素です。農業分野、福祉面、銀行の救済などをみるとよく分かります。それで私は「資本主義的計画経済」という概念をつくりました。ちなみに改革・開放政策前の中国は「社会主義的計画経済」です。それは非常に非効率的、硬直的なものでした。

2つめに、中国は「国家資本を中心にする市場経済」で、日本は「民間資本を中心にする市場経済」ということです。市場経済といえば本来民間資本を中心にするものです。ところが中国は国家資本が中心なのが現状です。エネルギー開発などで中国企業がなぜ強くなったのかというと、この国家資本があるからなのです。

そのほかに、「中国型資本主義現象」と「日本型社会主義現象」、「日中協力論」と「中国脅威論」などがあります。

また研究機関数は、中国の総合大学にはほとんど“日本研究所”があるのにたいして、日本の大学には“中国研究所”はほとんどありません。教員個人で研究していることがほとんどです。いま日中間の対話不足がいわれていますが、組織的な交流がないことが原因ではないでしょうか。日本でもぜひ組織的に中国研究をしてもらいたいです。

経営哲学・企業競争力の源泉について

また、私がいま注目しているのは、経営哲学の源泉に関する比較研究です。中国の場合は古典を源泉とすることが多いです。儒家・道家、『孫子』『三十六計』『三国志』、または毛沢東思想、そのほかに日米欧の経営理論も源泉としています。では日本の場合はどうでしょうか。日本は、経営に関する世界・人生などの根本原理を追究する学問は弱いです。しかし、経営者の経験に基づく人生観と世界観、これは素晴らしいものがたくさんあります。中国はこの1つめのほうの学問は盛んですが、2つめのほうは弱いわけで、ちょうど長所、短所を補い合える関係だと思います。

次に、企業競争力の源泉に関する比較ですが、日本企業の場合は大きく分けて、組織的知識創造と持続的イノベーションにあると思います。そして組織的知識創造の下に組織力、雇用力があり、持続的イノベーションの下に技術力、経営力があります。一方中国の場合は、強いリーダーシップと魅力的インセンティブにあると思います。強いリーダーシップが生まれる要因としては、歴史、文化、経営哲学があります。魅力的インセンティブが生まれる要因としては、徹底的な権限委譲があります。たとえばレノボやハイアールの事業部長は29歳や30歳だったりします。能力のある人には、制限なく活躍の舞台を提供します。

日本企業に特徴的なことに年功序列制、終身雇用制があります。バブル崩壊後はそういう制度を否定する声が強くなりました。でも、これも競争力の源泉の1つだと思います。キヤノンの例をみると、バブル崩壊後も業績を伸ばし、従業員数も増えています。御手洗社長によれば、終身雇用制があるからこそ今日のキヤノンがあるのであって、問題はその活かし方とのことです。終身雇用でも、年功序列ではなく能力主義をとっているとのことで、日本独特のものを活かしていくところが日本企業の強みになっているのだと思います。

ほかに日本の特徴としては、高度の技術力をベースにする製造業、均質の労働人口、日本でだけ通用するMBA、自然資源の全面輸入などがあります。それにたいして中国の特徴は、知識創造は個人ベース、技術面は舶来品の組立が中心、能力・成果制、中度の技術力をベースにする製造業、不均質の労働人口、世界で通用するMBA、自然資源の部分輸入などが挙げられます。

経営方式に関して

では、経営方式に関してはどういうことがいえるでしょうか。中国がトップダウンの命令系統であるのにたいし、日本は稟議制命令系統です。中国はミドル軽視なのにたいし、日本はミドル重視、中国のボトムは自己実現をめざすのにたいし、日本のボトムは忠誠心を示します。

また、どこの国でも暗黙知というものがありますが、日本は村意識をベースにしているのに対し、中国は中華思想をベースにしています。

中国企業の事例を通して

次に、中国企業のハイアール、レノボのケースを通して、話を進めたいと思います。この2つは日本でもある程度知名度があり、世界的にも話題をつくった会社です。私は以前からこれらの会社に注目していまして、5、6年前から追跡調査をしていました。

(1)ハイアール
2005年4月張瑞敏CEOが「Fortune」で中国の最も影響力のあるビジネスリーダーに選ばれました。同年12月ハイアールは中国消費者から中国一のブランドと選出されました。06年2月現在、世界4番目の白物家電メーカーであり、中国一の電子情報産業メーカーで、傘下には240の法人、30カ所の海外拠点があり、従業員数5万1000人。ドメインはいまや家電だけではなく、技術、工業、貿易、金融で、96品目1万5000種類の製品を製造しています。

ハイアールの競争戦略は、(1)ブランド戦略(1985年~)、(2)多角化戦略(1988年~)、(3)国際化戦略(1995年~)、とあり、それぞれまだ継続していますが、2006年からグローバルブランド戦略が始まりました。

1984年張氏がこの会社の社長に就任し、まずハイアールというブランドを樹立するためにがんばりました。第2段階は多角化戦略で、冷蔵庫以外の家電に進出しました。次は国際化戦略で、香港での貿易会社設立からスタートしました。日本では三洋電機との提携があります。そして創立21周年をきっかけに、世界範囲でのブランド価値の向上をめざすことを宣言しました。今まで主に北米、中近東、東南アジアに進出していたのですが、これからはヨーロッパ、アフリカ、南米への進出をめざしていくのでしょう。

私は2004年9月に張氏にインタビューし、経営哲学についてお聞きしました。それは一言でいえば「応用哲学」で、中国の古典思想(老子、荘子、孔子など)、日米欧の経営理論(松下幸之助、土光敏夫、ドラッカー、ポーター)、毛沢東の哲学などをいろいろ勉強し、それを実践のなかで検証して自分の経営哲学とします。張氏はマスコミなどでよく「儒商」と呼ばれます。つまり儒学思想をもつ商人ということです。彼自身も経営者として一番大事な要素は「哲学の素養」と言っています。

ハイアールの成功要因をまとめますと、経営哲学をもつ強いリーダーの存在、先進国の成功経験、持続的イノベーションと知識創造、行政のサポート、市場をもとにする経営方針、となると思います。

(2)聯想グループ(レノボ)
1984年11月科学者11人、資本金20万元で設立されました。その20年後、2004年12月IBMパソコン事業を買収します。それまで日本にはレノボの情報はほとんど入ってきていませんでしたから、驚いた方も多いでしょう。レノボの売上市場の97%は中国で、海外はたった3%、しかもアメリカ中心でヨーロッパが少し、あとはインドです。

レノボはどういう会社なのでしょうか。レノボの親会社である聯想持株会社の組織図をみると(資料p15参照)、中国科学院65%、聯想持株会社従業員持株会35%になっています。つまりもともとは中国科学院から生まれた企業なのです。聯想持株会社の社長柳伝志が創業者です。聯想持株会社の下に5つの会社があり、その1つが日本で一般にいわれているレノボ(聯想集団有限会社)で、聯想持株会社が57%出資、残りは上場しています。この会社の会長は楊元慶です。ほかに4つ子会社がありますが、レノボが最も売上があり、世界で知名度があり、歴史も長いグループ内で中心的な会社です。

売上高の推移をみますと(資料p16参照)、2002年からデジタルチャイナが加わっていますが、これはレノボから分かれてできた会社です。しかしデジタルチャイナができてからは、あまり売上が伸びていません。この当時レノボは多角化に乗り出したのですが、それの失敗がひびいているからです。06年はIBM買収のため、ぐんと伸びると思います。買収前の売上高は30億ドル程度だったのが、売上高90億ドルのIBMを買収したわけです。いまや世界第3位のパソコンメーカーです。

レノボの競争戦略は、(1)「貿・工・技」戦略、貿易で資金をためて、製造業をやり、そして技術を高める。(2)海外進出戦略、香港での貿易会社からスタートし、アジア、アメリカへ進出した。(3)製品開発戦略、製品技術を活かし、消費者のニーズに応える商品を開発する。(4)価格プラス・アフター・サービス戦略、低価格とよいサービスで市場を開拓する。(5)未来発展戦略、聯想ホールディングを中心にして、多角化を展開する。IBMを買収してから中国ではレノボは「新聯想」と呼ばれていて、その下には「レノボ・インターナショナル」と「レノボ・チャイナ」があります。レノボ・インターナショナルはアメリカで経営をしていて、世界進出をすすめるため、レノボのトップはほとんどアメリカに常駐しています。

最近『聯想』という本が翻訳出版され、データもたくさんあり分かりやすいと思います。内容は、ちょうどIBM買収までの沿革です。

レノボの成功要因について、2005年私が柳伝志氏にインタビューしたところによると、品質の確保を前提にしたコスト・ダウン、製品技術の長所を活かすこと、市場の開拓と販売と販売店の管理、とのことでした。しかし、私の考えとしては、強いリーダーの存在、改革・開放に関連する優遇政策を最大限に活かすこと、政府部門との良好な関係作り、本土化戦略、魅力的なインセンティブ、が成功要因だと思われます。

グローバル企業をめざす中国企業

中国企業がグローバル企業になるには、まだ長い道のりがあると思います。彼らは国際的なビジネス経験が不足しています。レノボのトップクラスがなぜアメリカに常駐しているのかといえば、国際ビジネスを自分で体験し、学びたいからです。また向こうの人材を活用しています。

ハイアールの場合は、アメリカに進出するとき、なるべく現場の人を活用しました。ハイアール・アメリカの社長は、アメリカでの取引先の社長でした。

最近のレノボの人材募集の条件は、留学生や海外で働いていて戻ってきた人、中国の外資系企業で働いたことのある人です。また「トップ100」という人材育成方針を掲げているのですが、今後5年間で世界でビジネスをできる人を100人育成するということです。

質疑応答

Q:

ハイアールやレノボが創立した1984年ごろの中国の状況は、ちょうど日本でいうなら何を作っても売れた、戦後の物不足の時代に相当するのでないでしょうか。そして私の考えでは中国の人々の発想は現場主義で、現場で合理的で業績が上がるなら、制度はどうであれやってしまうというものです。一方現在の日本は先進国ですから制度的発想をしていて、従業員は会社の制度を守ります。ということで、中国企業の成功要因として、強いリーダーシップもあると思いますが、中国の競争力は実は従業員たちの現場主義から発生しているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

A:

まず、私の研究アプローチとして、経営哲学をもつ創業者かどうかをみます。しっかりした経営理念をもっているトップがいるからこそ、それが下に影響を及ぼすのだと思います。私が、強いリーダーシップと魅力的インセンティブの両方を競争力の源泉として挙げたのは、ただ魅力的インセンティブで引きつけるやり方だと従業員はよりよい条件のところに転職してしまって、継続性がなくなるからです。ハイアールとレノボの場合は、どんなに能力がある人でも経営理念に同意しない人は採用しません。

Q:

ハイアールの張氏の経営哲学のなかで「船主論」「仮死魚理論」などがありますが(資料p12参照)、これはどのような理論なのでしょうか。

A:

船主論とは、会社を船にたとえたとき、「船長」は与えられた船をどううまく操縦するかを考えますが、ここで社長は「船主」であり、その船そのものをどうよくするかを考えないといけない、というものです。仮死魚理論は、会社を買収するときに「完全に死んでしまった魚(会社)」ではなく「仮死状態の魚」を選び、復活させるということです。彼独特の言い方です。「MCM」はスペースの関係で私が省略して書いたのですが、「マーケット・チェーン・マネジメント」といって、サプライ・チェーン・マネジメントという言葉が入ってきたとき、その本質をとらえて新しい概念をつくったものです。

Q:

「中華思想による暗黙知」とはどういうものなのでしょうか。

A:

中華思想とは要するに儒学など諸子百家の教えです。中国の50代以上の人は特に教わってなくても、儒学の教えは家庭のなかで頭に入っていました。教育を受けていればなおさら古典は身についています。しかし40代以下の世代は文革が始まり、儒学は否定されていたのであまり知りません。最近はまた古典が見直されてきました。どの本に書いてあったか覚えてなくても教えは知っている、これは中国人に共通するものです。

Q:

中華思想というと、日本では「中国中心思想」と受け取ることが多いのですが、そういうことではないのですね?

A:

そうです。中国の古典思想のことです。諸子百家ありますので、政治家向けの教えもありますが、一般市民の道徳の教えは変わらず、中国人に定着しています。

Q:

レノボは政府の持株率が高いですが、政府の影響力はどの程度あるのですか。

A:

持株率が高くても、会社に対する優遇はほとんどありません。優遇政策はどの企業にも平等で、入札には市場原理が働いています。最近でもデルが落札した例があります。もし政府入札が平等でなければ、すぐマスコミに叩かれてしまいます。また現在100%国有の企業はありません。だいたい政府は3分の2か最低50%くらいの持株率です。そして国の持株会社は大規模・中規模の企業で、小規模のところは地方に任せるか、合併させてしまうというのが現状です。

Q:

ハイアールやレノボは創業1代目で急成長し、これから世界に進出しようという企業ですが、そういうところと比較するなら、現在のライバル日本企業よりソニーや松下の50年前と比較するというのが適当だと思いますが、いかがですか。

A:

そう思います。ハイアールやレノボとそれらの企業との大きな違いは、日本企業は必ず自己資本であることにたいし、中国企業はほとんど自己資本ではないことです。中国企業は創業の段階で資金集めの苦労を日本の民間企業ほど知りません。ハイアールはもともとあった会社を経営手腕で復活させたもので、レノボは科学院の資金がありました。もう1つの違いは、中国には企業に対する優遇政策があり、それをうまく活用した企業が成長したということです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。