敵対的買収と対抗策を巡る議論について

開催日 2006年2月13日
スピーカー 藤縄 憲一 (長島・大野・常松法律事務所弁護士)
モデレータ 鶴 光太郎 (RIETI上席研究員)
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議事録

日本企業の敵対的買収に対する耐性

日本では敵対的買収とその対抗策が注目されていますが、未だに上場会社を対象とする敵対的TOB(公開買付)で買収に成功した例はありません。1999年にはケーブル・アンド・ワイヤレス(C&W)が国際デジタル通信(IDC)を買収しましたが、IDCは有価証券報告書を提出していた会社であったためにTOBが必要になっただけで、上場企業ではありませんでした。また2000年には日本ベーリンガーインゲルハイムがエスエス製薬に対してTOBを実施しました。しかしながら、その前年にベーリンガーインゲルハイムは20%の友好的資本参加をしており、このTOBについてもエスエス製薬の取締役会は反対してはいませんので、これも敵対的TOBの成功例とはいえません。小規模な上場会社については、TOBの方法ではなく市場での株式の買い集めの方法で、経営陣の反対する買収に成功した例はありますが、ごく少数です。

日本で敵対的買収が成功しない要因はいくつか考えられます。1つには、株式をTOB対価として自由に使えないため、買収できる会社の規模に限度があるということです。欧米の公開会社間の大型買収は、株式または、キャッシュと株式のコンビネーションをTOB対価としており、日本のようにオールキャッシュによる買収はあまりありません。このように敵対的TOBの成功例もなく、弊害が発生した事例もないのに防衛策の議論が始まったのは極めて不思議なことです。

もう1つの要因として、日本企業の敵対的買収免疫力があると思います。もともと、どこの国でも敵対的買収はリスクが高いわけですが、「免疫力」について少し敷衍してご説明します(資料3P)。第1に、近年株式の持ち合いは減りましたが、それでも日本の上場企業には与党的な「安定株主」が相当程度いるということです。日本の上場企業の70%は、安定株主比率が40%以上という昨年の調査もあります。株主総会の普通決議に必要なのは議決権の過半数ですが、議決権総数の過半数ではなく、株主総会出席議決権の過半数です。しかも「安定株主」は概して出席率が高く、仮に総会出席率が70%とすると、その過半数は35%超ですから、「安定株主」全員が出席するとそれだけで総会決議に必要な議決権数をほぼ確保できることになります。

第2に、従業員を簡単には解雇できない雇用制度があります。アメリカの会社はtermination at willという言葉が示すように、解雇自由の原則が基本にあります。買収者は、買収した会社の社員を自由に解雇できますが、日本の会社は、休まず、遅れず、働かずというダメ社員でも、会社がつぶれそうにならない限り首にできません。このような雇用制度のもとでは、従業員のモラルを維持することが買収後の企業経営を成功させることに必要不可欠です。買収者にとっては、無理矢理買収して従業員のモラルダウンを引き起こしたのでは、買収に成功しても高い買い物になってしまいます。

第3に、日本企業は、終身雇用を前提とし暗黙知に依存してきたため、当該企業固有の「知」が多く、「言葉」が通じないという問題があります。私も、上場会社の社外役員をやったこともありますが、3年や4年いても取締役会の議論がすぐ分かるということにはならないのです。社外役員というのは月1回しか会社に行かないものですから、月1回行っては「これは何の話ですか」と隣の社内役員に聞いたりします。それぐらいのことが4~5年続いて、ようやく「●●会社語」が片言話せるようになります。まして外国企業から見ると、日本の企業の社内文書は基本的には日本語で書かれていて、英語のうまい人は普通は数えるほどしかいないわけで、要は「言葉」が通じないのです。これがアメリカの会社だと逆で、すべての言葉は国際語である英語です。日本人の英語を読む力は大したもので、社内の書類を英語で読むということは簡単です。そういう意味においても、日本企業の免疫力の方がはるかに高いわけです。

第4は、「日本企業の経営者は従業員代表である」という日本企業の特色です。アメリカの場合には、経営者というのは西から来て東へ去っていく、東から来て西へ去っていく、従業員とは違う世界の人たちです。ところが、日本の伝統的な上場企業というのは、優秀で且つ運の良かった人が社長あるいは役員になるということで、従業員代表という性格を強く持っています。従って、敵対的買収がかかったときに、首を切る、つまり企業のトップをすげ替えるということに対して、従業員が非常な抵抗を示します。アメリカの場合、トップが代わることはしょっちゅうあることで、基本的に無関心なのです。ところが日本の場合には、労働組合が反対の声明などを出して、経営陣と労使一体で闘うというようなことになるわけです。

そうはいっても買収騒動はいろいろあるではないかとおっしゃるかもしれません。しかし、買収騒動に巻き込まれた会社には、皆さんそれぞれ理由があるのです。基本的には資産や現金をたくさんお持ちでそれを活用していない会社、あるいは免許をお持ちで既得権に依存した商売をしている会社、つまり買収者からみて、大変オイシイ会社であるということです。それ以外の会社でも買収騒動にあった会社はありますけれども、そういった会社については、株主に対してより良い条件を提示するちゃんとしたホワイトナイトが出てきて、敵対的買収者の買収は失敗し友好的な買収者が対象会社をさらっていく、というのが今までの日本の敵対的買収劇です。

敵対的買収防衛策ブームの背景

それでは、安心していいような気がしますが、敵対的買収防衛策は相変わらずブームです。その理由は3つあると思います。1つは「『対価後払い賃金制度』の下で作られる強い防衛本能」が挙げられると思います。これは、入社間もない20代・30代のときは、客観的な労働価値より安い給料で働くという日本企業の給与体系から生じるものです。もちろん将来的には客観的な労働価値よりも高い給料がもらえるという期待があるから機能するわけです。ところが、そういう期待で働いてきた人は、会社に「貸し」を作った段階で敵対的買収によりトップが代わってしまうと大変なことになります。新しい経営者は、従業員の過去の貢献は評価しない可能性が大だからです。そこで、労使一体で抵抗するということになるわけです。それは理解できますし、そういう制度だからこそ、後輩にノウハウをきちんと伝えていき、知識の出し惜しみをしないというような日本企業固有の美徳も生まれるわけで、これが悪いということではありません。しかし、そういうことが、日本企業の強い防衛本能あるいは敵対的買収に対する強い嫌悪感を生んでいるのだということはいえるのではないかと思います。

それから2つ目は「防衛産業の強力な宣伝布教活動」です。防衛産業の典型はわれわれ弁護士ですけれども、本来は技術立国日本を支える黒子であるべき非生産部門が、防衛産業化して防衛策が必要だということを強力に宣伝布教しているということです。これは嘆かわしいことだと思っています。

3つ目のポイントは、日本人はやはり「薬」が好きだということです。私のところへ依頼者が来た時に、どう見ても防衛策は要らないので、「防衛策は要らないんじゃないですか」と言うと、広報担当の部長さんはうれしい顔をするのですが、法務部長さんはすごく嫌な顔をしてがっかりするのです。私が30分ぐらいで会議を終わってしまうと、何という人情味のない弁護士だという感じで見られて、大変評判が悪くなるわけです。医者の世界でも、来た患者さんに「これは大丈夫。2~3日たてば自然に治りますよ」と言って何もしないで帰すと、大変評判が悪くなってしまい、とにかくビタミン剤でもいいから薬を出した方がよいということになっているそうです。その結果、日本の健康保険制度はひたすら破綻の道を歩んでいるということになるわけですが、やはり「『薬』を欲しがる日本人気質」というのはあるのだろうなと思います。安定株主比率が40%を超えているような企業は、実質的には議決権の過半数を与党で押さえているわけですから、日々の事業活動を通じて企業価値をきちんと上げていれば免疫力だけで大丈夫なはずです。私の持論は、「安易な『薬』の使用はせっかくの免疫力を弱めてしまう。ライツプランの導入には株主総会でのマニフェストが必要とされる。安易に導入しようとすると、結局自縄自縛になって貴重な免疫力を弱めてしまう」というものです。

次に「買収ルールの整備と防衛策」という話ですが、日本では防衛産業の教宣活動が非常に成功して、基本的には防衛策ありきの議論になってしまっています。しかし、この防衛策中心のルールというのは世界的に見ても極めて珍しい制度で、アメリカにしかありません。アメリカの場合は、連邦レベルの強力な規制に対して根本的な抵抗感があり、そうこうするうちに悪い買収も行われ、西部劇の国ですから、各企業がピストルで武装することに何の違和感もありません。そういう所に100万人の弁護士がいるわけでして、とにかく守るも攻めるも弁護士を使ってくれた方がいいわけです。そういう意味で、無法地帯で武器を売って、武器を売れば売るほど紛争は起こって、武器商人と助っ人は儲かるという防衛産業の栄える国になっているのです。

欧州はどうかというと、敵対的買収の脅威にたいしては、買収ルールというか、買収者の行為者規制でかなりの部分対応しています。買収者は、一定以上株を買い集めると、あとは全株式を買わなければいけないという全株買取義務を負っています。これでは、いい加減な覚悟では買収に取りかかれません。企業の方も、複数議決権であるとか、黄金株であるとか、そういったプロテクションも利用可能ということになっています。治安が良ければピストルは要らない、むしろピストルを持って歩くのは違法であるということで、欧州では取締役の中立義務が強調されています。

アジア・オセアニアの証券取引所は、基本的には、全株買収義務を含むイギリスの制度を継承しているところがほとんどです。しかし、日本はだんだん防衛産業が成長してきていて、どうしてもアメリカ型ということになりそうです。防衛産業がひとたび力を持ってしまえば後戻りは困難であるというのは、歴史が教えているところです。アメリカでどんなに銃の個人保有はやめましょうという運動を起こしても、成功したためしがありません。残念なことですが、日本もそうなるのかなという気はします。日本では最低限の治安強化にすら反対して、模造ピストルを売ろうという動きがこのところ継続しているわけです。

公開買付制度の問題点

私は、日本企業の有する免疫力を考えれば、公開買付制度を適切に整備することにより「買収防衛策」は不要になると考えています。この関係では、去年の12月に「公開買付制度等のワーキング・グループの報告」というのが出ています。この中で大変疑問に思っている点が2つあります。資料に書いてあることは報告書の一部ですが、まず最初におかしいと思うのは、市場内取引は野放しであるということです。「市場内取引は基本的には誰でも参加でき、取引の数量や価格が公表され、競争売買の手法によって価格形成が行われている」とあり、基本的に市場内取引というのは公正であるというのが、この報告書の言わんとしていることです。しかし、市場内取引にもいろいろな取引があります。普通の個人投資家の皆さんや機関投資家が売買をしているというのは全く透明です。そこに強い規制をかけるというのはナンセンスですが、買収のコンテクストで議論になっているのは、30%、40%の株を集めるとか、そういう話です。こういった支配株式の買い集めというものに対して、市場内だからといって何の規制もしないという国は、それこそ珍しいのです。

バブル時代に、蛇の目事件など、裏社会の人たちが企業経営に介入した事件が幾つかありましたが、これは全部市場内買付なのです。なぜこんな明白な歴史的事実から学ぼうとしないのか、全く理解できません。市場内買付は確かに自由に行われます。それは何を意味するかというと、証券会社の窓口の人以外とは接点を持たなくてもいくらでも株を買えるということです。これが公開買付をしようとすると、公開買付代理人として証券会社を雇わなければいけませんし、公開買付届出書を書くために専門的な弁護士を雇わなければいけません。つまり、そういう職業倫理で縛られたプロの人たちが協力してくれないと公開買付はできないのです。公開買付については、役所も監視の目を注ぎます。そういうことで、公開買付をしろといった瞬間に、悪い連中というのは手を引っ込めるわけです。市場内取引は規制しないということは、裏社会の人にとっては大変ありがたい制度であるわけです。市場内取引は公正だという結論は、非科学的で全く理解できません。これは、そこを何とかしたいのであれば防衛産業から防衛策を買いなさいというメッセージになってしまっているわけです。私は一定規模以上の市場内買付は公開買付の対象にすべきであると考えています。

それから2つ目ですが、現行法のもとでも、基本的には5%超の市場外買付は公開買付の対象になっています。皆さんは公開買付というのは3分の1超買うときだと思っておられると思いますが、それはむしろ例外なのです。「市場外における買付けであっても、10名以内からの買付けであれば、公開買付は要りません」という例外規定のおかげで3分の1までは市場外で買えるという制度になっているわけですが、私は、この3分の1というのは高過ぎるので25%または20%まで下げるべきだといっています。現実に防衛策を導入した日本の企業が、防衛策発動の基準として挙げているパーセンテージは20%がほとんどです。これは持分法連結の対象になる20%という数字を使っているわけですけれども、ではなぜ持分法の対象になるのかというと、それは経営に対する一定の支配力、影響力があるから、持分法を適用しなさいということになっているわけです。

では3分の1というのはどこから出てきたかというと、「『3分の1』という基準は、会社法上、特別決議を阻止できる基本的な割合と整合的な基準である」からと報告書は説明しています。日本企業の株主総会の平均出席率は七十数%で、多くの会社においては3分の1を握られたらそれで終わりなのです。そういう意味で、これを書いた人は、3分の1とか過半数というのが出席議決権ベースであるということを忘れているか、あるいは意図的に忘れたふりをしているわけです。いずれにしろ、改正後の公開買付制度でも、市場内買付は自由ということになりそうですし、市場外でも3分の1までは買ってよいということになっているので、公開買付制度をもって悪い買収を排除するということはなかなか難しいことになってしまいます。そうであるならば、やはり防衛策を導入せざるを得ないではないか、ということになってしまうのだろうなという気がします。

ライツプラン導入は何をもたらすか

私はライツプランが日本でうまく機能するか、日本経済のためになるか、ということについて極めて懐疑的です。ここで「ライツプラン」というのは、基本的な発想として、「敵対的買収があった場合には、取締役が株主の代理人として、防衛策を武器に買収者と交渉をして買収条件を改善し株主の利益を計るのだ」という哲学に基づいて出来ている防衛策のことをいっています。アメリカのライツプランがその典型です。それで、「日本ではライツプランはなぜ機能しないか」「なぜ日本の経営者は買収者と交渉して株主利益の最大化を図れないか」ということ申し上げます。1つ目は、経営者に敵対的買収者と交渉させることは、日本の経営者に無理を強いるものであるということです。「敵対的買収の結果退陣した経営者の運命」(資料8P)ということで、一部は私の想像ですけれども、アメリカとの大きな違いがあります。アメリカの場合は、取締役あるいは経営者が交渉して自分の会社を売るということは間々あるわけですが、アメリカの経営者はエンプロイメント・アグリーメントを結んでいて、報酬として多量のストックオプションをもらっています。それが、ゴールデンパラシュートということで、敵対的買収で意に反して会社を去る場合には、もっと増えることになるということになっているわけです。それを買収に応じて売り払えば10億円単位のお金は簡単に入ります。それが何ら非難されないのです。上場会社の経営者が他の上場会社の経営者になるという転職も容易です。それがアメリカです。

日本の場合はどうか。そもそも退職慰労金の支払いには株主総会の決議が必要です。退職慰労金支払いの決議は、敵対的買収が成功したときには買収者がするのです。ということは、買収者が賛成してくれないと退職金も出ないという悲劇がおこります。これが日本の経営者です。しかも、金額もしれたもので、よほどの長期政権を維持しない限り、住宅ローンが完済できるぐらいの額というのが相場です。日本のサラリーマン社長や役員の多くは、滅私奉公で家庭を顧みず会社のために働いてきた人です。敵対的買収で首になると自分の家も安住の場所ではないわけで、休養の場所は自宅近くの公園のベンチということにならざるを得ないわけです。こういうときにありがたいのは学生時代の友人で、暇にしているなら週1回ぐらい飲みに来いよということで、友人が経営する会社の顧問にめでたく就任する、これが敵対的買収によって退職した日本の経営者の、一部想像による運命です。少し極端な例かもしれませんが、そういう想像ができてしまうところが問題で、そういう人に、敵対的買収者と交渉して株主のためにより良いディールにしろというのは無理です。それはもう可哀想としか言いようがありません。

2つ目には、経営者側の話ではなくて、株主・買収者の側からみても、日本ではライツプランは機能しないと私は思っています。これは株主・買収者の救済策が全然違うからです。ライツプランは、取締役会と買収者との間で交渉が起こる、株主のために交渉がなされるということが大前提です。大事なのは、交渉に当たる人の意識で、「Trustee for Shareholders」というアメリカの取締役の意識です。また、経営者として経験と名誉を有する人が買収者との交渉にかかわるという、そういった交渉者の質というのも極めて大事なわけです。

さらに、もっと大事なことは、アメリカでは、交渉のプロセスというのが、裁判制度、特にディスカバリー(証拠開示制度)等を通じて白日の下にさらされるということです。日本ではそういう制度もありませんし、実際、交渉プロセスが白日の下にさらされるということはありません。クラスアクションもないですから、1人1人の株主が不満に思っても、個別に訴訟を起こさなければいけません。株主や買収者の救済策というのは非常に乏しいわけです。ですから、ライツプランは日本では、アメリカにようには機能しないだろうということです。アメリカ型ではなく、もっと別の形で、悪い買収は排除し、いい買収は認めていくということにしないと、儲かるのは防衛産業ばかりということになりかねないと思っています。

それで、安易なライツプランの導入は何をもたらすかということですが、まず官僚OBの社外取締役が増えるだろうということは容易に想像がつきます。ライツプランの導入を株主に納得してもらうためには、社外取締役を増やす必要があるからです。本来、一番理想的な社外取締役は、ほかの会社を経営した経験がある人ですが、日本の場合にはそういう方はもう高齢になっているわけで、適任者の絶対数が限られています。また、日本では社外取締役は、必ずしも経営者だとは思われていません。社外取締役は大所・高所からご意見を言っていただく方、高級評論家ということになってしまっています。確かに経産省みたいなところは人材も豊富ですし、社外取締役として迎えるのに社内の反対が比較的ないということもあり、官僚OBの取締役が増えざるを得ないと思います。

それから日本で起こることは、安定株主が十分いるので、ライツプラン+安定株主、あるいは持合工作というのがセットになることです。これを会社の方は「盤石の体制づくり」とおっしゃいます。何が盤石かというと、ライツプランで敵対的買収を取りあえず止めておいて、そのうち委任状合戦になれば総会で決着して勝利を収めるということです。総会でやれば何となく非常に民主的で公正な感じがしますが、株主総会の議決権の行使は記名投票なのです。秘密投票があって初めて民主的な制度なわけですが、株主総会は記名投票で、しかも経営者が全部見ていて、事前に議決権行使書を集めてしまうのです。アメリカのように機関投資家が多数を占める株主構成ならいざしらず、日本で最後は総会で決着がつくのだからフェアだというのは、私はあまり説得的ではないと思っています。総会決戦ということになると、安定株主には、見えざる配当をする、取引条件で優遇するということになりがちです。これも、日本経済のためには危険なことです。

それから、日本でライツプランが一般化すると実際何が起こるかという予想をすると、「和解」だと思います。敵対的買収というのは経営権をめぐる争いですから、本来、株主に選択権が与えられるべきものですが、実際は和解で終わってしまいます。実は買収者にとっても和解の方が安上がりなことが多いのです。株主全体のために買収価格を10円上げるよりは、それだけのお金を経営者に突っ込んだ方がよほど楽です。「和解」というと聞こえはいいのですが、往々にして日本の場合には「談合」になりやすいわけです。なぜならば、交渉プロセスが白日の下にさらされないからです。ですから、アメリカの訴訟社会を前提とすればライツプランは結構ですけれども、アメリカの社会・司法インフラのないところにそういうものを持ってくるだけではなかなかうまく機能していきません。経営陣と買収者の和解が成立したときは、その中身について厳しい目で精査していく必要があるだろうと思います。

結局、私が心配しているのは、ライツプランと安定株主工作のセットでもって「盤石の体制」が作られて、その結果として緊張感を欠く経営者と非効率な経営が温存されてしまうのではないかということです。まだまだ日本経済はディシプリンが必要だと思いますし、痛みを伴う集中と選択も必要であると認識しているわけですが、今までの防衛策の議論を聞いていますと、やはり村を守ることが最優先だというようなことに落ち着きそうな気がします。そういう点で、一昨年からの防衛策解禁にむけた「敵対的買収と対抗策を巡る議論」というのは、日本経済の将来のために果たしていい議論だったのだろうかというのが私の疑問です。6月総会にむけて経営者や株主の皆さんがどういう対応をなさるかじっくり見極めていきたいと思っています。

質疑応答

Q:

事前警告型というのが、ポイズン・ピルとは別にはやっていますが、どのように見られていますでしょうか。

A:

事前警告型というのはいろいろな種類があります。ひたすら繁殖を続けている防衛策の類型です。今の新型防衛策は大きく分けて2つあります。1つは新株予約権を事前に出しておくタイプで、信託型ポイズン・ピルがその典型です。もう1つは、現実に新株予約権を出すのは株価に対する悪影響が強いということで、出さないで警告だけしておくという、株式総会判断型も含めて広い意味での事前警告型です。それで、何のために事前警告型防衛策を採用するかという点において、またこれは2つに分かれます。最終的には買収を防止しません、代替案提示のための必要な期間だけ取締役会にくださいというタイプの事前警告型と、場合によっては取締役会の判断で買収阻止するという形の事前警告型があります。株主によりいい提案がなされるようにするというのが本来あるべき防衛策の使い方で、そのために必要な時間を確保するという防衛策であれば、私は広く許されてしかるべきではないのかなと思います。ただ、その具体的な内容については、会社の規模や事業形態に応じて千差万別であるだろうと思っています。

Q:

良い買収を促進して悪い買収を防ぐような制度を考えなければいけないということですが、良い買収というのは分かるのですけれども、では悪い買収というのは一体何だとお考えでしょうか。

A:

良い買収あるいは悪い買収の切り分け方というのはどこにあるのかというと、裏社会の人たちの株の買い占めは悪いに決まっているので脇に置いておきますが、それ以外は、株主にインフォームドジャッジメントの機会を与えるかどうかということにあると思います。つまり、インフォームドジャッジメントの機会を与える買収は良い買収であり、与えない買収は悪い買収であるというふうに、私は考えています。インフォームドジャッジメントの中で株主にとって一番重要な情報というのは、ほかに提案はないのかということです。つまり代替案の有無、これが株主が一番必要としている情報なのです。従って、そういったインフォームドジャッジメントを確保するための防衛策は認められてしかるべきだし、それを株主に与えないような、不意打ち的な買収をする買収者に対しては、本来であれば立法で規制していくべきだと思いますけれども、防衛策が有効に機能していかなければいけないのだろうなと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。