女性の労働力参加と出生率の真の関係:OECD諸国の分析

開催日 2005年12月19日
スピーカー 山口 一男 (RIETI客員研究員/シカゴ大学社会学部教授)
モデレータ 木村 秀美 (RIETI研究員)
ダウンロード/関連リンク

議事録

わが国の少子化について

わが国の少子化について、私の研究で今までに分かったことですが(資料2P)、まず出生意欲が問題であるということです。有配偶の女性に関して、ある時点で子供が欲しいと言った人と、条件によっては欲しいと言った人、欲しくないと言った人の、その後の5年間に実際に子供を産んだかどうかということを調べますと、欲しいと言った人の68%、条件によってと言った人の42%、欲しくないと言った人の8%は、実際に子供を産んでいます。ですから、本人の意思や意欲というものが、出生に関してはかなり実際の行動に結びついています。この場合、欲しいと言った人の32%は実際に産んでいなくて、欲しくないと言った人の8%は産んでいるということで、意思の実現ということに関しては欲しくないと言った人の方が高いという状況ですけれども、これは普通のことです。普通、社会的な態度と行動の関連を見ていきますと、変化を求めるもの、変化に関する意思というのは実現度が低くなり、現状維持のものは実現度が高くなるのです。いろいろな社会的制約の条件下で、変化については態度と行動の不一致が生まれやすいのです。

それから「職場と家庭の環境が出生意欲と出生行動に大きく影響する」ということです。具体的には、職場環境の影響を測るのに、今回、家計経済研究所のパネルデータを使いました。25~34歳の女性を10年ぐらい追いかけ、実際に出生についての意欲・意思の計測があって、その後に本当に子供が生まれたかどうかということなのですが、わが国は「育児休業の取れる有配偶の有業女性は専業主婦と同程度かそれ以上に出生率が高い」ということが分かりました。逆に育児休業が取れないと出生率は専業主婦より低くなります。ですから、育児休業効果というのは非常に強く存在します。

次に「1子目に関してはそれを望まぬ人が多くなったからではない」ということです。これは晩婚化・非婚化の原因を含めて、家庭、職場、社会環境の影響であって、意思の問題ではありません。これは結婚・育児・出産の「機会コスト」の問題が非常にかかわってきています。

次に「2子目を産むことの大きなネックの1つは否定的育児経験」ということです。つまり最初から子供が1人欲しいという人は少ないのです。実際には2人というのが多いのですが、1子目を産んでからその経験が非常にネガティブなものと感じる人が多いのです。育児は非常に大変だった、夫の協力も得られないし、職場の理解も少ない、託児所はなかなか得られなかった、そういったいろいろな経験があって、子供を育てるのは大変だと、もうたくさんだと、そういう否定的経験が1子から2子に行く障害になっているということが分かりました。

それから、3子目を産むことの一番大きなネックは、やはり意識の面でいうと家計負担で、子供を産み育てるだけの財政的な余裕がないということです。ただ、実際には行動と意識の間にギャップがあります。収入は増えても3子目以降というのは必ずしも増えず、むしろすでにいる子供に対してかけるお金を増やすという傾向があります。実際に収入と既存の子供の数の交互作用というのがあって、収入そのものが増えるのでなく、むしろ子供1人当たりにかかる教育費・養育費などの「質のコスト」を軽減することが必要だいうことがわかりました。ですから、理論的には育児手当、あるいは子供1人当たりの教育費、大学教育積立金などの所得税控除、あるいは出産費用や子供の医療費用の一部政府負担は効果があると期待されています。

以上のようなことですが、OECD諸国についていまだ確認されていない問題があります。わが国の場合には、育児休業が取れると有配偶の有業女性は専業主婦と同程度かそれ以上に出生率が高いという結論を私自身は得たのですが、ではより一般的に、より多くの女性が就業することは出生率を下げるのか、下げないのかという問題です。また出生率と女性の就業の関係というのは実は時代的変化があったという証拠がありますが、その変化があったとすればその理由はなぜかということが、まだはっきり解明されていないのです。また、育児休業があると出生率が増えるというのがOECD諸国では見られないというのは本当か、なおかつ本当ならなぜかという問題です。わが国が例外なら、例外なのはなぜかということも併せて議論したいと考えています。

女性の労働力参加と出生率の真の関係について

まず、OECD諸国では1980年以前は、女性の労働力参加率(FLPR)と出生率(TFR)は負の相関を持っていました(資料3P)。負の相関を持っていたというのは、女性の労働力参加率の高い国ほど出生率が低かったということです。ところが、1980年代の過渡期を経て90年代になると、逆に正の相関を持つようになりました。つまり、女性の労働力参加率が高い国ほど出生率も高いという現象に変わってきています。そこで、「問1」として「以前は女性の労働力参加の増加は出生率の減少を生み出す傾向にあったが、現在ではむしろ女性の労働力参加が出生率の増加を生み、少子化傾向の歯止めの役割を果たすという説は正しいか」。「問2」として「何が原因で、出生率と女性の労働力参加の関係が負から正へと逆転したのか」という問題があります。

図1(資料4P)で相関は実際にどう時代的に変化したのかを見ると、1980年以前には相関はマイナスです。つまり、女性の就業率が高くなると出生率は低くなるという関係にありました。ところが、1980年代の10年間で斜めに上がっていって、今度はプラスになりました。つまり、少なくとも相関で見る限りは、女性の労働力参加率の高い国ほど出生率も高いということです。ただ、相関関係というのは実は因果関係ではなく、あくまでこの2変数間の関係です。一応事実としてはそういう関係があるということです。

それからもう1つ、ドイツのマックス・プランク研究所のケーゲル博士の最近の研究の中で、国別固定効果を仮定するモデルを使った結果があります(資料5P)。これは、出生率に関してはそれぞれの国の事情があって、観察されない決定要因があるのではないか。それを考慮しないで比較しても仕方がないという議論に基づくものです。ですから、出生率の決定要因にそれぞれの国には特有の観察ができない要因があるのだという仮定をするモデルで彼は分析しているのですが、(1)出生率と女性の労働力参加率の関係は現在に至るまで依然として負である、ただし、(2)負の関係の強さは1985年前後を境として、それ以後はそれ以前より弱まった。つまり、負から正になったのではなくて、負であるけれども負の程度が弱まったというのが実情ではないかという結論を出しています。

ですからケーゲルさんの結果を暫定的に正しいとすると、「問1」と「問2」を修正し「問3」として「1980年以前は女性の労働力参加の増加は出生率の減少を生み出す強い傾向があったが、その影響の大きさがOECD諸国の平均で近年弱まったとすれば、それはなぜか」が問題となります。そういった負の関係が依然としてあるということは、少子化対策と男女共同参画推進が現象的には対立してしまうという要素があるので、対立させない方がもちろん望ましいわけですから、この問3の究明は大切です。今日の発表ではこの問3に私の答えを与えます。それから、「問4」として「もし出生率と女性の労働力参加率の真の関係が負であるのなら、なぜOECD諸国でその2変数の相関をとると近年は正になってしまうのか」が問題になります。この問4については、私は部分的解答しか得ていませんが、それも議論します。

「出生率とその変化に関する理論」(資料7P)ですが、ゲリー・ベッカーらの経済学的家族理論というのが非常に重要なものとしてあります。「2種の価格効果」が重要で、1つは「子供の質のコストの理論」です。これは、今回の出生率と女性の労働力参加率の関係には深く関係しないと思うのですが、育児手当の効果や既存の子供の数と世帯収入の交互作用効果には非常に深く関係しています。もう1つは「育児の機会コストの理論」ですが、これは今回の問題にとって非常に重要です。レイモさんというウィスコンシン大学の助教授は日本の場合、女性にとっては結婚も非常に機会コストが高いと議論しています。つまり、結婚することによって職を離れ、そうすると自分の収入が少なくなってしまうとか、あるいは家庭と仕事の両方の役割をする心理的なコストも考えるとストレスが増すなど、いろいろな意味で出産・育児だけではなく結婚も機会コストが高いという議論なのですが、こういった機会コストの理論があります。同時に、機会コストは必ずしも一律に高くなるわけではなく、「仕事と家庭の両立度」が高ければ低くなり、両立度が低い状態では非常に高くなります。ですから、機会コストは重要な変数である「両立度」に依存しているのだという理論があります。

それとは別にヴァン・デ・カーとレッサゲーによる「第2の人口推移理論」というのがあります。これは家族中心から個人中心という価値観の変化によって少子化は起こってきたという理論です。しかし、これは因果論的には実証的根拠が非常に弱いと考えています。今までの研究を全部見てみましたが、ほとんど時系列的な傾向というのはマクロでしか見ておらず、個人のパネルデータを使って、個人の意識が変わったから行動が変わったというような分析をしていないのです。小川直宏先生とハワイ大学のラザーフォード博士の共著論文では、日本に関しては実は事実関係は逆の因果関係であると報告しています。つまり少子化が先に起こって、意識の変化は後から起こったということです。子供を産まなくなってきたから子供を中心とした価値観が薄らいできたのであって、子供を中心とした価値観が薄らいできたから子供が少なくなってきたのではないという議論です。私自身も、因果関係はむしろ逆で、少子化などの社会状況が変わってきて、その結果意識も変わってきたのではないかとみています。今回この理論は直接には検証しないのですが、女性の労働力参加の増大などで説明できない少子化への時外的趨勢傾向があるかどうかで、間接的に価値観変化の影響があるかどうかを調べています。

次に、相関関係が見かけの上では負から正に変わり、ケーゲルさんの分析によれば、実は強い負の状態から弱い負の状態に変わったということで、その変化があるとすれば、その弱まりのメカニズムはどういうものであったのかという問題です(資料8P)。これは統計的なメカニズムなのですが、2つのメカニズムが考えられます。1つは「交互作用効果仮説」というもので、つまり女性の労働力参加率の出生率に対する負の影響は「仕事と家庭の両立度」に依存し、両立度が高まると弱まるという仮説です。近年は両立度が高まったので負の影響が弱まったということになります。もう1つは「相殺的間接効果増大仮説」で、出生率の女性の労働力参加率に対する影響は、直接的な負の影響の他に、仕事と家庭の両立度を通した間接的な正の影響があるという仮説です。近年は後者の影響が増したので負の影響はかなり相殺されたという仮説です。

後者の仮説はグラフで示すとよく分かると思いますが、図2(資料9P)の左が昔の状態です。1980年以前は、たとえばフレックスタイムという概念やファミリー・フレンドリーな職場といった考えもなく、育児休業も制度的には今よりはるかに整備されていませんでした。ですから、仕事と家庭の両立度は一律に低くまたその国家間の分散も小さかったわけです。そのために両立度の説明力が弱かったのですが、因果関係からいうと、すでに1980年代で労働力参加率の高いOECDの国々が、特にその後仕事と家庭の両立度を高くする政策を進めてきた結果、両立度と女性の労働力参加率の強い正の関係が生まれました。女性の労働力参加率は相変わらず出生率に対してマイナスの影響を持つのですが、両立度自身は国家間の分散も大きくなってきたので、説明力が高まり、出生率に強い正の影響を与えるようになります。そうすると、女性の労働力参加率が両立度を通して出生率に間接的に正の影響が与えることになります。この直接的な負の影響というのを間接的な正の影響が相殺する。これが「相殺的間接効果増大仮説」の内容です。

「仮説検定のための出生率決定要因の統計モデルを考えるにあたっての望ましいモデルの性格」(資料10P)ですが、1つは、ケーゲルさんが行ったように「出生率への国別固定効果を入れるモデルにしたい」ということです。つまり、それぞれの国にはそれぞれの、さまざまな説明されない出生率の要因があって、それをコントロールしないと本当の関係は見られないだろうということです。2つ目に「女性の労働力参加率については25歳~34歳のものを使いたい」ということで、ある程度出生率の大きい年齢のものを使いたいということです。ただし、国別にこういった統計が得られる年が違ってきていますので、国別に観察開始年が違ってもかまわないような統計モデルを使いたいというモデル上の要求があります。3つ目は、「仕事と家庭の両立度についてはOECD諸国の相対的程度を2001年のOECD Employment Outlookで公表しているのみなので、変化の情報がなく、モデルでは何か仮定を置かなければならないが、できれば弱い仮定にしたい」ということです。4つ目に、「女性の労働力参加率と『仕事と家庭の両立度』についての交互作用効果の有無をテストできるモデルにしたい」ということです。

それで「対数出生率の線形モデル」(資料11P)ですが、出生率は、「i」というのは国別なのですが、ここに固定効果があって、それぞれの国の事情を反映し、それからそれぞれの国に依存しない時系列的な傾向、それから、それぞれの国によって違い、なおかつ時間によって変わる女性の就業率と両立度の合成関数の線形な影響を仮定しています。固定効果というのは、統計的にいうと一致性を持たない統計値になってしまうので、それを省いた方程式から他の推定値を導きたいというのが次の式ですが、最終的に仮定を置かなければならないことがあります。それは両立度の変化についてなのですが、両立度は一時点でしか観察していないものですから、おまけに絶対的な両立度というのは全然分からず、相対的にどこの国がどこの国より両立度が高いかしか分からないので、こういう仮定を置きました。つまり時間による単調増加傾向なのですが、あるゼロ時みたいなものがあって、そのときには両立度はみな一律に低く「d」であって、それから時間の関数で増えてきて、この勾配の係数が観察可能な相対的両立度に定数「c」を加えたもので与えられるという仮定です。一応パラメーターcとdを入れることによって、少し仮定を弱くしています。実際にはこのcとdは全然値を仮定せず推定もせずに、両立度の効果と、両立度と労働力参加率の交互作用効果を測りたいというのが目的です。しかし変数間に交互作用効果を仮定すると、実はパラメーターcとdおよびゼロ時がいつかを知らなければ以下の仮説検定に関するβを推定できないという結果が得られまして、妥協案として、交互作用効果は変化率間にあるという仮定をすると、その推定ができることがわかりました。

このモデルを用いてどういう結果を検定できることになるかといいますと(資料14P)、仮説1として「女性の労働力参加率の高さは低い出生率と結び付いている」、仮説2として「仕事と家庭の両立度の高さは出生率を増加させる」、仮説3として「女性の労働力参加率の増加が対数出生率の増加へ及ぼす負の影響は、仕事と家庭の両立度が高いほど減少する」、仮説4として「女性の労働力参加率の増加の影響を制御したのち、価値観の変化などによるさらなる少子化の趨勢傾向は存在しない」ということになります。

表2(資料17P)は固定効果を考慮したモデルですけれども、最初に何も他の説明変数を入れないでみますと、女性の労働力参加率の増加は出生率に負の影響があることがわかります。両立度を入れますと、両立度が高まれば当然出生率は高まることがわかります。それから、交互作用効果は有意にあって、女性の労働力参加率の増加は出生率増加にとってマイナスだけれども、両立度が高まるとその負の効果を弱めることが分かります。両立度の表を見ますと大体3からマイナス3ぐらいの範囲になっているので、一番両立度の高い国のあたりでは、女性の労働力参加率の影響はゼロになります。

ただし、これは暫定的な結果で、モデルを両立度について2つの要素に分けてみますと若干違った結果になってきます(表3:資料18P)。両立度を託児所の充実や育児休業などに関する「育児と仕事の両立度」とフレックス・タイムや自発的パートタイム就業の普及など「労働市場や職の柔軟性による両立度」に分けてみますと、実は交互作用を持っているのは職の柔軟性の方だけです。職の柔軟性あるいは労働市場の柔軟性による両立度が高まれば高まるほど、女性の労働力参加率の負の効果は相殺されてきます。育児と仕事の両立度の方は、交互作用は全然なくて主効果だけです。これは5%有意で、小標本を考慮しても有意ということですので、若干弱いけれども、育児と仕事の両立度というのも出生率を高めるという結果を得ました。

結論と残された課題

主な結論ですが(資料19P)、(1)女性の労働力参加率の高さは低い出生率と結びついている。ですから、女性の労働力参加が高くなれば出生率も高まるという議論は、やはり成り立っていないということです。次に(2)仕事と家庭の両立度の高さは出生率を増加させる。(3)として、(1)と(2)の効果は標準化された回帰係数を見ると、大体影響の大きさにおいてほぼ同程度という結果を得ます。(4)女性の労働力参加率の増加と対数出生率の増加の負の関係は仕事と家庭の両立度が高いほど減少する。これは両立度が高まれば高まるほど、実際は女性の労働力参加の出生率に対する負の効果は弱まってくるということです。(5)女性の労働力参加率の増加の効果を考慮した後、それだけでは説明できない少子化の時代的趨勢効果は見られない。(6)仕事と家庭の両立度を託児所の充実や育児休業による「育児と仕事の両立度」と「職場や労働市場の柔軟性による仕事と家庭の両立度」に分けてみると、それぞれの増加はともに出生率を高めるが、平均的にみると後者の影響度が前者の影響度より2倍も大きい。ですから、今までわが国では、託児所の充実や育児休業に力を置いてきたけれども、実はもう1つの労働市場や職場における柔軟性も本当は少子化対策に関係する非常に重要な要素なのではないかということです。(7)育児と仕事の両立度は、女性の労働力参加率の増加との間に交互作用がなく、直接的には女性の労働力参加率の増加の対数出生率の増加への負の効果を弱めない。ここで「直接的には」といいましたのは、実は以下で述べる強い間接効果があるためです。(8)職場や労働市場の柔軟さによる仕事と家庭の両立度は、女性の労働力参加率の増加との間に有意な交互作用効果があり、女性の労働力参加率の増加と対数出生率の増加との負の関係は、この両立度が高まれば減少するということです。

その他の結論としては(資料21P)、(9)1980年代以前に比べ1990年以降、女性の労働力参加の増加が少子化に与える負の影響が減少したことには理論的には交互作用仮説と相殺的間接効果増大仮説が考えられるが、一方の「負の影響は仕事と家庭の両立度に依存するという相互作用効果がある」という交互作用仮説は、職場や労働市場の柔軟性による両立度については成り立つが、育児と仕事の両立度については成り立たず、もう一方の「女性の労働参加の増加は仕事と家庭の両立度を促進する社会環境を導き負の効果を相殺する」という相殺的間接効果増大仮説は、育児と仕事の両立度については成り立つが、職場や労働市場の柔軟性による両立度については成り立たないという結果を得ます。ですから、2種類の両立度のうち、一方が片方の仮説を支持して、他方はもう1つの仮説を支持するという、きれいに分けられた形になりました。また(10)育児と仕事の両立度については、1980年以前にすでに女性の労働力参加の進んだ国により主として推し進められ、結果としてそれらの国々での少子化がさらに進むことの歯止めとなったが、この20年間で後発的に女性の労働力参加の進んだ国々では、育児と仕事の両立度を高める社会環境が比較的整わず、そのことはこれらの国々での少子化傾向に拍車をかけることになった、ということが分かります。ですから、1980年代から仕事と育児の両立度を進めてきたか否かが、現在出出生率の大きな違いとして現れています。

図4(資料22P)は、なぜ昔強かった女性の労働力参加率と出生率の負相関関係が、今は弱まったかという理由の理論的解釈についてですが、私の考えでは、育児の機会コストの主な決定要因が大きく変化したのではないかということです。昔は、育児の機会コストの少なさの要因というのは、主として労働市場による男女の不平等であったと考えます。つまり、女性が労働市場によって差別を受け、高い収入も望めないし出世も望めないという状態では、仕事を辞めることの機会コストというのは少なかったわけです。なおかつ、そういった機会コストの少ない国々では、伝統的家庭内性別分業というのが非常に強かったわけです。そういう場合には当然機会コストが少ないですから、女性の労働市場参加率は弱まります。また伝統的家庭内分業が強いのですから出生率は高まるというかたちになって、一方(出生率)にプラス、他方(女性の労働力参加率)にマイナスで、2者の関係というのは当然負になってくるわけです。

ただ、この関係は依然として続いているのですけれども、時代とともに新たな要素が加わってきました。つまり、以前男女の不平等があった国が平均的には平等化してきたのです。このことだけ考えると、育児の機会コストはどの国もみんな高まってきたということになるのですが、もう1つの重要な社会変化があって、それは、育児の機会コストというのを、仕事と育児の両立度を高めることによって低めることができた国とできなかった国があるということです。ですから、現在、育児の機会コストの主な関連変数としては、仕事と家庭の両立度というのがあります。両立度が高いと当然出生率は高まりますが、1980年ごろから女性の労働力人口が高かった国が両立度を高めてきたことによる正の間接効果が重要です。それから、ここにカッコしてプラスになっている交互作用があって、これらが結び付くと出生率にさらにプラスの影響を生み出します。こういう効果が加わってきたために、完全に相殺とまではいかないけれども、女性の労働力参加と出生率の負の関係を弱めてきたわけです。

ですから、育児の機会コストといっても、何が機会コストを生みだす原因であるかという要因が、1980年以前と現在ではだいぶ変わってきていることが重要です。昔は、女性が差別をされるということが育児の機会コストを低くしてきました。そして、差別がなく男女が平等だということが機会コストを高くしてきました。今は、むしろ両立度が高いということが機会コストを低くして、両立度が低いということが機会コストを高くしています。それが変化の主な要因になってきています。

残された課題(資料23P)ですが、マクロな分析では逆因果関係(出生率の低下が女性の労働力参加率の増加を生む)の混入の可能性がかなりあり、先ほど負の因果関係があるといったけれども、一方向の因果関係で理解するのは少しまずいのではないかということです。今後、どちらの方向の因果関係が強いのかというのをはっきり見定めた上でないと、現在の時点において女性の労働力参加率が出生率を低めるのだと結論するのは若干早急ではないかと思います。ですから、これはミクロなパネルデータ分析に戻るべしということです。

それから、育児休業がわが国では出生率を上げるという強い実証的根拠が確認されたのに、なぜOECD諸国の平均では弱い効果しか見られないのかということですが、わが国の場合には、女性が育児によって離職すると、労働力再参入のハンディが大きいという状況があります。同種の職に戻れない。すぐにフルタイムで就職できない。これはスカンジナビアやオーストラリア、アメリカ、カナダなどを見ますと全然違うわけです。オーストラリアやアメリカなどは育児休業制度はほとんどないようなものですから、実際には育児のため仕事を一時的に辞めるわけです。離職するけれども、同じような職にまたすぐに戻れるのです。つまり、労働力再参入の障壁が非常に少ない国があります。そういう国の中では育児休業のベネフィットはあまり多くありません。そういう国が多いと、育児休業効果は平均として減るのではないか、ですからわが国と似たような状況の韓国や南欧などで検証すると、恐らくわが国と同じように育児休業が非常に大きな意味を持っていることが確認できるのではないかと思います。

質疑応答

Q:

3子目を産むことの大きなネックとして家計負担のことをご説明されている中で、その後の政策的対応として、育児手当と子供1人当たりの教育費や所得税控除などが並べられているのですが、育児手当と、たとえば教育費の負担を減らすことというのは同じ効果だとお考えでしょうか。育児手当は収入を増やすという意味での特徴であって、教育費や医療費を直接減らすこととは意味が少し違うのではないかと思えるのですが、そのあたりはどう整理されているのでしょうか。

A:

育児手当は1人当たりに与えられるもので、予算制約上ですと実際には子供1人当たりの質の価格みたいなものが下がるというのと同じ結果を生みます。ですから、結果的にはそれは収入効果というより質の価格効果として判断できるものなのです。ただ、1つ大きな違いがあります。それは、育児手当の場合には、実際には子供のために使うかどうかは分からないということです。そういった問題があります。それに対して、教育費や子供の医療費用などへの政策的支援は費用が直接的に子供に対して使われることを保証できます。ただしこれに関しては、バウチャーなどを用いると取引コストが発生してしまうという問題があって、効率面でどうなるかという議論が加わります。ですから、それぞれ違った要素が絡んできます。ただ両方をひっくるめて、やはり家計負担に対する軽減、子供の質のコストを低めるという点では、理論点には共通因です。

Q:

少子化の問題を考えるときに、結婚している人が産む子供の数の減り方よりも、そもそも結婚しないことを選んでいる人たちの影響の方が大きいのではないかという議論を聞いたりしますが、結婚をしたいかどうかということと出産をしたいかどうかということは、結構乖離があるのではないかという意見に対しては、どのようにお考えでしょうか。

A:

わが国の少子化の原因について晩婚化・非婚化がどのくらい寄与するかということに対しては、多少のばらつきはありますが、私の推定では5割ぐらいです。いずれにしても晩婚化・非婚化が少子化の1つの重要な原因であることは間違いありません。ただ、晩婚化・非婚化と、それから結婚している人の出生率が下がるということの共通原因があります。それは機会コストの問題です。つまり、結婚をすること、出産・育児をすることによって仕事を継続できなくなるというときに、その仕事と結婚、あるいは仕事と出産・育児、のトレードオフをどうするかという問題です。別に結婚したくなくなったわけではなくて、結婚することによって何かが失われてしまうというものがあり、そのコストが高いから結婚の方を妥協するということがあり、結婚している人が子どもが欲しいのに子供を生まないという妥協をすることと共通する問題なのです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。