産学連携推進策は大学の研究者にどのような影響を与えたか

開催日 2005年12月6日
スピーカー 後藤 晃 (東京大学先端科学技術研究センター教授/RIETIファカルティフェロー)
コメンテータ 中西 宏典 (経済産業省産業技術環境局大学連携推進課長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)

議事録

はじめに

私が勤めております先端科学技術研究センター(先端研)は東京大学の中でもユニークなところでして、だいぶ前から産学連携を積極的に進めています。たとえばTLO(技術移転機関)を最初につくったのもここですし、特任教授という3年、5年などの任期つきの教授制度を最初に始めたのもここで、いわゆる正規の教員六十数名にたいし、120名ほどの特任教授がいます。経営面でも、所長のもとに経営戦略担当を置いたりして組織改革をしています。本日は、産学連携の進み具合や影響をデータをもとに分析するという、馬場靖憲教授とともに行っている研究の一部を紹介したいと思います。

ナショナル・イノベーション・システムにおける大学の役割

まずナショナル・イノベーション・システムにおける大学の役割について、考えてみたいと思います。ナショナル・イノベーション・システムとは、イギリスのクリストファー・フリーマンが最初に提唱した概念で、1980年代の日本のイノベーションを称したものでした。その後、進化経済学などの観点から整理されて、今日では広く使われている概念です。これは大学、企業、政府の3つのアクターから成り、相互作用しながらイノベーションが進化するということで、伝統的な大学の役割は教育(人材の育成)、研究(知識を生みだし、蓄える)でした。ヨーロッパでは教育は大学で、研究は国立などの公的研究所で行うというように分離している場合がありますが、アメリカでは研究大学で、研究と教育を同時に行うということが強調されています。

本日は第3の役割である産学連携について話すのですが、その前に、日本の大学が教育という役割をきちんと果たしていたのかということも検討すべきだと思います。日本の理工系学生の人口に占める割合は、先進諸国と比べるとかなり低いです。韓国や台湾と比べても低いくらいです。80年ぐらいから、経済学では内生的成長理論が盛んになっていますが、そこでは理学知や工学知をもつ人々が経済成長を促す源泉と捉えられていて、それが日本では少ないというのは注目しないといけないと思います。

もう1つの研究についても、いろいろな指標から現状をチェックする必要があると思います。

このような伝統的役割にたいして、新たな要請として産学連携があり、そのための制度の導入が90年代終わりごろから始まりました。ただし日本においては、大学における産業との連携という活動は古くは明治時代からあり、東大工学部の前身の工学寮では教授が企業の研究のトップを兼ねていることも珍しくなかったのです。その後学問の独自の発展などもあり、連携がうすれてしまったのですが、90年代から産業の活性化を目指して、TLO設立や大学教員の企業活動への参加の緩和など、いろいろな制度が導入されました。

産学連携が大学教員に与えた影響

では、このような産学連携のための政策は、大学教員の産学連携にどのような影響を与えたでしょうか。また、教育、研究という大学本来の使命にどのような影響を与えたでしょうか。本日は1998、2003年度に東大の工学系、医学系の教官に行ったアンケート調査をもとに、計量文献学的なデータを付け加えて検討した内容でお話しします。

ではまず、他機関の研究者との研究上の協力関係についてですが、国内大学、国内の国公立試験研究機関、国内大企業、国内中小企業、外国大学、外国企業との関係で、1998年と2003年の結果を比べると、5年の間に関係を持っているという割合が増えています。2003年は国内大学は85%近く、国内大企業は80%近くになります。なかでも注目すべきなのは、中小企業との割合が5年前と比べて20%も増えていることです。これは産学連携の効果だと思います。従来から大企業との関係は密接だったのですが、裏返せば中小企業が大学の知識にアクセスするのは不利という批判があったのです。大学の研究は先端的ですので、大きな市場よりむしろ特殊な市場をねらったほうがよいと思うので、中小企業と連携したほうが産業化が進みやすいと思います。

2番目は、そういう協力関係が研究分野別に差があるかどうかということですが、これはあまり差が見られません。アメリカなどではバイオ系がベンチャー企業と連携していることが多いようです。

3番目は、協力相手別の協力関係の効果で、大企業だと研究資金の獲得、中小企業だと研究達成の早期化を重要としています。一方、外国大学、外国企業とでは情報の獲得が重要視されています。

4番目、5番目は、大企業、中小企業との協力の効果、研究分野別の集計で、ここでも中小企業は研究のパートナーとして重要視されていると思います。

6番目、研究者による産業との連携、研究分野別の集計では、特許出願について、材料工学、化学工学では該当する割合が高く、5年間で増えています。バイオ系、電気・電子工学、機械工学でも増えています。情報工学だけは減っていますが原因はよくわかりません。

7番目、協力関係の相手はスター研究者かそれ以外かということで、スター研究者とは多くの研究を熱心にやっていて、論文の発表数がトップ10%に入る人です。この意図は産学連携活動と研究活動との関係が代替的なのか、補完的なのかということを知りたいということです。結果は、スター研究者はどの相手ともよく協力関係があり、産学連携を熱心にしても研究がおろそかになることはなく、むしろそういう人が産学連携も活発にやっているということがいえます。論文が産学連携のきっかけになることが多いので、論文をたくさん書く人は機会が増えるということもあると思います。特許が注目されていますが、論文も大事なのだと強調しておきます。

8番目、研究者による産業との連携、スター研究者対それ以外では、スター研究者では特許での連携が非常に多いですが、それ以外の研究者でも約60%が該当しています。

9番目、特許出願の理由では、スター研究者が実質的な目的(協力企業の要請、研究の自由の確保等)を挙げているのにたいし、それ以外の研究者では研究実績の大学・資金提供機関への表示という名目的なことを挙げていることが少し多かったです。

最後に、産学連携が研究活動に与えている影響ですが、本来の研究がおろそかになってないか、またゆがめられてないか、ということです。5年前に比べて、プロジェクト選択における商用化可能性の考慮がかなり増えていて、これは政策の効果があったのではないかと思います。大学教員も社会的・経済的に貢献するということが浸透してきたわけで、他方、そういう方向にばかり研究が進んでいいのかという問題もでてくるかもしれません。次がより問題かもしれませんが、商業化の考慮のための成果の公刊の遅延がだいぶ増えてきています。“オープンサイエンス”といって、何か発見したら早く発表してみんなに広くシェアし、科学の発展に寄与するというのが常識だったので、この長期的な影響はどうなのか少し心配です。科学の進歩が遅れると、産業技術の進歩にも影響を与えるかもしれません。ほかの「進行中の研究をグループ外と議論しない」「他者に資試料を提供しない」とかは増えていませんでした。アメリカではこういうこともよくあるようです。

以上をまとめますと、
・産学連携で東大教員と中小企業との協力関係が増加
・連携の目的は中小企業とは研究の促進、大企業とは研究費
・研究成果がでている研究者ほど産業との連携にも熱心
・産業との協力により科学研究の世界が影響を受けているので、その長期的な影響にも注目すべき
ということになります。

それとこの調査とは別に私見ですが、大学の伝統的役割である教育、研究そのものによる産業への貢献について、さらに注力する必要があると思います。本日の内容は、東大のみが対象でしたが、その後、全国の大学に調査対象をひろげました。このほかにケーススタディもしていまして、主に先端研の教員の研究が産業化されるプロセスを検討しています。その結果を来年の春ごろ本にまとめようと思っていますので(『産学連携の実証分析』東大出版会)、そちらも参照していただき、ご意見をうかがいたいと思います。

技術移転を巡る現状と今後の取り組みについて

コメンテータ:
昨年4月から国立大学が独立法人化し、そのようななかで産学連携システムが必ずしもうまく機能していないという指摘が産業界からありました。そこで企業123社にアンケートおよびヒアリング調査をして、産学連携に対する評価をききました。産業界から評価された有効回答事例1265件の評価結果について、以下の3点から分析を実施しました(経済産業省:技術移転を巡る現状と今後の取り組みについて)。

まず企業規模別の分析ですが、大企業は従来から行っているからか、「特に問題はない」という評価が多数でしたが、中小企業は高い評価をしている割合が高い傾向にありました。

次に技術分野別の分析では、製造、ITなどの分野に比べ、バイオ分野は評価が低かったです。特に医学部、薬学部の評価が低く、原因として考えられるのは医学部などでは以前から製薬メーカーと連携していて、そこに後発のメーカーが参入してきて、うまく対応できないということがあるようです。とはいえ、同じ医学部でも大学間でずいぶん評価が違い、これは各大学の取り組み状況の違いからきているものと考えられます。

3つめに契約年度別の分析で、国立大学独立法人化前後の評価に違いがあるかを見ました。国立大学は独法化の前後で評価が上がった大学と下がった大学の2極化しています。

この調査結果を各大学にフィードバックしたところ、すでに解決済みの問題などもありましたが、いくつかの大学からは反発もありましたが、これを機会に改善したいという大学も多くありました。また、逆に大学に企業に対する要望を聞いたところ、最近、企業によっては、大学を単に基礎研究の外注先としか捉えていないところもあるようで、それはやめてほしい、やはりテーマ設定からイコール・パートナーとして一緒に検討したいということでした。

先ほどのお話しから、産学連携は研究にとってもプラスに働くということで、基本的には産学連携を進めることはよいことだという認識を新たにしました。しかし、地方の大学などで産学連携に関心をもっている教員は2割ぐらいという話もききますし、もう少し裾野を広げる必要もあるのかなと思っています。

ちょっと話はずれますが、われわれは大学発ベンチャー1000社計画という政策目標をたて、やってきましたが、これは意外と国のお金を使っていません。大学に呼びかけて、関心のある方に取り組んでもらいました。制度改革をして教員が兼業できるようにもしましたが、教員はお金で動くのではないという印象もうけました。教員の評価は特許や論文の本数でしかされませんが、産学連携への協力なども評価の仕組みに取り込んでいくという制度づくりもできるとよいのではと考えております。

最後に、本日のテーマをきいて思い浮かんだのはMIT(マサチューセッツ工科大学)の前学長チャック・ベストが、MITを通じて90年代にできたベンチャー企業の多くが2001年以降つぶれてしまったことについてインタビューできかれたとき、大学の教員が外の経済活動に目を向けることによって、研究の視点が広がったことを評価していたことです。そういう風に割り切るのも1つの考え方だなと思いました。

質疑応答

Q:

産学連携といっても産業化に結びつかない場合も多々あって、中小企業の立場からすると大学発ベンチャーをどのように健全な産業化に向かせるのかが重要な問題です。本日はそういう論点はなかったようですが、それについてはいかがお考えでしょうか。

コメンテータ:

大学の先生の中には大学は教育をするところだと割り切っておられる方もいて、その場合は特に支援もできませんが、中途半端な立場の先生がいらっしゃるのも事実です。もちろんベンチャー企業がどんどんできて発展することが望ましいのですが、ドイツの例では、インキュベーションの間はベンチャー企業をつくらないことにし、教授と学生がチームになって研究に取り組み、産業化できそうなものができたら本格的にキャピタルが支援し、会社化するかどうかを決める、そうでない場合は技術を中堅企業に売却するという中間的なやり方があり、そういう方法もあると思っています。

Q:

先ほどのお話しでは、スター研究者は産学連携にも熱心に取り組んでいるということでしたが、産業との連携が研究の質・量ともの改善に影響を与えているのでしょうか。

A:

それについては、まだ分析ができていません。しかし一般的に一握りの研究者が特許も論文もたくさん出していて、大多数の研究者はそうでもないというのは、日本でもアメリカでも同じです。それが産学連携の政策で、今まであまり熱心でなかった研究者も産学連携に取り組むようになったという効果はあると思います。

Q:

産学連携は、中小企業と大学との関係が深まったとか、論文の共同執筆が増えたということだけでなく、実際の産業面に影響を与えているのでしょうか。

コメンテータ:

国が財政支援をして、そのプロジェクトの結果市場が拡がった、商品化されたという例は結構だせると思いますが、大学がそれにどれだけ影響を与えたかどうかは議論の分かれるところです。

A:

産業界の方が大学とかなり踏み込んだ研究をした結果、科学的な思考方法や知識の応用が上手になって、技術開発が進んだというケースはかなりあるようです。

モデレータ:

今年の2月にRIETIで「日本のイノベーションシステム」というシンポジウムを開きましたが、その時のディスカッションペーパー(元橋ファカルティフェロー、児玉ファカルティフェロー)に産学連携がいいパフォーマンスになっているという実証研究があります。

Q:

日本の大学の研究や、特に教育は先進諸国の中であまり評価が高くありませんが、産学連携は教育の改善にも役に立つのでしょうか。

A:

大事な問題だと思いますので、今後の検討課題としたいと思います。外国の例を見ますと、イギリスでは産業界が理工系大学のカリキュラムづくりに貢献したり、学生に実地の研修をさせるとか、かなり踏み込んだことをしています。日本ではインターンシップ制をして、あまり評判がよくなかったようですが、それはやり方に問題があったのではないかと思います。方向性としては日本でもそういうことをもっとやるべきだと思います。先端研のほうでは、研究リーダーになるような人材育成について考えています。ただし現場では、ただでさえ忙しいのがますます忙しくなったという声もあります。

コメンテータ:

産学連携を通じて教育レベルを上げるという試みをこれからするつもりです。従来からいわれている産業界の求める人材と大学が輩出する人材のミスマッチ、教育カリキュラムのミスマッチを具体的に分析し、教育カリキュラム改革を行うためのデータを構築しました(経済産業省:大学教育における産業界ニーズと教育カリキュラムのマッチング度合いの分析結果について)。まずギャップがあるということを正しく認識していただいて、学会として、産業界として何ができるのかを考えていただきたいと思います。

Q:

産学連携というと理工学部が中心ですが、イノベーションの促進という観点からいえば、経営学なども連携するとよいと思いますが、現状と展望について教えていただけますか。

A:

いわゆる文系においても、産学連携を進めるべきだと私も思います。具体的には、産業技術総合研究所のバックアップで「ルネッサンスプロジェクト」という共同研究をしています。それは技術マネジメントの産学連携です。しかし、一般的にはまだまだ難しいのが現状です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。