知識集約型経済における特許政策:OECD諸国におけるトレンドと問題点

開催日 2005年11月24日
スピーカー Dominique GUELLEC (欧州特許庁(EPO)チーフエコノミスト)
モデレータ 元橋 一之 (東京大学先端科学技術研究センター助教授/RIETIファカルティフェロー)
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開催言語 英語

議事録

特許件数激増の背景

特許出願・付与件数は、大半の国でこの10年間に実質的に倍増しており、中には3倍になっている国さえあります。欧州特許庁(EPO)でも1990年代初期に7万5000件だった年間特許出願件数は、今や20万件になろうとしています。このような特許出願件数の劇的な増加傾向は、私どもの予測通り今後も続くのでしょうか。特許出願者側では今後も一層出願件数を増加させる意向だとしています。これは歴史的に見ても異例な事態であり、このような出願件数の急増は1870年代のいわゆる第二次産業革命以来のことです。実際のところ、われわれは技術革命の真っただ中にあり、これがこのような特許件数の激増の背景となっている第1の要因です。

OECD諸国の企業研究開発支出は、1990年代初期から21世紀初頭にかけて約50%増加し、同時期のGDPの伸びはおよそ20~25%となっています。この期間にOECD諸国における総研究開発支出はそれほど増えておらず、企業の研究開発支出が急激に増加している一方で、同時期に政府の研究開発支出はむしろ縮小しているため、この傾向は概して注目されていません。また企業の研究開発支出の急増は、特定分野における増加によるものです。この期間における特許件数の増加の半分は、ICT(情報通信技術)とバイオテクノロジーの各セクターによるものです。しかしながらこのような特許件数の激増は、新技術と研究開発費の急増だけでは完全に説明できません。過去10年間の企業研究開発支出の伸びは50%ですが、特許件数の伸びは100%に達しているのです。

主要産業セクターは多くの国で自由化され競争が激化していますが、同時にグローバル化によって市場が開放される中で、外国企業が参入していることも競争激化に拍車をかけています。一国内の独占事業であれば特許を必要としませんが、競争にさらされている企業にとって特許による保護は必須です。技術革新の構造変化もあります。かつては社内での技術革新が主流でしたが、今日の企業ではますます特化が進んでおり、他社の技術能力への依存を余儀なくされています。技術購入や共同研究を目的として競合企業、補完製品メーカーとの提携が必要とされているのです。

企業がこうした契約による提携関係に入る場合、自社の知的所有権を保護し、どこまでを他社と共有するかを明確化しておくことが必須となります。すべてを社内で行う場合と違って、どちら側が研究成果の所有権者となるかを明確に規定しておくことも必要です。新技術の開発を伝統的な大企業が独占する時代は終わっています。ベンチャー企業もさまざまで、中にはある時点で「大化け」するところもありますが、創業の段階ではゼロからの出発です。販売チャネルを支配しているわけでもなければ、ブランドを持ちあわせているわけでも、大規模製造施設があるわけでもありません。彼らの資産はたった1つ、技術だけです。そして特許出願以外にその技術を守るすべはありません。

技術市場が拡大し、大企業でも他社との間で技術を売買する時代となりました。活発な技術市場がない限り、発明者自身にとって使い道がない技術は棚上げされ、忘れられてしまいますが、適正な市場があれば他の企業や社会全般に利益をもたらす可能性があります。他方で、EPOが共同スポンサーとなった最近の調査によると、技術市場を収益源としている欧州の中小企業がライセンス供与する特許件数の比率は、大企業の場合に比べて3~4倍に達しています。大企業は自社特許ポートフォリオの3%前後を社外にライセンス供与していますが、中小企業の場合この比率はおよそ10%となっています。

特許ライセンスに関する統計は精度に欠ける傾向があるものの、どのデータも例外なくロイヤルティ、ライセンスイン、ライセンスアウトの急増という方向性を示しています。さらに市場における独占の保全以外の目的で、特許が利用されることが多くなっています。中小企業がベンチャーキャピタル、金融市場、銀行を経由して資金を調達する場合、特許が要件となりますが、これはベンチャー企業については特に明白です。発明を保護する特許がない限り、ベンチャーキャピタルはまず出資しません。さらに特許は証券化することも可能です。これは資金調達のために複数の特許をまとめて金融市場で起債するもので、現時点ではまだ小さなビジネスですが、今後重要性を増すことになろうかと思われます。

特許制度管理体制の強化

加えて特許件数の急増を招いた要因として最も興味深いものは、政策の果たした役割です。国によっても違いますが、ここ20年から25年ほどの間に特許政策には大きな変化がありました。これは1980年代初期に米国ではじまった潮流で、当時米国は日本企業の進出に脅威を感じ、技術面で日本に追い越されることを恐れていました。カーター政権の末期までに数多くの施策が導入され、後にレーガン政権によって拡張されました。これら一連の施策の1つが米国における特許体制の強化でした。これによって米国が1980年代初期から1990年代半ばにかけて、自国の技術的優位性強化と支配的な地位の回復に明らかに大成功を収めるのを見て、他の諸国もこれにあやかろうと試みました。この米国の成功において特許政策はどのような役割を果たしたのでしょうか。確実にいえることは、特許政策が見事な成功を収めた包括的政策の一環だったということです。他の諸国もこれに追随し、米国主導による全世界的な特許体制の強化に向けた圧力が形成され、他の先進国もこれを支持したのです。この結果世界貿易機関(WTO)において1994年、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)が調印されましたが、この中には全加盟国が最小限整備すべき一連の規格が盛り込まれています。

米国で導入され各国も追随した最初の施策は、特許制度管理体制の強化でした。米国では1982年に知財専門の中央裁判所が設置され、日本でも今年、特許と関連訴訟の取り扱いを統一化するため、知的財産高等裁判所が設置されました。欧州では欧州特許庁ならびに欧州委員会規則による、EUとしてのフレームワークが整備されていますが、それ以外は各国ごとに対応しています。とはいえここ数年この方面のEU機関を強化する傾向が見られます。

特許体制の執行が強化されるに従って損害賠償金の規模も大きくなっています。米国における損害賠償金の統計を見ると、2億ドルを超える事例が多発しています。数年前まで特許にこれほど高額の金銭が絡むようになるとは想像さえできませんでしたが、裁判所がこのような高額の損害を認定している以上、企業としても価値が絡む場合は、無論より多くの特許出願を行う強力なインセンティブがあります。

特許の対象も拡大されています。米国、欧州、日本では一連の判例により、特許対象は、遺伝子関連発明にまで拡大されています。25年前までは遺伝子は科学的発見とは見なされても、特許の対象とはなり得ませんでした。今日では一定の条件下で遺伝子は特許対象となります。ソフトウエアは米国では無制限で特許対象となっていますが、欧州では一定の制限が課されます。加えてビジネスモデルも米国では特許対象となりますが、欧州では特許対象ではありません。とはいえこの分野も対象範囲が拡大する余地があります。

特許法が今後強化される可能性のある分野としては他に、研究的使用の例外措置があります。これは既に特許を受けた研究を無償で、ないしライセンス供与を受けずに使用することを大学に認めるというもので、本質的に大学にとって恩恵となっています。米国ではこの例外措置は2年ほど前の判例によって基本的に撤廃され、私企業が開発したものにせよ、他大学が開発したものにせよ、いわゆるリサーチツールを大学が使用することは以前と比べて難しくなっています。これに関連した特許体制の強化策がバイ・ドール法のような政策です。

バイ・ドール法は1980年に米国で制定された法律で、大学や公立研究機関が政府資金で行った発明について特許出願することを認めるだけでなく、むしろそれを奨励する法律です。この特許商標法修正法は、大学にとっては自学内での基本的な発明をさらに高度化させ、企業にとっては大学による発明を活用するインセンティブを提供すると同時に、大学にこの種の発明を実用化する権利が一定期間認められることを認識させるものです。この政策の効果については完全に明らかになっていませんが、同法成立以降の米国その他の国におけるバイオテクノロジー産業の成長、そしてこの成長において大学ならびに大学からのスピンオフ企業が果たした中心的役割に着目すると、この政策は積極的な役割を果たしたものと見られます。

ここ10年間余りOECD諸国においても同様の施策を講じ、国によっては大学の担当教授でなく、大学自体に対して特許を取得することを義務付けています。大学向けの予算が緊縮財政の圧力下にある中で、政府としても大学に対して「政府からの予算はもはや割けないが、その代わり大学に特許を収益源とする権利を認めるので、自前で補完的な資金調達先を探してほしい」という説明ができることは好都合でした。とはいえ大学の特許が必ずしも有力な資金源となるわけではありません。大当たりとなる場合もいくつかありますが、大半の特許にはさほどの価値はありません。さらに特許ポートフォリオを管理するには、大学としても相当のエネルギーと投資が必要です。優秀な弁護士チームを起用することも必要でしょう。大学や市場の小規模プレーヤーにとって、特許ビジネスは必ずしも最高に価値ある投資先というわけではありません。

特許制度が直面する課題

特許制度の使命は技術革新を促進すると同時に、技術の普及に対する阻害要因を最小限にし、場合によっては普及を促進することです。特許とは期間限定で特許権者に排他的権利という形の独占を認めるもので、それによって特許権者は自分の発明について、競争価格よりも高い価格を請求することができます。これが研究のための補完的な資金を供給し、これがさらに研究のためのインセンティブとなります。また、特許には開示条項が付帯されることから、社会において他者に知識を公開する機能があります。他者がその知識を利用し、改善を加えることで、さらに別の発明を促進します。他方で特許には短所もあります。まず特許権者が顧客に競争価格以上の価格を請求することで、特許権者の発明にかかわる限界コストであれば支払う用意があるものの、かさ上げ分は支払いたくないという顧客が排除されるため、死重的損失が発生します。これによって特許権者の研究資金を部分的に供給して、特許権者に恩恵を施してくれるはずの顧客が排除されるわけです。次に特許によって発明が公開されますが、公開されている発明を利用したい場合は発明者にライセンスフィーを支払う必要があります。この場合、技術市場がどのように機能しているかなどの要因にもよりますが、フィーの水準が高すぎて、知識の利用を妨げる可能性もあります。

優れた特許制度とは、特許の持つメリットを最大化し、デメリットを最小化するような制度です。すなわち発明に対して強力なインセンティブを提供すると同時に死重的損失と知識へのアクセスを阻害する要因を最小化し、さらには技術市場の機能を促進することによって、技術が発明者から、それを何らかの方法で実用化し得る企業に流通させることが必要です。

これらの要件を考慮すると、現行特許制度が直面する課題として、特許と大学による研究との結合を挙げることができます。すなわちバイ・ドール法のような政策と研究的使用の例外適用措置の関係、つまり大学に特許を収益源とすることを認めるのであれば、大学が他の特許権者へのライセンスフィーを支払うことをなぜ免除するのかという問題です。大学にビジネスの論理を適用する、あるいは押しつけることにはプラスの側面もありますが、同時にマイナスの側面もあるので、慎重に両者のバランスを取る必要があります。これは目下米国のみならず、日本や欧州でも検討されている問題です。

もう1つますます顕著になってきている課題として、業種間の違いを挙げることができます。ある業種にとって優れた特許制度であっても、他の業種にとっては芳しくない制度である場合があります。問題は全業種の平均的なニーズに基づいた、現行制度のような特許制度が望ましいのか、それとも各業界に固有のニーズを勘案して、業種ごとに差別化した特許制度の方が望ましいのかという点です。どちらのアプローチにもメリット、デメリットがあります。

さらに直近の課題として挙げられるのは、特許の質の問題で、ここには適格性基準、審査業務の遅延、審査取扱件数の激増の3つの側面があります。適格性基準というのは、実のところ斬新でない発明については特許を与えるべきではないということ、ならびに過大に広範な対象について特許を与えるべきではないということです。これは新しい問題ではありませんが、数多くの新技術分野が出現している今日、従来以上に対処が困難になっています。これは企業や市場にとって大きな課題ですが、特許業務担当官ならびに特許裁判所にとっても同様に大きな問題です。

各国の特許庁では規格に適合し、処理能力を蓄積すると同時に、特許審査官が特許性のない出願の排除ができるように、すべての先行技術について蓄積しておくことも必要です。目下の特許件数急増が望ましいことなのかどうか、特許庁は審査基準を厳しくすべきかどうか、不適格として棄却する出願件数を増やして、本当に革新的な案件に限定して特許を与えるべきか、それとも特許庁は必ずしも革新的でなくても、新規性があれば気前よく特許を与えるべきなのか。これらの問題については従前から議論が続いており、いまだに結論は出ていません。

もう1つ関連する問題は、出願件数の激増によって審査業務の遅延が重なり、未処理案件が増加し続けていることです。日本の特許庁(JPO)、米国特許商標局(USPTO)、EPOのいずれにおいても、60万件を超す出願が未処理となっています。特許出願しても未処理の段階では実際の特許権が発生しているわけではなく、現実に特許権を取得できるかどうかわからないため、これは各国特許庁の問題にとどまらず、社会全体にとって憂慮すべき問題です。新たな発明が行われた場合、発明者が特許出願していることは競争者の知るところとなりますが、実際に特許が与えられるかどうかは競争者にわかりません。競争者が類似の技術への投資を準備している可能性もありますが、当該発明者に特許が与えられた場合、競争者は特許を侵害しているものと見なされ、投資は無駄になってしまいます。このように審査業務の遅延は経済に不確実性をもたらし、不確実性は投資を阻害します。さらに審査業務遅延の結果として、個々の特許付与に要する時間も長くなります。

特許出願件数が増えているだけでなく、出願内容の肥大化も続いています。EPOの場合特許出願1件当たりの請求件数は、1990年代半ばに14件だったものが2004年には21件と、10年間で約50%も増加しこの傾向はその後も続いています。このような請求件数の増加が見られるのは主に新興技術の分野で、ここでは出願件数自体も他分野より急速に増えています。数百ページにも上る出願書類に、何百件もの請求が盛り込まれている特許出願の場合、本当の発明内容はその中で埋もれてしまいかねません。従って取扱件数の増加は特許制度の質という点でも、また特許制度が発明内容の開示という本来の機能を全うする能力という点でも、問題となるわけです。加えて各国の特許庁における業務量が増加の一途をたどっている現状も、対処を迫られる問題です。解決策はありますが、策定・検討・実施という手順を踏む必要があります。私どもエコノミストは価格原理による解決を指向する傾向があり、この場合についていえば特許請求の手数料増額を提唱しています。USPTOでは昨年まさにこれを実行しています。具体的には特許請求1件当たりの限界手数料を増額したのですが、明らかに効果を上げているようです。もう1つの解決策は明瞭性、独自性など、特許出願における法的要件の厳格な適用です。

他にもリソース配分を最適化するための技術市場の育成での課題もあります。問題は政府がこの分野に介入すべきかどうかです。技術市場は自律的に成長拡大しているので、どのようなものにせよ政府による干渉は、益よりむしろ害の方が大きいとのではないか、という疑問があります。確かに技術市場に関連した施策はいかなるものにせよ、その策定・実施に当たっては慎重にも慎重を期すことが必要です。企業調査やケーススタディに基づいた想定としていえることは、技術市場には非常に複雑な面があるということです。さらに同様の想定として技術市場は取引コストが高く、特にライセンス契約は非常に複雑で設計が困難なため、多くの弁護士の起用が必要となるなど、諸々の欠陥が内在した市場だということもいえます。大企業であればコスト的に余裕があり、ある取引に用いた契約を他の取引に準用することもできますが、中小企業の場合は必要なリソースが賄えない可能性があります。

政府の立法措置が不十分であれば行政の欠陥とされ得るでしょうが、他方で税制、会計規則などの面でも欠陥が露呈する可能性があります。従って少なくとも政策評価の仕組みを設ける必要があります。現在OECDではすべての知的財産を包括した、非常に広範な取り組みを行っていますが、これには日本の経済産業省(METI)も関与しています。2005年6月にはベルリンでOECD、EPO、ドイツ連邦経済労働省(BMWA)の3者共催による会議が開かれ、特許の利用・活用状況と、これらに密接に関連した特許の価値評価について慎重な検討を行いました。この会議における結論はもれなくOECDとEPOのウェブサイトで公開されています。技術市場の観点から見た場合、質の高い特許を付与することは一層の重要性を持ちます。その理由は、適格性の低い特許が氾濫すると技術市場の発展を阻害する恐れがあり、またライセンス可能な特許ならびにその質に関する情報の普及が各国特許庁の努力により促進されるからです。日本でもJPOの出先である独立行政法人工業所有権情報・研修館(NCIPI)が、ライセンス可能な特許ならびに特許ライセンスの企業ニーズに関する情報流通の促進を業務としています。今後の調査が必要な分野として最後に、ライセンス契約テンプレートの策定を挙げることができます。

質疑応答

Q:

米国でもようやく先願主義に移行しつつあるようです。米国が先願主義を採用する代わりにEUでは猶予期間制度を強化するといわれてきました。この点についてコメントをお願いします。2番目の質問は日本の特許制度に影響力を持つ人々の間で、デジタル特許データベースを経由して、日本の貴重な技術が開発途上国に漏洩するという主張がなされています。欧州では同様な懸念はないのでしょうか。

A:

先発明主義のままで猶予期間制度を採用することは、法的な曖昧さを残すことになるため、EUでは大分前から、米国が先願主義に移行することを条件として、猶予期間を受け入れることを明らかにしています。他方で業界では猶予期間制度に対してはさほど好意的ではありません。先願主義は非常に簡単な制度です。最初に出願した者に優先権が発生し特許が与えられます。猶予期間制度では第三者が現れて「まだ特許は取っていなかったが今出願している最中で、あなたより先に発明の発表は済ませている」というふうに主張することができます。この問題についてEUでは猶予期間制度へ移行する用意はあるものの、猶予期間は6カ月が望ましいとしており、米国では1年間を主張しています。ただし欧州の産業界でも1年間の猶予期間は好ましくはないが、受け入れることにやぶさかではないという見解を取っているので、最終的には猶予期間を採用するということです。
特許データベース経由での情報漏洩についてですが、私の見解はこのような漏洩はむしろ望ましいということです。この種の情報を広く公開することはわれわれ特許庁関係者の使命でもあるからです。もし誰も情報を活用しないとしたら予算を浪費していることになります。

Q:

ですが、もし知的財産保護が不十分な国に技術が漏洩した場合どうなるかという懸念があります。

A:

それはもっともなご心配ですが、その場合に必要なのは情報の普及を制限することではなく、そのような国の特許制度を強化することです。途上国の場合、最も弱体で、かつ難しいのが特許制度の執行です。特許法は整備にかかるコストはさほどでもありませんが、執行には大きなコストがかかります。

Q:

米国の大企業は多くの場合、オープンライセンスなどによる特許権者間の提携を好む傾向がありますが、私には想像し難いものがあります。この種の提携ないし協力についてご見解をいただければ幸いです。次に、JPOでも特許業務の遅延は深刻な問題で、2000年前後から相互特許認定、もしくは世界特許制度の導入を急ぐべきだと主張しているわけですが、この点について貴職ご自身として、ないしEPOとしてコメントをいただけますでしょうか。

A:

R&Dの上流段階における提携で、ジョイントベンチャーや共同研究プロジェクトに投資を行う企業が増えていることは明らかです。いくつかの企業が連名で特許権者となっているケースが増えています。自社技術をパートナーにオープンにすればするほど、パートナーがその技術を独自の目的で勝手に利用できないようこちらでラベルを貼りたくなる、というのが企業の知財管理者の本音です。
提携協力の対象となるもう1つの分野が規格の整備です。規格の整備には、対象となる技術がシステムとして機能する上で必要とされる、個々の構成部分を発明した何百社という企業が関与することになります。1つの方法として個々のパートナーが、他のパートナーに自社の発明を無償で供与するというやり方が考えられますが、これは社会的に最適と思われる方法であると同時に、市場環境次第では特定の分野で機能し得る方法です。ただし市場経済では規格整備に貢献した関係者は大半がその報酬を要求します。報酬を提供する上で最も直接的な方法は特許プールを作ることで、この場合パートナー全員が全ての特許権を評価対象とし、その中で技術の実現上、鍵となる特許を選別し、特許プールの運営ルールを設定します。特許プールは無原則の競争より優れたアプローチで、技術価格の低下をもたらすこと、そして純粋競争の場合に比べて報酬をより明瞭な方法で分配するための鍵となることもわかっています。特許プールは同時に競争政策との絡みで問題となるため、各国の競争当局が必ずしも無制限に承認しているわけではなく、拒絶している場合も十分な根拠があってのことと思われますが、それでも特定の技術について特許プールないし何らかの権利プール手法を起用することは、規格による競争アプローチや個々の技術ユーザーがその技術が機能する上で必要な100件もの構成要素について、個々の特許権者と個別に交渉する方法に比べれば、より優れたアプローチだと思われます。プーリングによって取引コストを引き下げることが可能となり、ひいては技術コスト全体を引き下げることができます。
2番目の質問ですが、世界単一特許ができれば、コストも低減できるのでそれに越したことはありませんが、これを実現するには各国の法律の調整など、一連の難しい問題を解決しなくてはなりません。単一特許の恩恵をすべて享受したいというのであれば、規格を定めている裁判所の制度統一が先決です。政治的に見てこれは簡単な問題ではありません。ここでもう1つ問題となるのが、質的水準です。ここでは単一特許制度傘下にある各国の特許庁が付与する特許権の水準をどのようにして同一に保つか、いかにして出願者が他の地域よりも特許取得が容易な地域を特定することを防ぐか、などが課題となります。これらの問題は単一特許を実現する上で最大のネックとなります。欧州では特許を外国に拡大して適用する際、発生するコストの中で大きな比率を占めるのは手続きコストではなく、翻訳コストです。全世界ベースの特許権文書は、関係各国において自国言語以外の言語による特許文書を有効とするという意思がない限り、多数の言語に翻訳することが前提条件となります。
最後に私どもはエコノミストとして、特許制度と各国のイノベーションシステムとの対応関係についても配慮する必要があります。世界単一特許制度が全ての関係者にとって最適なものかどうかは定かではありませんが、この問題についてこれといった答えは持ち合わせておりませんし、イノベーションシステムの状況をより広く勘案しながら調査することが必要と思います。

Q:

日本企業の中には、株主にとっての企業価値を最大化するための知財会計について検討しているところがありますが、エコノミストとして知財評価の持つ可能性と限界についてどのように予測されるか、コメントをいただけますでしょうか。

A:

企業会計の一環として知的財産を評価し資産化することは望ましいことで、これは知財以外に投資家に披露できるもののないベンチャー企業においては特に重要なことです。知財評価は実施すべきではありますが、特許取得済みかどうかにかかわらず、初期段階で技術を評価することが非常に困難であるため、極めて難しい課題です。市場を評価するにしても、5年、10年先の自社市場シェアを評価するにしても、全く容易なことではありません。同時に特許や技術資産の価値は、それを管理運営する人材の質に大いに左右されます。ベンチャーキャピタルが特許の評価を行う場合、まず企業自体の価値を評価するのであって、特許の価値はその結果派生するものでしかありません。従って同一の特許でも、それを所有する企業によって全く違った価値で評価される可能性があります。また同一の特許でも時間の経過と共に市場が変化するなどの要因から、価値が大幅に変動する可能性もあります。標準化された評価技術を確実に使用するべきであり、さもないと透明性に欠けることとなります。特に投資家を納得させたい場合は、信頼性のある数字を提供し、非常に慎重な評価を行うべきです。技術評価は要件ですが、くれぐれも慎重に行うことです。

Q:

技術市場に欠陥があることは疑問の余地のないところですが、この市場を活性化すれば、社会的厚生の増加につながるのではないかと思います。政府の介入は必要かと思いますが、欧州では具体的にどのような政策が俎上に載せられているのでしょうか。

A:

目下欧州で検討されている内容は、採用すべき詳細な政策を問題にするところまで具体化されていないと思います。欧州委員会はこの問題について現在調査中で、政策を詳細に策定する段階には達していません。
各国の特許庁は本来の職務を十分に果たすべきです。すなわち価値の明らかな適格性のある案件のみに特許を与え、需給サイド双方についてのライセンス情報を流通させ、出願者に対してもアドバイスを提供する必要があります。国の特定の政策による市場への過度な干渉について関知することも必要です。国によってはライセンス収入に適用される税率を、他の収入に比べて低く設定しているところもあります。この種の政策は見直しの対象とするべきです。

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この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。