米国の税制・年金改革から考える

開催日 2005年9月6日
スピーカー 森信 茂樹 (財務省財務総合政策研究所長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)
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議事録

米国の税制改革

アメリカではブッシュ大統領の2期目で、税制改革の議論が続いていますが順番としては社会保障、公的年金の改革の後になる予定です。私の専門の関係で先に税制改革から話をさせていただきます。

私はアメリカで税制改革の議論を聞いていて感じたのは、日本と極めて異なる議論がされているということです。まず、所得税に対する問題の多さが米国の議論の出発点になっています。

所得税の一番大きな問題は、複雑であることと貯蓄・資本への効率的な税制ということです。

現行税制の問題点

アメリカの連邦税は所得税中心主義をとっており、消費を課税ベースにした税制は個別な物品税を除けばないという状況にあります。そこで、所得税には、複雑で高いコンプライアンスコストと貯蓄・投資を阻害しているのではないかという問題点が生じています。

まず貯蓄・投資を阻害という点ですが、所得税はたとえば貯蓄をすれば課税後の所得から貯蓄をした場合に、その利子に対してもう1回税金がかかり、二重課税ではないかというようなことから、投資を阻害して貯蓄を阻害しているではないかという議論が多く出ております。これは所得効果とか代替効果とかいろいろあって、必ずしも実証されてないのですが、そういった所得税制度のもつ経済効率の問題、特に資産所得課税のあり方が大きな問題になっているということです。

2点目のコストですが、アメリカでは自主申告制度ですから、給与の場合、源泉徴収はあるのですが、年末調整がなく、源泉徴収を多めにしています。毎月の給与から引かれる源泉徴収を高めに徴収して、それを申告で返すというのが基本形です。したがって、申告というのは7割が還付申告で、自主申告の日というのは税務署に行くとIRS(内国歳入庁)のチェックをもらえる日ということになります。そういうインセンティブを働かせていることは生活の知恵だと思います。ところが、そういう自主申告制度をとっているために非常に高いコンプライアンスコストがかかります。個人で1000億ドル、事業所の場合は200~500億ドルになっています。

そのコストと裏腹ですが、極めて巧妙で複雑なタックスシェルターが広く社会に蔓延しておりまして、所得の高い人ほど、実行税率が下がるという形で垂直的公平性を阻害していることが、改革をしようという世論形成の大きな背景になっております。

そういう背景から所得税体系を根本から改めて消費税体系にしたらどうかというのがブッシュ政権の心づもりのような感じで、今、超党派で大統領が指揮している委員会で案を考えている状況にあります。基本的には所得税体系から根本的に消費課税体系に改める案を含んだ税制改革案が出てくるのではないかといわれています。

消費課税の類型

消費課税にはいろいろな類型があります。資料5pの図は私が作ったもので、必ずしも正確ではないかもしれませんが、消費というのは要するに所得から貯蓄を引いたもので、それをさらに付加価値に分類しますと、この(3)式のようになるわけです。一時に課税するのが消費税、VAT(付加価値税)、あるいは商品の段階で課税をするアメリカの州にある小売売上税です。それから、(2)の所得から貯蓄を引いた形で税制を仕組んだのが支出税で、これは直接税です。別の形態としては貯蓄非課税というのがあるわけです。つまり貯蓄をする限りは課税しませんということです。これは課税繰延です。支出をしたときに課税をする方式も消費課税の類型としてあるわけです。これが米国に現在ある消費課税で、ブッシュ大統領は拡大をしてきました。

それから3番目に付加価値を全部積み上げていくような税制が、ホール・ラブシュカ型のフラットタックスといわれているもので、今後の米国の税制として大きな話題となっているものです。これは付加価値を分類して法人段階と個人段階に分けて、賃金は個人の段階で課税して、あと利子や利潤、減価償却、設備投資といったものは法人の段階で課税するというものです。これが消費課税の大きな議論として全面に出てきております。あとは似たような形で消費型付加価値税があり、それから日本でいいます外形標準課税もこの一種と考えればいいと思います。減価償却をどういうふうに取り扱うか、つまり設備投資を一気に控除するかどうかで消費型と所得型と異なるのですが、CBIT(包括的事業所得税)という、昔、米財務省が提案した税制、それから所得型付加価値税、あるいは二元的所得税というのもこの分類に入り込む余地のある税制だと思います。

そういうことで一口に消費税といってもいろいろな形態があるということです。よく誤解されるのはアメリカは全部直接税体系ではないかということなのですが、実はアメリカは消費税の考え方を入れてきているというのが資料4pの図です。アメリカには個人勘定をつくっている非課税貯蓄制度がいろいろあります。1つはIRA:インディビジュアル・リタイアメント・アカウントというのがあります。これは毎月、事業者である個人が自分のアカウントに貯蓄をして、それが課税繰延になります。金融所得、非課税です。そういう意味において消費税の考え方が入っています。引き出すときは課税されるというふうな考え方、これがAの考え方です。それからBの考え方がもう1つ同じようなアカウントであります。それは貯蓄するときは課税後の所得から貯蓄をすると。しかしその間の利子はずっと非課税で、その後、取り出すときも非課税であるというやり方があるわけです。

つまり、このAの形とBの形は、貯蓄時に非課税で引き出し時課税か、貯蓄時に課税で引き出し時非課税かという2つのタイプですが、これを計算してみますと10年後の税引き後の手取りは一緒なわけです。そういう意味でこのA型、B型は、基本的には消費課税の類型に入ります。401Kみたいなものは積み立て時は非課税ですが、あとで引き出し時に課税されるというA型です。それからロスIRAは貯蓄時は課税された後の所得から貯蓄をしますが、引き出し時は非課税なのでB型だと思います。いずれにしても同じ形になるので、AとBが同じだという点がこの表の目新しいところだと思います。

所得税はなぜ複雑か

では、なぜ所得税は複雑になるのかということです。基本的な原因の1つは資本所得への課税が実現時まで課税繰延になる、キャピタルゲインは本来なら発生時で課税すべき包括的所得税の論理にもかかわらず、それがキャッシュフローがないとか、時価評価するのが難しいということがあって実現時まで課税繰延されるということです。ここをめぐっていろいろな所得税の複雑な規定ができるわけです。たとえば法人税にとってみても、組織再編税制というのはまさにこれです。組織再編税制でもっと複雑なのはリアライゼーションとレコグニションという概念がわかれていることです。リアライズしているけれどもレコグナイズしない、ノンレコグニションというのがあります。そういった課税をどんどん繰り延べていく形での税制は経済・資本の要請です。組織を再編するときに、あるいは合併、交換、M&Aのときに資本の追求している利益は同じなのだから、そこに課税すべきではないという論理から課税繰延が延々と続いていくわけです。

日本でも、非適格な組織再編と適格なものと2つありますが、税制がどんどん複雑になってきています。資本所得、つまり貯蓄への課税をどうするかというのは非常に大きな問題で、これが消費税になりますと資本所得がなくなります。つまり貯蓄には課税しないわけですから、資本所得には課税しないということになります。そうするとこの複雑性というところが一気になくなってしまうという観点から消費課税が推奨されているわけです。

もう1つは、加速度償却とか利子控除とか、所得税に特有な制度をつかってタックスシェルターができるわけですが、消費課税にしてしまえば、そもそも1回で全部投資はその瞬間に控除してしまいますから、償却という制度がなくなってしまう、それから利子控除もなくなってしまいます。それから資料6pにLLCと書いてありますが、ハイブリッドエンティティと呼ばれているものが基本的には所得税の世界でつくられているので、それもなくなってしまうのではないかということです。

タックスシェルターに対しては、IRSもいろいろなルールでペナルティまで課して対抗しているのですが、どんどんどんどん大きくなっています。『東洋経済』に「広がるタックスシェルター」という題で、法人のコーポレートタックスシェルターについて書きましたが、法人の実行税率がこの10年に10ポイント落ちています。法人の実行税率というのは税引き前企業利益分の当期支払い法人税です。たとえば94年には32%、ちなみに今、法人税率は35%ですが、2004年には22.8%と10ポイントも落ちているわけです。これはいろいろな要因がありますが、基本的にはこのタックスシェルターあるいはLLCを使った租税回避といわれています。

そこでの問題点は、こういったタックスシェルターは個人対納税者という形でとらえられているのではなくて、インベストメントバンクとか、大手の会計会社などというプロモーターが知恵を出していて、伝統的な納税者対IRSではなくて、プロモーター対IRSとなっています。したがって挙証責任も基本的にはプロモーター側に転換されておりますし、ディスクロージャー、登録、ペナルティといった極めて厳しいルールが入っているわけです。

わが国でもそのようなことを考えないといけないのですが、タックスシェルターは基本的には償却と利子控除を使っていますから、所得税の世界として考えられてきているわけです。したがって消費課税にいけばそういったものも基本的にはなくなるということです。

それから自主申告の問題は、米国は基本的に実額控除ですから、自分の経費を基本的には自分で申告をするということで、これが税制を複雑にしている大きな原因の1つです。しかしこれは自主申告という、いってみれば民主主義の原点の制度と裏腹ですから、一概にこのコストがいいか悪いかというのは難しいところだと思います。

それから特にエンフォーサビリティという視点をアメリカでは重視をします。これは税制が本当に執行可能かどうかという観点からこの税制をとらえ直してきているということです。

所得税の(垂直的)公平性への異論

次に、消費課税は、伝統的な垂直的公平性ではない別途の公平性の観点から評価されてきているということです。人間の一生をとってみれば所得額イコール消費額ですから、どういうふうに課税するかというのは基本的にはあまり変わらないわけです。そうすると経済のディストーションのないようにうまく課税していく方がいいのではないかというようなことで議論をされております。

アメリカでは二重課税の調整というのが基本的にはありませんので、やはり二重課税の問題が大きな問題になっております。これが消費課税だとなくなるわけです。

それと裏腹ですが、間接金融と直接金融の中立性の問題があります。それからあとは投資の促進です。基本的な消費課税のもとでは設備投資が即時に損金算入されますから、特にハイテク産業のような投資を多くする産業にとっては投資を促進して経済を活性化するということになります。こういう観点からたとえばグリーンスパンFRB議長も消費課税は経済効率化に役に立つというふうな議会証言をしたわけです。

消費税をめぐる日米の議論

私の申したいのは、アメリカでは消費税はこういった観点から議論されているということです。日本では、重苦しい雰囲気で、消費税は高齢化のための社会保障コストをみんなで賄うための税制だ、という議論しかないわけです。しかし、アメリカでは全く違った議論がなされています。

それはなぜかといいますと、日本では2つの議論がいつも混同されているのです。望ましい税体系は何か、それから公的サービスを賄うための財源としての税制をどうするかという議論の2つの混同です。この2つの問題は本来は別問題なわけです。前者は望ましい税制とは何かという、税制の中での問題で、これは税制をニュートラルで考えるべき問題なわけです。後者は政府のサイズの問題です。日本では、この2つが常に混在して、消費税イコール税収確保というふうな形で、この辺の議論がスッポリ抜け落ちているというのをアメリカに行きまして強く感じた次第です。

米国の年金制度改革

私が滞在しておりました1年間は公的年金の議論が多くなされました。しかしこの問題はまだ決着ついていませんし、ブッシュ大統領にとってこれをどうするかということは極めて難しい微妙な政治イシューで、これは今、ペンディングになっております。

アメリカの年金制度はどうなっているかというと、一言でいえば日本と基本的には一緒ですが、1階部分が日本より小さい。平均給付水準は17万円程度で、日本比べて低い水準です。公的年金に加えて「ネストエッグ」といわれるIRAや401Kなどの年金が、課税繰延というインセンティブをつけて乗っかるという方式になっています。それが小さい政府の真髄です。

日本にとって参考にすべきだと思ったのは、移行期の問題です。ブッシュ大統領の提案は、個人勘定をつくって賦課方式の中に一部積立方式を選択的に入れ込むという形での改革です。税率は12.4%、労使半々で本人負担分6.2%ですが、このうちの2%は選択によって個人勘定として積み立ててはどうかということをいっています。当然その分だけ賦課方式での財源は少なくなるので、積立方式にするという考え方には移行期の問題をどうするのか、ということが言われます。つまり、二重債務の問題をどうするのだということです。日本で積立制を提言すると、すぐ二重債務の問題、特に我々直近の勤労者は自分で積み立てなければいけないのと同時に今までの既存の年金債務の返還もやらなければいけないということで、なかなか積立制に対して一般の方の支持は多くないのですが、アメリカの議論はそこが突き抜けているというのを私は感じました。

つまり大統領側の主張は、移行期の問題はファイナンスの問題で、基本的には巨額な純債務が個人勘定の変更に伴って顕在化するに過ぎず、新たに出てくるわけではない、年金債務の問題は既に市場も折り込んでいるということなのです。2%の積立によって移行期に1兆ドル、あるいは2兆ドルのつなぎファイナンスの国債を追加的に発行しなければならないという試算が出ましたが、ウォール街はびくともしませんでした。というのは既に折り込み済みだということなのです。

そうはいっても潜在的な債務が表に出てくれば、国債の金利が上がるのではないかという議論も出ていますが、市場が反応しないということからすれば、米国では移行期の問題というのは大きな問題だとはとらえられていない。つまり、賦課方式から積立方式へ一部移行するときの大きなネックとしてこの問題はとらえられていないということです。

我が国への示唆―401Kの活用・年金税制の整理

最後の論点ですが、基本的にはアメリカは全部公的年金があって、その上に401K、IRA等が乗っかっています。日本は401kは導入されたばかりで、企業型と個人型と分かれて、企業型は企業拠出のみで、個人型は加入者のみというつかいにくいシステムになっています。401Kには、課税繰り延べという大きなインセンティブがついています。企業は、マッチングする比率によって優秀な人材をひきつけるインセンティブをつけています。

資料14pは日米の年金に対する税制を比較したものですが、日本は積み立てるときに社会保険料控除というものがあります。これで2.9兆円の減収額になっています。また、公的年金控除の水準は高く、年金を実質非課税にしています。そういう減収額が大体1.3兆円。それから生損保控除の中に私的年金に対する所得控除が若干あるわけです。そういう形で税制の支援を行っています。

他方アメリカは、一番大きなお金を使うのは401Kに足しうる支援です。この減収額が962億ドルと、約10兆円です。これはトータルの社会保険税収が60兆円ですから、極めて大きな額をこの401K等の社会控除に使っています。課税繰延で自分がもらうときまでは課税されないわけです。

このような政府の政策は、まさにアメリカ型小さな政府の知恵で、公的年金を丸抱えで支援するのではなくて、個人のイニシアティブを支援するということです。個々に、わが国も見習うべき点があるのではないか、というのが個人的な感想です。

課税ベースと高齢化をめぐる問題

資料15pは私が2002年にやった試算ですけれども、いま日本の課税ベースというのが大体個人所得全体の3割ぐらいです。ところがこれが今後高齢化に向けて課税ベースがどんどんどんどん下がっていくわけです。資料13pは日米の公的年金と企業年金における税制の比較をしたものですが、日本の場合は社会保険料控除という形で、拠出段階で課税ベースが落ちるわけです。企業年金も社会保険料控除の対象です。アメリカではこれは社会保険税で全部課税です。しかし401Kだけは課税がありません。先ほどいいましたようにこれはインセンティブになっているわけです。

これから高齢化がどんどん進んでいき、給付がどんどん膨れていくわけですが、これが全部課税ベースから落ちるわけです。課税ベースは2025年には半分ぐらいになると試算できます。財政赤字を考えるには、このあたりを問い直すことが必要となるのではないでしょうか。

質疑応答

Q:

消費税というものが経済にゆがみを与えない税で、所得税というのはいわばゆがみを与える税だという議論がありましたが、日本ですと消費税というのは逆進的で貧困層にきついと、やはりそれは根っこの考え方として財政とか税制に所得の再配分という機能が期待されていてそういう議論になっていると思います。そもそもアメリカというのはそういう財政や税制において所得の再配分という機能は重視されているのでしょうか。

A:

まさに消費課税の最大の問題点は逆進性です。これはアメリカでも所得格差が開いている中で、こういうものを入れたらもっと開くではないかというのが一方の極としてはあるわけですが、逆進性の対応は日本にないものがいろいろあります。
1つは、給付と一緒になった税額控除です。たとえばこれは今アメリカではアーンドインカム・タックスクレジットというのがあって、給付つきの制度です。所得の低い場合にはタックスクレジットを社会保障として給付するというもので、納番があるからできるのかもしれません。カナダがやっておりますGST控除というのもあります。たとえば平均的な家庭の基礎的な食料品の消費支出が年間300万円とすると、300万円掛け、消費税が10%だとすると、30万円です。所得をあるところまで区切って30万円を一律、税額控除として還付していく制度です。それからフラットタックスです。この税制は、付加価値を分解し、賃金は個人段階で課税するわけです。これは累進性をつくるためです。個人に基礎的な控除とか家族控除とかいろいろなやり方はあろうと思いますが、課税最低限を設けることによって消費課税ではありますが累進が入り込むような形でしくまれています。ただ、もちろんこの累進性はそんなに高いものではありません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。