2005年版ものづくり白書について

開催日 2005年8月25日
スピーカー 前田 泰宏 (経済産業省製造産業局ものづくり政策審議室長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)
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議事録

ものづくり日本大賞

8月4日に官邸において経済産業省が旗振り役となって行ってきた「ものづくり日本大賞」の授賞式を執り行いました。全国から669件の応募があり、個人応募者、グループ応募者、推薦の方など含めると少なく見積もっても全体で約4000人の方々がこの表彰の制度に携わったと思います。その中から各ブロックを通過されたものが約100件弱。内閣総理大臣賞は6件ですので、倍率にして110倍です。


応募のプロセスの中でいくつか面白い事例が出ています。20年前に不可能だといわれた技術を以後20年間ずっと研究を進め、今回銀メダルをとったというケースがありました。この間、最も評価しなかったのは自らの親会社であり、逆に最も評価したのは、業界団体に入っていないアウトサイダーの企業であったという結果です。このようなケースは比較的共通して頻繁に見られました。身内であればあるほど、その良さを評価しようとしない、このような「身内のパラドックス」があります。親会社には知らせずに今回応募してきて受賞の栄を得る。そうすると周りの見る目が変わり、具体的には第2次下請けであった会社が第1次下請けに格上げされ、フィーが上がり利益アップに繋がった、というケースが現実に出現しています。私どもは、この表彰制度に引っ掛けて、底から発掘していくようなことをしたいとかねてから思っていたわけですが、このような具体的事例が出てきたことを嬉しく思います。

ものづくりは人づくり、教育プログラムへの進化

ものづくりを子供や若者に伝えることにより「ものづくり日本大賞」をニート対策のための教育プログラムに入れていこうと思ったのですが、実は私も含めて事務局が次の点で大きく勘違いをしていました。「ものづくりは人づくり」であり、良いものを作るためには素晴らしい技能が必要であり、そのためには優れた人材が必要で、その人がいなければものづくりは成しえない、と思っていたこと。また、実際にものに興味のある子供はそれほど多くないという点です。

議論の中で、実はものを作るプロセスでその人自身が作られている、ということに気がつきました。ものづくりと人づくりの関係が逆転していたのです。

7、8年あるいは20年間、時々途切れながらも、そのことをこつこつとやり続けていくプロセス。また、たとえばチームが3人から10人へ拡大していくプロセスの中で、チームの組織編制やメンバーとのコミュニケーションのとり方、資金配分の決定権者である社長の興味と関心をいかに持続させ、満足させていくか。これらはまさに自己研鑽の連続であり、ものを作るということがきっかけとなり、ものを作る人がどのように作られてきたかというストーリーを垣間見ました。そしてこれこそ、これから働く人々や子供たちに伝えるべきものではないかと気付きました。“もの”のからくりではなく“もの”を作った人のからくりをストーリー化し、教育プログラムへ転化させていくことが、最も効果が高いと思っています。

今回受賞された方々に、支障のない範囲内で人生を語っていただき、それを皆に伝えていく。そのことによって受賞者の皆さんも、受賞したことの自負が、立派に生きていかなければならないという、ある種の責任感を生み出していく。つまりものを作ることによって得られた自己の人間形成の部分と、作ったものが評価されたことにより模範を示さねばならないといった責任感との関係を、我々はものづくりという現場を通じて、政策という形にしたいと思っています。

この夏から秋にかけて、北海道から九州までの9ブロックにおいて、シンポジウムやセミナーの形態で、学校関係者や学生、子供たちにこのことを幅広く訴えたいと思っています。これがまさに「ものづくり人づくり」ということなのかもしれない。ものづくりのために人づくりがあるのではない。人づくりのためにものづくりが貢献するかもしれない。このことを教育プログラムとして編集して、今後行っていきたいと考えています。

第5回「ものづくり白書」のねらい

第4回「ものづくり白書」は466ページ、3900円。厚く、高く、活字ばかりで、売れていない。今回の第5回「ものづくり白書」は、見て面白いものにしたいと当初より発想しており、そのために写真を使いました。1枚の写真でものを作っているその人がある使命感を持って生き生きとそのものを作っていることがわかる写真をストーリーに乗せて使っています。ものづくりの現場を目に見えるところに訴える、ビジュアルジーの世界の白書になるよう、見る人に重きを置いた白書にしたつもりです。総合学習の教材に種切れだという話がありましたので、そのようなニーズも踏まえ、今回の「ものづくり白書」は、活字は読まなくても、写真とその下に書いてある少しのストーリーを読むだけでも楽しめるものに仕上がっています。これが今回「ものづくり白書」を書くにあたっての第一の問題意識です。

日本企業の回復は本物か

企業収益はかなり回復してきているが本当に日本企業は回復したのか、その理由は何か、という疑問があります。IT部門にいた頃、メーカーの人たちと話をする機会が多かったのですが、彼らが競争力を回復したとは到底思えないような会話ばかりしており、これらのことを強く疑問に思った訳です。

日本企業回復の理由はいろいろいわれます。デジタル家電が引っ張っている。しかし反面、量は出るが単価が低くなり収益が出ない。それでいて、日本のメーカーは同じような競争をやって互いに潰しあいをして低収入にあえいでいる。また回復の理由であろう中国特需も利益はあるがリスクも相当ある。どのようにリスク分散してポートフォリオを組むかが問題になっている。リストラによっての回復も、リストラしすぎて切ってはならないところまで切ってしまった結果、恨み節が聞こえ、人材が相手企業に流出したり、やる気が失われています。本来、価値創造しなければならない企業が、全てのセクションにわたってコストダウンに走り、付加価値をつけるという習慣が飛んでしまっている。「いつまでたってもこの企業はコストダウンですわ」などの声が出る始末です。

強み弱みの切り分け

では絶好調と見えるこの数字の裏にはいったいどのような背景があるのか、希望の灯は無いのか。ここから「新産業創造戦略」が出てくるわけですが、しかし一方で、現場を歩いてみると「現場は光っているよ」との声も聞かれます。そこで藤本隆宏先生もよくいわれる、「インテグラル」という現場の技能、つまり現場管理能力に「トヨタ方式」というようなものがあることによって、強いものは強いものとして依然残っている。ここにもう一度光を当てなおし、もう一度競争力を回復させるという筋道を明確化できないものだろうかという問題意識を持ったのです。見せ掛けの収益の回復には「No!」と言い、本来の競争力の源泉であるかもしれないところには思いっきり光を当てていくという、強み弱みの切り分けが第二の問題意識です。

しかし、こうした強み弱みの切り分けを行うにあたっての限界点は、商品分類や産業分類を基礎的単位として切り分けをしようとしても説明がつかないところです。それはランゲージが異なっているからで、このランゲージの変更と概念の再設定を行わないと分析できない。藤本理論の存在を前提として、製造工程と取引先(最終顧客も含む)の2つの分解点を、インテグラルなのか、モジュールなのかという、いわゆるインテグラル・モジュール分析を行ってみました。新しいものに焦点を当て、そこが強いのか、弱いのか、どのような特性があるのか。こういったことを説明するにはこの分析は極めて斬新で、説明概念として有効であると認識しました。インテグラル・モジュール分析は第4回目の「ものづくり白書」から踏襲されていますが、今回はさらに一歩進めて、製造工程の部分でインテグラルなのかモジュールなのか。顧客との関係においてインテグラルなのかモジュールなのか。これらを内外概念でスクエアにして、その中でどのような商品がそれにあたるのか、再分類してその中で輸出比率という方法を用いて強みのカテゴリーを明確にしたことが、この第5回目の「ものづくり白書」のエキスといえるでしょう。

しかし一方でこのインテグラル・モジュール分析を進めると、「現場はインテグラルといいますよ」「モジュールは調達部門の話ですよ」ということになり、これでは経営全体が見えてこない。現場の顔だけ見て、社長の顔を見ないのは全体としてバランスが取れていないのではないか、という疑問があり、新たに「組織IQ」という概念を採用しました。これは2、3年前にシリコンバレーでも行われたようですが、いわゆる組織の知能指数を測るというもので、企業の意思決定の仕組み、そしてどこまで分権化されているかということをいくつかの因数に分けIQを出し、IQの高いグループと低いグループを比較し、どのような傾向があるのか分析したものです。一般的に、インテグラル・モジュール分析にしてもこの組織IQ分析にしても、分析手法が新しいからといって、あっと驚くような分析結果は出ないのが通例です。むしろ結果は、「当たり前ではないか、そんなこと常識でわかるではないか」という帰結になります。しかしそれでもその裏づけが出来たという点で意味があるものだと思っています。

組織IQ分析を行ってみると、分権化されているというだけでは競争力は強化されず、経営理念、経営ビジョンが明確でなく分権化されてしまうとむしろ悪くなるという結果が出ています。また、意思決定のスピード感が収益に結びつくという結果も出ています。生産現場・研究現場・営業現場それぞれに同一のアンケートを実施し、クロス集計を行います。嘘発見器ではないですが、もしその結果に齟齬が生じるようであれば、明らかに何かがおかしい、ということになります。この組織IQ分析により、結果として経営とはなにか、ということが焙り出されたら面白いと思っています。

インテグラル・モジュール分析と情報の流れ方に着目した組織IQ分析の、この2つの分析手法を用いて今回の「ものづくり白書」は構成されています。この結果、概ね強い企業と弱い企業というものが見えてきたのではないかと思っています。

投資についての考察

企業内での投資に関しても考察しています。まずIT投資ですが、事務職がパソコンを導入することが果たして競争力強化に結びつくのでしょうか。どの部分にIT投資を行えば良いのか、何を目的にIT投資を行ったか、その結果、どのようなことがもたらされたのか。こういう点から予定と結果の齟齬を見ています。結果、自動車産業を除いて、ほとんどの企業に齟齬が生じており、当初の予定通りとの結果が得られた企業はほとんどありません。

研究開発投資については、どのように決められているのか。利益を出して投資を回収したいと回答した企業はほとんどありませんでした。ほとんどのケースは昨年度の研究開発費をベースに今年度の投資額を単純に決めています。恐らく投資回収をするという発想がどこかに飛んでしまっているのでしょう。「投資回収のことなど考えていたら思い切った開発などできない」などという開き直りパターンもありました。これらを見ますと、基礎研究の分野に研究開発投資をせざるを得ないと判断した瞬間に、投資回収計画は極めて曖昧なものになってしまっています。どのような目的で、どのような研究開発投資をし、それをどのような形で回収するのか。このようなパターンを作り出すべきである、というのが私たちの小さな結論となっています。

これからの新たな問題意識

グローバリゼーションを考えた時に、いつも思うのですが、当初からグローバルなものはない、ということです。ローカルの中にどこか強いところがあって、それがローカル間の競争を勝ち抜いてグローバル化していく。つまりローカルが競争によってグローバルな地位を獲得したに過ぎないと考えています。従って、あらゆる改革の芽はローカルにしか発生し得ない。その意味ではグローバリゼーションなどを所与のものとして信じているとおかしくなってしまいます。

また、事例の中で、製造業の現場管理能力の高さが、業を超えて異業種分野に伝播していく仕組みを挙げました。現場管理能力が高ければ、産業業態が異なったとしても、共通的な経営課題が生産性向上に繋がっていくということが明確になってきています。そういったことから「ものづくり白書」の射程は、製造業だけに留まらない。ものづくりの強い力を横に展開すべきであるというのが、各論的帰結になっています。

「ものづくり白書」作成のプロセスの中で出てきた、新しい問題意識があります。産業競争力の強化という概念は正しいか、という疑問です。これは私ども、経済産業省が進めてきた政策に対立するものかもしれませんが、ある政策当局が産業競争力を強化するために国内向けに政策ペーパーを作成する、ということは正しいと思います。しかし、この政策ペーパーをグローバルに展開し始めた時、もし自国の産業競争力の強化ということを目的にしたら、他国はコミットできるでしょうか、というのが問いです。もし中国当局が中国国内の産業競争力の強化という政策ペーパーを作成し、それをわれわれ日本に説明した瞬間に、我々は一体どう思うか。このペーパーに他国はコミットできないでしょう。政策ペーパーを作るにあたり、誰に対してのものなのか、本当の究極的理念は何かということを議論せずに、産業競争力の強化という言葉を使うと、やや危ないのかもしれません。これからのものづくりは東アジア共同体のコアを形成すると考えられ、日本を超えて中国、韓国、アセアン等々にものづくりリポートを説明する行脚の旅では、そうではない概念、あるいは結果としてそれが出てくる理念設定が必要であるということが、ものづくり政策懇談会でも盛り上がった議論の1つでした。

20世紀のものづくりと21世紀のものづくりを対比させた時に、20世紀では、大量生産、大量消費、そして大量廃棄だったのに対し、21世紀では、武士が極力刀を抜かないように、極力ものは使わないという形に変わってきます。人口減少により、極力労力も使わない。物質、労働の負荷を徹底的に低減するという、環境制約に対するソリューション、資源制約に対するソリューション、従来型の省エネや省資源といっても良いと思いますが、リサイクルも含めて、ある製品ならばライフサイクルという世界でマネージメントしながら作っていくように変化すると思います。いずれ世界が直面するであろう、環境問題、資源問題、人口問題。その課題解決能力に、日本の産業競争力を貢献させるということがものづくりの理念にならざるを得ない。これがものづくり政策懇談会から出された、ものづくりの理念です。その理念に方向性を与え、より強化していけば、中国や韓国との商品差別化に繋がり、これらを国際的に認知させていく仕組みにもなるかも知れないと思っています。

20世紀のものづくりは、物質、労働負荷が増大していたにもかかわらず人々は豊かになった。それに対し、21世紀のものづくりは極力そうした負荷を減らし、その中でものづくりの本当の強みを発揮する。これまでとはまったく異なるパラダイムでものづくりが行われますので、おそらくこれまでとは違った異質なものが出現するでしょう。異分野の融合とか異分野同士が衝突する場の設定などということが最近よくいわれますが、これまでとは違う形で個人が活動するフィールドが出てくると思います。国際的には分業、住み分けということが生じるので、日本が特化するところ以外を中国や韓国にやっていただいたらよいのではないかと思われます。もちろんこれは国益、ある一定の収益といったものを確保することを前提にしています。

こうしたことを達成するための組織としては、オープンでフラットな組織が求められます。同じ物を大量に作る組織では、階層的でピラミッド型の指揮命令系統が明確にならざるをえないのでしょうが、新しいものを作る場としては、オープンフラットな組織が必要であり、いったんフラットにしないと新しいものが出てきません。しかしフラットになった場合、各個人がバラバラのことをやっていたのでは組織崩壊を招いてしまうので、理念、組織のビジョンを明確にする必要があります。もう一度、ビジョン行政や理念の提示が大切になってくるのではないかと思っています。その下で自由度のある組織運営をやっていく。これはものづくりにおいても、人づくりにおいても同様で、そこに組織の設計思想を変えていったらどうかと思います。これらが最近考えている問題意識です。

おわりに

最近、環境文明論や自然の叡智を生かすネイチャー・テクノロジー論といったものを勉強し始めました。綺麗事すぎる面もあるのですが、実際、ものづくりが当てはまる余地があるかな、と思っています。「ものづくり白書」を書き終えて、閣議決定を経て、そのプロセスの中で生まれてきた新しい問題意識は、この国を超えて他国が抵抗なくコミットできる理念の提示段階にきたということです。そしてこれは基本的には経済産業省も含めた各組織の変革の思想と一致してくるのではないかということが、現在の問題意識ということであります。

質疑応答

Q:

日本はビジョンを作るのは上手くないが、トヨタ方式のようにアセンブリーで多品種、小ロットを完璧に作る点は世界一進んでいる。実際に世界中の工場がこれを取り入れています。この点を日本の強みとして政策に生かしてもらいたい。
「ものづくり白書」には景気は劇的に回復していると書かれているが、それは一部の大手のみで、それもリストラによって、大量の非正規有期雇用者を生み出した結果です。その半分は女性であり、こうした切り捨ての実態、大手のメインのみの景気回復をどう思われますか。

A:

日本は現場管理能力が高く、それを競争力の源泉にし、他の産業への伝播によって、それぞれの経営課題をクリアにしていく、ということは今回の「ものづくり白書」で一番狙った点です。ただトヨタ方式のみで今後20年、30年と経過し、それで日本のものづくりの基盤は強化されるかというと、率直に疑問に思います。ビジョン・理念作りは不得意だろうが、それを牽引する考え方を持てば、現在の現場管理能力もさらに高まるものと考えています。本年度の政策課題では、「匠の中小企業」と称し、高度なすり合わせを行いそのサポーティング・インダストリーを支援し、そこで抱えている制度の問題点を解決するといった点に、予算をつけ手当てをしていくつもりです。現下の直近の政策には、これらの勧化を実現していくためのツールが用意されていると思います。
雇用情勢に関しては9月ないし10月に厚生労働省とタイアップして実態調査を行う予定です。男性、女性の問題のみならず外国人の問題、正規・非正規の問題、さまざまな就労形態について調査し、問題点を把握する。これは今後の検討課題としたい。
景気回復については、中小企業は悪い、全体的に景気が回復してきている、というのはどちらも偽である。中小企業の中でも景気は回復してきているが、二極化が相当進んでいる、というのが現状です。

Q:

日本のものづくりは従来型の設計情報が与えられているものと、イノベーションという設計情報を作り出すものに大きく分けられる。前者の従来型でこれまでの日本は競争力をつけてきたが、これからの人口減少等によりイノベーション、つまり付加価値創造の方へシフトしていくことになる。そうした場合、この部分においては日本には優位性がないわけです。「ものづくり白書」の性格上、日本に優位性のあるものを論じるというロジックだと理解しますが、優位性がなく付加価値構造を高めるものは「ものづくり白書」の体系外になってしまうのでしょうか。

A:

付加価値の源泉が変化するということを前提にするとなかなか明確化できません、スマイルカーブの議論や労働集約型のものはアジアへ移管するべきと一般的にいわれるが、インテグラル・モジュール分析や国内立地での回帰現象をみる限りこれは正しくないのではないかと思います。藤本先生が言われるように、日本は労働集約型を放棄してはならない。高付加価値な物を国内に残し、そうではないものを国外にとよく言われるが、製品のコスト構成をよく見ていかなければ議論が荒くなってしまう。また高付加価値なものを日本が作るという考えは本当に正しいのか。松下は庶民の松下として成長してきたのではないのか。日本の総合メーカーは金持ちの方へ顔を向けているだけでなく、庶民的なこれからの国にシンプルな商品構成をもってもらいたいと思っています。

Q:

ものづくりには、その担い手が必要になるが、こうした新しい人材を育成するためには従来型の学校教育制度ではもはや対応できないのではないでしょうか。国家100年の体系で作られた学校教育制度であるが、教育の中身ではなく、制度そのものを抜本的に改革していく必要があると思うがどうでしょうか。

A:

自分が受けてきた教育では、これからのものづくりに対応する人材は創出されないと思います。経済産業省としては人づくりを前面に押し出すよりも産業政策の延長論として人材育成を論じたほうがよいと思われるが、もはや現状の学校という空間ではそのような教育は難しいと思われます。私塾のような草の根的教育現場で、さまざまな制約を受けずに、小学校高学年までにいろいろな体験をできる教育の場が必要で、また優れた教師にはより多くの報酬を出し、誰でも暫定的に教師になれるような、柔軟な教員制度も必要なのではないでしょうか。

モデレータ:

「ものづくり白書」の中でいろいろな課題が出され、それを経済産業省では実際の政策として機能させていくことになると思います。組織設計については、セクトーラルにはまり込んでいる面があり、それを如何に機能的にすり合わせるか、という面が現在の課題ではないかと思いますが、経済産業省の内部ではこの点にどのような解決を見出そうとしているのでしょうか。

A:

現場主義に徹するべきだと思います。実際の現場へ赴き、皮膚感覚で、自分のインターフェイスを変えるべきで、もっとコミュニケーション量を増やすべきです。しかし、現場主義とはいっても、そこで出てくる要望をただ聞くだけでは意味がない。一旦省内に持ち帰り、要望の背景を読みながら検討することも大切だと思っています。

Q:

日本の産業の中で強い産業を特化していくのか。あるいは弱い産業も参禅保証的に必要だと考えるのか。また財政的手当てが必要なのか。この延長線上で考えると、フルセットでよいのか。また強い産業競争力を持ちながら21世紀に対応できる産業を考えていくのか伺いたい。
製造業で、強い現場、弱い本社と言われるがこの点についてどのように考えていますか。

A:

積極的分業論を提唱したい。フルセットで持つのは限界がある。製造業の枠内で考えず、サービス業や農業といったあらゆる産業で考えなければならない。またエリアごとの特性や技術のニーズといったものの進化をきめ細かく見ずに、国丸ごとといった大づかみで分業論を唱えるのは危険です。
弱い本社では資金が続かない。強い現場ではオーバースペックに陥ってしまう。したがってこの関係はよくない。そもそも経営に携わるものと現場とは異質なものである。同じ分野から経営者を出すことに問題があるかもしれない。まったく異質なところから人材の創出を行うべきかも知れない。

Q:

日本だけの産業競争力強化ではなく、東アジア共同体のコアとなるようなものを作りたいとの話があったが、ここをもう少し詳しく説明願いたい。

A:

東アジア共同体の中で、ものづくりの概念が共通していると考えられることから、これを分業的にしていこうと考えています。日本だけが産業競争力を強化するのではなく、全体の中で共存共栄を図れるような分業の理論を中国、韓国、アセアンの各政策担当者と議論したいと思います。経済的利益によっての紛争を避ける意味でも早期からの分業のあり方を官民で議論すべきだと考えて着手しています。

Q:

ものづくりパラダイムは、本来、ものづくりとイノベーションの2つに別けて論じられるべきだと思う。東アジアにはすでに各企業がそれぞれ進出している。この実際の動きに対して、政策対話は何をしていくのか。

A:

通例、ものづくりは改良型のみを指すことが多い。しかしものづくりパラダイムでは、革新型、すなわちイノベーションの部分を視野に入れている。これがないと、「ものづくり日本大賞」は単なる技能顕彰になってしまう。しかし、イノベーションを包括的に取り込むと焦点がぼけてしまう点は否めません。
東アジアにおける政策対話は、具体的には市場の健全性を保つための模倣品対策などもその議題の1つです。また、それぞれの得意分野を生かした分業のあり方もテーマとなると思われます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。