知的資産経営と企業価値

開催日 2005年8月3日
スピーカー 住田 孝之 (経済産業省経済産業政策局知的財産政策室長)
モデレータ 清川 寛 (RIETI上席研究員)
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議事録

知的資産とはなにか

本日は知的資産経営についてお話しさせていただきますが、「知的資産」は「知的財産」とは大きく意味が違いまして、知的財産はもちろんその中の一部なのですが、もっといろいろな要素が含まれています。知的財産というと、技術、ノウハウを思い浮かべますが、知的資産は企業がもっているさまざまな資産、たとえば人材、組織的な力など、目に見えない資産を指します。

経済発展の源泉となる企業の知的資産経営

近年、我が国は少子高齢化で国内経済の規模拡大は困難な状態です。加えてグローバルな競争の激化があります。そのような中で企業は競争力を強化し、継続的な「レント」(超過利潤)を確保していくことにより、将来利益の確実性が向上します。そういう企業の価値は向上し、我が国の経済発展の基盤となります。

そのために何をしたらよいのか、3つ考えられると思います。まず、企業は自らの強みをいかにレントとして実現していくか、次に強みをいかに維持し、強化していくかです。そして、政府はそういう企業を政策的に支援する、つまり企業の強みがレントになりやすい環境をいかにつくるか、ということだと思います。

では、レントの源泉、企業の強みとは何かというと、他社の追随・真似を許さないその企業オンリーワンの技術やビジネスモデルの実力です。昨年まとめられた新産業創造戦略には、我が国企業の強みがいくつか挙げられています。

もっともよくいわれているのが、製造段階での「すりあわせ」に代表される製品の細部へのこだわり、技術・ノウハウです。また、顧客との意思疎通による問題解決型の商品、サービスが非常に速いスピードで開発されることです。それを可能にするような組織、システムができているのだと思います。さらに、ほかの国にはみられないほどレベルの高い要求をする消費者の存在があり、その消費者と企業の結びつきがあります。その他にも、品質や中長期的な取引関係などに基づく信頼に裏打ちされた商品、サービス、企業のブランド力があります。それから、レベルの高い従業員、彼らを組織的に使うシステムの蓄積があります。

企業価値を創造する知的資産経営

ところで、欧米、特にヨーロッパでも知的資産・資本についての研究は行われていますが、知的資本はだいたい人的資本、組織資本、顧客資本(顧客との関係性)という3つに分類されることが多いです。組織資本の中に技術的な要素が含まれます。

企業というものは、いろいろインプットされたものを価値に変換する仕組みであって、実際に価値を創造するものです。このなかでよく見えるものは有形資産、現在の利益です。しかし本当に重要な企業価値は、将来どれくらい利益を生み出せるかということです。これを予測するには有形資産だけ見ていてはわかりません。むしろ買い換え不能な過去から蓄積してきた知的資産などの無形資産や、その企業がどういう価値変換が得意なのかを知る必要があります。

また知的資産を上手に活用した経営をしていくことが、企業の価値創造を促進し、ひいては企業価値を高め、資産の有効活用にも結びつくわけです。そして経済全体が活性化するのではないかと思います。

つまり知的資産経営とは、企業が自ら保有する固有の知的資産を認識し、それを管理・活用して中期的に持続的な利益を確保する経営ということです。ここでポイントになるのは、知的資産自体が価値を生むのではなく、それを活用した経営が価値を生むということです。

知的資産経営における開示の役割

次に、どうしたら知的資産経営が根付くのかということを考えてみたいと思います。
まず出発点としては、自らのもつ知的資産は何か、どう活用したらよいかをしっかり認識することです。そして、その認識を独りよがりで活用しても長続きしないので、それをある程度世の中に開示します。そうするとなんらかの評価をしてくれますので、評価がその知的資産を使った経営に対する意欲を呼びます。すると市場・投資家等からの評価も上がります。資金調達コストは下がり、企業価値は上がります。「強み」となる知的資産は増大し、企業の価値創造のメカニズムも強化されます。それをまた開示すれば、このよい循環が実現するわけです。開示される情報が多くなってくれば、消費者を含むステークホルダー(利害関係者)もその企業がよくわかって、安心感が生まれます。

このように「開示」ということが、重要なポイントになってきます。知的資産経営がいかに重要でも、その経営内容、そのための投資について、関係者の理解・評価が得られなければ、企業の努力は続きません。ステークホルダーとの認識の共有、的確な開示が知的資産経営の持続のためには不可欠です。

知的資産経営開示の指針

近年、企業の情報が多く開示されるようになってきました。企業経営に関するもので、最も端的なのは年次報告書、あるいは会社案内でしょう。最初にたいてい社長さんの顔写真が載っていて、企業理念が書いてあります。ところが次のページをめくるともう財務諸表などの数字になってしまい、経営理念とのつながりが途絶えてしまっているというのが現状です。

では、どういう情報が開示されればよいのでしょうか。市場等が知りたい情報、企業が知らせたい情報はともに企業の将来性に関するものです。ところがそれが十分に伝わっていないのが現状なのですから、市場等が知りたい情報の切り口(市場等のストライクゾーン)を示すことが必要ではないかと思います。

その際、ストライクゾーンというのは一義的に決まるものではないのですが、これまでの開示の実績をみますと、ストーリー性をもった話が市場等の納得を得やすく、企業の将来収益実現の信憑性を高めるようです。

・ストーリーをつくる-プレゼンテーション資料p9参照
まず、過去においてどういう考え方で何をしてきたのか。その結果、何が蓄積されたのか、あるいはそれをベースとしてどういう価値の売り方をしているのか、ということを説明します。その結果として、現在までどういう実績が生まれたのか、ということを書きます。また過去に何かうまくいかないことがあって、十分な蓄積ができなかったので利益が出なかったということがあるなら、それを書きます。将来については、今蓄積している知的資産が持続性をもつということとその価値の売り方が意味をもつということ、それとともに将来の不確実性を認識して、それに対処しつつ知的資産を活かす経営方針を立てる、ということで将来収益が期待できる、というストーリーをつくります。同時にこのストーリーが机上の空論ではないことを示す、裏付け指標を盛り込みます。それによって多くの人の納得を得ることができます。

・知的資産指標-プレゼンテーション資料p10参照
では、知的資産の指標とはどういうものでしょうか。どういう時に価値が生まれるのかということをポイントにして、優良企業の研究などをもとに、7つの視点と開示項目例を挙げました。
(1)経営スタンス・リーダーシップ  経営者による社内情報発信回数、経営目標の浸透力など
(2)選択と集中  R&D集中度、主力事業における主力製品・サービスを提供している同業他社数の加重平均など
(3)対外交渉力・リレーションシップ  顧客満足度、客単価の変化など
(4)知識の創造・イノベーション・スピード  売上高対研究開発費、知的財産の取得・活用の状況など
(5)チームワーク・組織知  従業員満足度、社内改善提案制度、改善実施件数など
(6)リスク管理・ガバナンス  コンプラアンス体制、内部統制の有効性など
(7)社会との共生  環境関連投資額、SRIファンド採用数など

・知的資産経営報告の全体像の例-プレゼンテーション資料p11参照
まず最初は経営哲学を書きます。これはいままでも会社案内等で概念的にはふれられていますが、より実際のビジネスにつながるように書き直すことが重要だと思います。

次に「過去~現在」で、たとえば都市化の進展を背景に、低騒音で手入れがしやすいという都市生活者向け商品に重点を置き、その結果、防音技術、軽量化技術などに投資をしたというような経営方針。その指標としてR&D集中度を挙げます。さらに、その分野の技術でこれこれの特許を取り、研究費が増えるにしたがい、特許数が増えている、というように書いていきます。ストーリーの中に数字を埋め込んでいくのが、1つの大きなポイントです。しかも2、3年前のトレンドの数字が示されていれば、よりそのストーリーが説得性をもちます。

その結果、品目別シェアは高くなり、製品単価は維持され、利益は上がり、企業イメージもよくなっている、そして実績はこうだと説明します。

さらに「現在~今後」では、韓国のメーカーが台頭してきて、状況は厳しくなりそうだけれども、高い信頼性をベースに差別化を図っていくということで、デザイン性の強化や顧客へのPRなどに投資し、優位性を維持する。そのための投資計画や、基本特許はいつまで有効であるかということ、将来の企業イメージ向上のため、環境関連投資をしていることなどを書き、将来の利益の予想を示します。

ここまで書けば、見る側もかなり信憑性があると思うのではないでしょうか。ここでストーリーの裏付けに使う指標は、各社各様でありますが、見る側からすれば各社を比較したいと思うのは当然ですので、知的資産の指標としてある程度重要と思われるようなものはなるべく挙げてもらうことを推奨したいと思います。

知的資産経営報告のもっとも重要なポイントは、経営者の目から見た経営全体の説明です。既に環境報告書や知的財産報告書を開示している企業も多いと思いますが、ストーリーのなかで環境に対する取り組みや知的財産に関してふれ、その内容を詳細に説明するために環境報告書や知的財産報告書を別添するという形にする。そして、それらの報告書の冒頭に5ページ程度で簡潔にまとめたものとして知的資産経営報告書を書くということも可能です。また、これは、独立の報告書としてつくってもいいですし、たとえば年次報告の一部で、総論的な経営のやり方と実績の間のところにうまく入れていただくのもいいのではないかと思います。

こういう開示というものはPRという側面もありますから、当面は自主的開示ということで始めていただき、定着してきた段階で制度的位置づけを検討したいと思っています。

情報開示で重要なのは、いかに信憑性を確保するかということです。いまお話しした開示メカニズムにおいては、まず価値創造に関するストーリーに説得性があり、それに定量的な裏付け指標を加える、そして開示情報の連続性があれば、より信憑性が高まるという工夫がしてあります。

さらに企業内部で、効果的に知的資産管理がなされ、目標管理、リスク管理システムと連動していて、内部統制のメカニズムがちゃんと働いている、ということが必要とされます。また将来この開示の制度化をするということになれば、第三者による指標に関する保証や開示情報、経営、内部統制に関する外部監査なども必要になるでしょう。

・簡易な取り組み方法-プレゼンテーション資料p15参照
知的資産経営報告書に取り組む簡単な方法として、「SWOT分析(強み弱み分析)」というのがあります。縦軸を挟んで左が会社にとって良いところ、右が悪いところ、横軸より上が過去のこと、下が未来のことというように、「強み」「弱み」「収益機会が期待できるもの」「ライバル等からの脅威にさらされる危険性が高いもの」の4象限に分けて分析します。この分析をしておくと、会社の状況がよくわかり、どういう経営方針をたてたらよいかがわかりやすくなります。

知的資産経営の推進の意義

知的資産経営の推進の意義をまとめると、次のようになります。
まず、新しい経営像、企業像が提示できます。企業は株主のものといわれていますが、実は企業は経営理念がとても重要で、その理念に多くのステークホルダーが集まるのが本来の姿ではないかと思います。もともと日本の企業は経営理念を大切にしていたと思いますから、それをアピールしてさらにファンをひきつける、そういう企業のつくり方をめざしたらよいのではないかと思います。

次に、企業による価値認識と積極的発信により、企業の信頼性が増し、評価が向上します。過小評価が減れば、企業の被買収リスクも減ります。また、企業ごとに得意な分野、固有の価値創造のやり方に投資を集中できますし、企業において何が重要かということが認識できれば、内部管理も徹底し、重要技術の流出防止になります。

ベンチャー企業においては自らの潜在力を示すことができますし、中小企業を含め、資金確保のツールが拡大します。また、国際的な流れをリードできれば、日本に固有の要素が国際的にも正しく認知される可能性があります。

また、近年CSR(企業の社会的責任)が重視されていますが、知的資産の要素とCSRの要素とはとても近いものがあります。しかし、日本でCSRというと社会の側から企業を見て、どういうことをすればよく思われるかという観点になりがちなので「あれもやってます」「これもやってます」という経営になりがちです。ヨーロッパでのCSRの考え方は、マネージャーが株主以外の各ステークホルダー、従業員やコミュニティーに対してもきちんと責任をもつべきだという考え方であり、これは、知的資産経営及びその要素と符合します(プレゼンテーション資料p17参照)。企業が生み出す価値、すなわち知的資産が社会に貢献しているという観点で考えれば、知的資産とCSRは表裏をなすものということを理解していただけると思います。

知的資産開示は国際的な流れ

知的資産経営およびその開示に関して、産業構造審議会で検討してきました。間もなく中間報告書をまとめ、その後経済産業省として知的資産経営開示ガイドラインをこの秋に取りまとめる予定です。さらにこの秋以降、内部管理、第三者による保証等を中心とした検討を進めていくつもりです。

知的資産開示の国際的な流れは強いものがありまして、現在OECDでは「知的資産と価値創造」というプロジェクトで議論されています。

その大きな流れは主に3つあります。

まずヨーロッパでは、北欧企業を中心に、財務情報以外での企業価値への関心が高まったことを背景に、いろいろなかたちで知的資産経営開示が制度化されています。最近注目されているのは、2003年にでたEUディレクティブで、一定の指標を含めて非財務情報の開示をすることになりました。2005年イギリスではこれに基づき、将来業績を含め事業および財務報告の開示を年次報告書のなかで行うことを義務化しました。上場企業はすべて将来の業績についても指標をつけて開示することになり、これは大きな変化です。会計基準委員会が基準を策定し、実施ガイダンスとして23種類の指標を例示しています。環境や社会的要素をかなり含む情報となっています。

一方アメリカでは、従来よりFASB(財務会計基準審議会)がBusiness Reportingに関心をもっていたのですが、2001年のエンロンの不祥事により、まずは財務情報の信憑性確保のため、02年サーベインズ・オクスレー法が制定されます。これに対して「やりすぎだ」という反発があり、非財務情報も重視すべきではないかという流れがでてきています。

その他の流れとして、これが重要なのですが、経営説明の国際的な基準づくりの動きがあります。IASB(国際会計基準審議会)の経営説明のワーキンググループが、イギリスの策定した基準をベースにした経営説明の基準に関し、論点ペーパーを作成し、この秋にも論点公開を行う予定です。そして2008年をめどに新しい会計基準をつくっていきたいということのようです。会計基準といっても、バランスシートに載せるというのではなく、年次報告書のなかに将来の利益と関係ある非財務情報について経営説明をするということです。

この動きに呼応しているのが、カナダ、ドイツ、ニュージーランドです。我が国としては国際的基準ができてしまう前に、日本の知的資産経営のよさを国際的に発信することが重要だと考えています。

質疑応答

Q:

知的資産指標は、社外に開示するものと社内向けに活用するものと分ける必要がありますか。分けるとしたら、どういう視点で分ければいいのでしょうか。

A:

目標管理システムを導入している会社では、指標はすでにさまざまに用いられていると思います。その中でもストーリーの核になるような指標は内部でもしっかり把握していなければなりませんし、その中の一部を抽出して外に開示することによって、見る側の納得も得られると思います。外に示す指標は10箇程度でも、その下に連なるより多くの秘密性も高いような指標があるわけです。ただし内部の指標と外に示した指標が全く関連性がないのでは、信憑性からいって問題になります。

Q:

特許とかポートフォリオ、これからの戦略などはあまり知られてしまっては困ると思いますが、どのへんで線を引けばいいのでしょうか。

A:

特許に関しては、場合によって違いますが、その特許を使うのに周辺のノウハウが分からないと使えないようなものであれば、どんどん開示しても大丈夫でしょうし、そのほうが見る側の納得は得やすいと思います。

Q:

将来の利益に関するストーリーを書くときに、どうしても事業ごとの戦略とか、そういう話になると思うので、事業をまたがった経営哲学と事業ごとの報告と分けて考えたほうがよいのでは?

A:

事業ごとの報告は、有価証券報告書のなかに経営に関する部分があって、既にかなり情報は開示されていると思います。しかし事業をまたがった全体像を示すものが今は欠けていると思うので、そこを補っていきたいと考えているのです。

Q:

「知的資産」というとどうしても「知的財産」を思い浮かべてしまいます。むしろ「実業的資産」というような表現のほうがピンとくる気がしますが。

A:

国際的には有形的な資産に対するものとして「Intellectual Capital」と表現されていて、この知的資産経営開示は国際的な流れのなかで議論していかないといけませんので、日本語としてはわかりにくいのですが、国際的に認知された用語を使ったほうがいいかなと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。