我が国経常黒字の環流チャンネルとしての外債投資について

開催日 2005年6月29日
スピーカー 木村 茂樹 (財務省財務官室長)
モデレータ 久武 昌人 (RIETI上席研究員)
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議事録

本日は日本の中と外との資金のやりとり、その需給のバランスに光をあて、それを通して日本からの投資の促進について考えてみたいと思います。マーケット参加者のかなりの方が、「日本は経常黒字を毎年積み上げて外貨を稼ぐだけで、それをきちんと海外に還流していない」という意識をもっていて、その外貨余剰が積み上がっているから常に円高圧力がかかるのではないかと思っているようです。

日本の経常収支と資本収支

日本と海外との資金の流れをみますと、日本は経常黒字です。そのうちの経常収支は貿易・サービスと所得がちょうど半々です。所得収支とは、過去に積み上げた海外資産からのリターンが主で、日本は貿易立国といわれていますが、実は過去の資産からのリターンが経常収支の半分を占めているのです。

経常収支が黒字だと、通常は資本収支は赤字になります。資本収支の内訳をみますと、投資収支のうち若干直接投資が外に流出超過で、近年は海外からかなりの額の株式投資が入ってきます。日本の黒字を海外に還元する最大のものは債券投資です。そしてその外枠として、外貨準備の増加があります。それは間接的に海外の債券に環流されます。

2003年の国際収支は異例でして、経常収支、資本収支ともに黒字、どこで帳尻をあわせたかというと外貨準備の増加によってです。この年はその他投資、つまり短期投資が大幅な黒字でした。04年の特徴は外貨準備増減がほとんどゼロだったことで、実際、財務省が公表している資料によれば、為替介入は行われていません。

資本収支のなかでも証券投資に注目しますと、04年の場合ネットとしてはほとんどゼロですが、内訳をみると、株式では約5兆円の流入があり、債券で約6兆円の流出があり、それも中長期債が多いということでした。株式での黒字を債券で海外に環流しているわけです。

そこで海外に黒字を環流するための方法として、外貨建て債券投資についてみていきたいと思います。

外貨建て債券投資の主要プレイヤー

外貨建て債券投資の主要プレイヤーとして、生保・損保、銀行(主に都市銀行)、信託、公的部門(郵貯・簡保等)、投資信託、個人等があります。これらはそれぞれ行動が違いますし、為替リスクのとり方も違います。

為替分未調整の主体別対内・対外証券投資の資料をみますと、銀行がもっとも多く資金を流出しているようです。生保・損保もわりと多いようです。また証券投資のネットの赤字は経常収支黒字にほとんど相当する額に達しているようにみえます。しかし、為替に対する影響を考慮するとどうでしょうか。1つ1つみていきたいと思います。

(1)生保・損保・信託
外債を積極的に買っているように思われていますが、最近は必ずしもそうではありません。リスク回避的傾向がみられるからです。その1つの理由はリスク許容度が低下しているためで、株式市場、不動産市場の低迷により、資産全体のクオリティが低下しているからです。総資産の伸び悩みにより、新規アロケーションは困難な状態です。また為替リスクを回避するために、たとえば外債を100買っても、先物市場などで70%ぐらい予約をとってしまうと、その分為替に対する影響は減ってしまいます。その為替ヘッジ比率が高いところがかなりあります。もう1つ、「相場順張り的」投資行動がみられます。これは相場が高くなったら買い、安くなったら売るというもので、ボラティリティ拡大につながります。このように、伝統的機関投資家である生保・損保・信託の経常黒字環流機能は低下しているといえます。

(2)銀行
銀行の外債投資は外貨建てファンディング、外貨建て投資が基本的な行動です。たとえばドルを短期で借りてきて、ドルの長期債に投資します。つまり為替リスクなしで、金利リスクをとっているわけです。これを「イールドカーブ・プレイ」といいます。ですから量的には急拡大しているようにみえても、為替への影響は僅少です。

(3)公的部門(郵貯・簡保等)
最近きわめてリスク回避的傾向にあります。また投資行動に制約が多くあります。たとえば簡保などはかつて法律によって、先物に投資してはいけない時期もありました。これでは為替ヘッジはとれないので、為替ヘッジ比率は低かったわけです。最近の郵貯等を巡る組織改正の動き等を背景に、外貨建てポートフォリオは縮小傾向にあります。

(4)投資信託
資産規模は急拡大してきていて、特に外貨建て債券ファンドに人気がでてきています。これに投資するのは、機関投資家ではなく個人ですから、為替リスクをとりにいく投資行動になります。これが次に挙げます個人の外貨建て債と並んで、経常黒字環流の主要チャンネルに成長しています。

(5)個人等
個人による外貨建て債も急速に拡大しています。これは円建ての定期預金にほとんど利息がつかず、かといって株式投資も信用リスクのある債券投資もうまくいかないという状況の中で、為替リスクをとる投資行動だけが、より高いリターンを得るために個人投資家に利用可能なオプションであったという状況が寄与しています。株式投資の代替的側面もあるわけです。個人の外貨建て債投資では、為替ヘッジは基本的に行われません。また、「2つのリスクは取れない」、すなわち、為替リスクをとっているのだから信用リスクはとれないということで、世銀や米州開発銀行(IADB)などのトリプルA債に人気が集中しています。さらに個人投資家の投資パターンは「為替相場逆張り的」です。円高の時に外貨建て債を買い、円安の時に売るわけです。ということは、為替相場ボラティリティ抑制に働きます。このように、個人による外貨建て債投資の為替への影響は相対的に大きくなります。

個人外貨建て債の拡大

個人外貨建て債の拡大を、米州開発銀行の例でみてみますと、2000年の債券発行総額約80億ドル、その中で日本からの調達は約10%で、うち個人は0%でした。それが、2003年になりますと総額72億ドルの中で、日本からの調達は67%、うち個人は56%になっています。これは世銀でも同じような傾向だと推測されます。

では、個人外貨建て債投資をする平均的投資家像はといいますと、「65歳主婦・ワンショット300万円」が典型的です。この方たちは、為替リスクは正しく認識しています。そして、外貨建て債に全財産をつぎ込むのではなく、分散投資の一環として考えています。たとえば、全体の金融資産のうち7割を円建て元本保証商品に投資して将来のリスクに備える一方で、3割を外貨建て債に投資して毎年のリターンを追及するといった投資パターンです。このように、日本の個人投資家は極めて賢明な投資家といえると考えられます。

債券市場の世界で、「賢い投資家」を表す慣用句として、Belgian dentists、つまり「ベルギーの歯医者」というのが決まり文句なのですが、これが「日本の主婦」になる日が来るのではないかと、私は期待しています。

為替への影響

為替への影響は、純投資額と為替リスク度のかけ算で求められます。その為替影響分を考慮して、主体別対内・対外証券投資をみますと、多くの資金を流出しているようにみえた銀行はかなり少なくなります。生保も同様です。為替に影響を及ぼすような資金流出は、個人および投資信託が主体となっているという姿が見て取れます。

また、証券投資(為替影響分)と直接投資、経常収支をあわせてみていくとき、いろいろな見方があると思いますが、少なくともこの数年は黒字が余っている状態で、それが円高圧力の一因となってきた、という仮説を立てることも可能ではないかと考えられます。

個人外債投資促進のための政策手段

ここまでみてきましたように、我が国の経常黒字の還流のためのチャンネルとして、個人外貨建て債券投資は有効だと思われます。これを政策として促進していくメリットとしては、個人のポートフォリオの多様化、高いリターン、為替相場安定的効果が挙げられます。一方デメリットとしては、より多くの投資家が為替リスクに晒されることになる訳ですから参入者の裾野が広がるにつれ、為替リスクに関する厳しい説明責任が必要になってくることです。

ここから私の考えました政策手段を3つほど、お話ししたいと思います。もっと地道な政策も考えられるのですが、敢えて実現が難しいと思われるような案を出してみました。全くの私案ですので、そのつもりでお聞きください。

(1)外貨建て国債(高格付け国が本邦個人向けに発行する)
これは人気が出ると思います。なぜなら我が国の低信用リスク商品志向にマッチしますし、世銀、米州開発銀行などでは供給量に限界があるからです。ドイツでは、今年5月にドル建て国債が40年ぶりに発行されました。このように自国通貨に限らず、外貨で市場に出すという動きが実際に起きていまして、これを日本の個人投資家に売りやすいかたちにしてもらえるといいと思います。米国債のなかにも個人向けというのはあるのですが、今のところあくまで米国内が対象です。これを日本でも売れば、かなりの投資家を引きつけると思います。

(2)外貨建て郵貯
現在、郵貯では外貨建て商品は一切扱われていません。しかし、都市銀行では外貨建て預金が始められています。日本の投資家はともかく信用リスクは取りたくないので、ネームバリューからいえば最も信用があるのは郵貯になると思います。ただ、郵貯だから為替リスクもないと誤解されると困りますので、リスク説明体制作りが必要になります。また、ALM(資産・負債の総合管理)の面からも、郵貯が外貨建て債務を負う部分については、投資も外貨建てで行うことが自然な行動になるという効果もあります。

(3)外貨建て日本国債
これも低信用リスク商品志向にマッチします。また、ALM的にも、政府が外貨建てで調達した部分について、たとえば海外から艦船を買った時の外貨建て支出などに使うことが考えられるのではないでしょうか。より現実的には、外貨建て政府機関債が考えられます。実際この6月に政策投資銀行から、機関投資家向けですが、1999年以来のドル建て債が発行されました。

経常黒字環流の政策には、個人が外債投資をするほかにもいろいろとあると思います。しかし、このゼロ金利のなかで、もっとリターンがほしいというニーズはあるわけですから、もっと投資しやすい環境をつくり、選択肢を広げるというのはよいことではないかと思います。

質疑応答

Q:

外貨建て債を購入後、その国で通貨危機がおこったら、途中解約して、金利はともかく元本だけは確保することは可能なのでしょうか?

A:

日本で売られている外貨建て債は基本的に公募債のかたちをとっているので、為替がものすごく下がりそうだという時に、値段の問題はありますが流通市場に売ってしまうことは可能です。一部満期まで解約できないというリスクをとるものもありますが、普通はそういうリスクは低いと思います。
しかし元本を100%確保したいということになりますと、そういうオプションを最初から買うことになるので、リターンが低くなり、結局日本の国債を買うのとあまり違いがなくなります。
ただし、100%為替リスクをとらないといけないわけではありませんから、いろんなオプションがあっていいと思います。現に投資信託などは7割は為替リスクをとり、3割は為替リスクをとらないものに投資するなど、商品にバラエティがあります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。