海外R&D拠点の能力構築におけるジレンマ

開催日 2005年6月16日
スピーカー 椙山 泰生 (京都大学大学院経済学研究科助教授)
コメンテータ 浅川 和宏 (RIETIファカルティフェロー/慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授)
モデレータ 三本松 進 (RIETI上席研究員)
ダウンロード/関連リンク

議事録

日本企業の海外R&Dの現状

製造業各社による海外R&D展開は、ここ10年ほどで色々な動きをみせています。たとえば、本田技研工業は、アメリカの工場に隣接したR&D拠点を設置し、開発能力を増強しています。家電メーカー各社でも、松下電器産業などが中国における開発・設計の現地化を進める計画を明らかにしています。このように日本企業が中国へ開発・設計をシフトする動きは、単に生産コスト低減だけを目的にしたものではありません。たとえば、中国の携帯電話の市場規模は日本の2倍以上だといわれています。また、医薬品メーカー各社でも、数年前に新しい臨床試験基準が適用されたことに伴い、アメリカ等の海外における臨床開発体制を充実させています。

2003年度の地域別海外R&D拠点数(東洋経済新報社『海外進出企業総覧2003年度版』より)は合計626拠点ですが、その内訳は、北米34.2%、中国18.2%、ヨーロッパ20.4%、東南アジア23.8%、その他3.4%となっています。また、経済産業省第33回海外事業活動基本調査によると、製造業の海外R&Dの傾向として、海外での研究開発費は1997年度27億9000万円から2002年度41億700万円、海外研究開発費比率は1997年度2.9%から2002年度4.1%と緩やかな増加傾向に留まっており、全体の中では周辺的な位置づけとなっているのが日本企業による海外R&Dの現状だといえます。

先ほどの2003年度の海外R&D拠点数626拠点を産業別に分類すると、電機・電子機器45.5%、機械22.5%、化学・医療7.9%、以降、自動車・部品等と続いています。また、同じく経済産業省第33回海外事業活動基本調査によると、業種別海外R&D支出額の推移(1998-2002年度)として、電気機械+情報通信機械が1999年度の159億円を最大として多くなっていましたが、それ以降は、化学が2000年度および2002年度に134億円と最も多く、増加傾向となっています。

海外R&D拠点における能力構築のジレンマ

欧米の多国籍企業が、海外のR&D拠点を活用して企業の競争力を強化していることは、よくいわれていることです。日本企業も、市場や生産拠点については非常にグローバルに展開していますが、R&Dに関しては広げつつあるとはいえ、先ほどのデータが示すように全体の4%程度に留まっています。企業内でも、社外に委託しているR&Dに比べてかなり少ない支出となっているのが現状です。そこで何故、未だに海外R&Dを行わない企業が多いのか、また、すでに行っていても苦戦を強いられるケースが多いのか、その理由について考えていきたいと思います。

海外R&Dの2つのタイプ

企業の競争とは、ある種の組織能力構築の競争であるという見方は、最近の共通の認識となっています。少し以前ならば、業界の構造や企業の環境要因によって競争力を考える傾向が強かったわけですが、ここ10年程は、組織の能力をどのように構築していくかという観点から考える傾向が強くなっています。私も、この最近の流れを汲みながら、能力構築の問題について海外R&Dの観点から考えていきたいと思います。

まず、海外R&Dは、大きく分けて次の2つのタイプに分けられます。
(1)既存能力開発型
1.本国で獲得した能力や知識を海外の文脈に移転し、活用する。
2.本国で競争優位にある分野の海外展開(例:自動車やエレクトロニクスの製品開発拠点)。
3.能力が向上し、役割に変化が生じるケース。
(2)新規能力獲得型
1.自社にない技術を求めて海外のクラスターに進出する。
2.海外で、本国にない新しい能力を獲得・構築する(例:シリコンバレーにおける日本企業の研究拠点)。

海外R&D拠点における能力構築のジレンマ

日本企業が海外へ進出する際には、ある種のジレンマに直面せざるを得ません。そうしたジレンマの種類は、「既存能力開発型」か「新規能力獲得型」のどちらのタイプであるかによって異なり、それぞれ以下のようなことが挙げられます。

(1)既存能力の活用におけるジレンマ
1.新参者の外国企業として知識獲得上の不利
日本人の海外赴任者がマネジメントにかかわることで、現地のネットワーク上では周辺的な位置に留まる。ネットワーク中心性と知識獲得、革新性との関係が背景。
2.既存のコンピタンスとの関連がつけられず優位性の源泉がない
マネジメントの「現地化」で、自社のコンピタンスと無縁でシナジーの働かない領域へ。
3.既存能力の活用に必要な方策や組織構造は新規能力の獲得を阻害する
米国写真業界の事例では、ISO9000の導入によって、自社の知識を活用した特許の取得は促進されたが、自社の知識と関連の薄い技術開発は阻害された。

(2)新規能力の活用におけるジレンマ
1.本国が優位な産業での現地での人的資源の確保
人的資源への投資がされていない。開発者の社会的ネットワークも存在しない。
2.組織プロセスや知識の正当化が困難だが安易な現地化は優位性の喪失を意味する
優位性の源泉である組織プロセスや知識の移転は往々にして現地の支配的なプロセスとは異なるため、受け入れられにくい。安易な「現地化」は、優位性の源泉を放棄することにつながる。事例として、自動車業界におけるサプライヤー参加型開発、オーバーラップ型開発、重量級PMなどの特徴の移転。

ジレンマの克服に向けて―新規能力開発型におけるジレンマの克服

そこで、こうしたジレンマを克服する方策について、日本の企業が取り組んでいる事柄にヒントを探しながら、考えていきたいと思います。まず、新規能力獲得型におけるジレンマ克服のための条件として、次の3つが考えられます。
(1)技術者コミュニティのネットワークの中心を取り込む
(2)現地の制度化された事業化の仕組みを活用する
(3)技術開発におけるイニシアティブと既存事業とのシナジーの確保の両立

近年、結果はまだ出ていないものの取り組まれている1つの解決策として、研究開発の外部化とベンチャー企業との提携があります。まず、CVC(Corporate Venture Capital)による戦略的なシナジーを追求する試みです。これは一見、研究開発とは無縁のように感じられますが、開発を自社の中に取り込むのではなく、外部で行っている開発を支援することによって、自社に有利な状況を作っていくというものです。日本の企業が行っているものの特徴は、本社の既存のコンピタンスとの間の戦略的なシナジーの追求です。つまり、共同で何かをすることによって、1+1がプラスαを生むような事業展開を追及できるようなもののみに投資するということです。実例としては、松下のPDCCや日立の北米CVCといった取り組みです。また、IBMのVenture Capital Groupといった手法は少し異なっており、ベンチャーキャピタルそのものと提携し、自社からの直接投資は行わずに戦略的なシナジーを追及するというものです。

このように、CVCという開発形態によって問題を解決しようという方向性が、最近の1つの流れとなっています。CVCの現状として、まず実際は、探索段階にそれほど投資しているわけではなく、多くの投資先は製品開発のステージで、すぐ先に商品化が見えているというものになっています。また、基本的に自社の「エコシステム」にかかわる分野に投資し、それによる収益は二の次で、あくまで戦略的なシナジーの追求を第一目的とされます。場合によっては、自社技術と競合するケースもあり、技術動向に関するアンテナの役割も果たしているといわれています。こうしたCVCのメリットは、自社に能力がなくとも、幅広いオプションに投資することでシナジーの追求が可能となります。また、ベンチャーとして現地の事業育成のための制度が利用可能であることや、外国企業の不利が顕現化しにくいという特徴があります。一方で、問題点としては、独立系ベンチャーキャピタルのネットワークに比べると、非常に周辺的な地位に留まっているという可能性が考えられます。先ほど紹介したIBMの例は、この問題を避けるためにベンチャーキャピタルそのものと協働するという形態をとっているわけです。

ジレンマの克服に向けて―既存能力活用型におけるジレンマの克服

次に、既存能力活用型におけるジレンマの克服のための条件としては、次の2つが挙げられます。
(1)組織プロセスや知識の正当化が必要
(2)組織プロセスの優位性に関する理論武装

これはどういうことかというと、あくまでも仮説ですが、買収やジョイントベンチャーといった形ではなく、グリーンフィールドのR&D拠点の確立と時間をかけた組織作りにならざるを得ないということです。つまり、一足飛びに海外での研究開発能力を既存能力活用型で構築するということ自体、かなり無理が感じられるといえます。そこで、急拡大をせずに段階的に組織能力を構築していくことを前提に、まず本国のやり方を徹底し、そこからの学習としての「現地化」を進めていくというやり方が考えられます。特に自動車の例などをみると、現地の既存のネットワークや仕事の進め方に依存しないことが求められるようです。現地のやり方を採用してしまえば、本社の自動車の作り方と離れていってしまい、本来の機能が果たせなくなってしまうためです。

その例として、ホンダの北米拠点の構築についてお話ししたいと思います。日本の栃木研究所では、ベース・モデルとエンジンの開発、日本向けモデルの開発、グローバルなR&Dの調整、基礎技術の開発が中心に行われています。北米向けモデル等の開発は基本的に行われておらず、海外向けの製品は、なるべくその国・地域で開発するという方針になっています。一方、北米のホンダR&Dアメリカズ オハイオ・センターでは、自動車の開発における製品の設計、試作、テストが複数のモデルを同時開発できるレベルで行われ、さらに工場との綿密な連携によって製造性を追及することが可能となっています。また、北米の部品メーカーとの共同開発が可能となっており、ゲスト・エンジニアを活用することもできます。

設計の現地適応の例として、2003年型のアコードは、北米向けと日本向けでは外見の印象が大きく異なる部分があり、サイズも違います。つまり、同じベース・モデルでもサイズまで変えたモデルを投入できるというわけです。また、別の北米モデルでは、設計やテスト等はホンダR&Dアメリカズ、生産は米国の現地生産拠点であるホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング・メアリズビル工場(オハイオ州)と、商品企画から開発、生産が一貫して米国で行われ、部品現地調達率はホンダ車として過去最高の98%に達するものもあります。

このような現地開発を行う能力は、一足飛びに構築されたものではなく、非常にゆっくりと進められてきたものです。北米ホンダにおける開発拠点の前身にあたるものができたのは1975年です。それから10年程の間は、評価基準やユーザーの嗜好性をデザインに反映するための拠点でしかありませんでした。たとえば、アメリカでは技術的な要件がわからないままデザインが企画されていたため、技術的な段階で色々な問題が生じ、実際には採用できないことが非常に多かったということです。その後、1984~85年頃にR&Dという形で拠点が成立し、1988年からは比較的簡単な派生モデル車の開発が始まりました。1991年型や94年型のアコード・ワゴン、1993年型のシビック・クーペ等が、アメリカで開発されたモデルです。

1995年頃になると、現地で企画された現地専用のモデルとして、97年型アキュラCLや97年型アキュラEL、98年型アコード・クーペといった比較的高級な車種の開発が続々と始められました。それができるようになると、プラットフォームは共通化しつつ、設計については、北米は北米向け、国内では国内向けといった差別化を進めていくことが実現できるようになりました。さらには、プラットフォームの段階から新設計を行うモデルや、米国人がプロジェクトリーダーを担うといったことも可能となっています。

こうした状況が長い期間をかけて育まれてきた中で、重要なポイントとなったのは、「ホンダらしさ」の移植と「現地化」であったと考えられますが、具体的には、以下のようなことが挙げられます。

(1)知識の形式化、可視化によるホンダのルーティングの移動
1.1万ページにおよぶレイアウトチェックリスト、設計マニュアルを全部英訳し、PC上に実装。
2.Honda wayの定式化とそれを利用した教育の実践。
(2)既存のネットワークに依存しない人的資源の調達
1.学卒中心の採用へ。
2.ホンダに適応した人間だけが残る。
(3)ホンダの価値観の浸透と現地知識の活用との補完性
1.現地に良いアイデアがあっても、現地適応設計のモデルを開発するためには、単なる自動車設計の知識だけではなく、「ホンダの」車作りが理解される必要がある。
2.そのためには、ホンダの車作りに関する知識が正当化される必要性があるが、実際の開発から販売という経験を通じてしか正当化できない。

特に(3)は、今日のお話の中で核となる部分だと思います。これを実現するためには、ホンダの車作りに基づいて開発したものが市場に受け入れられていく経験を通じ、エンジニアがホンダのやり方そのものを理解し、正当化していくプロセスを重ねることが必要です。それがなければ、心から納得した上で、ホンダのやり方で開発が進められるようになるのは、なかなか難しいと思われます。やはり、ホンダのルーティングや知識への信頼が浸透するための時間や、グリーンフィールドに近い状態からの開発のためには、段階的に開発拠点を広げていくという形をとらざるを得ないということになります。

日本の自動車メーカーによる北米でのR&Dが、すべてホンダのようなやり方で行われているわけではありません。トヨタや日産はデトロイト周辺にテクノロジーセンターを設置し、ホンダほど本国のやり方を打ち出して進めているわけではありませんが、それでもToyota wayやNissan wayを定着させるためには、多大な努力がはらわれているようです。それはたとえば、研究所の内部のスタッフが外部のサプライヤーと接する中で、サプライヤーに対して開発サイドから色々な意見を言っていく際、それがホンダならばホンダのやり方なのかどうかということにもかかわってくる問題ですから、やはり深い理解がなければ成立するのは難しいといえます。ですから、既存の優位性のある分野といえども、一歩一歩段階的に積み上げていくという形でしか、機能的な海外R&D拠点を構築することはできないと考えるわけです。

質疑応答

コメンテータ(浅川氏):

本日のご発表は、これまで、あまり触れられてこなかったグローバル経営とイノベーションについて、両者の接点を極めて深く掘り下げたという点で、非常に大きな貢献があるのではないかと思います。また、自国の優位性に依存した戦略の活用とその限界について議論があったわけですが、自国の優位性を生かす「既存能力活用型」と自国の比較劣位の克服戦略である「新規能力獲得型」は、両方とも重要なわけです。そして、大切なポイントは、その両方とも困難な状況に直面しているということです。しかも、それぞれの戦略によってジレンマが異なり、克服策も異なるということで、一枚岩的な戦略では解決できないということが明確に提示されました。
さまざまなジレンマが紹介されましたが、私も同じ領域で研究を行う者として、他にも別の観点で幾つかのジレンマがあると思います。たとえば、「吸収能力とモチベーションのジレンマ」です。知識や技術力で競争優位のある企業は、海外でも更なる能力構築をする素材があるわけです。しかし、そういう企業に限って、海外でのイノベーションや能力構築にあまり積極的ではありませんから、おろそかにしているうちに、後発隊に追い抜かれてしまうというリスクがあるのです。裏を返せば、海外における能力構築に最も積極的な企業というのは、自社の競争優位が不十分な企業だといえます。しかし、皮肉なことに、モチベーションは高くても吸収能力が低いため、ギャップが生じます。そのトレードオフの関係をどのように解決するかが、大きなジレンマになっていると思います。2番目の例は、「ナレッジとパワー(権力)のジレンマ」です。これは、クロスボーダーでナレッジをシェアしたり、ノウハウを移転したりすることは重要なのですが、一方で、組織内の権力構造と無関係ではないわけです。それがボトルネックとなり、イノベーションやナレッジの共有を阻害してしまうというという大きなジレンマになっているわけです。3番目の例は、「能力構築と効率性のジレンマ」です。どういうことかというと、アライアンスあるいはベンチャーキャピタルは手頃で効率的であっても、それだけに依存すると深い吸収能力は身につかない。かたや、長期間かけて能力構築をしている間にタイミングを逃してしまう。または、自前主義を通しすぎると、限られた手持ちのリソースのみに依存することになり、新たなイノベーションのシーズが減少してしまうといった大きな問題につながります。「自前主義と外部依存のジレンマ」、「短期戦略と長期戦略のジレンマ」ともいえます。さらに最近は、多くの企業が海外R&D拠点の撤退や縮小を余儀なくされている中で、多大な直接投資を行ったにもかかわらず回収の見通しが立たない「コスト回収のジレンマ」というものもあるわけです。
企業も生き物ですから、「新規能力構築型のジレンマと対処法」、「既存能力活用型のジレンマと対処法」のそれぞれが、時間と共に融合、進化し、変化していくという複雑な問題があります。それが、現実の海外R&D戦略をより複雑化する要因になっていると思います。したがって、そうなった場合のジレンマに関する考察と対処法ということについても、研究が必要だと思います。

モデレータ(三本松氏):

私は現在、「日本企業のグローバル経営と構造変化の方向(イノベーション・東アジアと経済連携の進展)〈案〉」という方向性で研究に取り組んでいますが、今日のお話を伺って、ほとんど同じようなことを並列して行っているということがわかりました。大変抽象的になりますが、全体的なフレームとして、次のようにご説明したいと思います。
企業は、自社のグローバルな成長戦略や環境変化に対応して(基本戦略)、その供給する製品・サービス特性に応じ(業種による差異)、供給品目や市場の範囲、トータルな機能連鎖の範囲と各部分の内担・外部委託の選択をそれぞれグローバルな尺度で行う(企業の形の要素の決定)。
そして、以上の要素に応じ、グローバル最適な企業グループ全体の経営方式を決め、組織および業務プロセスの設計(組織・業務改革を含む)・運用を実施し、グローバル経営上の組織能力を形成・行使する(組織設計・業務プロセス設計)。特に、グローバルにダイナミックな競争力を確保するため、コアコンピタンスを定め、グローバルな供給チェーンの構築・運用とグローバルなイノベーションチェーンの構築・運用という2つのチェーン(組織能力)を、本社と海外子会社等の間で形成し、これらを組み合わせて実施する(ダイナミックな競争力の確保)。こうした仕組みによってグローバルな市場に製品・サービスを供給し(供給)、市場で成果を上げ、企業活動のグローバルな成長・発展を目指す(成果の追求)ということになります。
これは、いわゆる関係図に過ぎませんから、その判断基準や評価基準については今後、色々な議論をしながら整理していくことが重要です。これからのグローバル経営の要素となる東アジアを中心とした空間的な市場の広がりとイノベーションの広がりという両輪の変化に対応した新戦略が、日本企業が大きくなるためのポイントとなるでしょう。

Q:

中国におけるR&Dについて、欧米企業の状況を含め、教えていただきたいと思います。

A:

私自身、まだ比較をしていないため、はっきり見えていないところがあるのですが、しかしながら、日本企業がある意味では遅まきながらも、中国でやろうと思っている大きな理由の1つは、欧米企業に先を越されているという感覚があるためだと思います。その差や違いについては、これから研究していこうと思っています。

Q:

「既存能力の活用におけるジレンマ」のところで、組織プロセスや知識の正当化が困難だということについて、たとえば「ホンダらしさ」とは、具体的にどのようなことを指しているのかなど、もう少し具体的にご説明いただきたいと思います。

A:

「ホンダらしさ」とは一体何かということは、実は非常に難しい話ではあります。ホンダらしいといっているものが本当にホンダらしさなのかどうか、問い直す必要があるからです。日本のいくつかの自動車メーカーには、共通の開発に関する組織的なルーティングがあり、「ホンダらしさ」だからというよりも、日本流のやり方だから理解されにくいという部分が含まれていることは否めないと思います。具体的には、サプライヤー参加型開発という形をとっている中で、アメリカではサプライヤーに対し、開発を任せると言っておきながらも細かいスペックを提示するのが一般的です。一方、日本のやり方では、材質を選ぶところから全て任せる代わりに、コストと品質のターゲットを遵守させるというスタイルです。そのため、日本のやり方がアメリカのサプライヤーに理解されるのは難しく、さらに、そうした日本のやり方で進めることの意味をホンダの研究所のスタッフが正しく理解できているかというと、よくわかっていないわけです。しかし、そのやり方が良いのだということは、自動車の開発が1サイクル回っていくうちに、段々とクリアに見えてくるようになるそうです。

Q:

繊維やブラウン管など、日本国内での継続が難しい製造の分野を海外R&Dとして展開するという流れがあるように思うのですが、そのことについて、ご意見を伺いたいと思います。

A:

昔から、製造拠点がアメリカから準先進国、途上国へ移っていくという議論がありましたが、開発拠点についても、それと似たような流れになってきているところがあります。もともと先端的でなく、市場が小さくなってきている開発分野は、だんだん本国でできなくなっていくことがあります。そこで既存能力の活用という形で海外R&D拠点が設置されていき、そのうち本国のホームがなくなってしまうということがあるのだと思います。よくあるのは、本国では、アップグレードして先進的な次世代の開発を行っているというケースです。先端的な開発を行うのが得意なところ、ユーザーとのインターベースを活用するのが得意なところ、それ以外の違う分野が得意なところというように、1つの技術を一定の場所で続けるよりは、組織の特徴として得意なところに移していくようなやり方をしている企業もあります。日本の企業としてのポイントは、日本でしかできないことがあって、それを次の世代のものとして何かをする必要のある形になっているかどうかということだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。