誰も指摘しない新『農政改革基本計画』の問題点

開催日 2005年4月20日
スピーカー 山下 一仁 (RIETI上席研究員)
モデレータ 川瀬 剛志 (RIETIファカルティフェロー/大阪大学大学院法学研究科助教授)
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議事録

食料・農業・農村基本計画とは

食料・農業・農村基本計画は、1999年に制定された食料・農業・農村基本法に基づき、5年ごとに食料自給率向上の目標や農業や食料等についての政策の基本的な方向を定める計画です。本年3月25日には、第2回目の計画が閣議決定されました。この新しい食料・農業・農村基本計画の問題点について、今日は個人的な見解を述べさせて頂きたいと思いますが、内容は主に次の4点となります。
(1)直接支払い(品目横断的政策)
(2)株式会社の農業参入
(3)食料自給率向上の目標
(4)農産物輸出と攻めの農業

直接支払い(品目横断的政策)

基本計画では、農業の構造改革を加速化する必要性が強調されています。その背景には、WTO・FTA交渉が進展するに従って関税の引き下げが求められており、それに対応するためには、農業の構造改革を行って国内価格を引き下げなければならないというロジックがあります。また、国内農業の衰退傾向は歯止めがかからない状態だといえます。OECDの農業保護指標であるPSE(Producer Support Estimate)からもわかりますが、仮に農業保護がなくなれば、農業のGDP(国内総生産)がゼロになってしまうような状況に直面しているのです。

基本計画は、「我が国農業の構造改革を加速化するとともに、WTOにおける国際規律の強化にも対応しうるよう、現在、品目別に講じられている経営安定対策を見直し、施策の対象となる担い手を明確化したうえで、その経営の安定を図る対策に転換する」としています。すでにアメリカやEUでは、価格による農家所得の維持から直接支払いによる農家所得の維持に移行しています。そうした世界の流れを日本でも採用する方向へ向かっていることは、高く評価できると思います。

その上で、マスコミ各メディアからは、対象を確実に真の担い手に限定できるのかどうか、従来どおりの護送船団方式になってしまうのではないかといった指摘がされています。これは確かに重要なポイントではありますが、それ以前の問題として、この直接支払いの内容自体を検証することが重要でしょう。

直接支払いの内容

直接支払いの内容について、基本計画は「複数作物の組合せによる営農が行われている水田作及び畑作について、品目別ではなく、担い手の経営全体に着目し、市場で顕在化している諸外国との生産条件の格差を是正するための対策となる直接支払いを導入する(中略)。諸外国との生産条件格差の是正対策は、国境措置の水準等により諸外国との生産条件格差が顕在化している品目(現時点でいえば、水田作は麦、大豆、畑作は麦、大豆、てん菜、でん粉原料用馬鈴しょ、等を想定)を対象とする」としています。しかし、農林水産省による資料をよく読むと、現在、農家への保証価格と市場価格の差として交付されている麦、大豆等の不足払いといわれる補助金を直接払いに移行するけれども、WTO交渉で本格的な関税引き下げの議論が先送りになったため、コメのみならず麦、牛乳等他の農産物を含め、関税引き下げへの対応としての直接支払いは見送るという内容になっています。

より具体的に整理すると、不足払いについては、(1)コメ:不足払いがないので該当しない(2)麦や大豆等:過去に作付けした水田、畑では、麦、大豆等の不足払いを緑の直接支払いに転換(3)酪農、肉用牛等:不足払いは緑の直接支払いには転換しない、としています。また、関税引き下げに対処するための直接支払いについては、(1)コメ:関税が下げられれば導入(2)麦や大豆等:関税が下げられれば導入(3)酪農、肉用牛等:乳製品や牛肉の関税引きき下げが行われても何も対策を打たない、ということになるようです。特に(3)については、品目横断的な部門しか対象とせず、専業的な部門は対象としないという何度考えても理解できない独特の方針がとられているためです。さらに、日本の農業で、もっとも構造改革が遅れているのはコメです。そのコメを対象とせずして「我が国農業の構造改革を加速化する」といえるのかどうか、大きな疑問です。

なぜ改革案は後退したのか

直接支払いの最大のメリットは、問題となる対象(農家)にターゲットを絞って政策を実施できるところにありますが、対象を限定できるという政策上最大のメリットは、政治的な票集めという観点では最大のデメリットとなります。2003年8月末、「諸外国の直接支払いも視野に入れて食料・農業・農村基本計画を見直す」という農林水産大臣談話が唐突に発表されました。これは、農産物関税に上限を設定するというアメリカとEUのWTO交渉に関する合意が同年8月13日になされたためと思われます。アメリカの現行関税率やEUの改革状況などから、上限関税率は100~125%となることが予想されますが、現行490%のコメの関税率をそこまで下げるとしたら、日本の農業は壊滅してしまいます。直接支払いの政治的困難など吹き飛んでしまうほどの危機感が、大臣談話につながったものと思われます。

ところが、この姿勢はみるみる後退していきます。最初の後退は、同年9月に行われたカンクン閣僚会議の議長案で、コメが上限関税率の特例品目となるかもしれないという期待が生じたことに始まりました。改革の意欲は後退し、同年12月の食料・農業・農村審議会の初会合の席上、農林水産省はコメを直接支払いの対象としないという考えを述べています。

2004年7月末のWTO交渉枠組み合意では、上限関税率については先送りされ、階層方式(関税率によって品目をグループ化し、高い関税率のグループには高い削減率を課す方式)が採用されました。ただし、一定の重要品目については例外が認められました。通常WTOのルールでは例外を求めると代償を支払う必要があるのですが、日本政府は、例外の見返りとしての関税割当枠の拡大は必要ないという独特の解釈をしています。そのような解釈を前提として、2004年8月10日の食料・農業・農村政策審議会による農政改革についての中間論点整理では、改革の中心となる経営安定対策(品目横断的対策等)については、WTO交渉枠組み合意で本格的な関税引き下げの議論が先送りになったことから、コメのみならず麦、牛乳等他の農産物を含め、関税引き下げの対応としての直接支払いは見送るという内容へとさらに後退したのです。

直接支払いと食料自給率

麦等への不足払い(農家手取保価格-市場価格)が廃止されれば、農家にとっては、生産をやめて直接支払いだけを受ける方が経済合理的となり、麦・大豆の生産は減少し、食料自給率は低下します。皮肉なことに、自給率向上を旨として審議するはずの食料・農業・農村審議会が、自給率低下につながる直接支払いを打ち出してしまったことになります。さらに、そうした農家が麦の生産から市場価格の高いコメの生産にシフトし、コメの過剰をさらに悪化させる可能性も高いと思われます。実際に食料自給率を向上させるためには、一定規模以上の担い手農家に限定した上で麦等の不足払いは維持するべきでしょう。そして生産調整を廃止して米価を下げ、コメの消費拡大を推進するとともに、対象を担い手農家に限定した農地面積当たりの本格的直接支払いを導入するというのが正しい方策だと思います。しかし残念ながら、今回の基本計画はそこまで至ってはいません。

株式会社の農業参入

基本計画は、株式会社の農業参入について、次のような条件のもとで認めています。
(1)市町村等との間で適正に農業を行う旨の協定を締結すること
(2)耕作放棄地等が相当程度存在する地域であること
(3)リース方式(所有権は付加)であること
そもそも株式会社の農業参入に対しては、農業団体からの強い反対がありました。反対の主な理由は、株式会社は利益が出なくなれば農地を転用、あるいは耕作放棄をしてしまうであろうというものです。しかし、国内ではこの40年間に、農地改革で開放した190万ha(ヘクタール)を上回る230万haの農地が農家によって転用、あるいは耕作放棄され、今では470万haしか残っていないのが現状です。「適正に農業を行う旨の協定」は、農家に対しても必要なのではないでしょうか。また、株式会社による産業廃棄物の不法投棄が起こることを危惧して反対する声もあります。しかし、産業廃棄物問題は農地制度とは無関係であり、廃棄物処理法で不法投棄の罰則金額を引き上げて防止するといった対策を行うべきでしょう。

食料自給率向上の目標

日本のカロリーベースでの食料自給率は、1960年に79%だったものが2000年には40%に低下しました。そこで政府は、食料・農業・農村基本法に基づき、2010年度までに45%にまで向上させることを目標に設定しました。自給率が低下した要因として、政府は食生活の洋風化による需要の変化を挙げます。しかし、もっと大きな問題は、国内の農政がそうした変化に対応できなかったところにあります。コメの需要が減退しているにもかかわらず、米価だけをどんどん上昇させていったのです。

これを踏まえ、新しい基本計画の内容には、次のような特徴があります。
(1)2015年度のカロリーベースの目標は、2010年度の目標と同水準の45%に据え置く。
(2)カロリーベースと並んで、生産額・金額ベースの目標を合わせて設定し、現在の70%から76%に拡大する(野菜・果物はコメと並ぶ生産額であるが、カロリーベースでは反映されにくい。高付加価値農産物も同様との説明)。

食糧安全保障とは本来、消費者の主張であって、農業団体の主張ではないはずです。1993年のコメの大不作による「平成のコメ騒動」の際も、スーパーに殺到したのは農家ではなく消費者です。困るのは農家ではなく、消費者なのです。食料自給率向上について考えるとき、誰のための自給率向上かという基本を押さえることが必要でしょう。

金額ベースの自給率では、たとえば自給率51%の果物の生産コストが下がり、生産量が拡大して輸入が減少した場合、当然自給率は向上します。これは消費者にとって、農産物価格が下がるという意味で良いことだといえます。しかし、コメのように関税が高く、輸入そのものがないものの場合は状況が異なります。たとえば不作によってコメの価格が上昇しても、消費者の購入量に大きな変化はありませんから、消費者の購入額および農家の生産額、ひいては金額ベースの自給率も向上することとなります。このような状況は、農家にとってはいいかもしれませんが、消費者にとっては不利益となります。つまり、カロリーベースでも金額ベースでも、自給率の測定の仕方には問題があるということがいえます。

では、望ましい目標とは何かというと、そもそも食糧危機の際には、飽食といわれる現在の食生活を維持することは不可能です。したがって、自給率目標が何を基準とするべきかというと、食料生産の基本であり、食料安全保障に不可欠な資源である農地です。先ほどお話ししたように、農地は宅地などへの転用や耕作放棄によって減少の一途をたどり、戦後人口7000万人に対して農地は600万haあったのに、現在の人口約1億3000万人に対し、農地は500万haを下回っています。これは、国民がイモやコメだけを食べてかろうじて生き長らえる程度の面積です。消費者のための安全保障を考えるのであれば、農家が利益を得るために、農地を宅地や工業用地として転売するという行動パターンを止め、食料自給率よりも農地面積の目標を掲げるべきでしょう。

農産物輸出と攻めの農業

日本は、世界最大の農産物純輸入国です。その中で、国産農産物輸出の成功例もあります。たとえば、あるリンゴ生産者が、国内では評価の高い大玉のリンゴをイギリスに輸出しても評価されなかったため、苦し紛れに日本ではジュース用として安く取引される小玉を送ったところ、やればできるではないかといわれたという話があります。また台湾では、北海道産の長イモが滋養強壮食品として高値で取引されています。その他にも、最近は国産農産物輸出促進の旗がさかんに振られています。

小泉総理も、施政方針演説において「海外では、ナシやリンゴなど日本の農産物が高級品として売れています。やる気と能力のある農業経営を重点的に支援するとともに、企業による農業経営への参入を進め、農産物の輸入増加を目指すなど『攻め』の農政に転換いたします」と述べています。ただし、この輸出促進の動きは、行政指導による上からの取り組みです。実はウルグアイ・ラウンド交渉の最中だった1989年頃にも同じような動きがあり、行政的には高揚したものの、今はその勢いはありません。今回も、WTOやFTA交渉で農業保護や関税の削減が議論されており、前回と同様、農業界に輸出という明るい話題を提供しようという狙いのようです。

輸出は促進できるのか

日本が世界最大の農産物純輸入国となっているのは、農業の規模が小さく、コストが高いためです。品質がいくら良くても、価格に大きな格差のあるものは売れないということでしょう。また、2003年の日本の農産物輸入額は約4兆4000億円、一方で輸出額はわずか約2000億円にとどまっています。そのうち、小麦粉や即席めん等ほとんどが輸入農産物を使った加工製品で、豚の皮約71億円、リンゴ約43億円、長イモ約15億円等、純粋な国産農産物の輸出は200億円程度と考えられます。これは農業生産額約9兆円に対し、0.2%に過ぎません。

政府は、農産物輸出額約2000億円を4000億円に倍増させることを目標に掲げています。輸入小麦を使った加工製品の輸出を増大させるならば、目標達成は難しいことではないかもしれません。しかし本気で国産農産物の輸出を増大させたいならば、本格的な農政改革を行い、農業の規模を拡大してコストおよび価格を大幅に下げ、品質だけでなく価格の競争力をつける必要があるのです。それを行わない行政主導型輸出振興は、以前と同じあだ花に終わる可能性が高いような気がします。

攻めの農業、攻めの農政といっても、攻めるためには“強い農業”でなければなりません。「竹ヤリ」では勝負になりません。強くなるためには努力が必要です。総理の施政方針演説にあるとおり、「やる気と能力のある農業経営を重点的に支援する」ことによって、強い農業、攻めの農業を目指すことが、輸出するためにも国内市場を確保するためにも必要でしょう。

質疑応答

Q:

韓国は、チリとのFTAを締結するにあたり、10兆円規模の農業予算を組んでようやく国会の承認を得たという経緯があるようです。聞いたところによると、その予算はFTA締結に伴って廃業していく農家に対して支給するというやり方をとっているようです。このような農業政策について、ご意見を伺いたいと思います。

A:

構造政策という観点から、フランスなどはまさにそうした政策をとってきました。ヨーロッパの中でもフランスは、特に土地のゾーニングが厳密にしかれています。農村地域には農産物の加工施設以外は作れませんし、土地の用途を変更する場合は、地方自治体ではなく政府レベルでの手続きが必要となる等、農地面積を減少させない仕組みになっています。その上で、強力な構造政策をとったわけです。たとえば、リタイヤする農家には補助金を交付して若年農業者への経営移譲を促進し、新規参入の若年農業者にも補助金を交付して参入を促すといった具合です。日本は、65歳以上の農業者の割合は全体の6割程度となっていますが、フランスでは逆に50歳未満の農業者の割合が6割程度で、中でも30~40歳代の人が多くなっています。このように構造改革を加速させる政策は望ましいことですし、WTOの緑の政策にとっても認知されている政策だと思います。日本には、経営を移譲すれば年金が加算される農業者年金という制度が作られましたが、これは親子間の移譲も対象となることから、本来の目的である規模拡大や構造改革にはつながりませんでした。韓国の農政については、30年ほど前には、韓国が日本の食管制度を手本とした政策をとっていたものです。しかし最近はむしろ、日本がやっと導入しようとしている直接支払いを韓国ではかなり前から行っているという状況です。残念ながら、農業の構造改革に対する政府の意欲が日本と韓国で逆転してしまっているようです。

Q:

農業問題は、常に政治の光を当てなければ解決しないと感じます。日本のコメのように、アメリカでは砂糖や酪農が強力に保護されていますが、そのような業界の改革はなかなか行われないようです。日本においても、10年単位の予算の枠組みを作って実行することが重要だと思いますが、官主導ではなく政治主導という形でなければ、実現は難しいと思います。そこで、日本の国会では、農政改革に関する状況はどのようになっているのでしょうか。

A:

アメリカの農業法は、アメリカ全体の財政事情に大きく依存しています。1996年の農業法では、財政事情が悪化していたために、不足払いを廃止し、市況に関係なく固定的な緑の直接支払いに移行しました。そして、2002年の農業法では、財政的に余裕ができ、従来の不足払いが直接支払いに上乗せする形で復活しました。しかし、現在のアメリカは財政的に厳しさが増していますから、次の2008年から始まる農業法では、補助金を大幅にカットせざるをえない状況です。そうなればアメリカは、過去の歴史をみても、外国の市場アクセスを拡大することによって農家の所得を維持しようとするでしょう。そのため、日本に対するWTOの自由化圧力もますます高まってくることが予想されます。

また日本では、農業の分野に関しては、与野党を問わず全政党が農業保護を唱えます。食管制度のあった頃は、競って米価引き上げを叫びましたし、その状況は現在も変わっていません。これは、政治だけが悪いということではなく、特定の利益団体が及ぼす政治家への影響といったことも分析されなければならないという感じがします。もう、農政については、経済学ではなく政治学が必要だと思います。

Q:

食料自給率の向上を目指すことについては、政治家が票を集めるために農業保護を叫び、それに一部の環境団体が加わるなどして、国産農産物信仰ともいうべきものが生まれているように感じます。食料安全保障という意味では自給率は高い方がいいと思いますが、日本は一次産品の大部分を輸入に頼っているため、農産物だけを確保してもエネルギー等がなければどうにもなりらないわけです。むしろ、やみくもに高い自給率を目指すこと自体が、政治的に利用されているように思います。そこで、自給率目標として掲げている40%とか45%といった数値は何を根拠としているものなのか、お伺いしたいと思います。

A:

おっしゃるとおりだと思います。先ほども言いましたが、本来、食料自給率や食料安全保障というのは消費者の主張であって、農業団体の主張ではないはずです。それをなぜ、農業団体が声高に叫び新しい基本法のもと自給率目標を掲げようとするのでしょうか。その背景には、農業予算をさらに拡大させたい、あるいは農産物価格をさらに上昇させたいという意図があります。これに対し、財政当局は従来から懐疑的、あるいは批判的な抑止力となっていたのですが、完璧には抑えきれないのが現状です。本音では農地の転用をしたい農業団体は反対するでしょうが、本当に消費者重視の農政を行うのであれば、食料生産の基本は農地ですから農地面積の目標を掲げるのが本筋だと思います。また、ご指摘のとおり、現在の飽食といわれる食生活を前提とした40%、50%という数字は、あまり根拠があるとは思えません。重要なのは危機が起ったときにどれだけ国内で生産できるかということです。ただ、石油がなくて機械が動かせなくても労働という生産要素で代替できるので、エネルギーを輸入に頼っているから、国内の食料生産も諦めるべきだということにはならないと思います。

Q:

最近の農業問題は、経済問題としての性質が薄らいでいるような気がします。農業団体や農家、あるいは農業を保護している農林水産省が何を目指しているのかを考えると、結局、現存する農村のコミュニティをいかに守るかという点にあるのではないでしょうか。また、先祖代々の土地を守り続け、1戸当たりの農地面積が狭く分散しているという日本の農村独特の状況が変わらない限り、改革は難しいのではないでしょうか。

A:

今の農村は、昔と随分変わってきていると思います。本当に先祖伝来の土地だから離れたくないということであれば、これほど農地転用や耕作放棄は進まなかったでしょう。農政史上初の中山間地域の直接支払いを行った際には、零細な農家がまとまって集落協定を作った場合に直接支払いを交付するという形式がとられましたが、中山間地域ではコミュニティが崩壊しつつあり、集落としてまとまるのはなかなか難しい状況でした。私の実感では、平地の農村地域にはある程度のコミュニティは残っていますので、本来の農村らしい農村である中山間地域のコミュニティ維持が今の課題だと思います。零細分散錯圃(一戸の農家の所有する小地片の農家があちこちに分散する問題)は柳田國男以来の問題ですが、集落が一農場となったり、少数の担い手のみに農地が集積されれば解決できます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。