アジア債券市場とアジア通貨

開催日 2004年11月30日
スピーカー 山崎 達雄 (財務省国際局調査課長)
モデレータ 田辺 靖雄 (RIETI副所長)

議事録

(以下の講演内容はすべて山崎氏の個人的見解であって、所属組織とは関係ありません)

アジア債権市場育成イニシアティブ

アジア債券市場育成イニシアティブは、アジア通貨危機の反省に立ち、アジアの金融・資本市場を通貨危機に見舞われにくい体質にどのように改善していくかという視点からスタートしています。
高貯蓄率を有する多くのアジア諸国において、アジア通貨危機以前の主な資金調達手段は、アジアの地場銀行による短期借り入れであり、債券市場はまったくの未発達でした。そして現地の銀行預金は米国国債投資等に回り、アメリカの機関投資家がアジアの株や債権の組み込まれたファンドを買うという流れになっていました。

特にアジア通貨危機の直前は、ドル建ての短期ファンディングによって得た資金をアジア通貨に替え、アジア株や不動産、あるいは中長期の設備投資資金として用いていたため、調達する資金と運用する資金との間に、通貨と期間のミスマッチが生じていました。

この通貨と期間の“二重のミスマッチ”を解消するために、アジアの人々の貯蓄をアジアの債券で吸収し、それが企業の設備投資等に回るようにすることを目的に、現地通貨建ての債券を発行できるような債券市場をアジアに育成する取り組みが行われています。

債券市場育成のための検討課題は、市場の厚み(発行主体の拡大・現地通貨建て債権の発行促進)と環境の整備(保証・格付機関・決済システム等)であり、こういったテーマについて包括的に取り組むため、ASEAN+3の蔵相レベル会合のもとに以下の6つのワーキンググループが設置されました。
(1)新たな債務担保証券の開発のためのワーキンググループ(議長:タイ)
(2)信用保証および投資メカニズムに関するワーキンググループ(議長:韓国、中国)
(3)外国為替取引と決済システム等に関するワーキンググループ(議長:マレーシア)
(4)国際開発金融機関、政府系金融機関およびアジアの多国籍企業による現地通貨建て債権の発行に関するワーキンググループ(議長:中国)
(5)地域の格付機関および債券市場の情報の発信に関するワーキンググループ(議長:シンガポール、日本)
(6)技術支援に関するワーキンググループ(議長:インドネシア、副議長:フィリピン、マレーシア)

アジア債権市場育成イニシアティブの進展

前述(1)のワーキンググループでは、日韓共同で韓国中小企業が必要としている資金提供を目的とした円建てP‐CBO(債券担保証券)の発行に関する取り組みを進めており、いよいよ大詰めを迎えています。実際に、韓国の中小企業に対してこのスキームを公開し、募集したところ500社を超える中小企業から応募がありました。その中から、さまざまな審査を経て選ばれた50社前後に対し、このスキームが初めて適用される見通しです。

韓国では、経済対策の一環として、韓国国内で中小企業の債券を集め韓国の公的機関が保証するというスキームを、これまで何度か行ったことがありましたが、このようにクロスボーダーで行うのは、まったく初めての試みです。私たちは、これをきっかけに、韓国に限らず他のアジアの国々においても同じようなスキームが適用できるのではないかと期待しています。タイでは、非居住者への源泉徴収税を免除するタイ・バーツ建て「アジア・ボンド」の発行を予定しています。今後、他の国においても、同じような商品の開発を呼びかけています。タイではまた、新タイプの債務担保証券商品の発行に関する研究を始めることになっています。これは、アジアの複数の通貨を組み合わせた新商品となりますが、できれば早期の発行につなげたいと考えています。

(2)のワーキンググループでは、国際協力銀行(JBIC)保証によるタイ・バーツ建て日系企業社債を2004年6月に起債しました。同年4月には、日本貿易保険(NEXI)付保によるタイ・バーツ建て日系企業社債を起債しています。また、アジア開発銀行(ADB)が域内の保証メカニズムに関する調査を2003年12月より実施しており、2004年5月のASEAN+3財務大臣会合において、信用保証に加えて投資融資等までスコープを拡大することに各国が合意しています。

(3)のワーキンググループでは、ADBがアジア域内の決済システム「アジア・リンク」に関する調査を実施しています。また、日本銀行とマレーシア中央銀行が共同で、クロスボーダー決済の障害に関する調査を実施しており、障害を1つずつ解決していくための取り組みを行っています。

(4)のワーキンググループでは、すでにタイにおいてバーツ建ての債券を発行できるようなガイドラインが策定されており、JBICやADB、国際金融公社(IFC)等による債券発行に向けた最終手続きに入っています。中国でも、人民元建て債権発行のガイドライン作成が進んでいます。2004年11月には、マレーシア・リンギット建ての債権がADBによって初めて発行されました。フィリピンでも、ADBによるペソ建て債券の発行を仮承認しています。

(5)のワーキンググループでは、2004年5月のASEAN+3財務大臣会議時にアジア債券市場に関する情報発信のための「アジア・ボンド・ウェブサイト」が立ち上げられました。また、既存の格付機関による質の高い格付情報の提供、あるいは共通の格付手法の開発といったところに焦点が当てられています。

(6)のワーキンググループについては、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー等の国々に対し、債券市場というよりもむしろ国債市場や国庫制度自体の発展に関する支援を行っているという段階にあります。

ABF1とABF2

ABF(アジア・ボンド・ファンド)は、EMEAP(オーストラリア、中国、香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイの11カ国・地域の中央銀行・通貨当局で構成される東アジア・オセアニア中央銀行役員会議)メンバーの中央銀行によって共同で創設され、このEMEAP各国(日本、オーストラリア、ニュージーランドを除く8カ国・地域)が発行体の米ドル建ての国債を集めたファンドに投資することを合意しています。

ABF2とはABF1と同じ8カ国の現地通貨建て国債等で構成されるファンドであり、さらに将来は民間の投資家にもオープンにすることが予定されており、現在、最終的な調整段階に入っています。

アジア債券市場の規模拡大

アジア債権市場は、1997年のアジア通貨危機当時に比べると2003年には飛躍的に拡大しています。ADB “Asia Bond Monitor”のデータによると、東アジアでは1997年の3555億米ドル(対GDP比19.1%)から2003年には1兆2028億米ドル(同44.3%)と3.4倍の伸びを示しています。

債券市場の発展と同時に、銀行ローンについても、従来は過半数を占めていた米ドル建てから自国通貨建ての割合が急速に高まっており、Bond Financingも自国通貨建てのものが急増しています。

ASEAN+3、EU、NAFTAの域内貿易シェア

1990年から2003年にかけての各地域における対世界貿易に占める域内貿易シェアの推移をみると、EUではほぼ60%程度で安定的に維持しています。NAFTAでは、1990年あたりは40%を下回っていたが、2000年には50%近くまで伸び続け、2003年には約45%と緩やかに減少しています。ASEAN+3では、2003年にはほぼ40%に達し、今後はNAFTAを追い越す勢いで着実に域内シェアを伸ばしています。

アジア通貨と円との相関の高まり

アジア通貨危機以降、韓国、フィリピン、インドネシア、シンガポール、タイの各通貨とも、米ドルとの相関係数は低下する一方で円との相関係数は急激に高まり、一部で、米ドルに対する相関関係が負となり円との相関関係が正となる逆転現象もみられます。個人的な見解として、そう遠くない将来、中国・人民元なりマレーシア・リンギットなりがなんらかの形でもう少し変動幅を持つようになれば、韓国・ウォンが1998年にそうなったように、他のアジア通貨も相当な勢いで円との連動性が強くなり、米ドルとの関係が薄れてくる可能性があるのではないかと思います。それは、上記で見ように、域内における資本取引、貿易取引の割合が急速に高まっていることからすれば、ある意味で自然の成り行きといえるでしょう。

アジア通貨マトリックス

アジア通貨危機後、タイ・バーツやインドネシア・ルピアは、自国通貨のオフショア(国外市場)取引を以前ほど自由にはせず、同時に為替の変動幅を拡大ました。また韓国・ウォンについては、オフショア取引は一貫して認めていませんが、固定為替に近かった状態をよりフロート的にしました。アジア通貨危機以前、東南アジア各国が、金融資本市場の量的拡大を競う余り、実質固定通貨制を維持しつつ、自国通貨のオフショア取引を認めていたことが、投機を許す結果となったことを想起すれば、危機後の通貨制度面での各国の対応により、アジア通貨危機の再来防止の環境は、着々と整いつつあるように思います。

主要通貨の対ドルレートの推移

Bloombergの資料によると、2003年1月2日の対ドルレートを100とした場合、2004年11月17日時点でもっとも上昇しているのは豪ドルの138.1です。次にユーロの125.5となっており、円は112.8、ウォンが109.3、タイバーツが107.0で人民元は100で固定されています。こうしたことから、米国経常収支不均衡是正のために、アジア通貨の対ドルでの大幅な調整が必要であるとの議論が出てくるわけです。確かに、現在実質ドルに固定されている人民元が変動するようになれば、米中貿易収支に何がしかの影響は出得るでしょうが、私は、米国経常収支不均衡問題を解決するため、通貨の大幅調整が必要不可避との見方には疑問があります。

米国の貿易赤字とドルの実質実効為替相場

米国経常収支のデータの代替として、相手国別の内訳がわかる貿易収支のデータを参照すると、米国の貿易収支は1985年のプラザ合意の頃から、1000億ドル台前後の赤字が1997年あたりまで続いていましたが、その後急激に赤字が増え始め、昨年には5300億ドルに達しています。

米国の実質実効為替相場は、貿易赤字が急拡大を続けていたにもかかわらず2001年2月まで上昇を続けました。なぜ、ドルの価値が上がり続けたのでしょうか。
それは資本取引の動きが、通貨価値に影響を及ぼしていたからです。すなわち米国のIT産業の急速な発展とユーロ発足に向けた欧州各国の金利の収斂という環境の中で、欧州から米国に巨額の直接投資、証券投資のフローがあったのです。経常収支が赤字だということは、資本収支が同額黒字だということです。(外貨準備は捨象)経常収支と資本収支とどちらが為替に影響を及ぼすかというのは、その時々によって違うわけです。

さらにいうならば、現在世間で議論になっている数カ月単位の為替の動きにとっては、私はそのどちらも、それほど決定的な影響力はないと思っています。数年以上にわたる長期的なタームでみれば影響はあるでしょうが、少なくとも介入の対象となるようなボラタイルな動きについては、経常収支も資本収支もあまり関係ない、それを引き起こしているのは、輸出入の先物為替予約やオプション、あるいはヘッジファンド、カレンシーオーバーレイ等による通貨ポジションの変動という、オフバランスの取引であると考えます。そうしたプレイヤーのうち、ある者は自分で為替動向のトレンドを作ろうとして、自分のポジショニングを正当化するために、ことさら経常収支に焦点を当てることがしばしばあるために、まるで経常収支が為替に影響を及ぼしているかのように見えることがあると思います。またある者は、一定期間に特定の為替のトレンドが観測された場合、自動的にそのトレンドに沿った取引を行うことから、為替のトレンドが増幅されることがしばしばあるのです。こうしたオフバランス取引の統計は存在しませんが、シカゴ通貨先物取引の取引指数でその一端を垣間見ることができます。数カ月単位で見た為替動向が、シカゴ通貨先物のポジションと一致して動いていることは興味深い現象です。

米国の経常赤字額は、1998年から2003年の間に3000億ドル近く膨らみました。どこの国に対して赤字が増えたのかというと、一番増えているのが中国で670億ドル、続いて欧州が470億ドル、カナダ380億ドル、メキシコ248億ドル等となっており、日本はほとんど関係ありません。これには、米国が自国で生産しないものをこうした中国やNAFTAの国々に生産代替し、輸入しているという構造が背景にあります。数千億ドルの米国経常赤字を為替調整によってのみ解消するというのはあり得ないことがご理解いただけると思います。まして、貿易不均衡が拡大していない円の対ドルレートが調整されなければならない理屈もないのです。むしろ、米国の貯蓄率の改善、財政収支の改善、米国と日欧の成長率格差の均衡化といった要因が中長期的に米国経常収支の水準に影響を及ぼしていくでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。