ニュー・パブリック・マネジメントによる地方公共団体の経営改革

開催日 2004年11月26日
スピーカー 大住 莊四郎 (関東学院大学経済学部教授)
モデレータ 久武 昌人 (RIETI上席研究員)
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議事録

はじめに

地方分権改革、三位一体改革がいわれていますが、現実には改革は進むようで進まない状況のように思われます。改革を進めるためには地方公共団体が、今日お話しするような「経営(マネジメント)のできる」組織に変わらなければいけないのだと思います。日本の自治体のなかでも、このままではたちゆかなくなるという危機感をもって、経営改革に取り組んでいるところがいくつかあります。

地方公共団体の実務に多少通じておられる方には、経営改革より行政評価のほうが一般的かもしれません。しかし行政評価の成果は見えていません。行政評価は事務事業評価、施策評価へとボトムアップで進んでいくのですが、それでどうしたらいいのかというところで困ってしまうのです。それは経営(マネジメント)の意思、“Will”がないところに問題があるのではないでしょうか。Willとは、たとえば政治的な価値、こうしたいという思いです。行政評価システムのなかにはこれがありません。それで形式化してしまうのです。

経営とは何かというと、真の経営者の意思・目的を達成するための意思決定と行動をセットで考えることだと思います。そして経営管理を階層別に大きく分けると、トップ・マネジメントと現場(執行)の2つの側面があると思います。トップ・マネジメントで最も重要なのは、経営者の意思・目的の明確化・具体化です。これを行政にあてはめると、自治体でしたらその地域のビジョン・将来像を描き、それを達成するための政策目標を具体化していくことだと思います。では具体化された目標を達成するためにどう行動するのか、それが次の問題です。そしてガバナンス(外部)が経営の意思決定が妥当かどうか監視するということです。

いま行政評価システムは、罠に陥っています。その1つのパターンは、行政評価システムの精緻化です。各階層で評価システムをつくり、精緻に組み立てていけば動くはずだという考え方ですが、これはうまくいきません。

もう1つのパターンは、外部評価(委員会)モデルへの依存です。これは事務事業評価、施策評価自体の妥当性を客観的に外部の方に評価してもらうというもので、これもここ1、2年普及していますが、そもそも経営者の意思が明確でない組織だから、こういうことになるのです。事務事業評価から施策評価に積み上げると、非常に困難な問題が出てきます。その時に政策目標との価値判断を議論しなくてはなりませんが、これは政治的な価値判断を伴います。現場では誰かに決めてほしいと思いますが、しかし市長さんもあてにならず、では市民あるいは有識者にきけばいい、という発想になります。本来組織の内部で決めるべきことを、外部に丸投げしているのです。

NPM(ニュー・パブリック・マネジメント)とは?

日本の行政は、先ほどお話しした経営の姿とは本質的にちがう仕組みになっています。NPMは行政、自治体に経営的な役割分担、考え方を入れようとするものです。

NPMは政府・行政の経営革新の途を開くものです。政府・行政をめぐる環境は変化しており、予算制約の強まり、高齢化に伴う公共サービスへの需要の増大・多様化があります。これまでの行財政改革論では二者択一論、国民負担の引き上げか公共サービスの削減か、になりがちだったと思います。しかしこれは、少なくともNPM論を生んできた諸国では国民に受け入れられませんでした。高齢化が進んだ社会では、特に公共サービスの削減にはものすごい抵抗がありました。そこで第三の選択肢の模索が始まったのです。

限られた予算内で、いかにきめ細かいサービスをするか。そんな環境におかれた、たとえばイギリスやニュージーランド、スウェーデンでは経営革新の必要性を感じ、公共の世界ではそんな先例はなかったので、民間企業に学んだのです。民間企業ではよい製品をつくるのに生産コストがかかったからといって、それをすぐ価格に転嫁したりしません。それで成功している企業から学べば、行政の経営革新もできるのではないかと思ったわけです。

先進事例からは、経営改革のモデルづくりを学ぶべきだと思います。海外の事例では、「チェインジ・リーダー」(経営改革の中心にいる人)は経営改革モデル(ゴールとシナリオ・進め方)を共有しています。だとしたら、そういう経営改革モデルを一般化して、自治体に紹介し、実践していけばいいのではないでしょうか。

私は3年半くらい前に、愛知県瀬戸市の増岡市長から経営改革の手伝いを依頼されました。瀬戸市の改革は、経営改革モデルによるものです。いまのところ、最初の工程表の通りに動いています。これは海外の事例から学んだものです。

ここで定義づけしますと、NPMとは経営改革の理念・思想・手法体系です。1980年代半ば以降、行政実務の現場主導で形成されました。91年以降定義づけされて、体系化もされるようになりました。具体的には契約モデルのようなものを自治体、行政に持ち込もうとするものです。契約モデルの中身は、業績・成果主義、市場メカニズムの活用、顧客主義、ヒエラルキーの簡素化などです。

NPMの基本理念とは、マネジメントの基準を業績・成果主義、顧客主義へ転換することだと思います。今までの行政評価だと業績・成果をチェックするだけで、業績・成果主義にはなりません。それにはいろいろ理由があると思いますが、それを阻むものの1つに法令・手続きの遵守があります。業務を進めるうえでのそのような意思決定の縛りをはずし、現場の創意工夫を促すような仕組みに変えないといけません。2つめに性質別予算があります。それを廃止し、グローバル(包括)予算にする必要があります。これら2つのことをしないと、業績・成果主義は定着しません。本当に業績・成果主義にするためには、意思決定の仕組みを変えないといけないのです。

では古典的なNPM-これはサッチャー政権のころのイギリスの例ですが-を見てみましょう(資料p10参照)。上の三角形がトップ・マネジメント、下の台形が現場で、トップ・マネジメントの機能は政策の企画・立案、現場の機能は政策の執行です。トップ・マネジメントはマニフェストがありますと、それで大枠が決まってしまいますし、イギリスの国政選挙では、マニフェストで数値目標まで決めてしまいます。変えられるのは政策の執行の部分だけで、ここの生産性を上げようとするときに一番やりやすいのは民間企業の活用です。しかし民間開放するときには公共サービスの標準化が必要です。標準化とはサービスとは何かを定義することです。そうすれば民間企業・NPOなどに委託したあと、きちんとサービスを提供したかどうかをモニタリングできます。このかたちを地方の自治体に応用する時には、トップ・マネジメントはマニフェストではなく、市民のニーズ、市の役割に合致したものでなくてはなりません。

また施策執行の民間開放といっても、サービスの標準化をはじめ、難しい問題があることがしだいに明らかになってきました。そこで、生産性を上げることが目的なら、内部で行うのでも業務の進め方を変えるとか、事業の立案の際にきちんと意思決定をしておけばそれでいいのではないかということで、複層的なアプローチにだんだんなってきました。

いまのNPMとしては、トップ・マネジメントの部分で地域のビジョン、政策目標をどうつくっていくのかが問われていますし、執行の部分では、市場開放するならどんな工夫が必要かとか、生産性を上げるためのさまざまな工夫が考えられていると思います。また地域の目標を達成するために、さまざまな地域の力、NPOなどとの協働などが重要になってきていると思います。

オレゴン州では1991年社会指標をもとに、将来の姿を数値目標で示しました(資料p15参照)。これが7年くらい前に日本に紹介されてから、日本の自治体も数値目標を置くところが増えてきました。これのいいところは、数値を見るだけでその自治体の課題がみえてくるということです。社会指標ですので、ほかの自治体と比べることもできます。政策課題の認識と政策目標の合意づくりに活かせます。こういう数値目標は地域のNPOや産業界の協力を得て、はじめて実現されるものです。ところが施策、事務事業というのは行政の業務体系ですので、業務管理志向なのです。これが、行政経営を考えるうえで、いろいろな工夫を必要とするという1つの要因なのです。

改革がめざすすがた(将来のマネジメント像)

行政の経営改革とは、一言でいうと意思決定プロセスを顧客志向、業績・成果志向に変えることです。意識改革は難しいものです。それをどう進めればよいのか〈HOW〉というと、2つあると思います。

まず組織の行動原理を変えること。変える人が得をする仕組みにすることです。ただし、現状ではいきなりは変わりません。いまは変えない人が得をしているので、少なくとも変える人が損をしない仕組みにする必要があります。もう1つは、変革に必要な情報や手法を整備することです。

トップ・マネジメント改革についてですが、トップに戦略的経営者になってもらうのが目的です。外部環境の変化に適応し、それを活用すること、地域のビジョンや政策目標をきちんとつくること、さらに政策目標のプライオリティ(優先順位)づけをすることです。変革に必要な情報・手法として、戦略計画手法と財政・公会計制度改革を挙げました。政策目標の実現のためにどのくらい経営資源、予算が使えるかという見通しがないとできませんので、財政・公会計情報は必須条件です。予算を把握したうえで、SWOT分析を行政用に修正したうえで使います。ビジョンができたら、それを実行できるようなマネジメント・システムをつくります。それがグローバル予算(枠配分)への転換や意思決定をよりスムーズに行っていけるような組織改革になると思います。財政当局と事業部との間では、政策目標をもとに枠配分された予算と引き換えに政策目標の達成が求められるのが本来のすがたです。それが日本の地方自治体では、しばしば政策目標がない状態で包括予算が配分されることが問題だと思います。事業部の中では業績に基づく施策予算が基本になると思います。

次に執行のマネジメント改革ですが、これは職員1人ひとりの意識改革が目的です。内容としては、業務の改革・改善です。改革のための手法としては、行政評価の適用やABC(Activity-Based Costing)やABM(Activity-Based Management)の活用、市場化テストなども有効です。また仕事を変える人が得をする仕組みづくりとして、業績によるマネジメントの組み込みも必要で、予算、人事管理への反映は時間がかかると思いますので、まずは報奨制度の導入、業務改善への恒常的な制度設計と運用から取り組むといいと思います。

改革のシナリオ(進め方)

改革のシナリオとしては、まず業務改善のための制度設計と運用をしていくことです。現場の係長レベルでは課題を認識していることが多いですから、まずはその課題を改善してもらいます。次に、トップ・マネジメント改革に手を付ける必要がでてきます。また執行のマネジメント改革も必要になってくるので、施策のミッション(使命・役割)に基づいて業務改革を進めます。

執行部門の生産性の向上には、(1)業務改善運動、(2)業務改革(ミッションに基づく事務事業の再構築)、(3)ABCやABMに基づくBPR(Business Process Re-engineering)、これらを実践していくことです。

瀬戸市役所の例では、1係1改善運動ということで取り組みがされました。業務改善の定石3点セットというのがありまして、まずは「やめる」、やめられなければ活動を「へらす」、それもできないならやり方を「かえる」、ということです。改善によって、職員の負担が軽減しますし、市民サービスが向上すればさらにいいですし、経費削減にもなります。生産性を上げるには無駄なことをやらないのが第一です。そして生産性の高い業務に時間を使うことができます。

瀬戸市では業務改善の前提となる経営情報づくりをしました。いわゆる行政評価のシートはつくらず、独自のより簡単なシートを作成しました(資料p23参照)。事務事業の括りごとに使命、展望などを書いてもらいました。その括りは行政サービスの単位にしました。このシートによって、コストと成果の情報が一覧できるようになりました。この基本シートをふまえて、事業見直しシートをつくりました(資料p24参照)。係名の横の欄は施策分野になっていますが、もっと小さい単位がいいので事務事業の括りがいいでしょう。いわゆる行政評価のシートはチェックのためのものになっていますが、これは行動を起こすためのものです。

ABCやABMをBPRにつなげるということで、私はいま自治体の方たちと研究会をしているのですが、ABCにより業務の可視化ができます。いくつかの業務のフローを抽出して可視化し、お互いに比べあい、パフォーマンスの高い自治体に学ぶわけです。たとえば市民課窓口業務の業務フロー(住民票の変更届けをうけとる→隣の人がそれをパソコンに打ち込む→プリントアウトしたものをチェックする……)を図にして(資料p25参照)、業務コストを明確化します。それを見ながら検討していくうちに望ましいモデルができあがります。同時にどこに無理があるのか、または無駄があるのかが見えてきます。これが生産性向上に結びつくわけです。

次に、自治体の戦略マネジメントについてですが、これには2つの作業プロセスがあります。1つは行政評価の部品をつくるということで、施策、または事務の括りのなかでコストと成果を対比できるような情報をつくります。これがないと現状の把握ができませんし、これがビジョンと戦略づくりの議論のもとになるものです。2つめはビジョンと戦略づくりで、SWOT分析をもとに政策目標と手段を決めます。

資料p28)は神奈川県逗子市のシートで、瀬戸市もこれを参考にしてつくりました。これは都市整備部のもので、その一部です。使命、強み(長所)、問題点(短所)のほかに、成果目標と指標、コストの情報があります。すべての事業でこれをつくってもらいます。
ところがこのシートには重要性の分析はありません。強みや弱みは重要性には直接関係してきません。たとえば道路の整備率がよくて、公共下水道の整備が遅れているとします。自治体の発想だと、それでは道路の予算を削って、下水道にまわそうということになりがちですが、これが民間だと強いところを伸ばそうと思います。

重要性という価値判断には、ニーズ分析が必要になってくるのです。
そこでSWOT分析が有効なのですが、自治体の場合2つのニーズがあって、市民の行政サービスに対するニーズ、それから市という団体がほかの地域に果たすべき役割があります。こういうところが民間企業とは違います。そしてそのニーズがもし過去と比べて増大しているのなら、なんらかの対策をしなければいけません。これが重点化の根拠になります。逆に減少しているのなら重点化からはずしていくのがいいでしょう。

SWOT分析の留意点として重要なのは、市民からみた公共サービスは行政でなくてもよいのではないかという視点です。NPOやソーシャルベンチャーでもいいわけですし、協働というかたちもあります。自治体の場合は企業とは外部環境と内部要因のとらえ方が違うのです。企業は境界線がはっきりしていますが、自治体はたとえば市役所の内か外か、または行政区域の内か外かで違ってきます。

また、自治体戦略ビジョンづくりも2つあります。(1)行政側からつくるやり方、(2)地域側からつくるやり方です。(1)は瀬戸市役所の事例で、行政側でビジョンと資源配分の大枠を決定し、個別領域ごとに協働を前提に目標設定しました。(2)は愛知県東海市の事例で、市民が市のベンチマーク(地域の目標値)を策定し、それをもとに行政側が目標と資源配分を決定します。理想からいうと(2)のほうがいいのですが、これは大変です。行政の資源配分を考慮しないでベンチマークをつくるのですから、よっぽど市民が成熟しているか、予算がたくさんないかぎり、予算の取り合いになってしまいます。(1)のほうが現実的です。


瀬戸市第5次総合計画基本構想骨子を資料に載せましたので、ご覧下さい(資料p34)。
この激動の時代にマネジメント・モデルをつくるさいに使うべき手法として、私はSWOT分析、バランスト・スコアカードとABC、ABMによるBPRを挙げます。このうちバランスト・スコアカードはどうしても使ったほうがいいというわけではないので、大事なのは2つだけということになります。あとは経営情報シートです。あと、あえていれるとしたら市民参加の方法論でしょうか。

むすび

NPMはマネジメント・システムの変革を狙いとしています。要点をまとめますと、まずアプローチ、改革手法は絞って、無駄なことはしないようにということです。次に、Will(意思)に応じたSkill(手法)を適用することです。「思い」がないとマネジメント・システムは動きません。そして改革はまず現場の業務改善から、ということです。

マネジメント・システムの変革というと、民間企業ならそれは顧客のためではなく、自分が生き残るためだというのはすぐわかります。ところが自治体になると、「顧客のため」だと言う方がいます。物を買うのとは違って簡単に乗り換えられないから、それは半分は当たっているのかもしれませんが、私はやはり市役所職員や自治体トップのためという要素が大きいのではないかと思います。こういう手法を入れることによって、現場は活性化しますし、トップもきちんと意思決定ができます。市民や議会にもきちんと説明できるようになります。ぜひ多くの自治体にこれを体験してほしいと思っています。

質疑応答

Q:

執行部門の改革において、アメリカではTQM(Total Quality Management)の導入が進んでいるようですが、日本ではどうなのでしょうか。

A:

日本ではあまり進んでいないのが実状です。私の知る限りでは10カ所くらいでしょうか。原動力をきちんと整えていかないと、動いていきません。なかなか制度設計はしても、運用しきれていないところもあります。

Q:

自治体を顧客主義に変えていこうということでしたが、受益者の視点を自治体にフィードバックする仕組みとして、有効なものはなんですか。

A:

報奨制度が1つの方法で、個人というよりチームで業績目標を出し、達成できなければペナルティ、目標がたくさん達成できたときは金銭的な報酬も含めて、業績とリンクする報酬の支払いをします。でもこれはあくまで補足的なものです。そのへんは、自治体は金銭的な目的で仕事をしているのではないので、少し民間と違います。

Q:

自治体戦略ビジョンづくりで、東海市の事例は難しいということでしたが、オレゴン州ではそういう問題はなかったのでしょうか。

A:

当時オレゴン州では経済再生が掲げられていて、そういうなかで議長は州知事でしたが、NPOや地域の人たちを入れて、行政の外側に委員会をつくりました。その場で指標を先につくったのですが、当然州政府の責任だけで達成できるものではありません。州政府の業績管理との連携をしようとの試みがしばらく続いたのですが、いまおそらくオレゴン・ベンチマークは廃止されていると思います。指標はまだとっていますが、それはたぶん参考までということだと思います。

Q:

例に挙げられていた瀬戸市などでの成果を、具体的に教えていただけますでしょうか。

A:

NPMの成果は数値では少し表しにくいです。どこが変わったかというと、市民への対応とか、個々のサービスがよくなったとか、サービスレベルの改善があると思います。もう1つ、市役所のなかの雰囲気が変わった、活性化した、ということだと思います。財政的には最初から予算を決めて、その範囲内でする仕組みということです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。