平成16年度経済財政白書について

開催日 2004年8月27日
スピーカー 梅溪 健児 (内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当))
モデレータ 吉冨 勝 (RIETI所長)
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  • 資料名:平成16年度年次経済財政報告 - 改革なくして成長なしIV - 説明資料(平成16年7月16日)
  • その1[PDF:228KB] / その2[PDF:64KB] / その3[PDF:196KB]
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議事録

改革とともに回復を続ける日本経済

今回の特徴としては、まず、2年続けて外需が経済成長を押し上げていることで、世界経済の環境が日本経済にとって望ましいものだったということだと思います。2つめは、小泉内閣は経済を支える手段として、公共投資や政府支出を用いてはいないということです。3つめは、民間支出の成長寄与がかなり高くなっていることです。この3つめの特徴に関して、この白書の中では小泉内閣の構造改革の成果という観点で取り上げています。

ここ10年は「失われた10年」と呼ばれていたように、企業の負債が極めて高い水準で推移していました。しかしこの3、4年をみるとその有利子負債の名目GDP比率が90年代はじめ、または80年代の水準にまで下がってきています(資料第1-1-2図)。労働分配率についても90年代は高止まりだったのが、直近では下がっています。このような企業のリストラの進み具合が、民間支出が増える好ましい環境になっているのだと思います。
90年代の2度にわたる回復期は、3つの過剰、過剰債務・過剰資本・過剰雇用を抱えた状態での回復であり、今回、債務と雇用の過剰がかなり低い水準になっていることが、民間支出の増加、ひいては家計部門にもよい影響を与えているのだと思います。

特に不良債権処理については(資料第1-2-5図)にありますが、構造改革の中でだいぶ進んでいまして、不良債権比率の多い不動産、卸小売、建設業で大幅に減少し、ほぼバブル発生時の水準になりました。それだけでなく、利益率も持ち直したということが特徴です。利益率の改善が株価の上昇にもつながっています。

今お話ししたのはマクロのデータでみたところですが、(資料第1-2-7図)ではそれを財務データでもう少し細かく調べました。これは日本経済研究所「日本政策投資銀行 企業財務データバンク」より作成したもので、横軸の低位、中位、高位というのはこのデータバンクのROA(総資産利益率)を基準に階層分けして、たとえば(1)売上高人件費比率で1999年度と2002年度ではどういう動きをしているか、というものです。それを見ると、ROAの高位のグループは人件費をかなり絞り込んでいるのがわかります。また(2)売上高有利子負債比率では全般的に低下していますが、高位のグループはかなり低い。(3)は2000年度しか調べられなかったのですが、事業の売却・買収額は高位グループほど高く、リストラにも取り組んでいるのがわかります。

つまりマクロ、ミクロ両方のデータで企業のリストラがだいぶ進んでいることが確認できました。バブル崩壊後、ほぼ10年を経て概ねそれ以前の水準に戻ったといえます。それに伴い、設備投資がここ2年ほど成長を支える要因になっています。

加えて個人消費もかなり良くなってきています。個人消費については、今回アンケート調査をしていますのでそれを紹介します。
(資料第1-3-12図)年齢層別デジタル家電の購入ですが、これは今年の3月に行ったアンケートで、対象者2000名のうち6割から回答を得たものです。これによると、デジカメとDVDプレーヤーはだいたいどの世代でも、既に購入または今後1年以内に購入予定が5~6割に達しています。他方、液晶、プラズマテレビなど薄型テレビに関しては、デジカメ・DVDプレーヤーに比べるとかなり低いのですが、50歳以上の年齢層で若い年齢層より高くなっているのがわかります。新聞報道などで中高年齢層が薄型テレビを買っているといわれていましたが、それが裏づけられました。

薄型テレビはかなり高額ですので、それを買うことでほかのものを節約しようと思わないだろうか、ということで調査したのが、(資料第1-3-13図)です。薄型テレビの購入者でも「ほかを節約しようと思わない」人が5割でした。つまりほかの消費が落ちる可能性は低い、ということで、デジタル家電が景気の持続力を高める可能性があるということです。50歳以上の年齢層では定年後をどう楽しむかということを考えていますし、老後の所得面でも安定した収入が得られるということで、こういう方たちの消費力が日本の経済を支えていくのかもしれません。

もう1つ、デジタル家電のよいところは国内生産されているので、消費が伸びれば生産が伸び、国内投資も増え、消費と投資の好循環が起こる可能性があることです。2000年のIT景気の時は、コンピュータは海外生産だったので、需要が外に流れてしまい、国内投資にはつながらなかったのです。ただ、この消費の動きについては、最新の雇用統計では雇用の伸びが弱いので、雇用との関連については注意してみていかなければと思っています。

また、賃金についてですが、最近は労働市場が弾力化し、流動化することによって、労働生産性に見合った実質賃金の上昇が得られるようになりました(資料第1-3-8図)。これも構造改革の現れではないかと思います。ところが毎月勤労統計調査をみますと、なかなか前年比プラスになっていきません。それはパートタイム労働者比率の上昇によるところが大きいのだと思います。

デフレ克服への展望

構造改革によって経済成長をはかる時に、大事な点はどうやってデフレから脱却するかということです。現在のデフレ状況を知るためにCPI(消費者物価指数)の要因を調べたのが(資料第1-4-6図)です。昨年後半からようやく前年同月比0%付近まで上がってきました。デフレの出口が見えてきたようにも思えるのですが、それを引き上げているのは「その他」に分類される要因であることが問題です。内容は昨年の4月から医療費自己負担が増えたこと、たばこ・発泡酒の増税、昨年の冷夏で米が値上がりしたことなどで、一時的なものです。1年近く経って、また最新のCPI(04年7月)をみますとマイナス0.2%くらいまで下がっていますので、デフレの構造的要因がまた影響を及ぼしているという状況です。

デフレ状況を判断するにあたっては、次の3点を考慮する必要があります。
(1)最も重要なのはCPI、(2)単にCPIがゼロ以上になるということだけでなく、景気が減速するなど多少の外的ショックがあってもデフレに戻らないという状態かどうか、(3)金融システムの健全性が十分に回復すること。
この3点を考慮すると、現在デフレ・リスクは依然残っています。

ちょうどこの白書を執筆していた6月頃は長期金利が急上昇していて、この先どうなるか心配でした。7、8月は少し落ち着いているので、若干議論のトーンが変わっているのですが、執筆時点では長期金利の過度の上昇をどう防ぐかということが問題でした。そのためには金融政策の方針を明らかにし市場の信認を得ることが重要で、デフレ脱却後も、どの程度緩和的な金融環境がどの時点まで継続されるかについて方針を提示し、市場の予想の安定化につなげることが重要だと思われます。「物価が一定の上昇率あるいは物価水準に達するまで」という条件を示すことなど様々な議論がありますが、幅広い検討が必要です。

金融改革の進展状況

(資料第1-5-14図)は全国銀行と地域銀行の貸出対象となり得る企業の収益率を比較したものです。そうすると明らかに、全国銀行のほうが収益率の高い企業と取引をしていることがわかります。地域銀行はその地域に根ざしているので、そういう収益率の低い企業とも取引をしているというのは一見もっともらしいのですが、本来地域銀行は、リターンは高いけれども若干リスクもあるというようなところに貸し出すということが必要だと思われますので、金融システムの改革には構造的取り組みが必要だと思います。

次に(資料第1-5-15図)主要行の経営に関するいろいろな指標について主成分分析をしたものですが、安全性、収益力ともにかなり改善してきています。しかし、欧州主要行や米国主要行に比べると、まだまだ改善の必要があります。

景気の将来展望

今後の経済動向については、基本的には回復傾向だと思いますが、リスクとしては、アメリカや中国経済の減速があります。もう1つは年金保険料の引き上げです。年金保険料引き上げについての今年3月のアンケート調査では、この秋から年金保険料が上がることを知っている人が8割でした。それによって消費支出を減らすかどうかをききましたら、消費に影響なしとありがほぼ半分ずつという結果でした。消費を減らすと答えた人でも、時期については4割の人が引き上げ後家計の具合をみてからと回答されました。

秋以降の消費動向は、基本的には現在の雇用状勢の改善が続いて、所得面のよさが続けば、年金保険料引き上げの影響はほぼ相殺されると思います。ただし、この程度のわずかな引き上げでも半数程度の人が消費を減らすと答えているのですから、リスクになり得ると思います。

地域労働移動と失業率

構造改革で経済成長を図るには、生産要素の流動化を進めて最適な資源が最もリターンの高いところで使われることをめざすわけですが、現実には労働移動はそうなっていません。(資料第2-2-7図)は都道府県別データに基づく労働移動と失業率の相関関係で、1990年では失業率が高い地域で転出率が高いという相関関係がみられたのですが、2000年のデータではその相関はほとんどみられなくなっています。この背景には少子化により、子どもが親と同じ地域に住む傾向が強まっている可能性があります。現実の労働移動が起こらないと、構造改革を進めても流動化が抑制されることになりますので、この点は要注意だと思います。

グローバル化の新たな課題と構造改革

グローバル化は現在もどんどん進んでいます。かつての経済企画庁でも80年代ぐらいから、世界経済とよりよい関係をもつためには、資本・労働力など外国のいろいろな資源を取り入れることが大事だという観点で政策論議がされていたのですが、20年ぐらい経った今でも、その課題は解決されていません。日本経済の安定した成長のためには、グローバル化にむけてさらなる構造改革の必要を覚えます。

(資料第3-1-2図)地域別輸出入割合の変化をみますと、貿易・投資面で日本のグローバル化は、よりアジア重視の流れになってきています。しかし、貿易開放度や対外投資促進度をアメリカ・ヨーロッパと比べると、地理的な問題があるので同じ水準で論ずることはできないにしても、その歩みは遅いといえます(資料第3-1-7図)

今までのグローバル化の流れとしては、日本の企業にとっては海外進出が最も一般的でした。(資料第3-2-11図)で海外進出・撤退企業の地域別動向をまとめてみましたが、90年代後半から進出先はアジアが増えたのですが、最近の傾向では撤退先もアジアが多くなっています。これは企業の国内回帰の1つの現れかと思います。2002年度はアジアから300件ぐらい撤退していますが、内訳は中国、ASEAN、NIEs各3分の1ずつというところです。つまり中国からもかなりの企業が撤退しているわけです。製造業、非製造業で分けると、6割、4割となっています。

グローバル化は家計にもメリットがあります。輸入浸透度が高まるにつれ、購入価格指数は低下しています(資料第3-2-16図)。食料と衣料について、内外価格差の大きさを2000年時点で試算すると、それぞれ10.8兆円、6.5兆円となり、まだまだメリットが大きいということです。

グローバル化でさらなる取り組みが必要なのは対内直接投資です。(資料第3-4-6図)は対内直接投資残高のGDP比率の国際比較ですが、日本は極めて低いです。これにはいろいろ要因があると思いますが、対内直接投資に関する規制の強さ(資料第3-4-7図)を国際比較したものをみますと、ほかのOECD諸国では過去20年間でおおむね下がっているわけです。ところが日本だけは変わっていません。日本でも規制緩和は進めてきていますが、国際比較すると2000年時点で一番規制が強いという結果になってしまったのです。外資の資本取得規制などについて、さらなる検討が必要だと思います。

もう1つ、外国人労働者の問題があります。90年の入管法改正で就労目的の入国者の条件は拡充されました。ただし、少しいびつな形の外国人労働が存在しています。(資料第3-4-10図)をみますと、新規入国者は「興行」の資格で入国する人が圧倒的に多くなっています。専門的・技術的労働者が極めて少数派です。もう1つのいびつな点は、日本の外国人労働者の割合はせいぜい1%とかなり主要国に比べて低いのに、2002年の在留者18万人のうち、興行が約6万人、専門的・技術的労働者は10万人を少し超える程度です。ところが日系人としての外国人労働者が23万人、技術実習生が5万人、留学生として入って短期就労をしている人が8万人います。つまりこういう人たちが専門的・技術的な正規の資格で入国する人より多いということです。こういう現状をふまえて、FTAなどで介護士・看護師などの労働者受け入れの議論がされているわけで、前向きに検討すべき問題だと思います。

最後に、労働コストの上昇にたいする懸念について話したいと思います。
企業は人を雇って労働コストを払いますが、その中には労働者の手取りにはならない所得税と社会保険料が含まれています。それがくさびのようになって(税・社会保険料のくさび)、労働コストを引き上げます。

(資料第3-4-12図)に税・社会保険料のくさびの国際比較がありますが、日本はOECD諸国の中ではまだ低いほうです。しかし過去7年間の変化をみると増加しています。アイスランドが一番高いですが、これは補助金を削っているだけなので、そういう意味で純粋に増やしているのは日本が一番です。日本は年金・医療制度の見直しで、これからますます上昇する方向ですが、先進国ではむしろこれを下げて、構造的失業を下げようという方向に進んでいます。

(資料第3-4-15図)にみられるように、税・社会保険料のくさびが増えると構造的失業は増えます。すでに日本でも、フリーターは雇うが正規雇用はしないという企業が増えています。少子高齢化が急速に進んでいる中での社会保険料の負担のあり方については、十分に検討していかないと、経済活性化に問題が生じると思います。

質疑応答

Q:

構造改革の効果がでてきたとのお話しでしたが、対内直接投資に関する規制は20年間変わっていないとのことでした。これについては、どのように考えたらよいでしょうか。

A:

構造改革もビッグ・バンのように一気に全てゼロまで戻せればいいのかもしれませんが、現実はいろいろなしがらみの中で、できるところから少し無理をしても進めていくというところなのだと思います。経済によい影響が現れたところは、新規開業がよりすすめられたとか、労働規制の緩和によって、たとえば製造業でも人材派遣が認められたとか、そういう要素が経済成長に結びついているのだと思います。他方、対内直接投資、外国人労働者、農業など、どの国にとってもセンシティブな分野は世界的にも保護することが認められています。そういう規制は世界での取り組みに合わせながら、少しずつしか変わっていきませんし、なおかつ日本での進展は少し遅いように思います。

Q:

きょうのお話しの中ではでてこなかったのですが、規制緩和に伴うサービス産業の生産性の向上が個別的にはあるように思うのですが、全体としてはどうなのでしょうか。

A:

日本はアメリカに比べると、IT活用による生産性向上は低いです。それは日本人の意識の中で、ITに任せるようなサービスに対する認知が遅れているからかもしれません。あと、ホテルなどのサービスでみますと、アメリカでは従業員が少なくて、呼んでもなかなかきません。日本人が求めるサービス内容は満たされないわけで、生産性を上げるといっても限界があるように思います。
ただ日本でも取り組みはなされていて、現実に日本の金融機関などでも収益性が高くなってきているのは、生産性向上の結果だと思います。

Q:

不良債権問題のところで(資料第1-5-14図)をみますと、1998年までは全国銀行と地域銀行の収益率は一致しているのですが、それ以降地域銀行は低くなっています。これはちょうど98年から銀行の貸し渋り、貸し剥がしというのが始まった頃で、全国銀行は収益の悪い企業をどんどん切っていったが、地域銀行はそれができなかったということではないでしょうか。全国銀行は収益性が改善してきたわけですが、まだリスクの高い企業に積極的に貸すという、民間の金融仲介機能はまだ回復していないように思うのですが。

A:

今のお話はとても説得力があると思います。リスク回避の傾向はまだあると思いますが、話の中では取り上げなかったのですが、企業の財務データからみた(資料第1-5-17図)では、2002年度借入金を増やしている企業は売上高も伸びています。企業群の中にはこういう積極的な企業が存在しているので、こういうところにうまく資金が流れるようになると、金融システムの流れも少し変わってくるのではないかと思います。

Q:

今回企業部門では回復の動きですが、それがまだ雇用・所得の回復にはつながらないのでしょうか。

A:

基本としては雇用も回復しつつあるという認識なのですが、毎月出る統計を見ると雇用はよくなっていません。失業率のデータでは転職で一時的に無職の人も失業者ですから、男性25~34歳の失業率が増えているのはそのせいではないかと思います。賃金に関しても、パートが増えているのでなかなか所得が上がらないという状況です。しかし大きな流れでは、アメリカ、中国の景気回復は続きそうですし、デジタル家電も好調なので、一時的に踊り場のような状態になっても、少しずつ雇用も増え、所得も回復するのではないかと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。