米国のエネルギー政策と日本へのインプリケーション

開催日 2003年12月9日
スピーカー 神田 啓治 (エネルギー政策研究所所長/武蔵工業大学教授/電力中央研究所顧問/京都大学名誉教授)
モデレータ 入江 一友 (RIETI総務ディレクター)
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議事録

アメリカのエネルギー政策の変化

最近、アメリカで起こった大きな事象について簡略にご紹介し、その後、詳細な話に移りたいと思います。1つは今年から新しいエネルギーの予算が始まったということです。それは、水素エネルギーの時代を迎えるためと、核不拡散をより強めるための新しい予算が組まれました。

また、8月にエネルギー省が、新しいエネルギー戦略を発表しました。これは7つの目標から成っています。また、11月に日米エネルギー会議である、第5回サンタフェ会議が開かれました。そのために日米双方が非常な努力を重ねました。ただ、この会議には経済産業省からは、1人の出席もありませんでした。そのことは現地でも話題になりましたが、本来は経済産業省がもっと前面に出るべき会議です。

また、今年末か来年早々にも新しいエネルギー法が議会を通過する予定です。これは久々の大改正となります。

MITレポート

最近のもっともホットなニュースはMITレポートです。正式なタイトルは「The Future of Nuclear Power」です。Monizという教授が共同議長を務め、まとめ役として、各方面に発表したり、宣伝したりしています。この人は私とは古いつきあいのある人ですが、クリントン政権当時には、エネルギー省エネルギー・科学・環境担当次官を務めていました。それ以前には大統領府の科学技術政策担当次長でした。本来は理論物理学者ですが、アメリカにとって原子力エネルギーが必要であることを痛感し、新規の原子力エネルギー立ち上げの実現に奔走している人です。

レポートが出たのは2003年7月29日ですが、正式に発表を聞いたのは11月18日のニューオリンズでのGLOBAL2003という公開討論でした。また同月25日のサンタフェ会議でもパネルで発表されました。

主な内容は、
1地球温暖化防止のための手段
・発電及び電気使用効率の向上
・再生エネルギーの拡大
・炭素の固定、すなわち炭素を封じ込める、固化する技術を開発する
・原子力利用の拡大
2原子力利用を推進するうえでの問題点
・経済性、安全性、核不拡散性、放射性廃棄物
3原子力を推進するときの主なシナリオ
・発電所建設費を25%縮小し、建設期間を4年に短縮する
・トン当たり50~200ドルの炭素税の導入を考慮する
・当面は廃棄物の再処理はせず、ワンススルーで行う

以上を基本方針として、原子力発電所の建設を推進していくというものです。

また、エネルギー源別の発電コストを比較しています。

これによると、上記の方針でコストを節約すると、原子力発電のkWe-hr当たりの発電コストは4.2セントまで下がります。これは粉炭やガスによるコストとほぼ同じになります。ただ、これに炭素税が加わります。京都議定書によって定められた炭素税については、アメリカでは認識が浅いのですが、炭素をほとんど発生させない原子力発電に比べて、粉炭やガスによる発電は、炭素税が加わると、原子力発電を上回るコストとなるというのが、レポートの主張です。

MITレポートへの評価

私がMoniz教授に「どうしてこんなレポートを出す気になったのか」と訊ねたところ、「アメリカにはどうしても原子力発電が必要だが、もう長年建設の経験がなく、技術力が劣ってきている。一刻も早く建設を始めるための動機付けが必要だと考えたからだ」と言っていました。つまり、原子力発電がいいものであることを宣伝して、新規発電所建設の機運を盛り上げるためにレポートを出したということなのです。

さらに、私が「この程度の論文はたとえば京都大学大学院ならば修士論文としか見なされないよ」と言うと「アメリカでは原子力について技術力が落ちているから、このレポートが必要なのです。冷やかさないで理解してもらいたい」と答えていました。

同じMITの原子力工学のA.Kadak教授に感想を聞いたところ、「Moniz教授は原子力の専門家ではなく、物理学者であり、役人でもある。これは、政治家的発想をする人間が作成したもので、純粋に学者が作ったものではない。このレポートにMITの名が付いているのはMITの恥だ」と言っていました。しかし、実際には議会でも取り上げられ、新聞、雑誌にも取り上げられ、アメリカでは話題騒然です。GLOBAL2003では、本来20ものセッションに分かれての議論のはずが、他のセッションはすべて休止し、このMITレポートだけで大会場に移って、1000人以上が集まってのセッションとなったほどです。日本でもこれに興奮した人は少なからずいます。

ただ、この内容は日本からすれば驚くには値しないものです。アメリカの原子力発電の現状についてお話しておきますと、アメリカの原子力発電所は約100基です。そのすべてが順調に稼働しています。設備利用率は90%以上です。減価償却の済んだ発電所ですから、電力コストも安いし、定期検査も24カ月間隔と日本の2倍の期間連続運転でき、しかもほとんど操業を止めずに点検できるのです。つまり、アメリカの発電設備の中ではもっとも収益をあげているのです。ところが、1979年のスリーマイルアイランド原発事故以来、アメリカでは新しい原子炉は建設されていません。当時着工済みだったものが80年代前半にいくつかできましたが、この20年間はまったく建設されていないわけです。

技術の継承は20年の衝撃

前回のサンタフェ会議準備会で、私はアメリカで「技術の継承とは何か」という話をしました。それは伊勢神宮の遷宮を例にしたものです。伊勢神宮は20年毎に作り替えられます。それが、戦国期の一時期の中断を除いて、約1300年間継続されてきました。前回が1994年でしたが、私も見学させてもらいました。伊勢神宮は釘が1本も使われておらず、複雑に木材を組み合わせて作られているのです。当然ですが、前のものとまったく同じものを作ります。そこで古いもののほうを見せてもらうと、どこも傷んではいない。それでも20年毎に作り替える。建築に携わる宮大工は20年経つと半分は入れ替わるのだそうです。つまり、20年毎に工事をすれば、一生に2回は工事に携わることができる。そうやって技術を継承していくのです。日本の工学部では技術の継承は20年が限度というのが基本的な考え方となっていますが、これは伊勢神宮のことを念頭に置いたものです。

この話はアメリカで衝撃的に受け止められました。「エンジニアリングの限界が20年とすれば、アメリカの原子力発電所はもうリミットを過ぎているではないか」というわけです。

今回のサンタフェ会議でもアメリカ側は、折りに触れて、アメリカの原子力産業の技術力が低下しているので、日本に助けてもらいたいと発言していました。

サンタフェ会議に表れたアメリカの事情

このサンタフェ会議というのは、1年半に1回開かれるもので、今回が5回目です。第1回、第2回では、アメリカは非常に元気がよかったのですが、今回の第5回では、アメリカ側の低姿勢が目立ちました。その原因はフランスがイラク戦争に参戦しなかったことにあります。アメリカによれば、原子力発電においてはアメリカ、日本、フランスが三大国で、その三国が協力していこうと思っていたのに、フランスが離れてしまうとアメリカは日本としか組むことができないことになります。そのため、アメリカが日本にすり寄ってくるという雰囲気でした。

そのアメリカ側の事情を物語る文書があります。「Nuclear Power 2010」というものです。これは、アメリカのエネルギー省次官が発表したもので、2010年までにアメリカは原子力発電をもう一度立ち上げるというものです。しかし、それには束縛が多く、タイムリミットは迫っている。それでもアメリカは世界に宣言した以上、実現のために全力を傾けていくつもりであることが記されています。だから、アメリカは日本にすり寄ろうとしているわけです。

また、アメリカでは、Advanced Fuel Cycle Initiativeを進めることにしました。これからの原子力発電で生じる放射性物質の処理方法開発についてのもので、大きく2つの方針があります。1つは、プルトニウムの再処理について、乾式再処理という方式を採用するということです。この方式はプルトニウムに不純物がくっついて抽出されるため、もう一度これを分離して再処理をしなければ、核兵器の材料とはなり得ない方式です。つまり、核不拡散を目的とした方式です。もう1つは「核変換処理(transmutation)」と呼ばれるもので、残った放射性物質にもう一度、放射線を当て、核変換をして、放射能の半減期を短縮する、あるいは放射線の強度を弱めるというものです。

これが開発できなければ、原子力発電を行うべきではない、という意見がアメリカには根強いのです。

エネルギー法と原子力発電再開

アメリカが2010年までに、新規の原子力発電を立ち上げたいのは、このままでは炭酸ガス放出の悪者になってしまうからです。京都議定書から離脱したことで、アメリカは世界中から皮肉を言われています。この炭酸ガス放出の増加を避けるためには、原子力発電しかない、しかも技術の継承からいってもそれは2010年がリミットである。だから、エネルギー法を成立させ、日本に協力してもらって、早く原子力発電を再開したいというのが、現在のアメリカの本音です。しかし、アメリカ国内の事情はかなり複雑です。

まず、エネルギー法が上院で、成立するかどうかの正念場ですが、このエネルギー法には共和党が賛成で、民主党が反対かというと必ずしもそうではない。民主党にも賛成派はおり、共和党にも反対派がいるのです。それは、まずアメリカ国内に残る資源をもっと活用すべきという意見が強いのです。実は油田については、アメリカでは3割程度の掘り残しがあるといわれています。また天然ガスや石炭もまだあります。これらをもっと使うべきだということです。実際、上院での議員の意見をもっとも左右しているのは、選挙区にエタノールの工場があるかどうかなのです。

また、油田の活用については、主にアラスカ油田ということになりますが、これを推進しようとすると環境保護派の反対が強い。また上院には核不拡散派という、とにかく「核」と名がつくものはいやだ、というグループもいて、より事情を複雑にしています。

また、アメリカでは電力はビジネスの材料としてしか考えられておらず、日本のように公益事業ととらえられていないことも問題です。アメリカでは多くの州で電力が自由化されています。電力の供給、送電、販売がばらばらに行われています。これはもともと、アメリカでは電力供給と消費の間に30%程度の余剰電力があったからこそ可能になったのですが、現在は7%程度になり、非常に不安定な状態になっています。日本のように、10の電力会社が電力供給から送電まで一括して管理している場合には、目標8%、最小3%の余剰電力があれば停電などは起こりませんが、アメリカ、特に東部とカリフォルニアは非常に厳しい状態にあります。いつか、必ず大停電が起こるだろうと言っていたら、実際にニューヨークで大停電が起こった。もし、日本で同様なことが起こったら、それは電力会社の恥ですが、アメリカでは恥だとは思わない。ビジネスですから、単に売る商品がなくなっただけのことで、公益性など考える必要はないと考えられているのです。

こういったことが、アメリカでの新規の原子炉建設の阻害要因となっているといえます。

日本での原子力発電に対する考え方の変化

ちょうど、サンタフェ会議の直前に日本では総選挙が行われました。ここで特徴的だったのは、原発に反対してきた、ないしは批評的であった日本共産党や社民党が大きく議席を減らしたことです。また、高速炉「もんじゅ」の事故から9年が経ち、どうしても運転を再開したいということで、敦賀でシンポジウムが開かれました。劇的だったのは10月25日のシンポジウムでパネリストとなった小木曽美和子氏(原子力発電に反対する福井県民会議事務局長)が、「高速炉には夢があります。次の世代のために必要なものです」と発言したことです。これらのことは、どんな考え方も不変ではなく、変化が起こりうるということです。原子力に関する世論も変わってくると思われます。

水素エネルギー

アメリカは原子力と並んで、水素エネルギーも新たな主要エネルギー源として位置づけています。水素エネルギーについては製造、貯蔵、運搬の3つが問題ですが、製造については、原子力を利用して製造するという方法がもっとも有望視されています。現在、日本が開発した高温ガス炉による製造法と、アメリカが提案しているナトリウム冷却による高速炉での製造法が有力視されていますが、貯蔵、運搬の問題も含めて、さまざまなアイディアが出されており、まだ決定的な方式は決まっていませんが、確実に進歩しつつあります。

質疑応答

Q:

今後のエネルギー問題について、開発途上国の炭酸ガス放出を防ぐためには、やはり原子力発電が望ましいと思われます。そのためには小型の原子炉を途上国に普及させることがいいのでしょうが、これは核兵器開発につながりかねないという懸念があります。これについて、サンタフェ会議でのアメリカの反応はいかがなものでしょうか。

A:

小型炉については、すべてをパッケージにして使用済み燃料も取り出せないようにして、30年間そのまま運転し、その後そのまま保存するというシステムが開発されていて、アメリカでも高く評価されています。アメリカも実際に開発に着手しています。ただ、たとえば日本がそのシステムを開発途上国に譲って、それによって減少した炭酸ガスの放出分を日本の分としてカウントするかどうかなどの問題でうまくいっていない面もあります。

Q:

石油あるいは天然ガスからも水素は取り出せるはずですが、そちらの可能性はいかがでしょうか。

A:

可能性はもちろんありますが、アメリカが強く主張しているのは石油からの脱却ということです。話は脱線しますが、最近、イギリス大使館から相談を受けました。それはイギリスのエネルギー政策が行き詰まっているということです。北海油田の生産は事実上2005年までで打ち切り、その後は工業製品の原料とはするが、エネルギー源としては使えないということ。また、この20年、イギリスは中東で石油の取引をしてこなかったので、足がかりをつくるにはどうしたらいいか、というものでした。それが、イギリスがイラク戦争に参戦した主な理由だというのです。アメリカももう石油は一部を除いて、工業原料としてだけ用いることになるだろうと言っています。石油から水素を作ることは可能だが、炭酸ガスを発生することもあり、未来のエネルギーの製造方法としてはふさわしくない、ということでしょう。

Q:

アメリカで原子力発電が好調なのに、原子炉建設が再開されない、最大のハードルは何でしょうか。また、現在稼働している原子炉はいつごろだめになるのでしょうか。

A:

アメリカで原子力発電がうまくいくようになったきっかけはジャクソン革命と呼ばれるものがあってからです。これは、検査の費用をすべて電気事業者から出させること、さらに内部告発を重視したことです。その好調さのために、アメリカ全体がまだ原子力発電はもつと思っているのです。アメリカでは原子炉の耐用年数は60年とされています。現状の発電所は大体40年経っていますから、あと20年です。アメリカの計画では2010年から原子炉を作り出して2025年までに完成させて、入れ替えていく予定です。現在のままでも2020年頃まではなんとかやっていけるのですが、それでは技術の継承が不可能になる。だから、2010年までに作り始めたいということです。

Q:

MITレポートに核燃料はワンススルーということがあげられていましたが、これは適切なのでしょうか。

A:

これには裏があります。Moniz氏によれば、ワンススルーとする最大の理由は国内の核不拡散派の反対をかわすこと、さらに使用済み核燃料を安全なところに保管することにより、来世紀のために人工的なウラン鉱脈を残すことになるからだということです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。