九州大学における産学連携の試み-尊敬される大学、競争力ある大学を目指して-

開催日 2003年10月17日
スピーカー 谷川 徹 (九州大学産学連携センター教授・副センター長/スタンフォード大学スタンフォード日本センタ-研究部門リサーチフェロー)
モデレータ 坂田 一郎 (RIETIコンサルティングフェロー/METI経済産業政策局企業行動課課長補佐/九州大学非常勤講師)
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議事録

最初に自己紹介を致します。私は元々大学人ではなく銀行員、ビジネスマンでした。その意味では大学を客観的に見る事が出来、産学連携という日本では比較的新しい概念を導入するに際して新しい観点で事を進める事が出来ると自負しています。昨年シリコンバレーから世界の中でも保守的といわれる日本に戻り、その日本でも最も古い体質といわれる国立大学に参りましたが、その古い体質からまだまだ変わっていない大学の現状に触れて驚きの連続でした。世間の一般常識が中々通用しない日本の大学では産学連携を通しても社会に本当に貢献できるのかと疑問に思いました。でもこのような日本の大学を変えてゆくことは大変やりがいのあることとも思っています。

今日お話するのはいわゆる日本での産学連携の理解とは少し違ったものかもしれません。今日は私が経験した米国西海岸の産学連携の考え方を取り入れた、九州大学の産学連携をご紹介いたします。あるべき産学連携のモデルとして方向性は正しいと思っています。

九州大学の概要

九州大学は1911年、医学部を基礎として創立されました。その後すぐに工学部ができましたので、多数の大学院、研究所、学部を有する総合大学ですが特に医学と工学が強い大学です。地理的には九州の福岡市に位置しています。以前は東京から遠いのでそれがハンデのようにいわれていましたが、最近は成長著しいアジアに最も近いということで、アドバンテージになっております。また、九州はシリコンアイランドといわれ、システムLSI設計に関しては日本全体の3~4割の技術者が北部九州に集まっていますし、トヨタ、日産の主力工場が北部九州にあるなど、九大は製造業のメッカ、ハイテクの拠点とも隣接しております。

九州大学には合計4000人以上の教職員がおり国立大学としては大規模です。そして大学院大学として研究ポテンシャルの高い大学です。また約1万6000人の学生が在籍していますがその内約1100人の留学生がいて、大半はアジアからの留学生です。特に中国からは四百数十人も在籍しています。そういった意味からアジア、中国とつながりが深い大学といえます。

また、最近は九州芸術工科大学と統合したことにより、デザインという他の国立大学にはない新しい要素を取り入れることができました。それも九州大学の大きな特色となるでしょう。更には前中国国家主席、江沢民を輩出した上海交通大学とともに、日中両国地域中堅企業の技術連携支援も始めています。

九州大学を取り巻く現状と産学連携の意義

次になぜ今産学連携かという点につきお話いたします。まず現状認識から申し上げます。第1は“日本の大学、九州大学を取り巻く厳しい環境そして期待”です。九州では特に「九大の悪口を言うと会話が盛り上がる」とか「化石のような九大は相手にしない」といった話をよく聞きました。この状況、つまり大学が社会や地域の役に立っているのかどうかわからない、関心をもたれていないといった状況は大変残念な事です。このように海外の大学と比べ社会貢献、地域貢献が十分になされていない日本の大学は変えねばいけない、というのがなぜ今産学連携か、ということに対する1つの回答です。

2つめは来年の4月から始まる国立大学法人化のインパクトです。法人化によって日本の国立大学は大きな自由を手にすると同時に、その一方で収入と支出のバランスを保たなければならない責任を持つことになります。それは日本の大学が大競争時代に入る事であってさらに研究・教育レベルを上げる必要があると同時に、自ら収入を上げコストも下げる事によって生存競争に勝っていかないといけない事を意味しています。そのような意識を持って大学運営を考えてゆく事がわれわれ九州大学産学連携の考え方の基本と思っています。大学が自らの価値を高めまた自立する努力を行った上で、自らの持つさまざまな価値を最大限に活用し日本の経済、国民等に対し貢献していくことが、大学の競争力を高め尊敬をもたらすことにつながると思っています。

九州大学の目指す産学連携の内容

現在一般的に理解されている産学連携とは、知の拠点である大学がその研究成果を社会に移転させたり、企業からの受託研究や共同研究をしたり、更には大学の研究成果や人材によるベンチャーを創出したりすることにより、経済を活性化し雇用を促進することだと思います。九州大学はそういった産学連携を第1プライオリティーと考えていますが、さらにより広い意味での産学連携も視野に入れてゆきたいと考えています。その中の1つは教育面での産学連携です。たとえば専門職大学院の拡大などもその一例です。ロースクール、ビジネススクールなどもそうですが、世の中のニーズをより仔細に分析してゆけば他にも需要はたくさんあります。デザインや医療経営、環境、NPOなどもニーズは高いと思います。ニーズの高い専門的な知識教育をもとに新しいプログラム考えたいと思っています。少子高齢で若い世代が少なくなり、社会人の再教育は大きなマーケットです。そこに焦点を当てて新しい産学連携分野を考える事は重要と思っています。米国シリコンバレーでは、新しいIT技術が出た時に企業からの一括受託を受け、大学が教育コースを用意し企業従業員の再教育をしています。このようなモデルを取り入れることも考慮しています。

日本の大学では「研究」、「教育」と並んで「社会貢献」が新しい柱として提唱され始めましたが、九州大学でも「産学連携」を「社会貢献」の中心として位置付けています。「産学連携」は大学における「研究」、「教育」の成果や人材を社会で役立てるための手段ですが、別の見方をすれば大学を尊敬され競争力のある存在にするための次の5つの重要事項を達成する効果を持っています。

1.社会的責任遂行(持てる宝の現実価値化)
2.経営強化(自立化)
3.研究/教育の活性化(社会のニーズ認識、優れたリソースの取り込み)
 =現実社会のニーズは何かを知ることにより大学の研究方向性に影響を与える
4.大学改革(Value for Money, 説明責任, 透明性)
5.大学のブランド力向上(社会、地域、市民からの支持)

九州大学の目指す産学連携

まず九大の産学連携の基本的な前提から申し上げます。私は、大学とは高度な知を生産しそれを社会に提供するサービス産業だと認識しています。顧客のために大学はどのようなサービスを提供できるのか、すべきなのかを考える必要があると思います。大学が社会から隔絶した存在でないためには顧客志向の姿勢が重要です。産学連携というツールを使って社会のニーズに応えるのが大学の使命の1つだと思っています。

このことと同様、産学連携を進める上でも重要なのが顧客志向です。我々産学連携チームにとっての顧客(ステークホルダー) は学外と考えがちですが、研究者や学生なども顧客です。研究者、教育者、学生等が活動しやすいよう学外のニーズを伝えたり不当な扱いから守るのも重要です。対象を正確に認識し学内、学外双方にメリットが出るように活動することが基本方針です。

それから、産学連携分野は世の中の常識に合わせなければいけません。透明性の確保をはじめ、説明責任やルールの明確化といったビジネス常識を原則にします。今までの国立大学に欠けていた費用対効果原則も重視します。更にはスピードを重視するとともに、実質的かつ専門的なサービスを効率的に行います。リーダーシップを強化し、産学連携に従事する専門人材を獲得し、更には産学連携窓口を一元化して学内ルールの共通化を進めます。また先ほども申しましたとおり、九州大学はアジアに近く位置している強みがありますから、それを最大限に生かす方法をとらなくてはなりません。更には包括連携研究などの大きなスキームにおいては、九州大学がブリッジになり他の大学、企業を仲間に取りこむなど、期待されるニーズを最大限実現するような試みにも取り組み始めています。

次に産学連携推進体制についてお話しします。九州大学の産学連携の一元的窓口になっているのは知的財産本部です。九大の産学連携、知財業務全般の総合企画及びその実施を行っています。

1.技術移転部門
2.リエゾン部門
3.起業支援部門
4.デザイン総合部門
5.企画部門

と5つの部門構成(それに事務部門)でそれぞれにリーダー、数名のスタッフがいます。現実に共同研究や成果たる技術を生み出すなどの産学連携の実質部分を行うのは学内各部局ですが、知財本部は知財ポリシーや利益相反ポリシーなどの基本的な共通ルールを作ったり、新しい産学連携プロジェクトを企画したり、また各部局の産学連携活動を積極的にサポートするなど、産学連携のインフラ作り、フロントランナーとしての役割を果たしています。

このような組織を目指したのは過去の九大産学連携体制の反省もありました。先端研、VBL、TLOその他複数の産学連携組織が学内外に並立する中で、役割分担の錯綜やリーダーシップの不在など、多くの問題が出てきた結果十分な成果が上がりませんでした。法人化を目の前にして新しい知財ルールの整備など多くの新しい課題も解決が必要になり、そこでこのような産学連携組織再構築に踏み切ったのです。

新産学連携体制の特色

・ワンストップサービス
学内外からの産学連携窓口を知財本部に一元化します。それにより、学外の企業や人たちに対しても、また学内の研究者たちに対しても分かりやすい体制にしました。全学の情報がここに集まる事により、知財本部にアクセスすれば他学部、他大学との連携も斡旋することが出来るようにするつもりですし、九大の知財を利用したいと思う人たちに対する均質なサービス提供につながります。

・プロフェッショナルサービス
現在、知的本部には20名強のスタッフがおりますが、来年の3月までには30名前後の組織になる予定です。新規採用は全て外部のビジネス経験のある人間です。大学教官の能力とマネジメントの能力は別物だと考えるからです。

・迅速な対応
このように質量ともに充実したスタッフと効率的組織整備により迅速な対応が実現できると確信しています。

包括的連携研究の概念

企業の大きなニーズに対し総合的な観点から九州大学がトータルソリューションを提供する事を目指し“包括連携研究”という仕組みを始めました。九大の総合大学性を活かしさまざまな部局(学部、大学院、研究所等)を動員して企業ニーズに応えるものです。今までの共同研究、委託研究は、点と点(企業の一部門と教授)が線で結ばれている形でしたが、今後大きな研究テーマに関する共同研究、受託研究等は、面と面(企業と大学)で結ばれる新しいやり方に代えてゆきます。これには知的財産本部が関わり、受託・共同研究の成果の形や扱い、期限、権利の帰属、費用負担等を、連携研究開始前に“覚書”の形でまとめます。また企業、大学(研究部門と知財本部)で構成される“連携協議会”を適宜開催し、進捗管理、問題に対する解決策などを協議します。今年の1月から動いているのですが、着実に成果があがっています。これは日本の大学に対する企業側の従来の不満や不安を解消すると同時に、研究に対する正当な対価や扱いを過去必ずしも得ていなかった大学の懸念を払拭するものでもあります。

産学連携活動の資金源

法人化後の特許関連費用など資金確保は最大の悩みです。現在国立大学発の知財は、企業や国もしくは教授個人の物になっていますが、国立大学が法人化しますと、大学で発明され権利化される知財は原則として大学の所有になります。権利化、特許化する費用は急増し膨大なものになる事が確実ですが、これを全て大学が手当てするのは相当困難です。現在の財源は1.学内捻出予算、2.国からの補助金、3.知財本部事業予算等ですが、上記の理由から今後は4.技術移転ロイヤリティ、5.共同研究・受託研究のオーバーヘッド(1~2割の固定費用)を確保したいと考えています。さらに、6.各種コンサル活動やブランドビジネス、そして産学連携有料会員組織というような、大学リソースを活用したもので財源を増やしていくよう検討しています。

産学連携の課題と障害

最大の課題として大学人の危機意識の欠如があげられます。大分変化してきたとはいうものの産学連携への意欲・意識はまだまだ低いのが現状です。残念なことに現状では7~8割の教官が産学連携に対し、総論はしぶしぶ賛成、各論は無関心といった状況と思います。どのように危機感を掘り起こすのか模索中です。また経営意識、つまりコスト意識、意思決定スピード、顧客志向の欠如も大きな障害になっています。さらに大学事務局は予算の適正執行には非常にこだわりますが、大学ビジョンの実現のために物事をすすめる、変えてゆくという姿勢ははなはだ弱いし消極的です。これは法人化することによって多少変わるかもしれませんが、基本的に人は変わらないので大きな変化は望めません。極端に言うと現在の日本の国立大学には研究、教育にしか興味のない教官と、事務処理、事務手続にのみまじめに対応する事務官の2種類しか存在しませんでした。組織のビジョンをいかにして達成するかということを考えるマネジメント(経営)人材がいないのです。また各種学内規制の存在も大きな障害です。法人化しても実質的な規制は相当残ると危惧しています。

また過度の学部自治意識があって、学内一元的ルール作りへの反発が大きいのも問題です。現在の国立大学の学長は権威はあっても権限がありません。人事権も予算権も不十分です。最も権限があるのは大学院や学部などの部局と部局長会議です。現在の国立大学の学内ヒエラルキー構造は富士山のような形ではなく八ヶ岳のようなものと思います。そして学長は八ヶ岳上にかかる雲のような存在というのが現状ではないでしょうか。

それではどのように解決していけばいいのでしょうか。学外からの良い「ガイアツ」、外部人材の積極登用、学内外競争の促進、業績評価基準を変更し人事等で考慮すること、などがあると思います。

国立大学法人化の効用

国立大学法人になって制度的な枠組みは変わります。しかし大学の構成員つまり教員、事務職員および意識は変わりません。制度が変わっても人間または意識が変わらなければ基本的に何も変わりません。大学構成員の意識と組織のシステム、メカニズムも変わるべきなのです。具体的には
・教員…過度のアカデミズム、目的意識の希薄さから脱却
・事務職員…価値基準を「予算適正執行」から「予算目的実現」へ
・組織…リーダーシップ確立、法人としての常識(経営意識等)確保
(教職員二元体制見直し=マネジメント人材導入、学部自治緩和等)
・運営…競争原理の導入、経営意識の向上、業績評価基準の見直し
等です。変化を促すためには良い意味で大学を“追いつめる”必要があるのではないでしょうか。

質疑応答

Q:

対象としている企業はどのような所なのでしょうか? 九州地域に限定されますでしょうか?

A:

基本的には技術移転、共同研究にしろ、原則としては海外までに手を広げる余裕はあまりありません。しかし、調査結果により一番興味を持ち、効率的に利用できるのが米国の会社だとしたら米国に行く必要があるでしょう。そういうケースもあります。また本当ならば地元を重視したいのですが、九大の研究は基礎に近いものが多く即効性のある技術を求める中堅中小企業が多い地元のニーズとは差があるのが現実で、結果的に地元密着にはなっていません。

Q:

技術の出口はライセンス化を目標としているのでしょうか? それともベンチャー化に持っていくことでしょうか? 組織としてどのようなマネジメントをしているのかお聞かせください。

A:

学内でできた発明について、市場性はあるか、ライセンス先はありえるか、特許を申請する価値があるかないか等については、知財本部内に知財評価会議があり週に1回打ち合わせをしています。ベンチャーを立ち上げたいといってきた研究に対しても、ベンチャーが良いのか、技術移転がよいのかをそこで基本的に判断しています。

Q:

私立大学の者ですが、今日のお話しを聞いて、国立大学に限らず私立でもまったく同じ状況だと感じました。私の大学も包括契約があり、大手の企業と連携していますが、統括マネージャーの人材がいないのが悩みです。九州大学ではどのようにされていますでしょうか?

A:

システムは作ったのですが統括マネージャーはまだいません。連携協議会をきちんとしきれるかは今後問題になるかもしれません。今まで問題になりそうなときには、事前に専門知識を持っている人間が集まって議論し、事柄を処理していました。しかし今後はしっかりした人間を当てる必要があると思っています。

Q:

基本戦略の中で費用対効果の重視がありましたが、産学連携の場合どのような尺度で考えているのでしょうか?

A:

きちんと定義があるわけではないですが、今までは大学が費用を考慮しないことが多すぎました。特許申請もどのようなものを申請するのか、コストに関しても重視していませんでした。しかし現在では、権利化するにあたりマーケット調査を十分に行い、引き受け手がいるかどうか、将来ビジネス化する力がある企業が出てくるかどうかなど、商業的な価値を重視しています。これが見込めないものは大学が権利化せず研究者に任せる事になります。

Q:

官との関係を教えて頂けますか?

A:

九州大学の個人が官と関わりを持ちプロジェクトを行ってきた経験はありますが、残念ながら大学組織として自治体との共同プロジェクトはありません。今後は考えていく方向で考えています。

Q:

特許の申請費用は非常に高いですが、大学が特許を独自で取り、後でリターンを得ようとしているのか、もしくは企業と共願しその申請費用を負担してもらおうとしているのか、どちらを九州大学では戦略としていますでしょうか?

A:

ケースバイケースでしょうが原則としては大学が所有することと思います。しかし、特許費用は独占的に利用する企業に全面的にもってもらうよう基本的にはしていきたいと考えています。企業はそんなことは例がないと抵抗しますが、米国企業、大学にはそのようなケースが多数あります。日本の企業にも考え方を改めていただきたいと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。