知的創造空間としての図書館の可能性~ニューヨークの事例から~

開催日 2003年10月7日
スピーカー 菅谷 明子 (RIETI研究員/東京大学非常勤講師)
モデレータ 安藤 晴彦 (RIETIコンサルティングフェロー/資源エネルギー庁企画官(国際戦略・燃料電池担当))

議事録

モデレータ:
99年、「中央公論」の論文で菅谷さんが紹介したビジネス図書館が日本全国に広がり、活動が大きくなってきました。本日は、ビジネス支援の観点からだけでなく、メディアリテラシーという、新たなIT社会の中で図書館がどのような可能性を秘めているのか幅広くお話いただこうと思います。

スピーカー:
図書館のとらえ方、日本の図書館のあるべき姿等、みなさんそれぞれ異なるお考えをお持ちのことと思います。今日は、この場がまさに知的創造空間になることを希望して、お話をはじめさせていただきます。今回の調査は、情報社会における「パブリック」な空間としての公共図書館はどのような役割を果たすことができるのか、そうした環境においてはどのような知的創造が可能となるのか、インターネット時代の図書館はどうあるべきか、といった観点から行ってきました。ちなみに、日本では公=官となりがちですが、パブリックは必ずしも官が担うものではありません。今日のBBLでは、ニューヨークの公共図書館をケース・スタディに行ってきた調査をもとにご報告させていただきます。

ところで、図書館というとみなさん、ある種のイメージをお持ちだと思いますが、図書館を色で表してみると何色だと思われますか? 多くの方はグレー、ベージュ、グリーンといった色を思い浮かべられるようですが、オレンジのように明るい色、わくわくした色はなかなかありません。みなさんのイメージが暗い色であるならば、今日のBBLが終わった時点で、グレーから一気に明るい色のイメージに変わるような、そんな図書館の可能性が広がるようなお話しができたらと思っております。

問題意識

日本ではとりわけ90年代の半ばあたりから、いわゆるIT情報化が盛んに言われてきていますが、IT化はとかく技術の導入として、あるいはいかにビジネスとして成り立つかという観点から捉えられています。また、地域情報化といった地域コミュニティに根ざしたものでさえ、主体となる市民のことはほとんど考えられておらず、高価な情報技術を導入することに主眼が置かれ、情報化が名前を変えた「公共事業」になっているケースも少なくありません。言うまでもないことですが、技術は手段であって目的ではありませんし、それを担う市民の存在と主体的参加があってはじめて、その価値を高めていくことができると言えます。そうしたいわば市民社会を醸成させるための情報化という、既存のアプローチとは異なる観点から発想する情報化があってもよいのではないかと考えるようになりました。またそれとは別に、情報社会における市民の存在というのは、多くの場合は情報を受容するだけの立場にありますが、単に情報を与えられて消費するだけに止まらずに、積極的に活用することでさらに新しい知を生み出すような、そうした循環性のある情報社会のあり方を考える必要があり、そのために知的創造のための情報空間が必要ではないかと考えました。そして、そんな時に、公共図書館が持つ可能性が浮かび上がってきたのです。

というのも、6年間ほどワシントンとニューヨークに住み、大学の図書館や公共図書館を利用していましたが、それまで図書館に対して持っていた本を借りる場所といった印象ではなく、印刷媒体から電子媒体まで多様な情報のストックを持つ「情報の館」であり、「コミュニケーションの館」としての機能を持っていることを実感しました。そこで、歴史から現状まで調べてみると、図書館というパブリックな空間だからこそ持ち得る可能性が見えてきたのです。そこで、そうした可能性をとことん追求しているニューヨーク公共図書館をケース・スタディとして、デジタル情報時代の図書館の可能性を考えてみるということに至りました。

ニューヨーク公共図書館とは

ニューヨーク市の人口は、東京23区とほぼ同じ約800万です。その中に3つの図書館システムがあります。ブルックリン地域を管轄するブルックリン公共図書館、クイーンズ区を管轄するクイーンズ公共図書館、そして、マンハッタン、ブロンクス、スタテン島の3地区をカバーしているニューヨーク公共図書館です。ニューヨーク公共図書館は、大学院レベルの専門性の高い研究図書館が4館、日本の図書館のイメージに近い地域に根ざした85館の合計89館から成り立っています。スタッフは約3700人、年間の予算は336億円ほどで、財政面では地域図書館では大半がニューヨーク市による資金提供による一方で、研究図書館では半分以上が個人や企業、財団からの資金で成り立っています。また、この図書館は市が直接運営するいわゆる「公立」ではなく、NPO(非営利組織)が運営する図書館です。

ビジネス支援の現状

ここから図書館の具体的なサービスの現状についてお話しさせていただきます。調査にあたっては、各種の文献はもとより、図書館のスタッフと関係者の約100名に加えて、数多くの利用者の方々にインタビューをさせていただき、その際の調査をもとにしております。

科学産業ビジネス図書館は、ニューヨーク公共図書館の研究図書館の1つで、ビジネスに特化した図書館です。図書館の詳細な説明に入る前に、公共図書館がいかに市民が持つさまざまな可能性を引き出すことに役立っているのかという事例をお話しさせていただきます。

ウォール街の大手投資会社に勤務している男性は、会社が開発している投資商品は必ずしも顧客にとって最大のメリットをもたらすように考えられてはおらず、こうした方法に疑問をもっていたそうです。そんな時「ニューヨークタイムズ」でこの図書館のことを知り、試しにやってきました。彼は、もともと起業するという強い意志はありませんでしたが、この図書館の膨大なデータベースや多様な情報、各種講座やビジネスコンサルティングを受けるうちに、自分でも起業ができるのでは、と考えるようになったといいます。それからは、「市民に優しい」投資会社を始めるために、1年ほどアフターファイブや週末に図書館に通い、その後起業することに成功しました。現在は、50のクライアントを抱えているそうです。ビジネスを興した今でも、毎朝この図書館にやって来て、ブルームバーグなど高価なデータベースをチェックしてダウンロードすることが日課で、それを家に持ち帰って分析し、顧客サービスのために使っているそうです。彼はしきりに「図書館がなかったら、起業できなかった」あるいは「図書館がなければ会社を続けられない」と言っていましたが、誰に対しても無料で開かれている情報インフラの存在によって、不可能と思われていた起業が可能になるわけです。こうした1人ひとりのアイディアを実現させることは、社会の活性化にも繋がっていくだけに、図書館の存在は決して小さくないといえます。

さて、このビジネス図書館はデジタル情報を充実させていることで知られています。図書館の「電子情報センター」には、パソコンが70台以上並び、高速プリンターが併設されています。高額なデータベースが約150種類が無料提供されていますが、購読料だけでも2億円にのぼります。予約制で1時間が1セッション、1日2セッションまで利用でき、他に利用者がいないときには無制限に使うことが可能です。組織に属さない個人の方が使用するのはもちろんですが、大手の企業でもここまで充実したデータベースを持っているところは少ないため、マーケット、商標リサーチなどにも活用されています。その他、ラップトップのドッキングエリアでは、ノートパソコンを持ち込み、図書館のネットワークに接続し、その場で蔵書の検索、インターネット、データベースへのアクセスをも可能です。日本では、このような図書館でのインターネット接続は、各自が自宅に持っているから必要ないのでないかと言われますが、蔵書検索、インターネット、データベースというように、いろいろな情報を1カ所で収集できるメリットは非常に大きいと思います。また、こうした環境だけに、2001年の同時多発テロ事件によって、オフィスを失った人、解雇された人などにも利用されてきました。

この図書館では、情報提供だけでなく、情報活用講座が開かれているのも特徴の1つです。いくら多様なデータベースが提供されていても、それを活用する力を持った市民がいなければ、有効利用されているとはいえません。テーマに対してどんな情報が存在するのか、どのようにアクセスできるのか、どう情報を吟味していけばよいのかなどを教えてくれる講座が多数あります。また、起業、マーケティングリサーチのノウハウなど専門家によるビジネス関連の無料講座も開講されています。こうした講座の講師は無給でやってきます。なぜかといいますと、講師にとっては、聴衆のなかに未来の顧客がいるかもしれませんし、自分の会社をPRする場になるというメリットがあり、講座参加者だけでなく双方にメリットになるものだといえます。また、この図書館には、スコアという団体による無料ビジネスカウンセリングが受けられる一室も用意されています。スコアとは、アメリカ中小企業庁の支援のもと1960年代に設立されたNPOで、退職者のスペシャリストが無料でビジネスのカウンセリングを行う団体です。現在、全米で1万人ほどのカウンセラーがおり、これまで延べ400万人に対してビジネスカウンセリングを行い、アメリカの創業だけでなく、中小企業が生き残る上でも大きく貢献してきています。

とは言え、シブルのような最先端なビジネス支援がある一方で、マンハッタンから20分ほどの下町的なところにあるブルックリン公共図書館では、より地元に密着したビジネス支援を行なっています。ピザ屋やナイトクラブの経営に関する資料も多く、シビルとは異なる地域密着型で、パソコンが苦手という人たちもこの図書館により親しみを感じているようです。このように、ビジネスの支援も地域の産業やそこに住む人たちに即して行われているのです。

ここまでご紹介してきたように、図書館は情報を提供する場として役割を果たしているだけでなく、人と人とのネットワークの場としての機能も持っています。どんなに多くの情報にアクセスし、カウンセリングを受けたとしても、何かと不安を抱えることが多い創業準備者にとっては、同じような志を持つ人たちと直接話をして情報交換ができることは心強く、また、一緒に起業するようなケースに発展した例などもあるようです。ビジネス図書館は、このように情報提供にとどまらない、実に多角的な視点から起業支援を行っているのです。

ビジネスの支援とは少し異なりますが、ミッドマンハッタン分館には、職業情報センターがあります。このセンターのお話をすると、日本にはハローワークがあるから図書館での情報提供は特に必要がないのでは、といわれる方がおられます。しかし、ハローワークではいろいろな求人情報は提供してくれますが、それ以外の情報はありません。就職活動をするうえでは、自分が希望する企業の過去の業績や今後の展望など、より幅広い情報が必要になりますし、業界の動向や経済状況を把握するための情報も必要になります。またこのセンターでは、履歴書の効果的な書き方や添削、面接の無料カウンセリングでスーツの選び方、面接での話し方等具体的なアドバイスを行うプロのカウンセラーと契約を結んでいます。利用者は無料でこうしたサービスを受けることができます。またデジタル環境の提供もセンターの役割です。求職者専用のパソコンが8台設定され、常駐する司書のサポートの下、履歴書や企画書の作成をすることも可能です。また、就職情報の調査のためのインターネット講座も開講されています。テロ以降、失業者がニューヨークで増加したこともあり、センターの利用者は急増ししています。突然、解雇されたことを考えた時など、多様な情報へのアクセスやデジタル環境は厳しい状態になるだけに、不可欠なサービスといえるでしょう。

芸術に貢献する図書館

次に、芸術を生み出すことにおいても図書館が貢献しているという事例を簡単にご紹介します。芸術家と図書館はなかなか結びつきにくいかもしれませんが、実際のところ、新しい芸術を生み出すためには、全くのオリジナルのアイデアというよりは、さまざまな人たちが行なってきた過去の作品から刺激を受けることで新たなインスピレーションを得ることが圧倒的に多いといわれます。その為には、幅広い過去の芸術情報の蓄積が必要になりますが、とりわけ舞台芸術は公演が終わってしまうと何も残らないという特性があります。そこでこの図書館では、パフォーマンスを自らが撮影を行いコレクション化するといったことも行っています。つまり図書館は既成のものを購入するだけではなく、自ら情報を作り出し発信しているわけです。こうしたビデオを貸し出すことによって、たとえば、バレーダンサーが他のダンサーの動きをチェックしそこから学ぶということもできるのです。また、舞台芸術につきものの脚本については、たとえ世の中に多数の脚本が存在していても、それが個人的に保管されているとすればあまり価値がないかもしれませんが、図書館に一堂に集めて誰でもアクセスできる体制を作り上げておけば、脚本家志望の人達が過去の脚本から新しいものを産み出すことが可能にもなります。この図書館は本が3割程度で、残りの7割は本以外のメディアであり、大半の資料は書簡、ステージのセット、デザイン、録音資料からなりたっています。ビジネスの場合もそうですが、新しいものを生み出すためには、いかにその素材を集めてアクセスしやすくするのかが、鍵になると思います。

地域情報のセンター

もう1つの公共図書館の顔は、地域の情報センターであるということです。アメリカではよく「引っ越したら図書館へ」と言いますが、これは、図書館には地域全体の情報が集まっているからです。その顕著な例の1つが、同時多発テロ事件の際の図書館の対応があげられます。テロ事件が起こったときに、地域の情報センターである図書館がどんな動きに出るのかを注目していましたが、事件から2日後には、テロ関連の情報に特化したウェブサイトが立ち上がり、緊急情報が次々に更新されました。確かに、マスメディアにはテロに関する情報が溢れていましたが、地域住人のくらしに役立つような実践的な情報が抜け落ちているなか、地域情報のエキスパートである図書館が地域メディアとしての役割を担ったわけです。具体的には、親族や知人の安否の問い合わせ先、公共交通、学校、病院などの状況、ボランティア希望者や寄付のための連絡先をはじめ、さまざまな情報を最初は2時間ごとに更新していました。その後は、緊急情報だけにとどまらず、テロによってトラウマ状態になった人達のための講座のスケジュールや、テロを理解するための書籍のリスト、子供にテロのことをいかに教えるのかといったことなども盛り込んでいきます。マスメディアは広い地域や幅広い関心を持つ人たちを対象に情報提供し、また基本的に情報を蓄積しないために、地元密着型のアーカイブ情報を提供していくことが難しい面があります。一方、図書館は、コミュニティに根ざしたメディアとしての役割を果たすこともできるのです。

このように、コミュニティに根ざした情報を提供することで市民生活を支えるのが図書館の役割でありますが、次に市民の間で関心が高い医療情報についてご説明させていただきます。アメリカ図書館協会の調査によると、この数年間、市民が最も関心を寄せているのが医療健康情報だと言われています。その背景には医療保険制度が変わったことなどもありますが、消費者意識が高まり、これまでは医師の話をそのまま受け入れていた市民が、自ら情報収集を行い、時には医者を疑い、よりよい治療法を求めて主体的な行動に出る人たちが増えてきています。アメリカの多くの公共図書館にはテーマ別にカウンターがあり、レファレンスサービスが充実していますが、医療に関しても同じです。また、ちらし、パンフレットなど、国や市役所、病院や保健所などで作成された資料が図書館に集まる仕組みになっています。チラシというと情報として価値が低いと考えられる方がいらっしゃるかもしれませんが、その地域だけに適応される制度、期間限定のイベント、厚生労働省などが出している情報を分かりやすく凝縮したものなど、他では得難い貴重な情報です。もちろん、医療データベースの専門端末があり、無料で提供していることに加え、司書の人たちのサポートもあり、検索の支援をしてもらえるようになっています。また、データベースの購読に加えて、地域に密着した医療情報の提供のために、図書館自らが地元の病院、大学、医療関連機関と提携し医療データベースを作成しています。このプロジェクトの特徴は、メンバーに図書館の司書が含まれていることです。その理由は、図書館司書というのは毎日カウンターで市民の生の声を聞いており、市民のニーズをいち早く把握できるポジションにあるからです。専門家が考えることと、市民が必要とする情報のギャップに配慮しているわけです。

一方、図書館は、子供向けのサービスにも力を注いでいます。日本同様、読書の推進も行っていますが、放課後の子供たちへの対応も行っています。アメリカでは7割、8割の親が共稼ぎということもあり、放課後に非行へ走る子供が多いといわれる中、地域ぐるみで子供を育てようという考えがあり、その場所が図書館だと考えられています。とりわけ、ブルックリン公共図書館は子供サービスに力をいれていて、子供向けのホームページが一般とは別に用意されています。また、資料提供でも子供の宿題用の本やデータベースなどが充実している他、司書が文献の探し方からレポートの書き方まで、丁寧に指導しています。また、ホームページには、恋愛・いじめの悩みの相談所の連絡先、将来の職業探しのための講座紹介、あるいは人気作家とのチャット企画などによって、子供たちが図書館に親しみを持ってもらうためのサポートをしています。その中で、私が非常にユニークだと思ったものは、宿題ヘルプの存在で、文字通り宿題の面倒をみたり、学校でわからなかったことをじっくり説明してくれるのです。確かに学校での勉強は大事ですが、子供たちが予習・復習をするのは、学校が終わってからです。その時間を有効に使ったり、忙しくて子供の面倒を見れない親に代わって、あるいはアメリカには移民が多いので親が英語ができないためになかなか教えられないという問題もあるでしょう。また、学校で理解できなくても、からかわれたりするのがいやで、クラスメートや先生になかなか聞けない子供もいるようです。もっと現実的なところでは、放課後は部活などがあり早く閉館してしまう学校の図書館が利用できないけれども、夜間や週末にも開館している公共図書館はずっと「使える」ところになっています。

生徒の支援に止まらず、教師向けのサポートにも積極的です。教師は常に授業で使える素材を探したり、関心テーマの研究などで資料を必要としていますが、学校図書館では生徒向けの資料が圧倒的に多いだけに、幅広い資料が揃った図書館は教師にも活用されています。図書館では、教師向けコレクションを充実させ、研究に役立ててもらっている他、授業案などのヒントになるような講座も積極的に主催しています。

さて、日本では本格的な高齢化社会が到来していますが、図書館ではシニアに対するサービスも行っています。これは、ブルックリン公共図書館のシニアサービス部門の事例になりますが、ここでは「シニアのことはシニアが一番分かる」という理由の下、スタッフは55歳以上を対象に募集を行い、シニアのスタッフ達が活躍しています。希望のジャンルから適当なものを選んで本を届けたり、催し物を企画したりする他に、自分のルーツをさかのぼりたい、母国語でもっと話したいなど、さまざまなリクエストを汲み上げて講座を開いたりしています。実はこのシニアスタッフの雇用自体がシニアサービスの一貫になっていて、退職によって自分のアイデンティティがなくなる中、このサービスに関わることで、スタッフ自身も自分自身のキャリアを活かすことで元気でいられるというメリットが生まれています。

行政機関の窓口としての図書館

さて、図書館といえば民主主義を支える基盤ともいえる公共空間ですが、そうした意味でも図書館は行政情報の窓口にもなっています。たとえば、地域の図書館を窓口に、さまざまな行政情報を得ることができます。環境保護に関わるNPOが環境庁の情報を地元の図書館で受けるといったことも可能です。その他にも、寄託図書館制度というものがあり、現在、全米に1300館以上あります。こうした図書館には、無料で政府の関連情報が自動的に送付されてくる代わりに、情報を保存し一般公開をしなくてはならない義務があります。寄託図書館は各地にありますので、行政情報にかなりアクセスしやすい状態になっているといえます。ただし、行政情報は多岐にわたっており、行政情報に精通した人でなければわかりにくいものも多いため、図書館では情報提供だけに止まらず、いかに行政情報にアクセスしやすい体制を作るかという点にも気を配っています。先ほどご紹介しました科学産業ビジネス図書館も寄託図書館の1つに指定されていますが、ウェブサイトなどに各公開情報の要約をつけたリンク集をつくるなど、情報の蓄積だけでなく編集作業も行い、また、行政情報の活用講座を2、3週間に1回程度開催するなど、行政情報の活用方法を育成しています。

インターネット時代の図書館の役割

さて、ここまで図書館サービスのさまざまな事例をご報告させて頂きましたが、ここでは、インターネット時代の図書館のあり方について先の状況もふまえて考えてみたいと思います。ニューヨーク公共図書館は、90年代半ば過ぎにウェブサイトを立ち上げ、非来館者に向けてさまざまな情報提供を行っています。基本的な情報としては、利用案内、イベント・講座案内、蔵書検索と貸し出し予約があります。日本でもインターネット経由で蔵書検索ができるサイトも増えていますが、大切なのは検索のシステムがいかに設計されているかという点です。利用者は、検索しても出てこなければ資料が存在しないと思いがちですが、検索システムがうまくデザインされていなければ、検索から抜け落ちるものが多くなっているということです。その点、ニューヨーク公共図書館の検索システムは、幅広い資料をきめ細やかに拾い上げ、また絞り込みもしやすいようにかなりの工夫がされ、日本でイメージされている蔵書検索に比べて、かなり柔軟性がある検索システムになっているといえます。また、地域の図書館にないものであっても、1200館に及ぶコンソーシアムができているため、その中から一括して検索することも可能です。

これまでも、断片的にお話しさせていただきましたが、商用データベースの提供も行われ、現在300種類以上のデータベースが無料提供されています。多くのものは、図書館のウェブサイトにアクセスして、図書館カード番号を入力することでログインできます。ですから、出張先でも、海外からでも、カードを持っていればデータベースを利用することが可能です。フルテキストで見られるものも多く、プリントアウト、ダウンロードも可能です。ただし契約の関係などにより、図書館からのみアクセス可能なものもあります。

最近では、デジタルコレクションという、図書館が所蔵している資料をデジタル化して公開しているものも活発に展開されています。インターネット上で、画像、音声、動画、或いは媒体を超えた印刷情報からデジタル情報を一括して見られるようになっています。その他、Eメールによる資料相談では、24時間以内に回答が返ってくるというサービスもあります。

インターネット時代の図書館は、情報提供だけでなく、情報をデザインしたり編集したりする能力が問われていくのだと思います。これまでは、リクエストされたものに対応していくのがサービスの中心でしたが、ウェブサイトを活用すれば図書館自らが情報発信できるわけです。頻繁に利用されるテーマに対してのリサーチ法や資料をリストアップすることもできます。科学産業ビジネス図書館を例にすると、リサーチガイドというセクションがあり、スモールビジネスについて調べるとすると、いくつかの質問にイエス、ノーの形式で答えていくことで必要な文献にたどり着くことができるように工夫されたものがあって便利です。図書館の編集能力の高さは、他の団体からも注目され、科学産業ビジネス図書館のスタッフがリニューアルした、ニューヨークのスモールビジネスのポータルサイトは、その後、アクセスが急増した例もありました。確かにインターネット上にはさまざまな情報がありますが、広告と区別がつかない情報も少なくなく、また膨大な情報から何が価値ある情報なのかを見極める力も必要になります。こうした情報のプロによる情報のナビゲーション機能があり、また、ビジネスの利害と離れて中立な立場で情報提供ができる、公共情報空間である図書館はインターネット時代の知のガイドになり得るといえます。

デジタル化が進むことで図書館はどのように変化していくのかを検証してみました。インターネットも含め、96年に1300万人だった利用者が、現在は2500万人に増加しています。インターネット時代には、図書館は不要どころか、むしろ利用はますます増えています。これは、アメリカ公共図書館が全米の図書館に行った調査でも、10年前に比べて図書館利用者は2倍に増えているという結果もでています。インターネット時代になると、図書館をデジタル化すれば、物理的な空間が不要になるのでは、という議論も過去に一般に見られたものですが、ここまでご覧いただいたように、図書館の機能はインターネットだけで担えるのもではありません。ですから、インターネットで提供できるサービスを強化する一方で、インターネット時代だからこそ、直接人々が物理的な空間に集まることで、学びのコミュニティを創りだし、図書館を拠点に新しい知を生み出していくといった別のアプローチからの動きも活発です。確かに、図書館に足を運ばなくてもさまざまなサービスが受けられるようになっていますが、それは図書館が不要になったということでなく、図書館が物理的な空間に止まらないサービスを行うことが可能になったということです。

インターネットによる情報提供であれ、物理的な空間で行うサービスであれ、図書館本来の機能、つまり情報を収集し、吟味し、アクセスしやすい体制を作り、利用者の情報活用能力を育成し、知のコミュニティを作るということが図書館の基本的な機能といえます。

図書館の機能

それでは、これまでの論点をふまえて図書館が書店ともインターネットとも違う独自の機能をもっていることを再確認するためにも、ここでポイントを6つにまとめてみました。(1)多様な情報の網羅的蓄積:印刷媒体からビデオ、電子情報、出版ルートに載らないチラシ、歴史の記録まで多様な情報を過去にさかのぼって体系的に蓄積する、(2)情報の水先案内人・知のガイド:膨大な情報の中から適切なものを選び出し、評価を加えアクセスしやすい検索システムづくり、(3)利用者支援:市民の情報活用能力の育成とともに、情報環境の整備、(4)知のコミュニティの創造:人と人との出会いの場を創出し、新しい知を生み出す、(5)研究空間の提供:研究スペースなど知的活動のための空間の提供、(6)民主的な情報環境の整備:著作権やデジタル化などをめぐる新しい動きに対して民主的な情報環境作りを行う、といったことがあげられます。そして、こうした機能を担うことができるのは、まさに、パブリックな情報空間である図書館であるから可能になり、また情報が溢れるデジタル時代だからこそ、知のガイドとしての図書館が益々重要になるのではないでしょうか。

図書館の基本は、「つなぐ」ことにあります。膨大な情報が出てきては消えていく中で、情報と情報を結んだり、人と人を結んだり、人と空間を結んだりすることで、新しい価値が生み出されます。そういったものを積極的に作っていく、「つなぐ」作業が今必要とされています。

日本の図書館を進化させるために

ニューヨーク公共図書館の事例と比較すると日本の図書館はまだまだ未熟だと思われる方も多いと思います。ここで少し世界に目を向けてみますと、人口あたりの図書館数の比較では、日本はG7のなかの最低位となり、10万人あたりの図書館数は2.11館で、最後から2番目のイタリアに比べても約半分に止まっているという状況です。このように先進国の中でみても、日本の図書館は非常に貧弱であることが分かると思います。

一方で、日本では人口あたりの貸し出し数は増加しています。図書館の貸し出す数が増えることは勿論重要ですが、ここで見てきたように図書館役割は本を貸し出すことだけではありません。貸し出し冊数が図書館の評価に直結している場合も多いのですが、それでは図書の貸し出しだけが図書館サービスとなり、図書館が持つべき他の役割がないがしろになってしまう危険もあります。それに加えて、新しい図書館も増えていますが、財政基盤が厳しくなっていることから、図書館あたりの資料費が減っていますし、専門の司書の数も減ってきています。単に図書館の数を増やすだけでなく、サービスの質にも目を向けるべきであり、図書館の役割を再定義する必要があります。

とは言え、日本でも明るい兆しはあります。とりわけ注目されるのが、ビジネス支援サービスを展開する図書館の登場です。私どもの研究所ではこれまで、2回にわたってビジネス支援図書館をテーマにしたシンポジウムを開催し、公共図書館がビジネスの拠点としての役割を果たせることを提言し、またこうした動きが各地の実践に弾みをつける役割を果たしてきました。「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」の中でビジネス支援図書館の整備が指摘されたり、「社会教育活性化21世紀プラン」の中で図書館の充実が提言されたりと、政策面でも徐々に変化も見られます。私の研究が、市民の知的創造を生むためのインフラはどうあるべきか、あるいは情報社会におけるパブリックな空間の必要性など、厳しい環境の中で日本の図書館を進化させるためにはどうしたらよいのかといったことに関心をお持ちの皆様に、何かしら貢献できるところがあれば嬉しく思います。

コメント

モデレータ:
非常に多岐に渡る情報がありますが、菅谷さんのお話を伺っていて、情報は「使われてなんぼ」、「使われてこそ活きてくる」のだと思いました。価値を創造するには情報が必要ですが、情報をどうつなげるかという点で、価値創造プロセスに図書館がうまく機能しているんですね。ニューヨーク市が多額のお金をかけて建設したビジネス図書館が完成した時、ニューヨーク市長が「この図書館にかけたお金は決して安くはない。しかし、この地域でビジネス図書館が活動することを通じて、新しい価値を見いだし、価値創造につなげるためには重要な投資なのだ」という趣旨の挨拶をされたという話が紹介されていますが、大変印象的でした。まさにそこに情報を「つなぐ」という図書館の重要機能があるのかなと思いました。他方で、「つなぐ」というキーワードで考えた時に、図書館という建物、ハコものがあるだけでは何もつながらない訳ですから、ヒューマンな要素、つまり司書の役割が重要になっていくのだと思います。本来ならば、司書の方が森羅万象に通じていればよいのですが、スーパーマン/スーパーウーマンだけではありませんから、そこで、経営問題ならばその道の専門家であるスコア(中小企業庁派遣の経営アドバイザー)につないでいく、或いは、医療問題ならば医療データベースにつないでいく、といった図書館以外に存在する他のサービスとのつながりを活用していきます。これもまた「つなぐ」がキーワードであり、「つなぐ」部分には「人」が介在しています。貸出冊数といった見かけの充実ではなく、中身をどう充実させるのかが大事だと思います。一例をご紹介しますと、前の職場で、530万人雇用創出の一環として家事代行サービスは何人増えるのかというテーマを与えられました。ヤクニンには難問でしたが、早速、東京都と東京商工会議所が開設しているビジネス支援図書館に行きました。そこには、いろいろなデータがあり、使い方を職員の方が教えてくれましたので、何とか切り抜けられました。これがまさに、ビジネス支援図書館に求められる「価値創造」、「つなぐ」ということと、そこに「人」が介在する、ということなのだと実感しました。

質疑応答

Q:

ニューヨークの図書館のスタッフの雇用形態として、正規の職員、NPO、スタッフボランティアなどの割合はどのようなっているのでしょうか。また、情報の共有という面で、ニューヨークにある図書館データベースへ隣の州からのアクセスは可能でしょうか?

A:

アメリカの雇用形態は日本とずいぶん違っているので、日本でいう正規職員かあるいは契約職員かと分けるのは難しいところもあります。全体としては、スタッフとして採用されている人が3700人で、それに加えて700人程度のボランティアがいます。よって、実質稼働している人数は4400人程度でしょうか。また、データベースですが、ニューヨークに在住していなくても、料金を支払うと図書館カードが取得できますので、カード番号さえあれば、隣の州から、あるいは外国からでもインターネット経由で図書館のデータベースを利用することができます。

Q:

ニューヨーク公共図書館のお話、大変参考になりました。ありがとうございました。夢の図書館を作っていくためには、どのようにしていったらよいのでしょうか? 地域の情報拠点として、市民全体で盛り上げていく必要があると思いますが、市民がいかに図書館をもりあげればよいのか、どうしたらよいのかを伺いたいです。

A:

図書館自身、地域住民、図書館をめぐる政策、それぞれを変えてゆく必要があると思います。まずは図書館の問題ですが、勿論、サービスを進化させることは必要ですが、それ以前の問題として、現在、可能なサービスさえも市民にうまく伝えていないと思います。たとえば、レファレンスはその最も顕著な例で、一般の市民には図書館が情報の相談にのってくれることはそう知られていないでしょう。図書館が市民にとってどれだけ使えるものなのか、もっと上手くアピールしていくことが市民の支持を得る上でも大事だと思います。そうすれば、市民も図書館の価値を認めるでしょうし、図書館の活動を支援することにも繋がると思います。勿論、いくら図書館ががんばったところで限界もあります。自治体の担当者に図書館の重要性を効果的かつ根気よく訴え続けることも必要です。行政の調査などを図書館が積極的に支援することで、担当者に図書館の機能に対する理解を促すことも可能でしょう。浦安市立図書館では、行政に関連する情報を図書館が提供することで、自治体からの支持を獲得しています。世論を盛り上げるために、新聞に投稿する、イベントを行うなど、PRも大事でしょう。そして、予算や人員の制限はあるとは思いますが、何よりもできることから行い、市民の支持を獲得していくことです。足立区の竹の塚図書館はその好例です。また、図書館関係者や地域の人と人とのネットワークを強化し、図書館の重要性を社会に広くアピールし、市民の理解を促していくことが大事ではないでしょうか。

Q:

日本では、寄付が集まると、市からの助成金を減らされてしまうと伺ったことがあり、財政担当者に伺ったところ、寄付金が集まると予算を削らざるを得ないとのことでした。アメリカでは寄付と助成金との関係でこういった問題はないのでしょうか?

A:

ニューヨーク公共図書館は、市が直接運営しているわけでないNPOなので寄付を受けやすく、また、他のアメリカの公共図書館にしても、自治体には「図書館課」などが存在し、組織として独立しており、また理事会もありますから独自の裁量で資金集めが可能です。図書館とは別に図書館の資金集めだけを行う組織を持っている公共図書館もあるほどです。大切なのはどのように資金集めを行い、どういった理由で資金が集まり、それがどのようなサービスに使われているのか、ということでしょう。寄付金は、多くの場合、ベーシックなサービスではなく、新しいプロジェクトやイベントなどを行う際に使われる例が多いです。また、新しいサービスを始めるためと銘打って、資金集めをする場合も多いです。助成金は、税金を投入する価値があるサービスに対して行われるわけですから、コアの部分で必要な資金が寄付金との関係で削減されるというのは、あまり聞いたことがありません。むしろ、資金集めすることで、助成金では限界のある新しいサービスが展開できる、というふうに解釈されていると思います。

Q:

アメリカと日本を比べた時に意識面での相違があるのではないかと思いますが、それはどのようなもので、また、どのようにすれば意識改革ができるのでしょうか?

A:

日本の公共図書館は、どちらかというと、個人の教養を高めるための読書空間として位置づけられてきましたが、アメリカの場合は誰もが情報にアクセスする体制をつくることで、より民主的な社会を作る基盤という民主主義の思想と深く結びついていることがあげられます。何よりも違うのは、市民の手で市民のために開かれた図書館を作ろうという市民や図書館関係者の意識、また、市民が読書を越えて、さまざまな情報を主体的に活用するための場として図書館を使い倒していることだと思います。日本でも、社会が大きく変化し、受け身に生きていても何とかなった時代から、個人の主体的な生き方が問われる時代になっていますが、情報をいかに活用するか、そしてそうした公共的な情報空間をいかに創出するのかが今後ますます問われることになると思います。まずは、市民が情報を活用することの重要性を理解し、情報活用能力を身につける支援を地道に行い情報に対する意識を変えていくことと、そうした市民がいかに社会の活性化に必要であるのかを、政策担当者に訴え続けていく、そして、図書館はまずはできることからどんどん新しいことを行い、実績を作っていく。このような作業が意識改革の上で不可欠だと思います。

新井氏(足立区立竹の塚図書館館長)コメント:

竹の塚図書館は、540平米しかない小さな図書館ですが、駅から近いので、利用人数は多い図書館です。ここでは、新聞の折込を整理し、地元の求人情報を貼りだしたりするビジネス支援を行っています。図書館が小さくても、予算がなくても、こちらから仕掛けていく、そういうことではないかなと思います。実際に私達の図書館にいらした方で、起業された方がいます。年配の主婦の方で、不況のため勤め先も見つからないので、それなら自分でお店をやってみようかなということで、図書館にいらっしゃいました。関係しそうな文献をアドバイスしましたし、ご自身でも、いろいろ検索したりして、結局、着物のリサイクルショップを始めることになりました。先日、開店されたときはとても嬉しかったです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。