スポーツにおける仲裁とその発展-世界との関係、またその歴史-

開催日 2003年10月3日
スピーカー 小寺 彰 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院総合文化研究科教授)
モデレータ 広瀬 一郎 (RIETI上席研究員)
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議事録

モデレータ:
今日は「スポーツにおける仲裁とその発展」というテーマで、RIETIファカルティフェロー、東京大学大学院総合文化研究科教授の小寺彰氏をお迎えし、スポーツ仲裁について話していただきます。私も長年スポーツ界に携わってきましたが、競技場におけるルールははっきりしているが、競技場の外におけるルールははっきりしていないという体質があります。今年発足した日本スポーツ仲裁機構によって、スポーツ界が透明化され、これまでと同じ体質ではだめだというある種の抑止力が相当働くのではないか、と期待しています。

スポーツ仲裁とは?

私がスポーツ仲裁に初めて関わったのは、1998年の長野オリンピックのときでした。3週間長野に駐在し、4件の仲裁に関わりました。これがおそらく日本におけるスポーツ仲裁の最初だと思います。当時は「スポーツ仲裁」という言葉すらなく、「スポーツ調停」と言われていました。新聞記者やマスコミ関係者は「“仲裁”は喧嘩の仲裁であり、裁判官のような人が客観的な立場から判断するのは“調停”だ」と考え、“調停”と訳していたのですが、「千葉すず事件」で各社のインタビューを受けた際に、“調停”の判断は両当事者を拘束しないが、“仲裁”の判断は拘束するので“仲裁”と訳すよう説明をした結果、今では、「スポーツ仲裁」という言葉が一般的になっています。スポーツをめぐるさまざまな争いについて第三者の中立的な委員がそれを判断し、当事者はその判断に従わなくてはいけない。これが「スポーツ仲裁」です。

スポーツ仲裁裁判所(CAS)

1.設立の経緯
スポーツ仲裁裁判所(CAS)は、国際オリンピック委員会(IOC)によって1984年に設立されました。サマランチIOC会長の法律顧問をしていたケバ・ムバイエ氏(前IOC副会長/ICAS理事長/IOC名誉委員/セネガル最高裁判所名誉長官)が会長の指示で仲裁という仕組みを作りました。当時、中国の代表について、北京政府、台湾政府のどちらであるのかが、IOCで問題になることが予想されていて、そうなった場合にはそれを公平に裁くことが必要だと考えられていました。また、当時からスポーツのプロ化が進み、プロ・アマ問わず全世界のスポーツ界がオリンピックの中で活動し、それに対して金銭的な問題が絡んでくることも予想されました。設立当初はIOCの直轄でしたが、IOCが訴えられる場合も想定されましたので、もう少し中立的な組織にする必要があるとの問題意識が出てきて、1994年にスポーツ国際理事会(ICAS)が設立されました。実質的にはICASの運営資金はIOCから提供されていますが、ICASメンバーはIOCとともに国際競技連盟・各国オリンピック委員会、さらには競技者連盟から推薦された人たちが務め、委員の指名権がIOCだけに委ねられてはいません。そして、このICASの下にCASを置き、約200名からなる仲裁人の名簿を備えています。通常の仲裁では当事者が3名の仲裁人を選び、緊急の場合はICASが指名することになっています。“仲裁”は、国内では“ADR”と言われ、代替的紛争処理手段の1つという位置付けになっています。仲裁判断の内容も原則は公開されません。しかし、CASは伝統的な、あるいは今でも一般的に使われている“仲裁”の定義で捉えますと不正確です。というのは、昨年までにFIFA以外の国際スポーツ連盟はすべてCASの管轄権を引き受けていましたし、FIFAの受諾も決まっておりますので-すでに受諾しているかもしれません-、CASはスポーツ界の国際裁判所の役割を果たしています。国際スポーツ連盟の決定について問題がある、と競技者もしくは他の競技団体が考えた場合に、自動的にCASに訴えることができます。プライベートな紛争処理の場ではなく、国際スポーツ界全体を束ねる紛争処理の場と考えればいいと思います。そのことをCASもICASも十分に認識しており、この種の問題を扱う上訴仲裁部の判断の内容は原則公開であり、裁判所の判例集のような形で逐次公表されています。

2.構成
・一般仲裁部
これは商業契約であり、プロ契約や肖像権に関わる問題などを扱います。プライベートな性格のものであり、内容は公表されません。これはスポーツ界の通常の紛争処理のフォーラムであり、典型的なADRです。
・上訴仲裁部
これはスポーツ団体の決定について競技者もしくは競技団体が訴えを起こすケースを扱います。主な対象は、IOCと国際スポーツ連盟であり、そしてほぼすべての国際スポーツ連盟は上訴仲裁部の管轄を認めています。国の裁判所が訴えを受理するかどうかの問題はありますが、競技者は裁判所かCASのどちらに訴えを起こすかを選択できます。
・臨時裁判部
これはオリンピックや英連邦大会で臨時に設置されるものです。オリンピック出場選手は、臨時仲裁部の管轄を認めることを記した誓約書を提出していますので、問題が起こった場合にCAS以外に訴えることはできません。初めて設置されたのは1996年のアトランタオリンピックです。競技期間中は仲裁人が常に10人前後、臨時仲裁部のメンバーとして待機しており、原則24時間以内に判断を下すことになっています。

3.おもな事件の内容
・ドーピング
スポーツ仲裁でもっとも多い事件は、ドーピング絡みのものです。長野オリンピックのケースでは、マリファナを吸引したスノーボーダーに対し、IOCはドーピングであるとして金メダル剥奪を決定しました。それに対して選手が訴えを起こし、CASはマリファナ吸引はドーピングにあたらないと判断し、メダルは選手に返却されました。法律家がドーピングを判断できるのかとよく言われますが、法律問題としてドーピングを判断しているのです。たとえばこのケースの場合、オリンピックのスキー競技においてマリファナがドーピングにあたるかどうかが問題になりました。ドーピング物質は大会や競技によって異なり、マリファナはすべての競技で禁止されるドーピング物質ではありません。またドーピングリストにすべてのドーピング物質が網羅されているわけではありません。アトランタオリンピックでは、化学式はまったく異なるが興奮作用のある物質を使用した選手の銅メダル剥奪決定をめぐる仲裁がありました。この物質は旧ソ連時代に軍で開発され、興奮作用はありますが、ドーピングリストには含まれていませんでした。CASは化学式が相当に違い、また効能についての確実なデータも当時はなかったためにドーピングにはあたらないと判断して、メダルは返却されました。
・代表資格
オリンピック等の国際大会の代表資格はCASが典型的に予想している紛争ではありません。なぜなら代表資格は国際スポーツ連盟と競技者間ではなく、各国のオリンピック委員会や国内スポーツ連盟と競技者間の問題であり、国内紛争にあたるからです。ただ、オーストラリアではオリンピック代表資格についてもCASで処理することになっています。アメリカでは法律があり、A.A.A.(アメリカ仲裁協会)という一般の仲裁を扱っている組織で争われます。
・選手資格
日本人の場合、国籍はあまり問題になりませんが、諸外国では国籍を変えて代表選手になるというケースが結構あります。そのような場合に、選手資格の有無について、また選手資格が無いとした場合にその戦績の扱いについて紛争になることがあります。
また、ゲームの勝敗もよく問題になりますが、試合中のジャッジは仲裁の対象ではありません。ジャッジの判断は現場の専門的判断ですので、法律的判断にはなじまないということに従来からなっています。

日本スポーツ仲裁機構(JSAA)- 2003年6月発足

1.設立の経緯
・ドーピングへの対応
ある陸上選手が、本人は否定しましたがドーピングと判断され、2年間の出場停止になりました。陸上選手がその最盛期に2年間も出場資格が無いということになると彼の選手生命は終わってしまいます。そこで、どこか第三者機関に訴えを起こせるようにしなくてはいけない、と日本のドーピング関係者が考えるようになりました。当初はCASの支部を日本に誘致するという案もありましたが、それまで日本にスポーツ仲裁の例がなかったため、誘致は認められませんでした。そこで日本オリンピック委員会(JOC)の中に設立準備委員会が設置されました。
・「千葉すず事件」の影響
私も準備委員会に参加していましたが、丁度そのとき千葉すずさんの事件が起きました。
千葉さんは日本に仲裁機関がないため、国内の紛争ではありましたが、代表資格の確認を求めてCASに訴えを起こしました。訴えられた日本水泳連盟は、自分たちは正しい判断をし、間違っていないと考えてCASの管轄を認めましたが、大きな困難にぶつかりました。CASでは英語かフランス語で書面を作成し、弁論する必要があるからです。日本水連はそのために多額の支出を余儀なくされました。最終的には、千葉さんの代表選手資格は認められず、また日本水連側も選手選考はきちんとした形で行っていたが、その選考基準を公表していなかったために無用な紛争を生んだと判断され、実質的には損害賠償に当たる金銭を千葉さんに支払うことになりました。この事件の後、日本水連だけでなく各競技連盟ともに「千葉すず事件」を自らの問題と受け止めて、CASよりも簡易な紛争処理手段が必要であると考え、にわかにJSAAを設立しようという機運が高まりました。

2.JSAAの対象
いろいろ議論はありましたが、CASでいう一般仲裁部ではなく、上訴仲裁部の役割を果たす機関として発足しました。

3.手続きの進行
手続きは、仲裁申立-仲裁人の選定-主張書の提出-審問-仲裁判断、という流れで行われます。仲裁判断は当事者を拘束しますが、強制執行できるものではありません。しかし、CASの今までの事例では判断が守られなかったことはありません。ドーピングについては、WADA(世界アンチドーピング機構)コードにおいて、国際的なドーピングについてはCASで最終的に判断することが決まっていますので、おそらく日本も近々それを受け止め、JSAAの判断に不服がある場合にはCASへ上訴できることになると思います。

4.設立後の動き
・事前合意の整備の進捗
上訴仲裁部ですので、事前に競技団体の合意を取り付けておくか、あるいはアメリカのように法律があれば広い管轄権を確保できてよいのですが、JSAAは発足間もなく、また日本には法律もありません。従いまして、起こったケースについては各競技団体に事件ごとに合意してもらい、また長期的には各競技団体に事前合意を団体の規程に含めてもらうように働きかけています。現在JOCを含めておよそ10団体から、いろんな形で事前合意を得ていると聞いています。
・2件の処理 (仲裁判断集はこちら。http://www.jsaa.jp/
(1) X vs 日本ウエイトリフティング協会
某大学のウエイトリフティング部員が大麻取締法違反のかどで逮捕されたことを受け、日本ウエイトリフティング協会が選手の所属大学の部のコーチに対して監督不行届きを理由にコーチ資格を取り消すとの処分を決定しました。それに対してコーチが訴えを起こし、「処分取消」の判断が下されました。私が仲裁人の1人として担当したケースです。
(2) X vs JOC
JOCが決定したユニバーシアード大会へのテコンドーの派遣人数をめぐる事案です。これは派遣までの期日が非常に切迫していたため緊急仲裁となり、1人の仲裁人で判断を下しました。24時間でヒアリングをし、JOC側の主張を認める判断が下されました。また現在、3件目のケース(パラリンピック強化選手指定に関する事案)の申立がなされたところです。私が承知している限りあと2件の事案がありましたが、1件は仲裁までいかずに話し合いで解決されました。もう1件は、新聞でも大々的に報道された日本アマチュアボクシング連盟の高校生ボクサーの資格取消に関する事案です。このケースでは、日本アマチュアボクシング連盟が合意を拒否し、仲裁に応じませんでした。合意拒否の主な理由は、「この種の問題は裁判で争うべきだ」というものです。しかし問題は、そもそもこの種の問題が裁判所に受理されるかどうかです。従来の考え方では受理されないと思います。なお、スポーツ自身の公益性や国民的な関心の高まりから、将来的には裁判所も訴えを受理すると予想しています。このような状況になると、スポーツ仲裁と裁判所の管轄が競合する事態になります。このようになっても、裁判所に訴えを起こす場合は判断まで長い時間がかかります。しかしスポーツ仲裁では、仲裁人が兎にも角にも、これは完全なボランティアですが、パッと数カ月、短い場合は数週間で判断を作成します。また、仲裁人リストに掲載された仲裁人はスポーツ界に詳しい方々ですので、裁判官の判断と比べてよりスポーツ界の実情に即した良い判断が下されると考えられます。つまり今後は、簡易迅速さと判断の良質性が仲裁の比較優位を形作っていくと思われます。

わが国の課題

仲裁の利点が何なのかをきちんと考えていく必要があり、そのためにも仲裁判断の質の高さを確保していくことが必要だと思います。スポーツ界の慣例や常識には、どうも世間常識とずれてしまっている部分が相当あるのではないかと思っています。そのような部分がもう少し透明なものになり、世間常識に合ったものになれば大変結構なことだと思います。

質疑応答

Q:

スポーツというのはやはりプロ化しても、ある意味で悪しきアマチュアリズムの世界であり、そのためにどこか緊張感がないのではないかという印象があります。先程、ボランティアで行っているというお話がありましたが、そういう意味ではJSAAもビジネスではない仲間内の世界であり、同じ危険性を孕んでいるのではないかと思われますが、今後どのように運営されていくとお考えですか。

A:

現在アドミニストレータ-として活躍中の道垣内正人氏(東京大学教授/JSAA機構長)は完全なボランティアで、またわれわれ仲裁人も低い報酬で仲裁に従事しています。IOCはそれが当然であると考えていますが、私はそれではいけないと思い、前々からJOCに働きかけてはいますが、当分この状態は変わらないでしょう。ただ、私も道垣内氏もスポーツ界とは一切関係がありませんので、仲間内の世界とは違います。私は現状ではボランティアであるのは仕方ないと考え、国際社会で行われていることを日本に移植するために努力したいと思っています。特にこの分野の問題は、従来の日本のスポーツ法学の対象が学校体育であり、広い意味でのスポーツ界を対象としてこなかったことです。スポーツ仲裁を発展させるためには、学問的なバックグラウンドをもつことが必要であり、またバックグラウンドができれば緊張感のある運営が可能になると考えます。

モデレータ:

1つ付け加えますが、アマチュアリズムを「資格」というようにしたのはIOCです。本来「アマチュア」というのは資格ではなくてイデオロギーです。

Q:

仲裁人名簿に載っている方々はすべて弁護士か法学者ということですが、それ以外の専門家を名簿に入れることは予定されていますか。また、代理人は必要となりますか。

A:

法律以外の専門家を入れるかどうかという点については設立過程でも議論されましたが、裁判所的な役割を果たすことを前提としていますので、仲裁人を法律専門家に限ることにしました。但し、ドーピングなどの技術的な案件については、裁判所が採用しているように鑑定人や鑑定意見を求められるようにしています。代理人については、規定上付けなければいけないとはなっていませんが、申立事項を法律的議論にまとめていくのは結構大変な作業ですので、弁護士に依頼したほうが良いと思います。また、そうしないと相手に太刀打ちできないと思います。申立費用は5万円ですが、弁護士費用等の準備費用がかかることは覚悟していただきたいと思います。なお、仲裁人名簿は拘束名簿ではありませんので、リストに掲載されていない法律家に依頼することもできます。また、名簿に掲載されている仲裁人のクオリティーを高めるために講習会・研究会を定期的に開催しています。

Q:

判断の求める対象について伺います。私は弁護士ですが、申立をする際に、たとえば「日本代表に選考せよ」という判断を求めるのか、あるいは「日本代表とする」という判断を求めるのか、について悩みました。私の場合は前者を採用しましたが、後者のほうがより仲裁機関として意味を持つのではないかと考えています。また、判断後に代表選手として扱ってもらえないような事態が起こった場合は、従来であれば裁判所に受理されない紛争ですが、判断には拘束性がありますので、受理されるのではないかと思いますが、どのようにお考えですか。

A:

私が承知している限り、裁判所に執行を求めることになったケースはありません。そもそもJSAAの仲裁判断が裁判所によって承認されて執行されうるものか、という問題もあります。裁判所での承認執行を求められるように、たとえば損害賠償を求めることも考えられますが、損害賠償金をもらってもスポーツ選手にはメリットがないことが多いと思います。たとえば、スポーツ選手にとってはオリンピック等の国際大会の代表になることが第1の希望であって、お金をもらっても仕方がない場合が多いようです。決定に問題があればそれを覆して、代表資格が認められる等の正しい状態が実現できるという点も裁判所と違ったスポーツ仲裁の良さだと思います。スポーツ仲裁でどのようなことがどう実現され、また実現できない場合に裁判所にどのように支援してもらうか等々、学問的につめておくべきことがたくさんあるなあと第1回の判断をしながら感じました。

Q:

仲裁裁判での判断は、一般裁判所の判断でも参考として使われる可能性はありますか。

A:

良い判断であれば考慮して使われるでしょうし、悪い判断であれば使われない、という実質の問題だと思います。良い判例が積み重なり、それを検討批判して、学問的にしっかりしたスポーツ法が作られていけば、裁判所もそれを無視することはできないでしょう。そのようなリード機能が仲裁裁判所にあるように思います。

Q:

上訴仲裁部では、高校野球のチームなどは対象としているのでしょうか。

A:

現在のJSAAの対象は、JOC、日本体育協会、日本障害者スポーツ協会の3団体とその加盟団体および準加盟団体です。それ以外について将来的には、ニーズに合わせて対象分野を徐々に広げていくことが考えられると思います。

Q:

たとえば、「オリンピック代表選考の際には記録や体力だけでなく人格的な要素も考慮に入れる」という一文をある種の予防的措置として競技団体が規約に入れておいた場合、それは機能しますか。

A:

オリンピックについては、そのような選考基準が果たして有効なものかということをIOC憲章まで遡って検討しますので、このような規定を入れておいただけで仲裁付託への予防措置になるとは考えられません。その他の国際的な競技大会の場合も、すべて国際競技連盟のルールがもとになりますので、選手の選考方法はそれらによって制約されます。千葉すずさんのケースでは、彼女は「1位・2位は必ずオリンピックに出られる」というルールがあると考えていました。実際、アメリカでは全員の競技水準が高いのでそのようなルールがあります。しかし、日本水連は同じ基準を採用せず、前年度の世界ランキングを代表選考の基準にしていました。千葉さんは五輪選考会で1位でしたが、日本の選考基準に従うと代表基準を満たしていませんでした。この選考結果に対し、千葉さんがCASに訴えを起こしましたが、最終的には選考は正しかったとの判断が出ました。このように、個人競技の場合には非常にクリアカットな基準で代表資格の有無を決めることができます。しかし、団体競技の場合は、選手同士の相性や全体のコンビネーション等さまざまな要素がありますので、選ぶ側の裁量を相当認めざるを得ないということがあります。ある競技のワールドカップに派遣する選手の選考について、協会としてはある選手を派遣したいが、そうすると選にもれた選手からJSAAに訴えられる可能性があるので、派遣選手数を増やす等の措置をとって、未然に紛争の目を摘み取ったケースがあったと聞いています。なぜ、自分が選ばれなかったのか、という気持ちをアスリートの方が持たなくても済むような対応を国内スポーツ連盟がすでにとりはじめているのは間違いありません。また、どうしても派遣したい選手がいるのなら「実績を見る」など、選考基準をはっきりしておけばよいわけです。選考基準を決めておいて、それと別の判断をするから問題になるのです。

Q:

ご自身の専門の国際経済法の研究とスポーツ仲裁には関連性がありますか。

A:

CASに登録されている200名の仲裁人の中にも国際法の専門家が結構います。たとえば、先程お話しましたウエイトリフティングのケースの場合、コーチというのは一体どう位置づけられるのか、というような論点の検討は国際法の専門家ならすぐに気になる点です。コーチは選手を全人格的に監督する役割なのか、もしくは技術だけを教えればよいのか。職務と義務をどのようにとらえるのかということからルールを抽出するわけです。このような議論は、国際法でよくやっています。事物の本性からルールを導き出しながら、公正な判断をしていくという点で、国際法とスポーツ仲裁は相通ずるところがあります。スポーツに関して具体的なルールが少ないのは日本だけではなく、ヨーロッパやアメリカでも同じです。現在、事例が積み重なってきているところですが、このプロセスも国際法と非常に似ています。私は、小田滋氏(ICAS理事/国際司法裁判所判事)が、長野オリンピックで臨時仲裁部を設置するにあたり推薦された3名の日本人の1人として、スポーツ仲裁に関わるようになったのですが、私自身、国際法学者として一定の役割が果たせるように思って今までやってきました。また国際法を研究している立場から見ても面白い分野だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。