転換期に来た米国の通信政策と日本の通信政策

開催日 2003年3月11日
スピーカー 田中 良拓 ((有)風雲友 代表取締役兼国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員)
モデレータ 池田 信夫 (RIETI上席研究員)
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議事録

米国の政策転換と日本への影響

日本におけるDSLの競争状態は、アメリカの競争状態と異なります。このため、日本のブロードバンド産業は、アメリカの政策転換に影響されず継続して発展してゆくと考えております。ただし、日本の政策当局である総務省と、事業者、消費者については影響があると予想されます。総務省に関しては、アメリカのブロードバンド政策転換の発展に関して、対米交渉の政治力増強が図れると思います。事業者に関しては、NTTには順風、NTTでない業者には逆風となる制度改正の可能性があります。消費者に関しては、アメリカと日本が政策転換について論議しているときに、IP電話などの新しいブロードバンドサービスを受けるようになるため、政策転換のいざこざ・影響には巻き込まれず、新ブロードバンドサービスを堪能できることになると思っております。

周波数利用政策についてですが、日本における無線産業の競争状態は、確かに携帯電話サービスに関する点では進んでおります。しかし、政策の点では米国と同程度のレベルであるため、アメリカの政策転換による柔軟な周波数利用―後でご説明しますけれども―を提案するわけですが、その提案に追従しない限り、無線産業の発展は予想できないと思います。具体的に挙げますと、まず第1に総務省と事業者の影響ですが、今のままの状態ですと、総務省への政策の完成度の低さに、民間から批判の声があがると予想されます。2番目に、事業者に関しては、無線技術の発展、また柔軟性の高い周波数利用による新無線サービスというものは、今の日本が考えている周波数利用政策では実現が困難です。アメリカの政策では可能だと考えられますから、日本は常にアメリカより遅れて無線サービスを受けざるを得ません。日本は不利益を被ると思います。

日米通信政策の相違

アメリカでは通信基盤は、ビジネスとして短期評価します。対して、日本は従来から通信基盤には長期的な社会インフラとしての安定供給を重視しています。これが、哲学に関する大きな違いです。アメリカは、ビジネス繁栄のために自由化や競争政策が進められています。逆に日本は、アメリカに追従しようと考えているかどうかは分かりませんけれども自由化・競争政策を進めども、哲学を完全に変えきれずに進めています。このため、頭と体がすれ違うようなアンバランスさがあります。また、アメリカでは、通信不況や消費者利益の減少、つまりバリューが還元されないという理由から、通信基盤をビジネスとして短期評価するという哲学をどうすべきかという議論があります。日本型の安定供給に戻すべきではないかという考えも、コロンビア大学のエローン先生がおっしゃっています。日本の場合ですが、アメリカに比べれば、規制緩和努力はなお必要です。

日本は、通信政策に関しては総務省を中心に、経産省と内閣官房が補完しています。民間には、通信業者や通信機器社、そして、大学教授などがいます。総務省が新しい政策を作り、他の機関が付随する、もしくは間違いを正す仕組みになっています。

ところが、アメリカの場合、組織の数も、人の数も多いことを理解していただきたいと思います。政府は米連邦通信委員会(FCC)を中心に、連邦議会、各州公益委員会、商務省、司法省、裁判所、米通商代表部(USTR)などです。また、民間でも政策のプロがたくさんいます。これだけ関係者がいると必然的に政策レベルが高く、日本と比較にならないほどの議論が交わされます。

FCCの当面の通信政策重点課題は、1番目が競争政策、2番目がブロードバンドの普及、3番目がメディア所有規制問題、4番目が周波数問題です。次に日本の総務省の課題ですが、これは私の推定ですが4つありまして、1つ目はもうすぐ国会で上申される事業法改正、次にNTTと非NTTに関する接続料問題、3つ目に放送デジタル化、最後は周波数問題ではと思っています。ここでお解りいただきたいのは、総務省は振興行政と規制行政をしておりますが、FCCは規制行政しかしておりません。

FCCは、何をやるべきか、何ができないかを理解していて、やるべきでないことやできないことはやらず、できないことはできる人にやってもらっています。つまり、「大人の考え方」ということですね。一方、総務省は、何をやるべきか、何をできないかを理解していなくて、全部やろうとするんですね。そして、これはちょっといい過ぎですが、やるべきでないことを知っていることも多いのですが、やれないといえないことが多く、結果として、子どもみたいになってしまいます。だから、何をしでかすかわからない状態というのが私の見解です。

米国のブロードバンド普及政策と日本

アメリカと日本と韓国のブロードバンドの普及はどうなっているかですが、2002年末の加入者数で見てみると、アメリカが一番多いんですけれども、韓国のほうが日本より多いです。加入者率で見た場合には、韓国がダントツで、100人当たり20.7人。アメリカと日本は6人くらいで、ほぼ拮抗しています。ただ、増加率を見ると、日本のほうが2倍の増加率、倍増していますから、今の状態だと、日本は加入者率ではアメリカを抜いています。

ちなみに日本では快調にブロードバンド、ほとんどがADSLですけれど、この普及が進んでいるんですが、アメリカでは進んでいないといえます。

次に、ブロードバンドの構成ですが、日本はDSLとケーブルテレビが2:1の割合で普及しています。一方、アメリカは逆です。DSLはぜんぜん伸びていません。理由は、通信不況によるDSLの経営不振とRBOC(Regional Bell Operating Company)、地域ベル会社への非協力的な姿勢と見られています。日本では、1年前にアンバンドル(NTTの電話線を自由に借りられる)の問題がありましたが、DSLではそういう協力的姿勢が全然ありません。要するに、新しく新興業者が消費者にサービスを提供するとしても、通常は受け付けなければならないのに、受け付けなかったと考えられます。

結果、2月20日のFCCの以下のような規制緩和の決定がありました。「UNE(アンバンドル・ネットワーク・エレメント)はネットワークの交換機能についてビジネス向けは即時、一般消費者向けは州規制当局の判断により移行期間を設け、アンバンドル義務を撤廃する」。つまり、今までのアンバンドル義務はなくなります。DSL(ブロードバンド)は電話線だけを貸すというアンバンドリングをして、局者から消費者の家までの電話線を貸すというアンバンドリングをしなくていいのです。2番目は、「住宅向け光ファイバー、ラインシェリング等にはアンバンドル義務の対象としない」。つまり、光ファイバーの場合、アンバンドリングを使わせなくてもいいのです。3番目は、皆さんわかりやすいと思うんですが、長期増分費用方式(TELRIC方式)料金算定を見直すという内容です。これは州規制当局の判断によるというところで、絶対的な撤廃ではないということで、規制緩和積極派のパウエル委員長には納得のいかないものになっています。

政策転換の意義ですが、まず「ブロードバンドが普及しないのは、ブロードバンド回線のアンバンドリングに問題があると認識したこと」です。次に、新興通信業者ではなく、日本でいうとNTTの西日本対東日本のようにどんどん競争させて、ブロードバンドを普及させるというもので、「普及の担い手は地域ベル会社である」と考えていることです。3番ですが、「TELRIC方式は、やりすぎの競争のための規制であったと暗に認めたこと」です。

アメリカの政策転換論理とは、アメリカの現状に基づいた政策転換です。これを日本での現象に重ね合わせてみました。1番目ですが、アメリカでも日本でもアンバンドリングをすることは法律上の義務だったわけです。アメリカではCSという新しい通信業者が、アンバンドリングされている地域ベル会社に電話線の貸与を頼んだのに、貸さなかったのですが、日本ではNTTがアンバンドリングを許可したことで、DSLがソフトバンクを起爆剤に爆発的に普及しました。2番目ですが、「ブロードバンド普及の担い手は、新興事業者だけではなく、NTTをも巻き込んだものであること」です。3番目は、―これはアメリカも日本も同じ状態なんですが―「TELRIC方式によって接続料の計算をしていたので、NTTの経営も苦しい状態になっている」ということです。

政策的にアメリカから日本に、どのような関係があるかといいますと、アメリカで制度化されたものを、日本で受け入れて制度化するのということです。簡単に申しますと、日本は、約5年のラグで対日要望を通じて米国の制度を導入しています。TELRICは、アメリカで96年に通信法で決められましたが、日本では2000年に導入されました。アンバンドリングに関しては、アメリカは法律ではなく、96年に運用されましたが、日本では97年のNTT決定後はあやふやでわからなくなっています。ここで知っておいて頂きたいのは、5年くらいのラグで対日要望を通じて日本に導入される経緯があるということです。

米国の対日要望

では、米国は何を日本に要望してくるだろうかというと、2月末の日米規制緩和会合の対日要望は、独立規制機関、支配的事業者規制の強化、接続料、CLEC(新興業者)への規制緩和、NTTドコモ携帯着信料金、線路敷設権が問題になっています。私はここ数年のブロードバンド普及政策の転換で対日要望が変わるかもしれないと思っています。解決されない問題は残ると思いますが、それ以外で予想されるものには、まず3月10日の新聞にも大きく取り上げられましたが、電話接続料がNTT東西で同一料金というのがWTO上理解できないとするもので、アメリカの高官のコメントでも出されていました。また、「ブロードバンドに対するNTTをも含む規制緩和」です。これは電話のみの接続料になると思います。アンバンドリング義務を外されたのは、ブロードバンドを利用するときのみで、一般の電話回線を使うときにはアンバンドリングの義務があるんですね。あと、TELRICについては恥ずかしい限りですので、これについては何もいわなくなるでしょう。

あと、アメリカは日本とは違いブロードバンド普及の赤信号状態で政策転換をしたんですが、規制緩和という点では、問題をすり違えた形で、日本のNTTを含む規制緩和をいってくるのではないかと考えられます。

では、アメリカの誰が日本政府に実質的に要望するのかという点ですが、対日要望、交渉の中心はUSTRと商務省です。あとは民間に関しては、通信機器社と通信業者が弁護士とコンサルを連れて対日要望を作っています。FCCは要望にはほとんど絡みませんが政策の起点になっています。USTRや商務省がFCC政策や業界の声を元に対日要望を作成していますが、USTRは専門性が低いという問題があります。

日本は米国要望にどう対応すべきか

このような構図でアメリカが要望を出してきた場合、日本はアメリカの要望にどう対応すべきかというのをまとめました。まず総務省ですが、「TELRICに関しては妥当な米国見解を要求する」必要があります。これは、1番目がTELRIC要望の非を認め、要望・交渉への態度を変えると宣言するというもの、2番目が政策の成功不成功は社会構造に基づくもので、普遍的でないことを認識するもの、3番目が今後は要望政策の導入責任は、米国は持たないことを明言した上で、要望・交渉することを宣言するというものです。このように、妥当な見解を手に入れるまで、今後一切の要望を紳士的に対処できないことを伝えることです。

次に事業者ですが、NTTに関しては総務省に次のような提案、ブロードバンドに対するアンバンドリング義務・東電等、ベル会社にも適応される対等競争等に規制緩和要求を出すべきです。非NTT業者に関しては、アメリカと状況が違うので、ブロードバンド普及に対するNTTの規制緩和政策は日本には不必要であると主張することです。TELRICが間違っているというのがアメリカでも認められたので、TELRIC算定方式のみならず、電話部分接続用の抜本的改定を要求することで、12%のコストアップを免れます。

最後に消費者は、現在の行政構造だと黙ってみているしかありません。ただ、TELRICの議論を行政と通信業社が行っているのを横目に、消費者はIP電話などの新ブロードバンドサービスを満喫している可能性が高いといえます。

過去の米国の対日要望から学ぶものとしましては、「対日要望導入結果への責任はアメリカ政府は負っておらず、日本政府の自己責任であること」です。アメリカはいいたい放題ですが、責任は日本にあります。しかし、日本政府は責任を持つだけの能力を持っていません。そこで、政府だけでなく民間(事業者、消費者)も自己防衛するために、米国のように政策に参加しないと、アメリカの政策に押される構図は変わらないと思います。

米国の周波数問題と日本

周波数問題については、アメリカも日本も同じですが、どちらとも近年の携帯電話の爆発的普及で周波数の逼迫に苦しんでいます。アメリカと日本がどのような周波数政策を行っているかをまとめます。アメリカは93年に主な周波数オークションの導入をしまして、02年にFCCでSPTF(Spectrum Policy Task Force)を設立し、抜本周波数政策改革に着手。02年11月にSPTFの報告書が完成して、この報告書が政策転換に関連しています。日本は、01年の電波法改正で、電波利用状況公表制度を法制化しています。01年末から総務省で電波有効利用研究会を開催し、今も継続して審議中です。この内容に基づいて、電波法改正で04年に上記研究会の審議を基に、周波数移行補償制度を法制化予定しています。

では、SPTF報告書はどのようなものか見てみますと、抜本的な周波数利用法を4つ提案しています。1つ目は「独占使用権を付与する市場メカニズム方式と、現在の無免許帯で利用されているコモンズ方式を組み合わせた周波数利用方式を採用すべき」というものです。もし「この2方式が有効利用できない場合のみ、現行行政が行う審査方式を採用すべき」というのが2つ目の報告書です。3つ目は「干渉管理のために定量的な指標を導入し、周波数帯別、地域別、サービス別に異なる干渉閾値を用いるべき」とフレキシブルな利用を考えていかなければならないということです。「受信機の技術基準の導入も検討すべき」です。

日本の新政策は、1番目、電波再配分計画の策定、2番目、給付金制度の導入とその費用負担のあり方、3番目は新たな免許手続き、4番目は実験局に関する規制緩和となっています。この日本の新政策とSPTFとの比較をすると、アメリカは周波数利用方法を抜本的に検討することが起点となっているのに対し、日本は周波数逼迫の現状をあくまでも現周波数利用法でどう再配分するかが起点となっていて、周波数利用法は2次的なものになっています。

その結果、アメリカの方が抜本的な周波数利用を考えていますので、柔軟性の高い周波数利用が可能となり、無線産業の活力アップが考えられます。

日本の新政策検討方針の場合、「必然的に米国よりも非柔軟な周波数利用となり、結果的によりよい無線サービスの出現を低くするということを認識する必要」があります。ではどのようにすればFCCのように柔軟な政策をとれるかというと、「FCCのように既存の枠を超えた研究会体制をとらないと、周波数政策の抜本的戦略作成の実現は困難」ということです。

日本の通信業者への影響を考えてみます。携帯サービスは日本が世界のトップですけれども、多くの無線技術はアメリカの、特にベンチャーに頼っているところが多いです。もしコモンズ方式での周波数利用を許せば、爆発的な革新的無線技術がアメリカで実現されると予想されます。また、技術ベースではない新無線サービスの実現も予想されます。結果として、日本は携帯のようなサービス、アプリケーションはトップでも無線サービスの根幹はアメリカに押さえられる可能性が高いといえます。

では、日本の消費者への影響としては、アメリカ発の技術について、購入する形で利用することは可能です。ただし、いつも利用はアメリカより数年遅れるので、消費者へのバリューが落ちると考えられます。アメリカ発の新無線サービスでは、日本の現行路線周波数改革後の制度では利用できないものが出現するはずです。実は、現行周波数利用法でも、アメリカの方が柔軟であるため既に日本で利用できない無線技術・サービスが多くあります。例をあげると、地方のための携帯会社はアメリカには何社もありますが、日本は事実上3社4サービス、携帯は3社しかありません。

最後にまとめますと、日本も、政策と産業間の知識層の厚みと、知識層間の正のフィードバック機能が必要です。また政策や規制は生き物なので、社会状態に応じて転換、緩和や強化は必然であること。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。