日本のシード・ベンチャーの最前線~メインストリームに出だしたスピンオフ型ベンチャー~

開催日 2003年2月25日
スピーカー 五十嵐 伸吾 ((財)UFJベンチャー育成基金総務部長)
モデレータ 安藤 晴彦 (RIETIコンサルティングフェロー/内閣府企画官(経済財政運営総括))
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議事録

私は20年程前に旧三和銀行に入行し、財団法人UFJベンチャー育成基金(UFJ-TECH)に出向して既に10年程シード段階のベンチャー起業を支援しています。

当財団は1983年、旧三和銀行50周年を記念して設立されました。公益法人ですから、利益追求型ではありません。技術指向型中小企業の支援育成を行い、我が国経済の発展に寄与することを目的としています。リスクの高いスタートアップからアーリーステージのベンチャー企業を支援対象としていますが、それが可能だったのは公益事業という割り切りがあったからです。1件500万円までの研究開発助成や債務保証、コンサルティングなどを行っています。400社を助成して7社が公開しています。また、債務保証は236件で、このうち約2割について代位弁済を行っています。

この10年間でベンチャーを取り巻く環境も大きく変遷しています。その中で経験したこと、考えたことを、お伝えしたいと思います。

産業構造の変化と確率コントロールモデル

日本の産業構造は、4つの点で大きく変化してきました。第一に、右肩上がりで一律に成長する時代から、何か「他と違うこと」をしなければ成長できない時代になりました。従来は、市場が10倍になったとすると、シェア10%の会社はそれを維持すれば、市場拡大に伴って10年後には10倍に成長できました。今は違います。

第二に、技術開発では、かつての日本企業は欧米製品を真似て、それをよりよい品質でより安く製造するというキャッチアップ型で成功しました。リニアモデルで将来が見通せました。フロントランナーになった今、そうした手法は通用しません。

第三に、技術標準の視点からは、予めスタンダードが決められている分野は少なくなり、デファクト・スタンダードが一般的になりました。優れた技術が勝つとは限らないのです。第四に、競争の範囲が日本からグローバルに拡大しました。

以上の変化の中で、「現状の延長上で考えればいい」時代は終わり、「明日のことは明日にならないと分からない」時代になったといえます。シリコンバレーでは多産多死で激しい選抜がされます。「強いものが勝つ」のではなく、「勝ったものが強い」。

これは、あるVB経営者の言葉です。そんな結果論の世界で勝つには、確率コントロールという考え方が必要です。ベンチャーの成功確率を日米のキャピタリストなどに聞くと、不思議と「1000に3つ」と揃って答えます。これは実態に近い数字でしょう。

確率をコントロールし、少しでも多くのベンチャー企業が成功するには、重要なポイントが3つあります。第一に、分母が大きくないといけません。開廃業率を見ると日本は少産少死です。また、似たような会社が多数あるのでは、ちょっとした環境変化で全滅する可能性があります。「多様性」を保ちつつ、数がないといけません。

第二に、ベンチャー企業の質を高め、成功企業、つまり分子を増やすこと。成功確率をいかに高めるかという方法論です。ハンズオンはクオリティの向上のためとも言えます。この中には、優れたベンチャー企業をいかに選抜するか、選抜した企業の価値を増大するのに何をするかという2つのテーマが含まれています。第三に、タイムラグへの対応。いまこの会場にいる60人の参加者全員が、一斉にベンチャー起業をしたとしましょう。明日には3人、1週間後には5人が脱落し、ほとんどは消えてしまいます。

5年くらい経ってようやく1社が株式公開に到達するかもしれません。ベンチャー支援というのは、そういうものです。失敗が先に来て、成功は最後に来ます。そのリスクをいかにマネジメントするか手腕が問われるのです。研究開発は従来は大企業による「リニアモデル」が主流でしたが、このような「確率コントロールモデル」への転換を最初に行ったのがシリコンバレーです。日本でも、この3点を考えながらベンチャーに向き合わなければなりません。

VBの戦略とVCの発想

当然ですが、ベンチャー企業のリソースは限られています。ヒト・モノ・カネをやり繰りしながら、いかに大企業と戦うか。そこには、計算された方法論が必要です。

まず、おカネの話をしましょう。資金調達の方法は様々です。大企業とのアライアンス、社債やベンチャーキャピタルファームからの調達、銀行などからの借入。リースやレンタルを利用したり、商社機能を使って建て替えてもらうこともできます。もちろん株式公開もひとつの方法です。

例えば、銀行にとって望ましいのは安定した会社ですし、ベンチャーキャピタルファームにとっては急成長する会社で、その姿勢は根本的に異なっています。ベンチャー企業としては調達資金の性格を理解し、それらを効率よく組み合わせることが重要です。ベンチャーキャピタルファームの投資基準には、「10倍ルール」と「2分の1ルール」というものがあります。新技術・新市場創造型ベンチャーでは、既存の商品やサービスに比べて、同コストかそれ以下で10倍以上の価値を提供できる技術を持つ企業。

新たなバリュー創造型ベンチャーの場合は、成長市場において同価値のものを半値以下で提供できる企業。また、急成長市場に乗って伸びるサービス型企業も対象です。

投資分野としては、近年はIT・ソフトウェアとバイオが好まれてきました。特にソフトウェアの場合、初期投資の主なものは人件費です。比較的小さな投資で、結果をある程度計算できることから人気を集めたといえます。バイオが注目される理由のひとつには、米FDA(Food and Drug Administration)による明確なマイルストーンがあります。これによって、どのレベルのベンチャー企業がどの程度の企業価値を持っているのかが分かりやすいので、投資判断が容易になります。なお、米国ではバイオベンチャーが多数生まれていますが、最初の資金をNIH(National Institutes of Health)が出しているものがかなりあります。ある程度目処がたってから、スピンオフしています。米国のバイオベンチャーでは、初期投資の相当部分を公的機関が負担していることには注意が必要です。一方、同様のマイルストーンがなく、初期投資額の読みにくいナノテク分野は、あまりベンチャーキャピタルファームの関心を集めていないようです。投資形態としては、スピンオフや産学連携などがあります。ここ10年のUFJ-TECHの助成件数を見ると、大企業からのスピンオフ型ベンチャー起業が増えています。

2002年がこれまでの最高で14件中10件。その背景には、大企業が選択と集中を進める中で、コア事業以外の部分を切り離そうとする動きがあります。産学連携助成も増えており、大学発ベンチャーは2003年は13件中7件を占めました。この年にはバイオ投資の件数が多く、その研究を行っているのが大学だったということです。

リスクを背負う起業家を支える仕組みを

キャピタリストの間でよく語られる格言があります。

「昔々、雌鳥と豚が朝食を提供した。雌鳥は卵、豚はハムを用意してハムエッグを作る。雌鳥は卵を生めばいいが、豚はハムにならなければならない」雌鳥はアナリストやインベストメントバンカー、豚はキャピタリストという比喩です。自分でリスクを負って投資する「豚」をいかに増やすか。いまの日本にとって、非常に切実な課題だと思います。ただ、ベンチャーキャピタルファームを含む投資家側は、ポートフォリオを組んでリスクヘッジができます。最も大きなリスクを負うのは起業家です。彼らは「1000に3つ」の可能性にチャレンジしています。そのリスクに応じたリターンが得られる仕組み、失敗しても再起できる仕組みが不可欠です。

安藤晴彦氏のコメント

ベンチャーの世界は「確率コントロールモデル」がキーワードです。その仕組みを日本でどのようにつくるかは大きな課題です。また、UFJ-TECHは公益法人なので、スタートアップ起業を支援しやすいという話がありました。スタートアップ時やそれ以降の各ステージで、どのようなタイプの資金が適切であるのかという議論も今後深めていく必要がありそうです。NIHの話もありました。2兆円のR&D資金が政府から投入され、研究のみならずビジネスにつながる部分が重視されています。SBIRという「スター誕生政策」を使って、良いベンチャー案件を選抜するスクリーニングの仕組みも整えています。日本の類似政策は、このような仕組みにはなっていませんが、非常に重要なポイントです。

質疑応答

Q:

これまでスピンオフ型ベンチャー企業が日本であまり育ってこなかった理由を、どのようにお考えですか。

A:

就職のあり方と雇用の流動性という2つの背景があると思います。最近は起業したいと考える学生も多くなりましたが、彼らと話をすると「最初は大企業に入るが、辞め易い会社はどこですか」と聞かれたりします。辞めて起業をしたいという部分については従来と変わってきましたが、就職は大企業志向です。次に、雇用の流動化。これまでの日本では企業の中に長くいるほど、大きな資金を使って大きな仕事ができるという仕組みがありました。ずっと社内で我慢することが、自己実現につながっていたのです。
ただ、この2つとも時代とともに、徐々に変化しています。日本のベンチャー拡大は、当面はスピンオフに頼るしかないのが現状でしょう。大企業から優秀な人間が出てこないと、グローバルで戦えるベンチャー企業は生まれないのではないでしょうか。大学発ベンチャーの議論もありますが、残念ながら今の段階では一部の分野を除き、大学とビジネスの間のギャップが大きすぎるように思います。また、スピンオフを本格化させるには、出て行った人が戻れるような仕組みも必要でしょう。

Q:

大企業サイドが優秀なエンジニアを引き止めることはないのでしょうか。

A:

いま企業の間で、開発者への成功報酬を高める動きがあります。スター技術者を正当に評価しないと、自社のためにならないという認識が広がってきました。これは、企業が優秀な社員を引き止めるための方策のひとつだと思います。

Q:

半導体のフェアチャイルド社から50社ほどのベンチャー企業がスピンオフしました。
彼らを全部社内にとどめておいたら、凄い会社になったかもしれない。なぜあんなに簡単に手放すのか理解できないところがあるのですが、この点をどうお考えですか。

A:

存在しないものの市場が、将来どうなるかは誰にも分かりません。例えばインターネットの市場はこれほど大きくなりましたが、初期段階で大きな役割を果たしたのはベンチャー企業であって、大企業は参入していません。大企業はそれなりの確証がなければ投資しないのだと思います。誰にも分からないような新技術に対しては、大企業は臆病だということでしょう。

安藤:

フェアチャイルド社からはインテルやAMDがスピンオフしています。東海岸の旧態然とした大企業型マネジメントの中で、制約を感じたため、自らの新技術を活かして自己実現しようとしたのでしょう。その際には、外部に資金提供してくれるキャピタリストの存在があったことは見逃せません。

Q:

「1000に3つ」で、分子の質を向上させるために、キャピタリストにできることはどのようなものですか。

A:

ハンズオン(経営関与)と教育の2つが主なものだと思います。ベンチャー企業のマネジメントに通じていなければ、キャピタリストは投資判断もできません。実際、キャピタリストが自らCEOとなって、ベンチャー企業を大きくした例もあります。その他、技術シードを探している大企業とつなぐという支援もあります。売上拡大のために販売先を紹介したり、PRのためにマスコミ関係者を紹介することもあります。
教育では「こういう場合、このようなリスクがある」といったことを教えることも重要です。
ただ、ベンチャーキャピタルファームだけでは限界がありますから、大学などの取組みが重要でしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。