Asian Integration: What can be learnt from the European Union?

開催日 2003年2月6日
スピーカー Robert Boyer (CEPREMAP(応用数理計画経済予測研究所)教授)
モデレータ 勝野 全裕 (RIETI国際グループマネジャー)
開催言語 英語

議事録

フランスという1国の視点からマクロ経済を見ていましたが、ヨーロッパというものが圧倒的な存在となったことからヨーロッパ統合について調べてみました。さらにメルコスール、NAFTA、日本、そして中国についても興味を持つようになりました。本日は、ヨーロッパ統合から何を学べるかということについてお話します。まずヨーロッパ統合の概略について簡単に触れ、その上で、グローバリゼーションの時代といわれていますが、そこで競われているのは地域統合というゲームであろうということを述べたいと思います。そして時代が変わり、とりわけ国際金融が大きく変化した今日、ヨーロッパ統合の経験をそのまま繰り返すことはできないということをお話します。最後にアジア統合の強みと弱み、さらに日本の戦略について、私の考えを述べたいと思います。

ヨーロッパに見る統合のプロセス

まず、ヨーロッパ統合の経緯ですが、私の見解は、ドイツとフランスの和解、二度と戦争を繰り返したくないという共通の思いから始まり、まず鉄鋼と石炭の統合市場が形成され、徐々に産業の統合をもたらしたというものです。これは大変ゆっくりとしたプロセスでしたが、そこで起こったのがブレトンウッズ体制の崩壊とそれに伴う為替相場の大変動です。1970年代のはじめ、ヨーロッパではすでに共通通貨の必要性が認識されたのです。そして再度、金融規制緩和とそれに続く金融危機を経験し、こうした不安定要素を取り除くことがさらに統合を進める動機となりました。そしてようやく1999年1月のユーロ導入に至るわけですが、その結果また、財政に関する協定、初期(embryo)段階におけるヨーロッパ連合政府の構築、制度などについて協議する必要が出てきます。さらに東欧ブロックの欧州連合(EU)加盟問題もあります。

ヨーロッパから学ぶべき教訓は3つあると思います。1つ目は、政治形態(polity)と経済(economy)の強力な相互作用によって統合がなされた。つまり、政治から始まった統合への動きが経済に波及し、再び条約というかたちで政治に戻ってきたということです。2つ目は、世界貿易機関(WTO)という組織が存在しなかった1950年代当時、ヨーロッパは域内における基本的な市場構成要素を共通化し、みずからの手で単一市場を作り上げなければならなかったということです。ちなみにこの作業は、各国間に大きな価格差がある状況下で行なわれました。3つ目は、アジアと違ってヨーロッパの場合、統合の極めて早い段階から制度設計に取組んだということです。ヨーロッパ市場をつくった途端、域内各国は国内利益(domestic interest)と国境を越えた利益(transnational interest)の衝突という問題に直面します。貿易面で対立が生じ、ヨーロッパ規模で訴訟が争われるようになり、その結果、ヨーロッパ規模の法体系とその成文化の必要性が認識され、ヨーロッパ規模の法律が成立したのです。しかし、この法律がまた新たなロビー活動の引き金となり、貿易摩擦の再燃、訴訟の巧妙化、法体系の深化と成文化のプロセス、そして新たな条約が締結されるという具合に、何重にも弧を描きながら制度設計が積み重ねられて来たのです。そしてもちろん、この弧の軌道はまだまだ伸びていきます。

グローバリゼーションとグローバルスタンダード

私たちは今、グローバリズムの時代というよりもリージョナリズムの時代に生きていると思います。まずグローバリゼーションについて見てみましょう。1990年代に新たな国際化の波が押し寄せ、GDPを上回るペースで輸出額が増加、その輸出額を上回るペースで外国直接投資額が増加、さらに外国直接投資額を上回るペースで資金の流れが増加しました。そしてこの中で、アジアのダイナミズムが生まれました。この1990年代の特徴は、国内経済の低迷にもかかわらず輸出が好調だったことですが、より重要なのは、金融のグローバリゼーションが起こったことだと思います。グローバルマネジメントという概念が取り入れられ、大手投資会社が世界規模で資産構成(ポートフォリオ)の最適化をはかるようになったのです。これが1つ目の要素です。2つ目の要素はグローバルスタンダードです。これについては、たとえばドイツの製造業、アメリカの金融、イギリスの法律というふうに最良の規範を各国から寄せ集めたものという印象があるかも知れませんが、実は驚くことに、グローバルスタンダードと呼ばれるもののほとんどがアメリカのものです。3つ目の要素は、グローバリゼーションというゲームが国内においても繰り広げられているということです。たとえばフランスでは、国際化による便益を最も多く享受している社会経済主体、つまり、専門知識と国際的競争力を持つ経営者たちが減税や民営化など、より望ましい状況を要求しています。まさしく、国際政治と国内政治が絡み合っているのです。

次に、域内貿易の深化について述べます。アメリカは、グローバリゼーションの動きを率先する一方で、メキシコやカナダとの関係を深め、南米諸国の問題に積極的に関与しようとしてきました。域内貿易の貿易全体に占める割合を見てみると、アジアは(約47パーセントで)、約70パーセントのヨーロッパと(約40パーセントの)北米の中間にあります。なぜこのようなリージョナリゼーションが起こっているのでしょうか。アメリカと中国を除いて、国という枠組みが窮屈になりつつありますが、その一方で世界という枠組みは統合統治するにはあまりにも多様で、不均衡と対立に満ちています。こうした状況のもと、地域貿易協定に向けた動きが活発化しているのです。

ここでもう1つの分析ツールを紹介します。アジアの視点で見る場合、貿易という側面に焦点を絞ることができます。この地域の統合において最も重要な役割を果たしてきたのが貿易に他ならないからです。関税同盟の場合、(自由貿易地域と違い)共通の域外関税を取り決めなければなりません。共同市場(common market)になると域内共通の資本移動制度や競争政策が必要となり、単一市場(single market)は共通の規範や基準を有します。さらに進んで経済同盟ということになると、税制、補助金制度、与信制度を何らかのかたちで調和させなければなりません。ヨーロッパにおいては現在、準立憲連邦国家というものをどうやって設計するかをめぐってゲームが繰り広げられているのです。つまり、統合の過程によって異なる分析ツールを用いる必要があるわけです。

ヨーロッパを統合に導いた7つの好条件

ヨーロッパ統合に関するさまざまな報告書を読んでみると、統合を成功に導く上で、ヨーロッパは7つの好条件に恵まれたといえます。第1の条件は、二度とヨーロッパ人同士で戦争しないという政治目標をドイツ、フランス、イタリア、スペインなど各国が共有していたことです。第2は、戦争でヨーロッパ諸国全体が荒廃したこともあって各国間の格差が比較的小さかったことです。第3は、石炭・鉄鋼から製造業へという具合に徐々に統合を進めるかたわら農業については補償制度を設けるなど、まずは小さなステップから始めたことと、同時にその一方で、ヨーロッパ統合の長期ビジョンがヨーロッパ統合の父と呼ばれるジャン・モネらによっては当初から描かれていたことです。第4は、統合を確固として推し進めようとする人々がブリュッセルにいたことです。第5は、製造業の統合によって収入が目減りした農業経営・従業者のために、共通の農業政策のもと補償制度を導入し、補償と引き換えに弱者の賛同をも得たことです。第6は、保護主義との攻防を繰り返しながらも、単一市場における自由競争を始めとする新たな公共財を構築したことです。そして第7は、国内およびヨーロッパの法律のもつれから各国を解き放つために共通の裁判管轄権が確立されたことです。

以上のことがアジアにあてはまるかというと、必ずしもそうではありません。時代も変わったし、地域統合戦略も変わりました。基本的に、NAFTA、メルコスール、アセアンはいずれもヨーロッパの経験の繰り返しではありません。アジアとヨーロッパは、大きく分けて2つの点で異なります。まず、アジアには、強力な政治的意思がなく、1950年代当時のヨーロッパに比べてはるかに大きい域内不均一性が存在し、自由貿易協定はじめ域内共通の諸条約を擁護するための共通の制度が存在しません。2つ目の大きな違いは、今日、金融が決定的に重要な要素になっているということです。

アジア通貨基金構想はなぜ失敗したのか

アジア通貨危機を始点とするアジア統合についての私の見方はこうです。アジアは貿易と投資という側面で事実上統合された状態にありますが、金融危機によって各国の競争優位性が変化しました。これをきっかけにアジア通貨危機がもたらした負のインパクトが認識され、域内各国の中央銀行によってスワップ協定(チェンマイ合意)が締結されました。今後、おそらく中央銀行の代表者が定期的に会合を開き、相互信頼の構築をはかることになるかも知れません。その上で、通貨政策調整に必要な条件について検討することに任務が限定されたアジア通貨機関のようなものが設立され、通貨管理を改善し、アジア諸国の金融統合の深化が起こり、その結果、域内諸国は相当な経済利益を享受し、そのことがさらなる統合への新たな動機となり、貿易障壁撤廃に向けた動きにつながっていくかも知れません。こうして通貨安定を実現した結果たどり着くのは、単一市場ではないという可能性もあります。あくまで想像の話ですが、最低限必要な条約締結に向けて政治家たちがようやく重い腰をあげるかも知れません。最終的には、各国中央銀行は同じ考えを持つようになり、為替制度についての議論も必要になってくるでしょう。

ヨーロッパ統合について要約すると、統合の手段として1970年当時に実施された貿易の自由化が地域経済統合の動機となり、金融自由化が単一市場の存続を脅かした結果、単一通貨についての構想が生まれたということになりますが、アジアについての見方は相当異なります。今日、国際金融によって安定が揺るがされていますが、この状況下で金融安定化をもたらす最低限のルールを作り出すことができれば、それが金融統合への誘因となり、より効率的な資本配分やマクロ経済の安定化をもたらし、その結果、単一市場への条件が整うことになるかも知れません。経済が急速に成長している地域を統合するのは簡単です。ヨーロッパの共同市場も経済が6~7パーセント成長の頃に実施されたので、比較的簡単でしたが、アジアにおいても、貿易関係は引き続き深化しており、統合を容易くするダイナミズムがあると思います。しかし反面、アジア諸国間には相当大きな不均一性があります。たとえば人口規模で見ると中国とシンガポールの格差はとてつもなく大きく、1人あたりの国民所得や人材開発のレベルも国によって大きな差異があります。政治体制についても中国の共産主義と台湾の資本主義という具合に異なります。統合を困難にする要因がもう2つほどあります。ドイツとフランスについてもいえることですが、たとえば日本と韓国は同じ製品を輸出していますが、その品質に差があります。さらに経済発展の度合いについて貧しい農業国と先進工業国の間に相当の格差があります。外側から見ていると、このように利害、規模、発展段階に大きな格差や差異が存在するなかで各国の利害を調整するのは極めて困難に思われます。

アジア通貨危機をきっかけに提案されたアジア通貨基金(AMF)構想がなぜ失敗したかについて、私なりの解釈を述べます。まず第1に、最適通貨圏の条件が揃わなかったということが理由ではないと思います。第2に、公債の対GDP比率やインフレ率など、マーストリヒト条約に示された通貨統合への条件をアジア諸国は果たすことができるか、おそらくできないだろうということです。第3は地政学的な要素ですが、国際通貨基金(IMF)、とりわけアメリカが地域通貨基金との競合を望まなかったということです。見方によってはアジアとヨーロッパは極めて対称的です。アジアではすでに資本や労働の流動化が起こり、経済も開かれています。ヨーロッパが通貨統合に向けて動き始めたときの状況とそれほど違いません。マーストリヒト条約の収斂基準(コンバージェンスクライテリア)についても、台湾やシンガポールを含む何カ国かは達成可能です。したがってAMFの敗因は、経済的なものというよりは政治的なものだったと思います。

ヨーロッパから見ると、アジアのプラグマティズム(実用主義)と柔軟性を羨ましく思いますが、アジアにもアジアのジレンマがあります。日本をはじめ各国がさまざまな協定を締結しようと交渉していますが、私たちヨーロッパ人が驚かされるのは、アジアでは多国間協定にむけて数々の二国間交渉が行われている点です。域内でより大きな交渉力を発揮するために二国間貿易協定を締結するという戦略で、現在は域外に対する交渉力を強化すべく、アジア統合というゲームを始めた段階なのだろと思います。ヨーロッパの戦略とは対照的です。ヨーロッパの場合は原加盟国を固定し、まず原加盟国間の関係を深化させた後、最終段階で新たな加盟国を受け入れるという手法がとられました。

日本の戦略と中国の台頭

日本の戦略はどういう結果をもたらすでしょうか。日本はチリと同じ戦略をとっているように思えます。チリは、NAFTA、ヨーロッパ、メルコスールと一連の交渉を行ってきましたが、その目的は何らかのプレミアム(上乗せ)を勝ち取ることでした。しかし日本は大国なのです。にもかかわらず、その二国間協定の項目を見ると、例えばメキシコとの自由貿易協定はNAFTAへの足がかりを得るためのものとなっています。韓国、中国、あるいはシンガポールとの協定についても、日本の戦略は、域内統合に向けた制度深化をもたらさないという意味で、きわめて幼稚なものになっています。戦略の選択肢はいくつかあります。たとえば、1)アジア発展のためのアドホック的な協力を進める、2)まず、日韓自由貿易協定を締結する、3)交渉の枠を他の諸国に広げる、ということが考えられます。そして4)通貨・金融統合ですが、これについてはAMFなどさまざまな手段があると思います。最後の選択肢として5)中国から統合のプロセスが始まることになるかもしれません。統合の結果は、交渉の条件しだいでかなり違うものになると思われます。選択肢それぞれについてプラスの要素とマイナスの要素があります。最適最良のものというものは存在せず、それぞれの優れた部分だけを集めるというわけにもいきません。政治交渉と政治決断をもって選択しなければなりません。

中国台頭の影響について述べます。アジア通貨危機後の数年間で、韓国および台湾の対中輸出が驚くほど増加していますが、当然のことながら、輸入国としての中国がより大きな存在になることは、アセアン、台湾、日本にとって重要です。中国は、プッシュ要因(輸出国としての役割)とプル要因(輸入国としての役割)の両面で、アジア統合の推進力となっています。また、中国は単に低熟練労働者を大量に抱えているのではなく、潤沢な超低賃金労働者の予備軍が控えていることを認識すべきです。この点については、シンガポール、韓国、日本はいうまでもなく、その他のアジア諸国と比較しても中国は傑出しています。最後に外国直接投資ですが、アジア通貨危機以降、対アジア外国直接投資額は減少しているものの対中投資の占める割合は増加し、外国直接投資の中国一極集中が起こっています。

このようなメカニズムはどのような結果をもたらすのでしょうか。世界という枠組みに広げて考えてみましょう。まず、アメリカは世界における「最後の消費者」です。ご存知のようにアメリカ人はバブルが崩壊してからもなお、買い続けているのです。アメリカ人が将来についてどの程度確かなものと感じるかは、世界経済の行方を占うケーススタディなのです。次に、日本人は信じがたいほど高い貯蓄性向を示し、投資が落ち込んでも貯めて、貯めて、貯めまくっています。日本は「最後の貯蓄者」というわけです。そして中国は「最後の工場」です。さて、この構図のもと世界に幸せが訪れるでしょうか。世界を簡単なモデルに描いてみました。世界経済の推進力たるアメリカは、中国から「購買」します。日本は米国の対外赤字を埋めるべく「資金供給」しますが、その一方で中国に「投資」します。中国は日本を「非工業化」させ、その結果、日本国内は緊迫化し、アジア統合に対する緊張感も高まるかも知れません。一方で国際金融においてもひずみが生じてきます。こうした2つの悪循環から逃れるにはどうすればいいのか、その答えはわかりません。

結論を述べます。第1に、私たちは画一的なグローバリゼーションというよりも地域統合の時代を迎えています。これは、北米、南米、ヨーロッパ、アジア、いずれの地域についても言えることです。第2に、通貨政策を調整し、地域の金融安定をはかることは、リージョナリズムを進める上で、いい目的となり得ます。第3に、アジアとヨーロッパは極めて対称的な課題に直面しています。アジアでは最終的に多国間組織・制度が必要になると思われますが、とりあえず政治的妥協を引き出すために最低限の多国間制度を構築するのが得策と思います。しかし統合への動きを先導するのは政治家ではなく、企業、銀行、中国社会、あるいは日本企業や多国籍企業です。一方、ヨーロッパは、革新性や企業家精神という面で立ち遅れています。確かにヨーロッパはゴーン氏を「輸出」し、その経営手腕は高く評価されていますが、彼のように有能な経営者は今のヨーロッパにそう多く残っていません。そして国内およびヨーロッパの制度改正という点でも問題があります。冗談を交えるなら、アジアは「若かりし頃のジャック・ドロール(ヨーロッパ統合の立役者)」を輸入し、ヨーロッパは活力に満ちたアジアの経営者を輸入して、ドイツやフランスをはじめ各国の製造業を立て直すべきということになります。そして最後に、国際システムの安定性に若干の懸念があります。まず、中国と日本で徐々にデフレの危機が進行していますが、これは製造業における過剰設備を通して全世界に広がる危険性があります。アジア、そして中国の暴走にブレーキをかけるために必要な資金の膨大さを考慮すると、再び金融危機が起こらないとはいい切れません。

質疑応答

Q:

伝統的な考え方によれば、多国間主義が何らかの障壁にぶちあたるとリージョナリズムへの動きが出てくる傾向があり、WTOその他の多国間枠組みにおける議論では、リージョナリズムはグローバリゼーションや多国間主義を補完または強化する限りにおいて歓迎すべきものと考えられています。今日うかがった内容からすると、ボワイエ教授は少し違う見解をお持ちだという印象を受けましたが、いかがでしょうか。

A:

やろうと思えば、完璧なグローバル経済制度を描くことは可能で、リージョナリゼーションは必ずしも必要ではありません。ただし、大事なのはこの先10年、20年あるいは30年の間、その完璧な制度は存在しないだろうということです。リージョナリズムというのは2つの側面を持つ戦略です。とりあえず地域連合を形成し、交渉を重ねる。その一方で、もし自由貿易協定が実現すれば、その地域連合は次の段階、多国間システムへ進むいい足がかりになります。単一市場を形成することによって、その域内における貿易自由化にむけた圧力が高まるからです。その結果さまざまな障壁が取り除かれれば、たとえばアメリカなど域外に対する交渉力も高まります。もう1つの議論は、政治的妥協点を見出すためには、各地域ともその範囲を限定する必要があることです。拡大する南北格差を考慮すると、グローバルな枠組みで政治的合意を引き出すのは大変困難です。そういう意味で私の議論はグローバリゼーションを補完するものです。確かに、多国間主義で問題を解決しきれないとリージョナリズムに救いを求める傾向がありますが、これは双方向にシフト可能で、再び多国間枠組みに戻ることもできるし、これを足がかりにたとえば3カ国間協議を始めることも可能です。いずれにしてもいいスタートになると思います。

Q:

ヨーロッパの経験を踏まえてアジアの統合プロセスを考えた場合、経済統合が実現するまでにどの程度、通貨統合という段階が続く必要があるでしょうか。ヨーロッパの場合、段階を踏んで何年もかけて統合が進んできたようですが。

A:

ヨーロッパの通貨統合はきわめて長い年月をかけて実現したというのが私の考えです。1970年代に構想が生まれ、一時的な安定、スワップ協定など長いプロセスを経て実現しました。私が考えるアジア統合のシナリオは、中央銀行間協議の場を設け、事実上のスワップ制度を導入し、経済政策を評価する共通の基準を設定するというものです。これは長期にわたるプロセスかも知れません。しかしアジアにおいてはすでに多国間枠組みで統合が起こっており、2つのプロセスが並行して進んでいます。貿易投資が深化し、通貨金融面の安定化を促しています。おそらく5年、10年後には、深刻な為替危機に陥り、為替安定化の措置がとられ、この段階で止まる可能性もあります。単一通貨に移行するには相当の政治決断が必要になるからです。もう1つの可能性として、不安定化の結果、アジアで金融統合が起こるかも知れません。

Q:

貿易統合と金融統合の相互作用が今まさしくアジアで始まったところですが、ヨーロッパの専門家は、アジアはヨーロッパに学ぶべきという人々と、ヨーロッパ統合はヨーロッパの特殊事情に根ざしたものなのでアジアが参考にすべき点はないという人々の2通りに分かれますが、ボワイエ氏はそのいずれでもないように思います。私自身は、統合のプロセス、制度化、政治主導という3点で、アジアがヨーロッパに学ぶべきは大いにあると思います。ただ、ボワイエ氏はアセアンプラス3のプロセスを過小評価されているように思います。チェンマイイニシャティブのみならず、日-アセアン、中-アセアン、日韓などのFTA締結への動きはすべて、アセアンプラス3から派生するかたちで起こっており、こうした一連の二国間・二地域間FTAが集約すれば、グローバルな貿易システムにおいて大きな存在となり得ます。また、AMFについて、ボワイエ氏は通貨協定と結び付けてお考えのようですが、AMFは通貨協定の有無にかかわらず存立し得るものです。もちろんAMFに為替レート安定のための相互調整機能を持たせ、地域における通貨流動性を確保することは可能ですが、それは将来のステップになると思います。

A:

すべてをコピーするわけにはいかないが、参考にすべきことが何もないわけではないというのがヨーロッパ統合についての私の考え方です。最低限の制度は必要だと思います。ヨーロッパには役人が多すぎるという見方もありますが、統合のためにやるべき仕事の分量を考えると少なすぎるくらいだと私は思います。

Q:

地域統合と国内改革の関係が重要だと思います。アジア諸国は、地域統合への動きをテコにどこまで国内改革をすすめる覚悟があると思いますか。

A:

フランスの政治家は「ヨーロッパ統合はいい」という考えを広げることに成功したので、統合のコストについてのあっさりと認め、企業に課税し農民に補填しました。敗者救済のメカニズムをつくり、調整のための猶予を与えたのです。アジアでも同じことができると思います。フランスで実施された改革のほとんどは、ヨーロッパ統合というテコなくしては実現しなかったと思います。

Q:

ヨーロッパは何世紀にもわたる戦争を経験し、戦争を二度と繰り返さないという強い政治的意思の下に統合が進みましたが、アジアは約60年前にたった一度の大戦争を経験しただけで十分でしょうか。ヨーロッパにおけるフランスとドイツはアジアにおける中国と日本に似ていますが、日本は中国とどう付き合っていけばいいと思いますか。

A:

シャルル・ドゴールは1962年にドイツに行き、ドイツ語でドイツ国民に対する信頼の念を表明しましたが、たとえば日本の首相が韓国に行って韓国国民に対して同じことをする、そして、中国の首相が日本に来て日本語で日本人に対し敬愛や友情の念を示す、そういうことができるようになれば、相互信頼を構築できると思います。信頼はとても重要です。信頼がなくても貿易はできますが、金融面で共通のメカニズムを導入するために信頼が不可欠です。いくつもの戦争を経ることなく、一度の戦争で学び取るべきです。中国とフランスについてですが、たしかに地政学的に似たところがあります。ただしドイツとフランスの場合、双方とも戦争で疲弊して似かよった状況にありました。一方、日本は80年代の好景気の後、バブルが崩壊して景気低迷が続いているのに対し、中国経済は急成長を遂げつつあり、アンバランスな関係にあります。ドイツとフランスの政治家は、戦争を繰り返さないという意志だけでなく、経済についても共通の利益を見出し、協力の足場とすることができましたが、日本と中国はそういう状況にありません。自国経済が脆弱なまま交渉を進めるのは難しいと思います。

Q:

EUとNAFTAを比較して、最も重要な相違点と相似点は何でしょうか。

A:

NAFTAは基本的に米国を中心に、米-カナダ、米-メキシコという2つのFTAおよびカナダ-メキシコへの若干の波及効果から成る、きわめて非対称な3カ国間協定です。アジアはNAFTAを参考にできるかもしれませんが、どの国が車輪のハブとなりどの国がスポークとなるのか明確でありません。NAFTAは経済・金融界に押されるかたちで始まり、今も主に経済が推進力となっているのに対し、ヨーロッパは政治的意志から始まり、途中から政治と経済の相互作用が出てきたという点で明らかに異なります。経済的理由で統合が進んだという点で、NAFTAはアジアに似ているし、2カ国間協定から派生したという点で学ぶべきことがあると思います。

Q:

アジアには統合のために必要な政治的リーダーシップがあるでしょうか。

A:

中国にはあるかもしれません。しかし、リーダーシップはできれば小国がとった方が他の国が受け入れやすいと思います。ヨーロッパにおけるオランダがそうでした。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。