中国人民元の行方

開催日 2003年1月20日
スピーカー 関志雄 (RIETI上席研究員)
モデレータ兼コメンテータ 津上 俊哉 (RIETI上席研究員)

議事録

ご紹介にあずかりました関でございます。本日は「人民元の行方」について報告させていただきます。テーマが非常に広いということで、3部構成で進めさせていただきます。まず第1部として、人民元の切り上げの可能性。第2部としては、元と円から見た日中相互依存関係。第3部では、人民元の中長期的展望を検討していきたいと思います。

人民元の切り上げは可能なのだろうか

まず、現状では人民元は確かに上昇圧力にさらされているとみています。人民元はどういう要因で上がるのかというと、やはり対外収支が最も重要なポイントではないかと思います。貿易面では、中国の貿易黒字が拡大しています。具体的には、昨年の数字ですが、輸出輸入方面ともにほぼ20%増えていまして、貿易黒字は2001年と比べたら約30%増えて300億ドルに達しています。世界経済全体でみると、決して景気がよくない中で、なぜ中国だけ輸出が20%も増えているのかというと、恐らくWTO加盟が中国にとって予想以上にプラス要因として働いているのではないかとみています。需要側の論理よりも供給側の論理で、直接投資流入が全部で12.5%増えて、500億ドルを超えています。一方、資本収支の方に関しては、昨年、外貨準備は何と年間742億ドルも増えまして、2864億ドルに達しました。これは、それぞれ非常に大きい数字です。

こういう状況の中で、海外からも人民元の切り上げに対していろいろな声が上がっています。しかし、公の場で中国政府に圧力をかけて人民元を上げなさいといわれると、中国政府は非常に応じにくいのではないかと思います。しかも、中国が今、世代交代というか、3月に首相の交代などもあり、人民元の切り上げを実施するには、タイミングとしてはまだ悪いのではないか、もう少し中国に余裕を与えた方がいいのではないかと思います。中国側としても、まだ慎重な姿勢を崩していません。

客観的にみて、安い賃金を維持することによって中国は本当に得するのかということに関しては、私は疑問をもっています。そもそも外貨準備というものは多ければ多いほどいいというものではない。中国の概念からみると、調達金利の方が運用金利を大幅に上回っているので、外貨準備を高めれば高めるほど、損をするというシステムになっています。また、国内の政策を考える際にも、外貨準備が増えているということは金融政策の運営が非常に難しくなってくるのです。

幸か不幸か、今、中国は日本と同じ形でデフレになっています。80年代後半の日本もそうでしたが、物価が上がらないかわりに資産価格が上がって、中国も資本市場にはいろいろ問題を抱えて、株価は必ずしも上がってはいないですが、そのお金が不動産市場に流れて、不動産の価格が高騰している状況になっています。また、海外関係でいうと、既に触れましたように、海外からの批判もありますし、実際、日米を問わず、中国との貿易不均衡が拡大している段階なのです。特にアメリカの場合、対日赤字よりも、むしろ対中赤字の方が多くなっているということで、アメリカの景気がさらに悪くなれば、いずれ中米間の貿易摩擦が激化するのではないかと私は心配しています。したがって、人民元の切り上げは、経済学の論理から考えると望ましい。そうであれば、どういう形で行われるのか、考えていきたいと思います。

多くの日本の方々は人民元が3割、4割上がれば助かるなと思っているのではないかと思いますが、中国ができるのは、せいぜい年率3、4%程度の切り上げではないかと思います。それでも、3、4年も続けば20%ぐらいになるので、決して小さい数字ではありません。それを契機に為替制度の変更も必要になり、今の固定為替制度であるドルペッグから、もっと柔軟なやり方に変わっていくのではないでしょうか。

そもそも、なぜ柔軟なやり方が必要なのかというと、経済学の教科書では、どこの国でも自由な資本移動、独立した金融政策、さらには為替の安定、この3つの目標を同時に達成することはできないということになっています。つまり、(1)自由な資本移動をあきらめて、資本制限をしながら、そのかわりに自由に金利を上げたり下げたりすることができ、また、金融政策の安定を維持することができているというシステム。今、中国の場合は、この形をとっています。(2)独立した金融政策を放棄するかわりに、自由な資本移動が維持でき、固定レートも維持できるというシステム。(3)固定為替制度を放棄して、変動レートを採用する。それによって、自由な資本移動も独立した金融政策も維持していくシステム。この3つがあります。

これからの中国の方向性といえば、恐らく(1)が少しずつ(3)の方に、いわゆる日本に近い形にシフトしていくのではないかとみています。実際、公式的には資本制限はしているのだけれども、WTO加盟を経て外国の金融機関も入ってきているし、その制限が余りきかなくなってきています。実質上、資本移動が自由化にみずから進んでいるという状況の中で、金融政策の有効性を保つためには、固定為替レートをあきらめなければならないという段階にあるのではないでしょうか。この固定為替レートのかわりに、管理変動制(BBC:バンド・バスケット・クロール)というシステムがいいのではないかというのは、多くの中国経済学者の中でも議論されています。このシステムなら3、4%の年率で上がっていくということなのです。

この話をすると、人民元の固定レートから変動レートへの移行と資本移動の自由化、この2つが同じではないかとよく誤解されます。しかし、やや区別して考える必要があるのではないかと思います。むしろ、今、外貨準備もたくさんもっているのですから、ドルペッグからの離脱という意味では、既に機が熟していると私は思っています。しかし、政府がみずから資本移動の自由化を推し進めるということに関しては、私はもちろん反対です。それは、アジア通貨危機から我々が学んだ大きい教訓の1つでもあるからです。発展途上国の場合は、金融制度、銀行部門を中心にまだ不良債権の問題が解決されていない。非常に脆弱な状況のもとでは、海外開放、資本移動の自由化を急ぐべきではないと思っています。

人民元が上がると日本経済はどのような影響を受けるのか

次に、日中関係をこの為替変動を通してみてみたいと思います。そのときに非常に重要なのは、日中関係を補完的とみるのか、競合的とみるのかです。それによって結論が大きく変わってきます。90年のときには、競合度が日本からみた場合では3%。その後の2000年では16%程度になっています。これは、ほかのアジアの国々に比べて、まだ日中関係は競合の度合いが低いのではないかと思います。

これを頭に置いて、まず中国の台頭、日本のデフレを考えると、経済への影響に限って考えても、よい面と悪い面と両方あるかと思います。悪い面でいいますと、中国からの輸入、もしくは中国の輸出価格が全体的に下がっていくということ。これは、日本の国内市場に限らず第三市場も含めて、需要のチャイナシフトは残るという形で、単に価格が下がるだけではなく国内の生産も下がり、心配な点が多いのです。

しかし、それとは逆によい面もあります。多くの日本の企業が中国から中間財を買っています。その場合は、その値段が下がれば、需要曲線、供給曲線の部分で考えると、供給曲線の方が下がるという形で価格は下がるのだけれども、生産に対しての影響に限っていえばむしろプラスになります。マイナスの影響とプラス影響、両方ある中で、どちらが大きいのかということを考えるときには、まさに日中関係が補完的とみるのか、競合的とみるのかによって、影響というのは違いがでてきます。私は、補完関係というサイドに立ちますと、むしろよい影響の方がメインではないかと言っています。これは、あくまでも日本企業の立場に立って議論しているのですが、一歩下がって、いわゆる消費者の立場に立ったら、すべてよいことになります。

今の話を逆さまにして、人民元が切り上げられると日本経済はどういう影響を受けるのかという説明に入ろうかと思います。人民元が切り上がることになりますと、中国の輸出価格がドルベースでみたら上昇します。したがって、需要のジャパンシフト、つまり日本の製品に対して需要が増えるというプラスの面が期待されます。しかし、さっきの補完関係、競合関係の話に戻りますと、実は日中間で競合している部分が非常に小さいということを考えれば、このシフトの幅が非常に小さいということになります。おまけに、もし人民元が高くなって、中国経済が失速すれば、日本から機械とか部品とかを買わなくなるという形での所得効果の方が大きくきいて、需要曲線が逆の方向に戻るのです。全体的にみたら、生産には企業サイドに限ってみても、むしろマイナスではないかと思います。

さらに、供給側では、さっきとは逆に中国からの輸入は高くなるということで、日本の企業にとって生産コストが高まり、生産にとってもマイナスの方向でいくということになります。したがって、需要側でも、供給側でも、人民元が上がれば日本経済が助かるというのは、必ずしも正しい認識ではないと思います。なぜ正しくないかというと、それは日中関係が強い競合関係にあるという前提になっているからなのです。

中国が日本に対してよく、円安になると、中国が大変だと批判しているのですが、実はこれも同じ理由で間違っているということになります。円が安くなると、やはりマイナスの面とプラスの面の両方あります。よくマイナスの面が強調されているのですが、円が安くなると、アジア側からみて日本からの直接投資流入が下がっていく。さらには、アジア企業の競争力は、少なくとも日本企業に対しては下がっていくという1ヵ所の側面で打撃を受けます。しかし、余り議論されていないのですが、実はプラスの要因もあります。1つは日本からの輸入価格の低下。さらには、中国もそうですが、日本政府から円建てで借金している場合、円高のときにはドルで返すと大変なことになりますが、円安になったら利息だけではなく、元本の部分を含めて債務が軽くなるということになります。マイナスの要因とプラスの要因が両方働いて、どちらが大きいかというと、中国の立場に立ちますと、日本との関係が競合的なのか補完的なのかというところにかかってきます。

今度は、中国の立場からみるので、さっきの趣旨と若干違うのですが、それでも日本と競合している部分が全体の4分の1程度ということで、まだまだ競合性が低く補完性の方が強いということになります。そうなりますと、円安になったら本当にマイナスの影響の方が大きいかどうか、私は疑問を感じます。むしろ、まだ発展段階の低い中国、インドネシアあたりは円安のメリットの方が大きいのではないかと思っています。

人民元は中長期的にみてどう動いていくのか

最後に、3番目のテーマ、中長期的にみて人民元はどう動くのかという話に入りたいと思います。まず、1つの事実関係を確認したいと思います。確かに78年ごろから中国が改革開放の道を歩んでから高成長を遂げ、平均9%前後の成長率を遂げたにもかかわらず、中国のGDPはトータルでみて、アメリカと同じドルベースで比較しますと、少しでこぼこはあるのですが、初期の水準とほとんど変わらない。10%程度のままにとまっているという非常に不思議な状況になっています。もし中国とアメリカの実質成長率の格差だけを考えれば、中国のGDPは既にアメリカの3倍を超えている計算になるはずなのに、そうなっていないのは、人民元の対ドルレートが下がっているからなのです。名目ベースだけではなく、実質ベースでみても、やはり大幅に下がっているということを反映しています。実際、単純に人民元の名目対ドルレート、実質対ドルレートをみても、78年当時と比べたら名目レートが約80%、実質為替レートは約70%差が出るという状況になります。

では、なぜ人民元が中長期にわたって下がっているのか考えてみます。経済のファンダメンタルズでものを考えるときに、バラッサ・サムエルソン(Balassa-Samuelson)という仮説があって、中国みたいに高成長である国ほど為替レートが上がっていくという法則があるのですが、中国の場合はこういう現象がみられないどころか、むしろ逆に大幅に下がっているということになります。なぜバラッサ・サムエルソンの法則がきかないのかというと、1点目として、中国はまだ余剰労働力をものすごく抱えているという点、2点目としては、中国が輸出すればするほど輸出価格は下がり、自分の国の交易条件が悪化するという、一種の豊作貧乏という状況が生まれてしまっているからではないかとみています。

バラッサ・サムエルソンの仮説に関して簡単に説明しますが、高成長の国では大体貿易財部門の生産性が上昇すると、それを反映して貿易財部門の賃金も比例して上がっていく。そして、同じ国の中では統一した労働市場があれば、賃金水準は大体他部門の間で均衡化するという傾向がみられますので、非貿易部門の賃金が上がらなければならないというようになっています。それを反映して、非貿易財の相対価格の上昇という現象が起こります。その場合、為替レートが固定為替レートであれば物価全体が上がっていくということになりますし、変動為替レートを採用していれば為替レートを上げなければならない。いずれの場合においても結果は同じで、為替レートが上がっていくということになります。

では、なぜ中国の場合はバラッサ・サムエルソンの法則がきかないのかという話に戻りますと、生産性はあっても農村部では1億5000万人とも2億人ともいわれる余剰労働力があるので、生産性が上がってきても賃金は上がらないし、為替レートも上がりません。このような状況は、ほかの途上国と比べたら少し特殊なのかなと思います。

2点目の、なぜ為替レートが下がりっ放しになっているのかというのは、中国が労働集約型製品をどんどん輸出して、向かない技術・資本集約型製品を輸入するということで、この需給関係の変化によって中国みずからの交易条件が時代とともに下がってきています。それにつられる形で人民元が下がってきたといっていいのではないでしょうか。

この2点を踏まえて、人民元はいつ、どういう条件のもとで、今までの下がりっ放しの状況から上昇傾向に転じるのか、または豊作貧乏から卒業して、為替レート、交易条件が改善の方向に変わるのか、ということを考えます。それは、従来の労働集約型製品ばかり輸出するというところから、これを少し抑え目にし、そのかわりに、技術集約型製品も一部は国内でつくるようにします。そうなると、需給関係が逆の方向に変わりますので、中国の交易条件が改善するということにつながって、人民元も上がっていくだろうと思います。

こんな難しい言葉にしないで簡単にいうと、どこの国でも自国の製品がまだ安かろう悪かろうの段階では為替レートが安い。しかし、いいものをつくれるようになれば、為替レートが上がっていくのです。最近、メード・イン・チャイナのイメージも相当よくなってきていますし、経済のファンダメンタルズ対外収支をみても、中国の人民元が下がりっ放しの段階から、もう転換点に差しかかって、そろそろ上がる方向に変わるのではないかと思っています。

ただ、本格的に第2次プラザ合意が続くと期待するのはどうやらまだ早い。なぜならば、まだ余剰労働力の問題に関しては、当分解決できないからなのです。早くても、まだ20年ぐらいかかるのではないかなと思います。

また、人民元が中長期的に上がっていくということは、何を意味するかといったら、中国がいつGDPで日本を抜くのか、将来的にはさらにアメリカを抜くのか、ということです。こう考えたとき、恐らく中国トータルのGDPが日本を抜くのに20年はかからない。その次にアメリカを抜くのは、今世紀の半ばごろの2050年前後になるのではないかと思います。もちろん日本の経済成長の低迷などの影響があるのですが、大胆に予測すると、これから人民元は下がることなく、最初の10年、20年ぐらいは緩やかな引き上げで、その後はもう少し上がっていくという形で、こういうシナリオが描かれるのではないかと思います。

質疑応答

Q:

人民元の切り上げ問題なのですけれども、日本とアメリカの関係をみますと、日本の対米黒字が非常に大きくなった段階で、アメリカの圧力が相当強くなり、円の切り上げ、あるいは資本の自由化を含めた、いわゆる日米摩擦が非常に激しくなったわけですけれども、今のところアメリカにおける貿易赤字は中国が1番なのに、余りそういう圧力がないように思うばかりでなく、アメリカの学者の中には、日本における中国をめぐる問題で、責任転嫁もいいところだというように、非常に日本の対応を批判するというような雰囲気になっています。それに比べて、アメリカの中国に対する対応はのんびりしているなという感じがあるのですが、それはどのようにごらんになっているでしょう?

A:

日米貿易関係と中国とアメリカの貿易関係で1つの大きい違いは、日本の対米輸出の場合は、日本企業による支出がほとんどで、アメリカの企業が日本でつくって逆輸入するという話は非常に少なかったのです。今の中国の対米輸出に関しては、その大半、半分以上といっていいのですが、アメリカの企業が中国に工場を建てて、その製品をまたアメリカに逆輸入するということですので、中国の輸出業者の利益を代弁する人は、最初からアメリカの国会の中にはたくさんいるということなのです。ほとんどの製品にわたってこういう関係になっていますので、これはある程度貿易摩擦を抑える、今の人民元切り上げの圧力を緩和する力として働いているのではないかと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。