京都議定書の第2約束期間を考える~制度(設計)工学の地球温暖化対策への適用~

開催日 2002年12月25日
スピーカー 安本 皓信 ((財)地球産業文化研究所参与)
モデレータ 今野 秀洋 (RIETI客員研究員)

議事録

制度工学的アプローチのすすめ

制度工学は造語ですので、初めて聞かれた方もいらっしゃると思います。日本は制度設計するのに今まで経験重視、理論軽視、最初に政治的フィージビリティーの可能性を考えてしまいがちでした。最近では、経済も理論だけではなくて、実験ができるということが分かるようになり、今年のノーベル賞も実験経済学でもらっているように、実験もあるのだと認識されてきました。そして、これからの経済制度は理論と実験の両方を使ったらどうかということで、工学的アプローチ、橋梁工学とか造船工学のように名前をつけるとすれば、制度工学といってもおかしくないかなと思い、こう呼ぶことにしました。

地球温暖化問題の特徴

地球温暖化問題の特徴というのは、地球全体での温室効果ガスの濃度上昇が温暖化に結びつき、それが局所的な災禍に影響しているということです。その上昇が産業革命以降の現象であるために、先進国の責任が大きいといわれています。濃度の抑制・低下には超長期での対応が必要であり、排出量が吸収量より大きい限りは、排出量を単に削減しただけでは濃度は高まってしまうため、問題が生じています。結局、今の世代の選択が、将来の世代、我々の子供、孫の世代に大きな影響を及ぼすという内容の問題だと思っています。ここ150年間の排出量と吸収量を見ると、排出量の約30%が濃度上昇につながり、ppmが上がっています。80年から89年、89年から98年の10年ずつでは、4割ぐらいが純増加量、濃度上昇に結びついています(図-1)

地球温暖化の特徴と国外、国内の制度的枠組みの指針

超長期の対応が必要だということは、当然環境改善と経済活動の両立が必要となります。京都議定書では持続可能な開発が1つの指針となっており、これはUNFCC、国連の気候変動枠組み条約の3条に規定する指針でもあります。そして、濃度上昇の抑制や低下というのは地球規模での問題です。そのため、日本でも、アルゼンチンでも、どこで排出削減をしても同じであり、地球規模での費用対効果についてUNFCCに書いてあります。京都議定書はそれを引用し、過去の排出は先進国が主流のため、先進国と途上国では能力とか責任が違うので、それに応じて負担する公平の原則というのも1つの原則になると思います。

この3つが大きな京都議定書上の指針です。アメリカが抜けて判明したことですが、やはりフリーライダーがいるのはどうかという問題がでてきました。地球温暖化問題というのは、共有地の悲劇と似たような問題だと思います。簡単にいえば、村人がいて、それぞれが羊を飼っていて、共有地で放牧している。豊かになるためにはできるだけたくさんの羊を共有地に放すべきですが、全員がそれをやると、いつの間にか根こそぎ草が食われ、羊も死滅し、皆が不幸になるということです。では、自主的に皆が制限できるかというと、だれか1人だけそれをやらずに他の人が一生懸命削減したら、フリーライダーだけがものすごく得をします。

このような問題を避けるため、通常、経済では共有地の場合はこれを村人に全部配分します。草地の管理と羊の管理を自分の財産とすれば、まじめに管理するだろうという考えの下、私有地にするのです。ただし、地球の大気というのは私有地にするわけにはいかないため、共有地、公共財として扱うしかありません。従って、共有地に放牧する羊の数の抑制措置を取ります。この抑制措置をどういう形で取るかということが京都議定書、地球温暖化問題の基本的な問題です。いずれにしても、フリーライダーが得をするという問題が基本的にありますので、これを次の議定書にはぜひ入れなければいけません。フリーライダーの防止を原則として入れたとしても、何で担保できるかという大きな問題もあります。それでも、原則には入れるべきことではないかと思います。

IEAの資料(図-2)では、2010年あたりを境に途上国の方が二酸化炭素の排出量が多くなってしまうということが示されています。アメリカは1人当たりの値を見るととても高いのですが、GDP当たりで見るとそんなに高くありません。これを背景に、アメリカは議定書を抜けた後も、自国でちゃんと行うのだと言っているということがわかるだろうと思います。ここで限界削減費用というのが非常に重要なポイントになりますので、おさらいをさせていただきたいと思います。

限界削減費用というのは、縦軸に価格とか限界費用を取ります。(図-3)単位は炭素トン当たりでもいいし、炭酸ガス1トン当たりでもいいのですが、それらの価格を、横軸には排出量を取っています。限界削減費用曲線の特徴ですが、技術進歩があれば下の方にシフトする。あるいは、BAU自体がシフトしてしまう可能性もあります。それから、非効率な規制をすると上の方に行ってしまうことになります。いろいろなコマンダーズポートラルコントロール型の、直接的に排出削減に対して、余り効率的でない手段をわざわざ選ばせるような政策を取った場合は、限界削減費用曲線そのものが移動してしまいます。それから、たとえば個人の経済主体jの限界費用曲線だとして、これが経済主体kの限界費用曲線だとしますと(図-4)、横に足し合わせると2人の合成された限界削減費用曲線ができます。同じ要領で、日本国民のものを全部右側に足していけば国の限界費用曲線ができますし、世界全体のものもつくろうと思えばつくれます。限界費用曲線の大事な点は、事後的にしか観察不能だということです。

指針の意味するところ~望ましい制度の条件

指針は先ほどお話ししましたが、それの意味するところ、そこから望ましい制度を導くにはどうしたらいいのでしょうか。持続可能な開発、地球規模での費用対効果ということを考えたら、まず効率性ということになります。効率性の概念は2つあり、1つは削減費用そのものを下げる、最小化するということであり、次に、取引使用、制度の執行費用を下げるということです。テーマとしては、一定の削減量を得るために費用を最小化するという選択か、削減費用を与件として削減量の最大化を図るという2つの方法があります。これは京都議定書が選んだ方法です。第1約束期間でマイナス5%にするということを選び、削減費用を最小化するのが地球規模での費用対効果の話です。たとえばトン当たり100円ということをまず決めてしまえば、全世界で幾らというのが大体わかるため、削減量を最大化できます。この2つの条件を満たすためには、各経済主体間での限界費用が均等化されるということです。(図-5)の効率性の条件~排出権取引と炭素税(課徴金)をご参照下さい。

京都議定書によると、日本はマイナス6%です。ただ、ゆくゆくは5%で本当にいいのかどうか。この辺はちょっとわかりませんが、30とか40という数字になってしまうのかなとも思っています。

排出権取引と炭素税(課徴金)の比較

排出権取引と炭素税、正確には課徴金なのかもしれませんが、比べた場合にはともに経済的措置に分類されます。京都議定書が地球レベルでの費用対効果を達成することを考えているとすれば、排出権取引の方が議定書の趣旨には合っていると思います。国内だけでやる措置という炭素税というのは京都議定書に不整合だと思います。炭素税ではもう1つ、確実な遵守が保証されないという問題があります。最終調整メカニズムとは何かというと、炭素税で削減が足りなかった分についてはよそから排出権を買ってくればいいという議論です。しかし、第1約束期間が済んだ後に排出権がどこかの国に余ってない限りはよそから買えませんから、全部の国がもし足りない状況だった場合には、全部の国が不遵守になってしまい、炭素税を行使する場合には、国際的な整合性そのものが欠けてしまうのではないかと思います。

それに比べ、後で申し上げるような上流型の排出権取引というのは、遵守を効率的にできるというところが大きなメリットだと思います。また、広く薄い炭素税というのは一時期いわれていました。しかし、これはどこかの研究会の報告書にも載っていましたが、広く薄い炭素税でよそから排出権を買ってくるという話は経済的には成立し得ないでしょう。

望ましい排出権取引制度

炭素税とか課徴金のたぐいではだめで、排出権取引がいいのだということを申し上げました。では、どんなタイプの排出権取引がいいのでしょうか。それは先ほど出ていました取引費用、制度の執行費用が低いかどうかということで決めたらいいと思います。

取引費用というのは、たとえば、(1)制度の執行状況に関するモニタリング費用、(2)費用徴収に要する費用、(3)リスク負担費用、(4)トラブルによる損害やその解決に要する費用、(5)その他制度の執行や取引に要する費用、があります。(1)は、選択の問題というか、外国と日本をどうやってつなげるかということです。しかし、日本政府発行の排出許可証と外国政府発行の排出許可証を、1トンは1トンということでどちらもバレリティーを同じにすれば、たとえばカナダ政府が発行した排出許可証、日本政府が発行した排出許可証が、日本では1トン当たり1000円のところ、カナダではカナダの人が売りにくるか、日本が買いにきますので、バレリティーを同じにすれば値段は700円とか800円でどちらの国も同じになります。これらから、排出権の各国の間での自由流通が必要になりますが、京都議定書には何も書いてありません。WTO等で行うのかなと思っています。また、発行に当たり、内外の差別や、どこかの国に最恵国待遇を与えたのならば、それもほかの国に適用し、WTOの原則が排出権についても確保されるべきではないかと思います。

また、たとえば石油のOPECのようなカルテルをロシアとウクライナで結ぶとなると、彼らが独占的利益を得てしまいますから、可能かどうかわかりませんが、国家間カルテルを禁止できるといいと考えます。排出権の場合には原単位規制と絶対量規制という問題があります。原単位規制というのは、GDP当たりどのくらいの炭酸ガスの排出量にするか、会社についていえば、生産量当たりどのくらいのトン数の排出量にするかという原単位を抑える方法です。原単位で抑える場合の問題というのは、原単位が向上した分燃料等の費用が下がることです。たとえば、プリウスに乗ったらガソリンが随分節約できたため、今まで通勤には使ってなかったが、これから通勤に使おうとすると、炭酸ガスがたくさん出る可能性があり、原単位規制というのは余り合理的ではありません。絶対量規制さえやっておけば、プリウスを買った効果そのものが絶対量としても出てきますから、絶対量規制でないと濃度は少なくとも減少しません。

次に割当量方式か、ベースラインクレジット方式かという選択があります。ベースラインクレジット方式というのはCDMとかJIで使っている方式です。プロジェクトごとにベースラインを決め、火力発電所だったら何トンくらいの炭酸ガスの排出があるかをベースラインにして、そこから削減できた分をクレジットとして渡す方法です。しかし、クレジットがどのくらい発生しているかを毎年チェックしなければならず、大量の取引費用がかかるため、ベースラインの設定というのはなかなか難しいと思います。さらに、排出削減量が体系的なやり方を取るにしても、期末までにどれだけ削減されたかというのは確定できないため、リアルタイムな把握ができないという問題があります。

仮に、ある国の削減を全部JIでやるケースを考えてみるとよくわかるのですが、ベースラインクレジットの場合、ベースラインを個々に認証していくときに、その国の排出枠と一致するかどうかわかりません。その辺も、遵守という問題で考えるとやや不確定なところがあるのだろうと思います。これらから、割当量方式で、たとえば日本は94%、約11億トンを限界にして排出権を刷って渡すことにし、カナダも同様にし、その間で交換をすれば、自動的に守れるということになります。

私は京都議定書で開発途上国とロシアのどちらが得したのかなと考えます。御承知のように、開発途上国はAnnex Oneに入らず、削減目標を持っていません。開発途上国というのは削減目標を持たないために損をしたと思っています。CDMでやる場合にはどうしてもベースラインクレジット方式しか使えないため、結構取引費用もかかると思います。途上国は、ホット・エアーがないということと割当量取引が使えないという二重の意味で損をしているのではないでしょうか。哲学論を除けば、もちろん自分たちが地球を汚したのではないという途上国の主張はよくわかりますが、実際論としての実益論だけでいうと、途上国は必ずしも得してないのではないかという感じがします。

よくある議論として、JIはいいといわれています。これは、排出量取引というのは、割り当てられた排出量を各国間で取引するだけなので、そこから実際量は何も変わらないのだというイメージがあるためです。それに比べJIは、削減をまず行い、それをクレジットとして渡します。これらからJIの方が優れているのだという考え方がありますが、それは少し違っています。JIの場合でも、先ほどの図-5でごらんになっていただいたように、何となくベースラインクレジット方式のJIだとたくさん削減できるのではないか、それに加えてできるのではないかというのですが、実は同じなのです。JIの場合には、ERU、クレジットを外国に移転させますが、それと同様AAU、つまり排出枠を移転させるので、結局はAAUの取引だけで済んでしまうはずです。JIというのは別にプロジェクトを外国と一緒にやることが禁止されているわけではありませんから、京都議定書でJIを制定しているというのは実は余分な話で、全くJIは要らないのではないかと思います。逆にそれがあるために、ベースラインクレジット制というやや不合理な制度が大手を振って歩いているという意味で、やや問題があるのではないかと思っています。

モニタリング・ポイントの選択

次にモニタリング・ポイントの選択ですが、これは非常に大事なポイントです。私は上流か下流かについては、上流がいいと思っています。上流の場合も2つありまして、消費国ベースと生産国ベースの両方ありますが、生産国ベースの話は省きます。消費国ベースがいいと考えるのは、日本は生産国にはなかなかなれませんが、生産国であるサウジアラビアも石油の消費国であり、すべての国が消費国として考えられるからです。そういう国々が、輸入通関ポイントまたは国内出荷ポイントで温室効果ガスそのもの、たとえば代替フロンをどれだけつくるか、どれだけ国内出荷するかということについて、国内出荷の段階で排出許可証を渡す。それによって排出許可証に書いてあった分が国内出荷できるというようなシステムです。あるいは、化石燃料であれば、輸入をしたときに、100万トンの石油に炭素がたとえば80万トン含まれているとしたら、80万トンの排出権を持ってこさせ、それでチャラにして、輸入を許可するという制度にすれば、非常に取引費用が少なく、遵守が確立してモニタリングも非常に簡単になります。

昔から所得税等を取るのは大変です。税金を取るにしても、下流に行けば行くほど取引費用がかかってしまいます。したがって、上でやるのが一番簡単で、通関ポイントないしは国内出荷段階でやるというのが取引費用は一番かかりません。

しかも、次からは許可証も使わなくて済みます。石油を100万トン輸入して、その中に80万トンの炭素が入っていたとしたら、通関当局に80万トンの許可証を出して、そこではんこを押してもらうか、あるいは許可証を提出してしまいます。次からは許可証は使わないで、新しく100万トン輸入するときにはまた同じだけの排出権を持ってこなければならないという形です。そうすると、遵守状況はリアルタイムで把握できます。最初に日本は11億トンという制限内で刷って渡しておけば、あとはプラーキングも何もせずに、通関許可をちゃんと行えば遵守されます。レートも消費国に帰属します。

これに対して、有力なものとして、排出段階で行う話があります。排出権という名前がついているものですから、排出段階をモニタリングすればよい、と考えがちなのですが、これは、大企業に対してはいいと思います。たとえば東電とか新日鉄のようなところは会計制度もしっかりしていますし、重油をどれだけ使ったか、天然ガスをどのくらい使ったかちゃんとわかります。しかし、個人、中小企業の場合はものすごく大変だと思います。実際帳簿がきちんとしているか、それが正確かということを見るだけでも相当な大変さがあり、極端にいえば、排出段階で全部をカバーするということになると、もう1つの税務署のシステムを全国につくらないと排出段階でのモニターは不可能だと思います。それか、大きなところだけに限定して排出権取引を認めるというやり方しかなくなると思います。

そうなると、実は京都議定書の中には、第3条に経済のあらゆるものに負担をかけるべきだという原則があるのですが、実は上流だけにかかっているわけではなくて、原油の部門でぱっと排出権をかけてしまうと、その排出権価格は原油の中に込みになりますから、したがって、上流でやっておいたとしても、投入、産出過程をずっと通じて、最終的には消費者も負担することになります。排出段階でもそうかもしれませんが、もし大企業だけをとらえるというシステムを使った場合には、中小企業で生産されたものには負担がないということになり、京都議定書には合わない感じがします。

あと、無償か有償かという問題がありますが、私は有償がいいと思っています。ただ、効率性は両方で変わりません。それから、不遵守の扱いについては、ペナルティーはつけるべきだと思います。そうでないと正直者がばかを見るということになると思います。次期議定書では望ましいタイプの排出権取引制度を各国が採用することを規定すべきであって、ペナルティーとかそういうものをつけるべきだと思います。

京都議定書に関し流布されている事柄の評価

簡単に申し上げますと、今一番ある議論は、第2約束期間の話ではなくて第1約束期間の話で、米国が参加していない京都議定書をまじめにやる必要はないのではないかという議論です。実は自主的にできる範囲で対応するということをしても、ものすごく金がかかるということを申し上げたいのです。中央環境審議会が出している資料だけをもとに計算しても、自主的削減で90年比0%まで削減するのに1兆円から3兆円かかります。それから、排出権取引制度でマイナス6%、つまり、遵守しても1~3千億円です。そうだとしたら、自主的削減でやるのがいいのかどうか。格好だけつけるということでも10倍ぐらい金がかかってしまうということがあるので、制度をつくってやった方がいいのではないかというのが最後のポイントです。

質疑応答

Q:

御説明ありがとうございました。安本先生の御意見では、第2遵守期間では途上国も全部入れということですか。

A:

そうです。入った方がいいということです。

Q:

上流でのモニタリングがいいとして、外から買ってくる場合、入口で配分するわけですが、外に安いものがあって、消費者が選択するということですか。

A:

そういう意味ではなく、カナダと日本ということを考えてみたときに、日本政府が持っている94%相当の11億トンを売ります。カナダも同じように自分の国に与えられている何億トンかを売るとすると、カナダと日本とでそれぞれ市場が立っていれば、どこかの会社から買ってくるということができるわけですね。カナダ政府発行のものを日本に入れたときに同じだということにしておけばいいと思います。カナダも議定書遵守ということを重視すれば、自分の割当量以上には排出許可証を刷らないわけです。

Q:

先ほど発展途上国との関係についてもありましたが、シンクのところのクレジットをどう含めるかというのは限界費用曲線がどうなるかに関係してくると思いますが。

A:

シンクは結構大きなポイントだと思います。炭酸ガスの吸収装置みたいなものができるとシンクの問題はもっと大きくなりますし、そこはクレジットを発行するというやり方でしか多分対応できないと思います。割当制度は取れないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。