どうなる地上波デジタルテレビ放送

開催日 2002年12月3日
スピーカー 吉田 望 (吉田望事務所代表)
モデレータ 池田 信夫 (RIETI上席研究員)

議事録

私は1980年に電通に入社しました。当時、銀行は人気企業でした。みんな、銀行はいいよと自慢していましたが、そういっていた同期が、今は銀行で泣いています。もちろんこれは銀行だけではなく、建設業、官公庁でもそうです。

銀行にしても建設業にしても規制産業ですが、規制産業はここ数十年の間で根本的変化が生じてきていて、今はリスクに直面しています。電通を辞めるときも、規制産業であるし、メディアに大きな変革が起こるのではないかという予感がしていました。その予感はたぶん当たっているだろうと思います。電通時代は「技術、メディア、テクノロジー+経営」、というコンセプトで研究をしていました。1980-90年代は新しいメディアが勃興してきたので、いろいろと楽しかったです。

現在の「nozomu.net」での活動ですが、『ブランド』(宣伝会議)という本を出版し、おかげさまで売れています。その他、万博のコンセプトブック等を作ったり、ゲームボーイ上のテレビの実験などを手がけています。

デジタル放送について

まず申しあげたいのは、デジタル放送はもうかる仕組みじゃないとうまくいかないだろうということです。“Business Oriented Digitalization"がキーワードです。

総務省は地上波放送をすべてデジタルにしようとしています。しかし、放送政策はその時代時代に適したものがあるのではないでしょうか? 1970年代、アメリカはケーブルTVに特化し、日本は四波政策を取りました。1980年代には日本の衛星放送の技術が開発、導入されました。今の時代であれば、当然インターネットやブロードバンドを前提にしたものであるべきなのにもかかわらず、思考停止していないでしょうか?

デジタル化はそう単純なものではありません。ディテールのところで齟齬が生じてくると思います。たとえば、第2次大戦のとき、戦艦大和があれば大丈夫だというシンボル主義が存在していました。同じように、デジタルもシンボル主義になっている気がします。果たして、デジタルであればすべてがうまくいくのでしょうか。

日本のテレビ業界

日本のTV業界は立ち上がりからうまくいきすぎました。諸外国がしたような苦労をしていません。日本テレビなどは開局半年で単年度黒字を出しました。

1960年代、UHF全面移行論が唱えられました。1968年小林武治郵政大臣はUHF移行宣言をし、「10年以内に全部テレビはU波にする」と表明しました。しかし、この構想は挫折し、このせいで70年代の放送政策はグチャグチャなものになってしまいました。

このたびのデジタル化計画に対して、NHKは本腰を入れる気があります。受信料収入ベースなので、スカイパーフェクTV!と同じく、やっただけリターンがあるからです。それに対して、民放はクリーム・スキマー。いくら販促しても、チャンネルを変えられてしまえばおしまいなのです。

世界的にも放送業界の構造変化が起きています。象徴的なのは衛星放送業界のバブルがはじけたことです。NHKは公共放送として、これらにどのように向き合っていくかが問われています。放送事業を見るうえで重要なポイントですが、NHKが本腰を入れないとなかなか普及していきません。だから、民放に期待してもダメなのです。

NHKは1990年代を通して、とても儲かっています。加入世帯数は増加し、BSアナログとの相乗効果は高まっています。しかし、今後はどうなるのでしょうか。BSデジタルなんて、会長がやりたいだけなのではないでしょうか。あまりNHKに力を持たれたら困る、ということで、新聞社勢力からの引き戻しも起こっています。

日本はデジタル化投資が非常に高くなる

テレビ受像器の市場ですが、出荷台数でいえば、毎年1000万台くらい出ています。国内生産は200万台以下ですが、ハイビジョン、BSデジタル内蔵テレビ、液晶テレビ、プラズマテレビなどは国内生産されています。

日本のテレビの6割が25型以下です。よって、アナログ放送を止めるのは非常に難しいのです。世界共通規格の安いテレビが、25型以下のテレビのほとんどなのです。特殊なテレビを買う人は、マニアや経済的に余裕のある1部の人々であり、アメリカなどはこういう特殊なテレビ・ホームシアターの市場があります。つまり、パイオニアが成功しているのです。

また、テジタル化を進めるうえで、ドイツ・イタリア・日本は、地形的なハンディキャップを持っています。また、歴史的に見て、放送局が多いということもあります。イギリスと米国は、1局当たりの電波塔の数が3とか4とかなのですが、日本は1局当たり200で、しかも電波をいっぱいいっぱい使っているため、移行には引っ越し費用がかかります。アナアナ変換のような問題はこの例です。

このようなリスクの高いテレビ受像器を、家電メーカーが売るとは思えません。やはり、8割、9割普及可能な状態になってから売るのではないでしょうか。

議論がないのは困る

デジタル化に関して、現況では、賛成派としっかり議論をする場すらありません。「なんとなくデジタル化」という空気による支配は、(戦艦大和と同じで)破滅を招くのではないでしょうか。

質疑応答

Q:

テレビ業界人の中でも、デジタル地上波はうまくいかないのではないか、と考えている人が多いが、どう考えていますか。

A:

ほとんど99%がうまくいかないと思っています。しかし、総務省は「これは国策だ、推進するんだ」の一点張りです。いったい誰のためにデジタル化を進めるのでしょうか。

Q:

そもそも、放送のデジタル化を推進しようという論拠は何でしょうか?

A:

まず、英米のデジタル化計画に対する対抗心(追いつけ追い越せ)、次にメーカーの拡販戦略、そして、NHKのハイビジョン計画(欧米の圧力で潰される)です。FCC(米連邦通信委員会)の1993年の次世代テレビコンペで、ハイビジョン計画が潰されました。「デジタル伝送じゃないとだめだ」という規格が定められたからです。この先、どうなるんだろう、と思ってたら、mpeg(エムペグ)という規格が出てきました。94年にmpeg2(アナログのハイビジョンと同等の画質)を実現し、一気に逆転してしまいました。それを受けて郵政省がデジタル放送を始めた、という流れです。しかし、1998年くらいにインターネットの普及が加速してきたので、決定的に「放送」というやり方が立ち行かなくなりました。

Q:

米国は、8割くらいの人たちが、ケーブルや衛星経由です。直接受信している人たちは1割ちょっとであり、デジタル放送への投資があまり必要ではありません。ある意味、競争政策としてのケーブル放送に対しての牽制です。英国も、BBCのマードック(BskyB)に対しての牽制という意味があります。

A:

氏家氏(日本テレビ会長兼CEO)は、デジタル放送はもうだめだという議論をしています。海老沢NHK会長も、もうだめだという考えになったのではないでしょうか。

Q:

批判するメディアがないことは?

A:

民主党も国会であまり取り上げたがりません。マスコミに怨みをもたれて他のネタで叩かれるからです。新聞社、テレビ局は当事者であり、もちろん取り上げません。

Q:

電波利用料はどうなるのでしょうか。

A:

滅茶苦茶な料金体系です。キー局だけに数億円の負担を課すものです。

Q:

アナアナ変換の作業が行われるのが来年からですが。

A:

始まったらますます止められなくなります。

Q:

テレビ局のビジネスモデルには囲い込みが通用せず、「希少性」はありませんが。

A:

コンテンツを多様なチャネルで流通させることが重要です。

Q:

ソニーテレビの挫折について、いかがお考えですか。

A:

ソニーはパッケージメディアとしては上手いのですが、テレビ局として入っていくのはかなり難しいと思います。24時間、365日コンテンツを出していく、という「儲け方」が暗黙知、テレビ局に内部化されています。1970年代はテレビマンユニオンなどが勃興してきた時代でしたが、それらも創業者世代が過ぎ去って、すこし停滞気味です。

Q:

デジタルになって、実質的な変化は起こるでしょうか。

A:

たとえば、NHKが5チャンネルになって2000円なら、インセンティブにはなるでしょうが、今のままで、ちょっとインタラクティブになって、というのではインセンティブにならないでしょう。

Q:

イギリスの多チャンネルについてはどう考えますか。

A:

やるべき政策的な手は全部打って、あまりうまくいきませんでした。BskyBに勝てなかったのです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。