バイオテクノロジーにおける技術開発と技術移転:その問題点

開催日 2002年10月7日
スピーカー 原山 重明 (製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター遺伝子解析課技術顧問)
モデレータ 原山 優子 (RIETIファカルティフェロー/東北大学教授)
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議事録

ワインから、先端医療、オーダーメイド医療までバイオテクノロジーの研究範囲はとても広いです。その中で先端技術は必ずしも一番儲かる研究ではありませんが、一番ディスカッションがしやすいので、本日はこの分野についてお話したいと思います。

かつて、日本のバイオテクノロジーは発酵を中心にして世界をリードしてきました。しかし現在、21世紀のバイオテクノロジー展開は、組換えDNAその他の技術の取り入れの遅れが原因で、諸外国から大きな遅れをとっています。

バイオテクノロジー:過去よりの教訓

バイオテクノロジーの中心はDNAです。DNAが蛋白質を作り、それが機能をつかさどっています。DNAから機能にいたるまでの過程をCentral Dogmaといいます。分子生物学の発展はCentral Dogmaから始まりました。それが現在の先端バイオにつながってきています。現在は遺伝子、すなわちDNA解析技術、その遺伝子からつくられる蛋白質を解析する技術、そして、これからはそこから作られる代謝物についての解析が進んでくるでしょう。

DNA解析学には大きく分けて3つあります。

1. クローン技術
2. 遺伝子配列解読術
3. PCR(ある一部の細胞を試験管の中で非常に短時間に増殖させる革命的な技術)

これらの技術が確立されることにより、バイオが注目されているのです。

クローン化技術とは種を超えて色々な遺伝子を生き物の中に導入することができるようにすることです。このようなクローン化技術の基礎はいつから作られたのかをお話します。

1962年にスイスのArber教授が制限酵素の存在を推定しました。1966年にはDNA Ligase、1969年にはplasmidが発見されました。そのような発見があり、1972年には組換えDNAの作成ができるようになりました。そして2000年代には改良が進み、もともとの技術としては既に40年前のものであるバイオテクノロジーが注目されるようになったのです。

現在では人間のDNA遺伝子が機械で自動的にしかも簡単に読めるようになりました。その工程としては、最初に試験管の中で遺伝子を増やす技術が1955年にKornbergらによってスタンフォード大学で作られました。そしてケンブリッジ大学教授のSangerは蛋白質の配列を解読する方法を発見しました。その後、1996年には塩基配列決定の自動化を可能にした機械が発表されました。すなわち、1955年に発見されたものが現在のバイオテクノロジーの牽引力となっているということです。

このようなバイオテクノロジーの歴史を見ますと、50年の歴史をもって花が咲いてきたことがわかります。歴史よりの教訓とは、革命的な応用技術があるため今日のバイオテクノロジーが進んできたということです。革命的な応用技術は応用研究より生まれてきたものでは決してありません。新しい技術とは今までのUnexpectedの結果によるのです。応用研究で目先のことばかりにとらわれていると本当によいものはできてきません。また、バイオテクノロジーの実用化は1つの発明、発見にはよりません。たくさんの特許を組み合わせてできる自動車とは違い、バイオの場合は3~4つの相互力を持っている要素をたくみに組み合わせることにより新しいバイオが生まれてきます。それから、実用化までには時間がかかるのです。こつこつと研究を続けることが必要です。

バイオテクノロジー:嘘と本当

バイオテクノロジーは今日色々と注目をあびていますが、危ない、いんちきくさいと思われる方も多数いらっしゃると思います。その原因として挙げられるのが、まず目新しい技術に集中する人が多いことです。すると有名になろうとする山師みたいな人が暗躍し、その目新しい技術に投資する人がでてくるのです。たいていの場合、目新しい技術の投資回収率は非常に低いものです。更に、新しい技術は製品化に時間がかかります。また、ようやく製品化した商品でも寿命が短いものがあるのです。すると、投資に見合わない利益しか得られないのです。結果、健全なバイオテクノロジーの発展が損なわれるのです。たとえば、オーダーメイドの医療という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。SNP(single nucleotide polymorphisms)といいますが、種の中の多様性を網羅的に調査するとモンゴル人種、日本人、あるいは家系によって特異な変異を発見することができます。これらを解析することにより、個人がどのような病気を持ちやすいか、又、薬の効果がわかってくるのです。現在SNPは膨大なお金をかけて研究されていますが、それは東京都23区の詳細な地図を作るようなものなのです。地図だけでは、個人にどこのお店にいけば一番いいのかは伝えてくれません。これでは個人は満足しませんし、お店も売り上げを上げることができません。現在SNPで作成しているものはまさにこの基盤的なものなのです。その土台の上に立ち、新しい医療ができるかもしれないということで、製薬会社は投資しているのです。しかし、基盤だけではお金にすぐ結びつきません。基盤の上に立ちどこに行けば一番いいお店にたどりつくことができるのかを示す、そこで初めてリターンがあるのです。つまり先行投資の人たちは損をしてしまい、後から来た人たちが得をするという形になっています。その辺を理解し、人類のために投資してくれればいいのですが、そう理解しない人たちにとっては、その投資は何の役にも立たなかったということになるのです。それによりバイオテクノロジーの悪い評判が残るのです。

このような「嘘」のプロジェクトはいくらでもあります。たとえば、地球温暖化を促進するCO2は大問題になっています。CO2は光合成によって削減できることはお分かりだと思います。CO2の固定能力が高いのはクロレラです。それで、クロレラを使用し地球温暖化を防ぐというプロジェクトが始まりました。信用できるようですが、これは嘘です。CO2はバイオマスに代わるのですが、死んで数日後には再びCO2に戻るのです。このプロジェクトはRITEと呼ばれていて10年間も続きました。しかし、正しい評価、すなわち失敗であるとの評価は下されていません。このようなバイオテクノロジーの嘘と本当は見極めないといけません。

又、嘘ではありませんが、誤りだと考えるのは、バイオテクノロジーが新しい産業を作りだし、雇用を創出するということです。これは必ずしもそうではないのです。新しい医薬ができても、日本で使っている医療費は保険等で決められているのです。医療費の総額が決まっていれば、新しい薬ができても、古い薬が死ぬだけなのです。新しい食品ができ上がると人の摂取量が増えるかといったらそうではありません。旧来技術にとって代わるだけということもあるのです。

売り上げを伸ばすにはどのようにしたらよいのでしょうか? バブル再来を期待してはいけません。単価を上げるのが売り上げを伸ばす方策ではないでしょうか。しかし、単価を上げると受け入れにくくなるのです。ですから単価を上げても受け入れてくれる分野をさがすのです。それはたとえば地球環境の保全です。環境税を導入し、下水の浄化基準を厳しくする費用に充てるのです。また、高齢化対策も同じです。このように、支出を共有するところで、バイオ産業のトータルの規模を大きくすることはできます。単価上昇を誘導する政策が必要なのです。必ずしも新しい技術ではなく、政策が誘導することもあるのです。

先端バイオテクノロジー技術開発の促進

先端の技術導入は個々の企業が競争する上で必要です。日本としても海外との競争のために不可欠です。しかしそれは全体としてのマーケットを広げるわけではなく、個々が競争の中で勝つという意味で必要なのです。そのために必要なのは、先端バイオテクノロジー技術開発の促進、先端技術を実用化するための技術移転の促進です。

1. バイオ政策の問題点
METIのプロジェクトは行政官が立案します。行政官は大学や企業の研究者から情報を収集します。優秀な方々はいますが、必ずしもよいアドバイザーが選ばれるわけではありません。また、行政官と研究者では用いる言語が違います。このため、コミュニケーションが成立しがたい時があります。更に、バイオに関して全く素人の行政官が採用される場合もあります。2~3年経ち、ようやくプロになってきた行政官は異動してしまいます。そのように、バイオを理解しにくい状況下で、個人の勝手な解釈のもと、時として全く見当違いのコンセプトが作られてしまうことがあります。このような状態なので、大学や企業は2流の研究者をプロジェクトに参加させる傾向があります。特に見当違いのコンセプトから生まれたプロジェクトは、公開することにより国辱問題に発展する可能性があります。実際、「Nature」や「Science」にはその手の批判記事が載ることがあります。しかし、日本人のほとんどはそれらを読みません。結果、国内では平穏無事なのです。

揺れ動く基本方針も問題です。1980年代、METIはおそらく基礎研究志向だったと思います。日本のバブル経済に伴い、米国からたたきつけられた基礎研究ただ乗り論に答えるべく、実用化はあまりうるさくいわないでその基礎研究に出資していたわけです。ところがバブルがはじけてからは、すぐに実用化するようなものをだせというように政策が変わってきてしまいました。また、行政官が変わると何が重要かという意見も全く変わってきます。ある程度未来を予測しようと思っても、バイオテクノロジーはそれができません。それがあたかも予測できるかのようにプロジェクトを立てると、次の5年間はそれに縛られてしまうのです。ここはもう少しフレキシブルにする必要があると思います。

最近、METIが導入したプログラム方式は、実用化研究にリンクしているわけですが、基礎から実用化まで一気通貫に解決しようとしています。すると、予算に比して解決すべき問題が多すぎてしまうのです。その結果、すべての問題が中途半端に終わってしまいます。更に、プログラム方式では財務省に理路整然としたストーリーを説明に行き予算を要求するのですが、現実はそのような立派なストーリーとはかけ離れていて実行が伴っていません。また、企業が参加して日本版のBayh-Dole法やパテントのプロジェクトに取り組むのですが、特定の企業だけに国の予算を与えてもいいのかなどという議論が煮詰まっていません。受託先の選択基準も曖昧なため、それがその場限りの補助金や落ちこぼれ研究員の延命につながってしまうのです。また、不良企業の国家プロジェクト依存体質を増長させているのです。その結果、競争力が落ちてしまいます。

それではよりよいバイオ政策とはどのようなものでしょうか? 行政官が業者との癒着を防ぐために、3年ごとにセクションを変わるのはいいですが、私は3年の実績を経てこれからという時に全く別のセクションに異動してしまうのは、残念で仕方ありません。やはりバイオ専門官を育て、日本のバイオ産業を特定の人物に任せられないのかと思います。それは、プロジェクトの数を増やすと処理が面倒だからです。国の方針を誘導していくためには最低1億円のような大型プロジェクトも必要ですが、そればかりでは問題だと考えます。全体の1/3位に収めるべきです。残りは民間、アカデミアからの提案、公募型にするのです。また3年以内に商品を作る実用化プロジェクトも有益です。そしてそれを元に評価をし、White List とBlack Listを作成するのです。数年後のプロジェクトにそれを活かすのです。加えて、公明正大な採択、選考基準の明確化、柔軟な運営などが挙げられます。

提案公募型のプロジェクトのやり方についてですが、予算が足りなくてアイディアがでてこない大学等を対象にして1件1千万円のプロジェクトを公募するのです。選考方針も政策などを絡めると人材も必要になってきますので、過去の業績のみで選考するような極めてシンプルな方式にするのです。それから補助金による特許や論文を報告させます。その際、他のプロジェクトとの「合作」でできた特許や、論文は評価しないことです。そのほか、中小企業を対象にしたプロジェクトも立ち上げます。製品化の道筋とマーケット規模について提案の妥当性を検討します。その一方、実用型プロジェクトの目標値は行政側で設定すべきです。現状は提案側で設定していますが、応募する側が目標値を設定するとハードルが低くなる一方です。更に数社で競争させることが必要です。達成度は定量的に判断し、評価は公表するのです。これにより企業は質の高い研究者をプロジェクトに参加させるようになります。METIのプロジェクトを勝ち取ることにより各企業の知名度がアップするようになれば、企業での取り組み方が違ってくるように思います。

2. 大学におけるバイオテクノロジー
地域クラスター、ベンチャー、COE構想、独立行政法人化とまさに4隻の黒船が攻めてきているわけですが、これは今までの流れからやむを得ないことだと思います。しかし、大学の問題点とは知的財産への無関心なのです。一方で大学発ベンチャーが騒がれていますが、これはよくないと思います。大学の先生は特許のことをよく知りません。特許や経済についてあまり知識がないので、キャッシュフローを整えることができず、ビジネスモデルが立てられません。大学の技術を企業に取り入れる前に、それが特許で守られていることが大切です。排他的な実施権がもらえる可能性があること、更に「ざるの特許」でないことが大切です。しかしこれは、今の大学の先生では無理です。

ベンチャーは1000社に1社が成功すればよいといわれていますが、そのために大学の先生1000人がかりだされるのです。しかも失敗を恐れるなということは、ローリスク、ハイリターンの考え方ではありません。失敗すれば経営責任を問われダメージを受けます。国が傾いてくると、1000社に1社が成功すればいいなどという議論が出てくるのは残念です。結果、「ベンチャーに消えた日本の頭脳」という本を私が書かざるを得なくなるのではないでしょうか。大学の眠りを覚ます黒船は必要です。圧力をかけて改革を促さないといけません。

3. 民間に期待できるか?
結論を申し上げますと、私は民間にはあまり期待できないと思っています。

技術移転の促進

技術移転には以下の4つの方式があると思います。
1. 直接方式(大学や民間の研究者とある企業が直接に対応する方法)
2. ベンチャーを介した技術移転
3. TLOを介した技術移転
4. それ以外の方式

1. 直接方式
手前味噌になりますが、私がスイスにいた時にLonza社から直接電話がありまして、日本人が作った技術をスイスの企業に取り入れたいとのことでした。日本人が作った技術が日本で受け入れられる前に海外で取り入れられたのです。一流の研究をすれば企業がよってきます。それを考えますと、条件さえそろっていればTLOはそれほど必要ないのではないかと考えます。それよりもTLOの役割は大学の先生が企業にごまかされないよう、な権利を確保するように助けることではないでしょうか。

2. ベンチャーを介した技術移転
米国ではバイオベンチャーは新しい製品を作るより、基礎研究から応用研究への橋渡しをしています。ベンチャーは大学との共同研究をする、アドホック、長期的に個別の企業とコントラクトする、そのようなことでキャッシュフローを支えています。バイオベンチャーは将来的には大企業に吸収される方向にむかっていると思います。ですから、将来バブルがはじける可能性はあります。

3. TLOを介した技術移転
技術移転に必要な要素は、強い特許、マーケット調査、技術の安定性、コスト計算など挙げられますが、このようなことを大学の先生、民間企業の研究者が行うのは無理です。ですからTLOはサポートをするべきだと私は思います。TLOにとって大事なのは「人」ですが、専門的な知識を持った担当者は少ないです。そのためTLOが育つには最低10年はかかると思います。又、大学で特許をとり、TLOを介して産業化する、その収入をもってTLOが生き残るという構造は、どう考えても無理だと思います。TLOが黒字になるのは無理なのです。

4. それ以外の技術移転
現在私の所属している独立行政法人製品評価技術基盤機構でやっていきたいことの1つを紹介します。基礎技術と実用化研究のギャップを埋める研究、これをトランスレーショナルリサーチといいますが、応用するための翻訳リサーチをよくいわれています。日本のベンチャーがなかなか成功しないのであれば、トランスレーショナルリサーチを実施するような機関を作ればいいのです。独立行政法人産業総合研究所などは基礎研究に重点をおいていますが、トランスレーショナルリサーチに改変すべきであり、我々もそれをやりたいと思っています。

私どもは現在、ゲノムプロジェクトや遺伝子資源のコレクションを行っていますが、それを応用することが必要だと思っています。我々が作っているデータベースは産業界の方にも理解できるようなものでないといけないのです。専門家だけが理解できるようなものでは、経済産業省傘下である組織が作るデータベースとして非常に恥ずかしいものです。大学の先生に標準を合わせているものではなく、産業の人が見てアイデアがでるようなものにしていかなければなりません。そのようなトランスレーショナルリサーチ的なデータベースも1つの技術移転です。

結論

日本で基礎研究からいきなりの実用化研究は無理です。その間に技術移転研究をしなければなりません。それはアカデミアや企業で行ってもいいのですが、その間のギャップを埋めることの重要性を認識してもらい、研究機関を作っていかなければならないと思います。それから、バイオ政策の改革、大学の意識改革、また企業よりのスピンアウトの奨励をしなければいけないと感じます。そのためには起業するための環境作り、税金、給与などの制度改革も必要だと思います。

司会:これは個人的な意見であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の意見ではないことを確認しておきます。

質疑応答

Q(小田切):

医薬、その他バイオ関係での特許の権利は非常に複雑になってきています。それをクリアしながら商売するのは研究開発を妨げているという意見もあります。特許はどのようなありかたであれば一番いいとお考えですか?

A:

ここ数年、特許に関してはなんとかしなければいけないと感じていますが、実際闇の中にいるような感じです。いろいろな問題があります。1つはかなり基礎的な部分を特許でおさえてしまうと、新しい製品開発がスムーズに進むための妨げになることです。しかしながら、今の特許制度は発明者がどのような特許をとろうが、契約をしてしまえばそれでかまわないのです。米国では特許に関してある程度干渉している感じがします。組換え遺伝子の特許も制限されたものになっています。ですから、専門家がオピニオンリーダーとなり、排他的なものには特定の場面において制限することが必要ではないかと主張することです。スタンフォード大学ではそれが成功しています。排他的な特許を非常に安い値段で販売するのです。それにより弁護士を雇い特許をつぶす気力もなくなります。別の問題として挙げられるのが、特許の文章の書き方です。文章を読んでもどこまでクレームがついているかがわかりません。専門家に聞いてもわからないのです。結局法廷でもっての決着になってしまうのです。また、バイオに関しての特許審査専門官が日本にはあまりいません。そのため審査が甘くなっている傾向があります。更に、1回特許をとるとそれを除くのは難しいのです。特許関係でも2~3年での異動を行わずに専門官を育ててもらいたいです。

Q:

人材育成についてお聞かせください。バイオの分野で人材がいないとおっしゃっていましたが、将来のTLOには若くて優秀な生物系学生をこれから取り込んでいくのがいいのか、企業から実践をつんだ人を引き抜いてきたほうがいいのか、お聞かせください。

A:

企業は有用な人材を外には出しません。経営方針に合わなかったため優秀な人がたまに出てくることもありますが、それを期待してはいけないと思います。やはり、決まったスケジュールにしたがって、人材を育成していくことが大事だと思います。そのためには大学での意識改革が必要です。いまの学生は、成績はよいのですが、ものを考える力がありません。行政官が大学にもぐりこんでいき、講座をのっとり人の真似ばかりしている講座はつぶすべきなのです。大学が産業との連携をダイナミックに行い、次々と専門を育てるような講座をつくるのです。大学からそのような流れをつくり、それが面白いということを説明する先生を増やすべきです。

司会:

大学では講座制がはびこっています。学生はその枠の中に入ってしまい、そこから飛び出していく人はあまりいません。聞きたいコースがあっても先生に伺いをたててからでないと、他の先生の講義は聞けないという、自分自身を縛っているところがあります。それを壊していかないといけないと思います。

Q(梅村):

日本のバイオのレベルは超先端の国に比べるとどれくらい差があるのですか? 政策が変わればキャッチアップ可能なのでしょうか?

A:

日本からの先端的研究が論文としてどのくらい雑誌に掲載されているかの度合いでお答えしますと1.5流です。決して2流ではありません。アメリカが完全に独走しており、ヨーロッパは地盤沈下が激しかったのですが、この20年かなり努力をして盛り返しています。日本は、徐々にレベルは上がっていますが、上がり方に爆発力がないのです。その理由の1つとしては、大学の先生の定年が延びてきていることがあります。若い人が自分の研究を進められなくて、いつまでたっても雑用に追い回されているのです。2番目には日本人はスロースターターだという点が挙げられます。博士課程が5年だとすると、さしあたりの目標を5年で設定してしまいます。イギリス辺りでは2年で博士課程を取ることが可能です。すると、22か23歳でポストドクターを始めて、30歳前の助教授がざらにいるのです。それから海外に出て活躍をします。日本では教授の言ったことを行い、5年間でなんとかすればいいという風潮がはびこっています。スロースターターというこの全体のシステムを捨てて、若いうちから競争できる、競争力をつけられるシステムを導入すればいいと思います。

Q(長瀬産業):

バイオテクノロジーのキーである、遺伝子組換えの仕事をしています。日本や欧州では組換えてないものにしてくれという要求が強くなっています。この要求は一時的なものなのかそれとも恒久的なものなのか、お考えをお聞かせください。

A:

組換え体に対してのPublic Acceptanceは10年以上前に合意が得られたものだと考えていました。それが今は、急に逆行するものになってきました。組換え食品に対する問題は、安全性の考え方が昔よりも厳しい目で見られるようになってきたことによります。食べるものもないような時代には、発がん性があっても飢え死にしなければよく、より安くて食べられるほうがいいというような思考でした。しかし社会状況の変化により安全性がクローズアップされてきました。なぜ組換えをするのかというとコストの問題なのです。また場合によっては農薬を使用しなくてもよくなるような、安全性を高めることもあるのです。一方、組換え体を食べることによりある種の抗体が体の中に入り別の病気を引き起こす恐れもあります。余裕がでてきた証拠です。またはヨーロッパの陰謀だという人もいます。組換えの作物は米国のある会社が特許を独占的にとっています。このままでは安い組換え体の作物により日本やヨーロッパの農業が壊滅する可能性があるということになったのです。そこで、Public Acceptanceを利用して、日本やヨーロッパのダメージが少なくなるように反対キャンペーンをしたのです。その結果として、単価が上がってきました。それで、昔ながらの農業が守られるのであればそれはかまわないことです。組換えの議論はまさに経済との兼ね合いで行うことだと思います。また、米国で組換え作物を食べた人の結果がでてくれば、Familiarityで自ずから定着するのではないでしょうか。

司会:

このようなことに関しては、かつては専門家と行政官の間での話でしたが、一般市民が口を挟んで取り組むのは新しい流れだと思います。この流れを専門家のディスカッションの中にいかに取り入れていくかは1つの問題だと思います。

Q(藤本):

ポテンシャルの高い人たちを引き上げるにはどのようにしたらいいでしょうか? また研究者を目指していた人たちが行き詰ってしまった場合、研究以外に価値を見出せるようなアイディアはありますでしょうか?

A:

大学で博士課程まで出ると研究の定義が非常に狭くなってしまう傾向があります。そこを改革する必要があるのが一番だと思います。それから、研究者は流行歌手と同じで、ヒットを最低2年に1回出さないといけないと思います。話していて、ダメな人とそうでない人は区別がつきます。一方、若い時にものすごく優秀な人が落ち込む場合もあります。バイオの場合は土日も出て微生物を培養したり、遠心分離機にかけたりと、肉体労働がかさみます。すると目先のことばかり見て、全体を見る目が失われていくのです。忙しさを解消するために、若い人を奨励するような研究を挙げて、アシスタントテクニシャンを雇い、余った時間を他の人たちとディスカッションするなどして視野を広げたらいいと思います。また、研究がダメになってしまった人たちはそれで終わりではないのです。特許に関して、バイオの専門官は全然数が足りないのです。それも道の1つです。それ以外に、マーケット調査、翻訳業などバイオの最新情報に関与するような仕事もたくさんあります。

司会:

ヨーロッパの例を見てみますと技術移転の分野はPhDの新しいキャリアパスになっているのが現状です。幅広い意味で研究室の研究者だけが研究者ではないという風潮がこれからの日本でもでてくると思われます。それから、インテレクチャルな刺激が必要だということですが、RIETIでもそのような場を提供するのが1つのミッションだと考えていますので、これからもよろしくお願いします。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。