同時テロ1年後の米国と世界

開催日 2002年10月2日
スピーカー 高成田 享 (朝日新聞論説委員)

議事録

米国の戦略は変化したのか

私が98年の8月にワシントンに赴任したとき、クリントン大統領はモニカスキャンダルの真っ只中にあり、かなりきわどい時期でした。当時の話題は、クリントン政権のトマホーク外交であり、遠くからポンとミサイルを撃つだけであとは知らん顔だ、とずいぶんいわれていました。私も時々記事を書くときには、「クリントンのその場しのぎ外交」などと書いていましたが、今にして思えば、「クリントンのその場しのぎ外交」は結構良いと思います。なぜなら、彼は非常に有能な民事弁護士だといえるからです。クリントン氏が有能な民事弁護士なら、有能の反対は無能ですから、ブッシュ氏は乱暴な保安官で、判事にもならないのではないかと思います。先日「孤独な保安官になるな」と論説に書きましたが、「乱暴な保安官であるな」というのが今の印象です。政治というのは理想を掲げる人がいて、その横でじっくり見る人がいる、理想主義と現実主義のバランスでできていると思います。特に、米国の場合には大統領が理想を掲げ、補佐官が非常に現実的に見ます。ブッシュ大統領は理想主義、あるいは観念主義です。しかし、横にいる人はあまりrealisticな補佐官ではありません。ライス氏は若さ・女性・黒人という3つのハンディを背負っていて、それを政権内で克服できていません。そこでいわゆる“じいさんコンビ"が補佐官的なことを行い、それをブッシュ大統領が受け入れてしまっています。ディック・チェイニー副大統領、ドナルド・ラムズフェルド国防長官、その下のポール・ウォルフォウィッツ国防副長官など、非常に強硬派が目立ちます。政権内の考え方は、現実主義的ではなく、理想主義的または観念的であると思います。

共和党は孤立主義で特に米国の国内に閉じこもり、民主党は世界によりcommitment、engagement(関与政策)しているという大きなイメージとしての傾向があります。1997年にクリントン政権に批判すると言う形でProject for the New American Century (PNAC)というシンクタンクができました。主催者のウィリアム・クリストル氏はウィークリー・スタンダード誌の編集長であり、非常に保守的な論を続けています。
●PNAC趣意書
「米国の外交、国防政策は漂流している。保守派の人々は、クリントン政権の一貫しない政策を批判する一方で、彼ら自身の隊列の中にある孤立主義者の衝動にも抵抗してきた。しかし、彼らは世界における米国の役割についての戦略的なビジョンを自信を持って打ち出そうとはしてこなかった」
共和党の中にも、孤立主義ではなく、むしろ積極的に世界に関わっていく、しかも武力を行使することも辞さず、という一種の思想運動があり、その核のひとつがこのPNACです。
設立趣意書の項目の中には、今の米国の戦略と実は非常に似ているところがあります。
●趣意書の4項目(括弧内は高成田氏の要約)
1) 米国が今日のグローバルな責任を果たし、未来のため軍事力の近代化を果たそうとするのなら、米国は国防費を明確に増加しなければならない。(軍事費の大幅な増加)
2) 米国は民主的な同盟国との連携を深めるとともに、米国の利益と価値に敵対する政権(レジーム)に挑戦しなければならない。(敵対政権への挑戦)
3) 米国は世界に対して、政治的そして経済的な自由を促進しなければならない。(米国的自由の促進) 4) 米国は、米国の安全保障、繁栄、原則に沿った国際的な秩序を維持、拡大するなかで、米国のユニークな役割に対する責任を受け入れなければならない。(米国のユニークな役割の自覚)
上記1)は軍事費がたまたま増えたということかもしれませんが、2)はたとえばフセイン政権を倒すことにかなり明確な意識を持っています。4)の米国のユニークな役割を強く出しているのはおもしろいと思います。今、米国は帝国主義ではないか、とずいぶんいわれていますが、PNACは「帝国の何が悪い」と居直ってしまっている部分があります。
エール大学のドナルド・ケーガン教授の論はまさに帝国論です。
「歴史上の超大国のなかで、その有り様が米国ほど他国的で穏健な国はほかにない、とエール大学のケーガン教授は言う。『かつての超大国が今日の米国と非常に異なっているのを理解することは重要である』と彼は言う。『米国は世界の歴史の例外であるといいたい。いずれ、かつての超大国が持たれたのと同じような見方を米国もなされるようになるだろう。それは、帝国は当然であり、栄光であり、無謬であり、誇るべき存在である、とうものだ』」(クリスチャン・サイエンス・モニター紙02年9月11日、「過去の帝国対米港」)
PNACが思想集団として、ブッシュ政権に影響力をおよぼしているのか、趣意書に賛成した保守的な人材がたまたまブッシュ政権に登用されたのか、ワシントン内に議論はあります。しかし、少なくとも、PNACの核となっているクリストル氏やケーガン教授のような論客の主張がブッシュ政権の論理を補強していることは確かです。

グローバル化対反グローバル化

グローバリゼーションによって、貧困が増えた、南北格差が広がったなどといわれていますが、数字的に見れば、全部がだめになったわけではありません。しかし、アジア危機や南米の危機以降、グローバリゼーションはうまくいかなかった、という論議が、論理の上では最近かなり優勢になっていると思います。特に非常に強力だったのがジョセフ・スティグリッツ教授の本『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(徳間書店)です。途上国が金融自由化を急速に進めたため、世界的な投機資金の餌食となったアジア通貨危機や、だれが保有するかということを考えずに公的企業の民営化を進めた結果、マフィア経済が払い下げ部門に浸透したロシアなどの実例をあげ、「ワシントン合意」の失敗を指摘しました。これに対して、当然IMFから猛烈な反論があり、論争になっていますが、やはり内側にいた人の意見は非常に説得力があります。

今年8月、私はボリビアを取材しました。ボリビアは、80年代半ばの超インフレを自由化政策と緊縮財政で克服して以来、「新自由主義」を基本にしてきましたが、社会資本を充実させるために国際機関や外国政府から借り入れた資金の返済が困難になり、「重債務貧困国」になってしまいました。第一の問題は、国営企業の民営化です。民営化はワシントン合意の柱のひとつですが、民営化した場合の受け皿がないので、ほとんど外資が中軸を担っています。したがって、いわば国の資産であるエネルギー資源や鉄道などすべて気が付くと外資になっており、外資系が国に法人税という形で納めているのに対して、非常に批判的な人は批判的に見ています。第二に、自由化策についても、この国で優位なものが少ないので、本当に自由化してしまうと周辺国に負けてしまいます。グローバリゼーションが必ずしもその国の経済的な繁栄と結びついていないというのが取材して得た実感です。やはり国民経済論的な考え方を取り入れていかないと、途上国の発展はうまくいかないと思います。ただ、いつまでも国民経済の自立ということで保護主義的な障壁を維持することが良い、あるいは規模の小さな国で大きなピラミッドの産業体系を持っているのが必ずしも良いとは思いません。しかし、各国の発展段階を無視して自由主義の中に投げ出してしまえば何とかなるというのは、実は何とかならないのではないかと思います。

グローバル化とEngagement

グローバリゼーションとは冷戦後の世界全体の流れのひとつと捉えていますが、一方では「米国が主導したグローバリゼーション」と、米国と結びつけている部分もあります。それがクリントン政権の時代であったならば、ブッシュ政権になってグローバリゼーションの捉え方だけでなく、そのものもずいぶん変わってきていると思います。

グローバリゼーションでいちばんわかりやすいのは、トーマス・フリードマン氏の『レクサスとオリーブの木』(草思社)で展開した「黄金のM型アーチ理論」です。

「ある国の経済が、マクドナルドのチェーン展開を支えられるくらいの大勢の中流階級が現れるレベルまで発展すると、そこはマクドナルドの国になる、と規定する。マクドナルドの国の国民は、もやは戦争をしたがらない。むしろ、ハンバーガーを求めて列に並ぶほうを選ぶ」

これはまさにクリントン政権のEngagementの根幹でもありました。市場経済の世界に潜在的な敵国を誘い込み、経済的な繁栄のなかで、その国の国民が戦争を求めなくなるばかりでなく、その国の民主化を促し、最終的には、潜在的な敵国から友好国に変わるというものです。6月の米外交問題評議会でも以下のような演説をしています。

「われわれは、グローバルな連携を組織していくべきで、この枠の中に、ロシア・中国・ヨーロッパ諸国・インド・パキスタンだけでなく、兵器級プルトニウムの研究施設を持つ諸国を取り込んでいく必要がある。これはとても重要な課題だ」(『論座』02年9月号所収)

基本的にEngagementで、世界をうまくまとめることができるという意識を彼自身が持っていたように思います。ところが、ブッシュ政権は、特にテロを期に世界への関与の仕方を大きく変え、経済より安全保障を優先させました。ブッシュ大統領自身は、「グローバリゼーションは推進する、Engagementはもちろん我々の仕方でやる」といっていますので、「Globalization、Engagement」という言葉そのものを否定しているわけではありません。ただ、その中身はずいぶん変質していると思います。在米中に民主党系の人たちに「一体米国のEngagementはどうなるのか?」とよく質問しましたが、「ブッシュ政権はEngagementなんてやめてしまった」という返答でした。

ブッシュ大統領が先ごろ発表した「国家安全保障戦略」の1節です。

「欧州と日本の強い経済成長の回復は、米国の国家安全保障にとって、死活的である。(中略)日本のデフレを終わらせる努力、金融機関の不良債権の処理もこの点から重要である」

日本や欧州の経済成長、さらにはそのための具体的な施策が米国の安全保障とからめてあからさまに語られています。グローバリゼーションが反グローバリゼーションのデモとともに色あせてきたのは事実ですが、米国の戦略も、経済的なEngagementから軍事的なEngagementに政策の比重を移しています。

限定的、選択的グローバル化の時代

来日したミッキー・カンター元米通商代表と話をする機会がありました。

「クリントン政権は、戦略と政治と経済の三本足のイスが倒れないように、その均衡を考えたが、ブッシュ政権は戦略が突出し、国際的な政治や経済の協調はあまり関心がない。単独行動主義ではないが、選択的国際主義だ」

ご承知のように、カンター氏は民主党の重鎮ですので、客観的ではないかもしれませんが、やはり経済と安全保障とのバランスの著しい変化はみんな見ているのだと思います。サウジアラビアやエジプトは、米国の利益という物差しでは、米国の味方ですが、価値という点では逆です。イラクのフセイン政権が倒され、親米的な政権ができれば、イラクに対する牽制役としての両者の役割は少なくなります。中国も今は非常に戦略的に親近感を持っていますが、いずれ潜在的な敵との見方が強くなり、また軍拡競争的部分が出てくる可能性もあります。したがって、グローバリゼーションで世界がニュートラルになっていくというのとは違う動きになると思います。ただ、ブッシュ政権が中国政策を本格的に見直すとしても、その時期は2004年以降になると思われますので、ブッシュ再選を既定事実として考えるのは時期尚早でしょう。カンター氏は「Selective Internationalism」という言葉を使っていましたが、選択的な国際主義、おそらく選択的なグローバリゼーションであり、選択的なEngagementというのがこれからますます米国と共に進んでいくでしょう。それは軍事面だけでなく、経済面でもかなりさまざまな影響が出てくると思われます。どうもありがとうございました。

質疑応答

Q:

ブッシュ政権が貿易の分野で一番力を入れているのは、FTAであり、どんどん進んでいくように思われるのですが、どのようにお考えですか。

A:

ブッシュ政権は今のところ「WTOはNO」といったことはありませんし、大いに推進すると言っています。ただ一方で、非常にFTAへの動きが盛んになり、そして南米全体を取り込んでいきたいという動きもありますので、微妙なのだろうと思います。経済官庁内には基本的に国際主義があるということは変わっていません。しかし、非常に保守観念的な人たちが政権内で影響力を持っていますので、国際主義の取り入れられる部分が弱くなっていると考えられます。グローバリゼーションの中身が変化した場合、グローバリゼーションを謳歌してきた経済システムは変質せざるを得ないのは間違いないと思います。

Q:

力の政策もそれなりに意義があると思います。金正日氏が謝るなど、およそ考えられないような事態が発生しているのは、すべて米国の強硬政策によるものと思われますが。

A:

ブッシュ政権は非常に理想主義、あるいは観念主義が掲げられ、両輪のバランスがうまくとれているのか不安に思っています。それから北朝鮮が態度を一変させたことについて、liberalだと見なされている朝日新聞の論説の見方では「悪の枢軸」が5割、「日本のお金がほしい」が5割です。ただ、私個人は「悪の枢軸」が7割だと思っています。経済的状況と相待った部分もあると思われますが、この「悪の枢軸」という言葉がなければ、少なくともこのような劇的な変化はなかったでしょう。信念、あるいは正義に裏打ちされた強硬的な姿勢が歴史を動かすことに対しては、そのとおりだと思います。ただ、しっかり現実を見て欲しい、という点で、それなりのりっぱなrealistが今の政権にいるのか不安を感じています。

Q:

米国の日本に対する態度が最近変わってきたことの背景は一体何なのでしょうか。

A:

小泉総理の北朝鮮訪問に対して、ホワイトハウス周辺の雰囲気は「小泉独自外交」ということで、結果的に支持することにはなりましたが、手放しで喜んでいたかというとかなり疑問があります。今までのブッシュ政権の韓国の金大中政権の太陽政策に対する見方などを考えますと、やはり手放しで喜んではいないようです。また、日米関係について、米国が安全保障重視になったことで、経済的なパートナーであり、ライバルであるというよりもむしろ、安全保障的にcheckを切ってくれる人としての日本の役割が非常に明確になってきており、それ以外のところではあまり文句をつけなくなっているのだと思います。

Q:

気分の上では、反グローバリゼーションが強いと思いますが、実態ではグローバリゼーションは全く後退していません。また、今まで近代化のベクトルで進んできた世界が「新しい中世」だと一時期いわれました。それが今はもしかすると新しい帝国に戻っている、ある意味では、大きく旋回しているように思うのですが、どうお考えですか。

A:

数字の上でのグローバリゼーションの結果はいい方向に全体として向かっているのは事実ですが、まさに気分の部分では逆になっています。特に南北よりも南の中でグローバリゼーションにうまく乗った国と乗れなかった国、あるいは国の中でもうまく乗った層と乗れなかった層の差が非常に目立ってきています。その怨念の部分が反グローバリゼーションという形で出てきています。やはりグローバリゼーションの修正というような意味での運動はこれからも続いていくと思いますが、ある意味では次第に修練し、必ずしもいわゆる旧社会主義やグローバリゼーションは帝国主義だから破壊しなくてはいけない、という運動ではなくなってきています。国際主義が帝国的振る舞いと雰囲気と論理の中で変わってきていることは、少なくとも戦後の国際体制への新しい挑戦が始まっていることだと思います。超大国が超大国であるが故の振る舞いをしたとき、弱小国は非常にフラストレーションがたまるわけですが、これを解消する論理が今の米国の帝国的振る舞いからは出てきていません。それぞれの国の主権を前提にした上で、戦後の体制を振り返っていくことに対しての不安、その後のある意味での秩序の混乱に対しての非常に大きな懸念があります。

Q:

これまで、日米同盟には国際協調という建前があり、ある種の隠れ蓑の中で実質を進めてきましたが、ブッシュdoctrineを前提にするとその建前の部分が使えなくなってきます。日本は国内的議論も建前と本音の部分を分けることができず、非常に難しい局面にたたされるのではないかと思いますが、どのようにご覧になっていますか。

A:

国際協調主義という日本の建前の影において、日本は軍事的行動もし始めているところですから、集団的自衛権という形で日本は軍事的な参画をするかどうかという選択をせまられるというのは間違いなく事実だろうと思います。

Q:

米国がイラクを攻撃した場合の結果はどのようにお考えですか。簡単にフセイン政権は倒れると思われますか。

A:

やってみないとわからないと思いますが、フセイン的なイラクが今後も続くというものから大混乱で米軍だけが50年進駐するというものまでいくつかのシナリオがあります。それぞれについて、米国は当然戦略を考えていると思いますが、動きとしてはイラク国民会議あたりが親米政権を作るというのが最も現実的であると思っています。

Q:

米国という国がなぜ、9・11にアルカイダにヒットされたのか、なぜ、クリントン政権の時ではなく、ブッシュ政権の時に、という問いが本当に解けているのでしょうか。

A:

なぜ米国は嫌われるのか、という根源的な問いは、少なくとも9・11から半年あるいは1年近く封じ込められてきました。ブッシュ大統領は、「こんなに自由で素晴らしい国に対して一部の人たちは非常に妬んでいる。したがって我々は攻撃を受けたんだ」と総括していますが、単にテロリズムに対してだけでなく、なぜ反米闘争が起きるのかというところから考える必要がある、という議論は1年経ってやっと出てきました。在米中に、「クリントン政権だったら9・11はなかったのではないか」という議論をぶつけてみたことがあります。クリントン政権は中東和平に一生懸命取り組む姿を世界に見せることで、じつは安全保障をかっていた部分がありましたが、ブッシュ大統領は非常に中東和平に対して冷たかった、という議論を共和党の支持者の前でしましたら、猛反発をくらいました。この根源的な問いに対する議論が1年経っていろいろ出てくることを期待しています。現在のイラクに対する攻撃支持率は6割ですが、9・11前も6割でした。9・11後は8割に上がりましたが、元に戻っています。ある意味では冷静になっても6割の支持率であるということだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。