日朝首脳会談をどうみるか、今後の進み方

開催日 2002年9月30日
スピーカー 平岩 俊司 (静岡県立大学 助教授)
モデレータ 津上 俊哉 (RIETI上席研究員)

議事録

1.はじめに

小泉総理北朝鮮訪問:国交正常化交渉再開の可能性を見極めることが目的
小泉総理が帰国してからマスコミその他の影響で雰囲気が変わってきてしまいましたが、当初、総理の訪朝目的は国交正常化交渉が再開できるかどうか、また北朝鮮が本当にそれを望んでいるのかを見極めることにありました。具体的には以下の2つが挙げられます。
1. 日朝2者間に存在する様々な問題についての解決の道筋をつけることができるのか?
2. 核、ミサイルの問題について北朝鮮が譲歩する可能性があるのか?
この2点について、北朝鮮側がハードルを乗り越えてくれれば、日朝国交正常化交渉の再開を約束するというのが今回の訪朝の課題であったと思われます。
結果として、日朝ピョンヤン宣言の第1項には10月に国交正常化交渉を再開することが書かれています。その後に2つの課題について、それぞれの合意事項が書かれています。それらを踏まえると、当初の目的を達成できたといえると思います。もちろん、日朝間に横たわる拉致疑惑の問題は解決しておらず、その上、調査結果があまりにも衝撃的であったので、日本国内で大きな問題になっているのが現状です。

「状況造成」「秩序構築」型外交への期待、日朝安保協議→日米韓三国協調体制

日本外交は今まで朝鮮半島を含めて、必ずしも積極的に秩序を構築することはなく、「状況対応型」の外交をせざるを得なかったわけです。とりわけ朝鮮半島についてはそれが顕著でした。それは戦前の問題があり、イニシアティブをとるのが難しかったことが原因に挙げられます。なおかつ、朝鮮半島問題は非常に複雑な部分があり、地域的な問題、グローバルな問題、その他の様々な問題が複雑に混ざり合っているのです。しかし今回の小泉総理の訪朝によって、初めて日本が朝鮮半島についてのイニシアティブをとるチャンスができたことは間違いないのです。そのようなことを踏まえて、今後の国交正常化交渉の行方を考えていく必要があると思います。

ピョンヤン宣言

日朝ピョンヤン宣言は誤解されていて、日本側に不満が残る部分があるといわれていますが、私としては、日本側の主張をよくここまで北朝鮮側に認めさせたな、ということを感じます。それはまず第2項です。経済協力について具体的な約束をさせられているのは、日本側の失態だと言われていますが、ここの部分は日本と北朝鮮が1991年以降交渉してきた、日本側にとってはかなり面倒な問題でした。北朝鮮は戦前の問題を補償、あるいは賠償問題にしたいと考えていたようです。しかし、日本側は韓国と決着をつけたときのような経済協力方式をとりたかったのです。北朝鮮側は基本的に経済協力方式にこだわることはなかったのですが、おそらく賠償を経済協力方式にするから金額は余分に欲しいという発想だったと思います。ところが、この第2項で北朝鮮は経済協力方式にすることを合意したのです。それにより今後は経済協力方式でもその額を決めることは北朝鮮側にはできなくなったのです。また、協力は国交正常化の後にすることになっています。成立する以前になんらかの形で日本が経済協力するのは今のところは考えられない状況です。

今回のピョンヤン宣言では拉致、不審船という文言が入っていないとよく言われます。おそらく事後の状況から考えて、入っていればよかったと考えがちすが、これは外交文書ですから、その中にこのような文言を入れるのはかなり厳しいのではないかと思います。それに加え今度の訪朝は北朝鮮に対して詫び状をとりつけに行ったわけではないのです。総合的に考えると今回の訪朝は成功であったと評価していいと思います。また、今後の国際社会の動きの中で日本側がうまく立ち回ることができれば、今回の訪朝は極めて大きな意味があると個人的には考えます。

2.北朝鮮の姿勢:日朝国交正常化をもとめて

北朝鮮の変化についてですが、経済情勢が厳しかったのが重要な理由のひとつです。外務省と北朝鮮側が水面下で交渉に入り始めたのが約1年くらい前だといわれています。しかし、北朝鮮が経済的に苦しい状況に陥ったのはここ1年のことではありません。北朝鮮ではより昔、1980年代から厳しい状況が始まっていました。ですから、より直接的な要因はアメリカの強硬姿勢にあったと私は考えます。

米国の強硬姿勢…悪の枢軸、4つのアジェンダ(ミサイル、核、通常兵器、人道問題)

クリントン政権からブッシュ政権になり、北朝鮮に対して新たな見直しが入り、ミサイル、核、通常兵器の3つをアジェンダとする方向が明らかになりました。更に、人道問題は第4のアジェンダといわれていましたが、北朝鮮には餓死者が出ているらしいという情報がブッシュ大統領のもとに入り、それ以来この人道問題は第4のアジェンダではなく、第3や第2にあがってきています。

日本の強硬姿勢…対日交渉過程の変化(朝銀、総連問題)

もう1つは日本の強硬姿勢です。日本は朝銀の破綻問題、総連に対する強制捜査など、昨年の9/11以降厳しい姿勢で北朝鮮側に臨みました。加えて不審船についてはかなり強硬な対応をしています。しかし、北朝鮮にとって一番厳しかったのは朝銀、総連問題だと考えます。以下の2つの側面にそれが如実に表れています。1つ目は朝銀、総連は北朝鮮の資金源の1つに間違いなくなっていました。そのため、一連の問題の結果、資金繰りは非常に厳しくなったと考えられます。もう1つは対日交渉のパイプがつぶれたことを象徴的にあらわしたということだと思います。これまで北朝鮮と日本の関係は主として社会党がイニシアティブをとっていました。もちろん政府として動く場合は自民党が動くわけですが、金丸元副総理の訪朝、95年コメ支援の際の渡辺美智雄氏の訪朝、それから97年の森喜朗氏の訪朝は全て連立政権でした。金丸元副総理が訪朝する前は当然、まず共産党が、そしてその後は社会党がパイプを持っていました。しかし、昨今拉致疑惑においては社会党の対応が問題になっています。北朝鮮にとっては政権党でない社会党や共産党より自民党となんらかのパイプをつなぎたかったのでしょう。そして、太く機能的に活用できる政治家同士の太いパイプが90年以降作られていったのだと思います。それが、朝銀、総連問題の処理から見ると、パイプがうまく機能しなくなったことを証明しています。小泉総理は前例その他にとらわれない総理ですからそのような北朝鮮が10年以上にわたって作ってきたパイプは壊れてしまったのだと思います。丁度そのくらいのタイミングから外務省と水面下での交渉が活発化されていきました。北朝鮮の今までの対日姿勢は一方で党関係(自民党の一部の議員を通しての関係)のパイプ、外務省を通しての外交ルート、その2つをうまく使い分けることによって何らかの交渉を自らに有利に運ぼうとしてきました。そのうちの1つのパイプがうまく機能しなくなったため、通常の外交ルートに頼らなくてはならなくなりました。今回の小泉総理の訪朝が外務省主導で行われた背景はここにあるのだろうと私は考えます。自民党のパイプが機能していたらおそらく別のやり方があったはずです。

経済的苦境、経済改革、新義州特別行政区

北朝鮮とどう向き合っていくべきなのかという議論は今まで随分行われてきました。北朝鮮にはこちらが強い姿勢を見せて初めて変化を見せてきたので、甘い顔を見せてはダメだという結論づけが今の状況にあるのですが、私は必ずしもそうとは思いません。クリントン政権期にアメリカの北朝鮮政策を中心的に議論したものとして、ペリー調整官による報告書がありますが、北朝鮮と向き合うには、ペリー調整官が主張したように抑止と協調が必要だと思います。今回アメリカと日本が強硬な姿勢を出して北朝鮮が折れたからといって、それを一気呵成にやるというより、アメリカがムチであるならば、日本はあめを見せるといった具合にやるのが望ましいでしょう。いずれにせよ日米の協力が今後も必要とされていくことは間違いないと考えます。

3.日朝国交正常化交渉の行方

交渉再開の時期…10月中再開を目指しての動き

小泉総理が訪朝して2週間が経ちましたが、最初の1週間では日朝国交正常化交渉は10月中に再開できないのではないかという雰囲気がありました。その速度を調整する要因があるとすればひとつは拉致問題、あとはアメリカの動きだろうと思います。

交渉再開米朝交渉の結果…ケリー米国務次官補(東アジア・太平洋担当)の訪朝

アメリカは以前からケリー米国務次官補(東アジア・太平洋担当)に北朝鮮を訪問させる方針を固め、10月の早い段階で行うという発表がありました。交渉の結果によっては日朝国交正常化交渉もそんなに間をおかずやるべきであろうと個人的に思います。おそらく日本側の官邸も外務省の描いた姿もそうだろうと思います。

交渉再開拉致問題の影響…マスコミ、世論、政界

政界の中でも綱引きがありますので、拉致問題を利用して小泉総理を批判していく動きもないとはいえません。とりわけ外務省は気の毒で、批判が集中していると思います。仕方ないことかもしれませんが、それがあまり大きくなりすぎると国際政治、特にアメリカの動きに並行した形で日本が対応できなくなってしまいます。そこは注意すべき点です。

4.諸外国の対応

韓国:太陽政策の一部として評価、太陽政策の限界補填

朝鮮半島問題は地域的な問題と国際的な問題があり、日本、韓国、アメリカそれぞれの関心が向き合っています。したがって、朝鮮半島問題が安定的に推移するためには、ある1つの国と北朝鮮間の問題が個別に解消されたとしても、他の国々との間に問題が残されていればその解決は長続きしません。それを如実に証明しているのが、金大中大統領が推進する太陽政策です。2000年6月に開催された南北首脳会談から徐々に南北中心で動いていくのかと見えました。しかし、南北がイニシアティブをとっても、その後日本、アメリカが協力しなかったため、とりわけブッシュ政権が北朝鮮に対して厳しい姿勢で臨んだため、自分たちの敷いたレールが頓挫する可能性がでてきたのです。金大中大統領の太陽政策は基本的には自分たちが中心になるのですが、周辺諸国に一定の役割も期待しているのです。つまりアメリカが厳しい姿勢になったとたんに頓挫してしまうということになります。今回の件について言えば、日本も同様に関係国に対する配慮を忘れてはならないのです。今回はイニシアティブをとった日本が独断でなんでもできると思ったら大間違いで、周辺諸国との連繋、とりわけアメリカ、韓国との連繋を前提にして進めていかなければいけないと考えます。今回についての諸外国の反応にはそれぞれの思惑があるのです。

多国間協議の可能性:6者協議(2+4)、慎重に臨む必要性

ロシアが、6者間協議にたいして積極的になる背景には、在韓米軍があります。在韓米軍についてアメリカと直接話しをしたいのです。ヨーロッパに展開しているNATO軍に関しては、アメリカと直接交渉する枠組みをもっていますが、朝鮮半島に展開する在韓米軍についてはアメリカと直接協議する場をもってはいないのです。多者間協議について、我々は朝鮮半島に限定した問題だと思っていてもまったく別の方向にリードされていってしまう危険性もあります。それゆえ、多国間協議については慎重に対応しなければなりません。ただし、ブッシュ政権が強硬な姿勢をとっており、中国、ロシアがアメリカに完全に同調することが考えにくいため、これまでは孤立感をもっていたために多国間協議に消極的であった北朝鮮にとっても受け入れやすい環境は整ってきていると言ってよいでしょう。

5.拉致問題をめぐる諸問題

拉致問題は日朝国交正常化に臨む際の基本的な姿勢を変えるものではありませんが、速度を調整するものになってくるだろうと考えます。

政府調査団の調査結果…今後も継続

今回の調査団の結果だけでは、日本側はすぐさま納得できる状況にはならないと思います。ですから今後も調査を継続しなければなりません。日本の被害者のご家族の人たちが少しでも納得していけるように努力する必要があります。しかし、もちろん情の部分は理解できますが、それを強調しすぎると、日本側の問題に転化してくる可能性があるのも事実です。

朝鮮中央通信報道…拉致問題と戦前の問題

訪朝から1週間して、朝鮮中央通信が、拉致問題を戦前の問題について比較すると、あまり被害が大きくないという論評を出しました。今のところはないですが、もし韓国の新聞でその手の論調が出てくるとやっかいなことになります。日韓関係が怪しくなってきます。拉致問題は大きな関心事であって、納得できる解決を目指していかないといけませんが、その一方で我が国の国際社会での役割を忘れてしまってはならないと思います。

6.今後の展望

米朝交渉と日朝国交正常化交渉

朝鮮半島問題は南北関係ももちろんありますが、米朝交渉と日朝国交正常化交渉は車の両輪になって進んでいくだろうと考えます。この2つが北朝鮮情勢を考えていくうえでは非常に重要になっていくでしょう。

3つの交渉:日朝国交正常化交渉、日米交渉、日韓交渉

仮に日本が日朝国交正常化交渉を再開するということになれば、日本の立場からは3つの交渉を同時に進めることになると思います。日朝国交正常化交渉がメインになるわけですが、その一方で日米交渉、すなわち北朝鮮問題をめぐってアメリカとの間の交渉をしていかなければなりません。また、経済協力の額、その方法などで韓国との間でタフな交渉が必要になってきます。その意味でソウル大使館の役割がこれから非常に大きくなってくるでしょう。

3つのレベル(Local, Regional, Global)での問題解決の必要性

朝鮮半島問題はよく3つのレベルLocal, Regional, Globalに分けられます。Localとは韓国にとっての朝鮮半島問題、Regionalとはもう少し広く、すなわち日本にとっての問題、そしてGlobalはアメリカをはじめとする国際社会の問題です。この3つのレベルの問題が、ある程度同時並行で解決していかなければならないのです。小泉総理が2国間の問題と国際的関心事の2つの扉を開けたのであれば、今後は2国間の問題については粛々と対応し、なおかつ朝鮮半島問題全体で考えた場合の3つのレベルの問題を、3つの交渉を通して解決しなければなりません。そのようなことで朝鮮半島情勢は安定的に推移する方向に持っていけるのではないかと思います。

質疑応答

司会:

日朝間の問題は歴史上の観点、そして日朝だけではない地域的な視野を合わせてみて、初めて全体の正しい評価ができるということが理解できたと思います。

Q:

アメリカの関心事項は絞られていますが、ミサイル問題について今後進展はあるとお考えですか? 最大の外貨獲得手段であるミサイル輸出をそう簡単に放棄するとは思えないのですが。アメリカから見てその分野についてなかなか進展が得られない中で日朝交渉が順調に進展していった場合、アメリカからストップがかかる、あるいは米朝交渉と日朝交渉をどのよう形で、またパラレルでやっていったらよいのかお聞かせください。

A:

ご指摘の通りアメリカにとって大量破壊兵器の問題、とりわけミサイルの問題は重要です。クリントン大統領の政権末期時、北朝鮮を訪問するかどうかで最後の問題になったのはミサイルの輸出の問題でした。政権が代わる前からミサイルの輸出の問題は最大の関心事で、いまだに状況は変わっていません。クリントン政権ですら譲歩できなかったわけですから、ブッシュ政権がこれを譲歩するとは思えません。そうだとすると北朝鮮側が全部あきらめるしかないことになるわけです。それが今度のケリー国務次官補の訪朝の時に、ある程度方向性が見えてくるのではないでしょうか。クリントン政権期では北朝鮮にとってのミサイルの輸出はたしかに外貨の獲得になったのですが、現在では必ずしもそうではないとよくいわれています。アメリカが目を光らせている状態で、北朝鮮製のミサイルを買うのは、イラン、イラクぐらいなものです。北朝鮮側からするとイラクにはさすがに売れない状況もあるようです。それが事実だとすれば北朝鮮にはいずれにしろ外貨は入ってこないのです。よって、そんなことでアメリカとの関係が悪くなるのであれば、放棄してもいいという判断があるかもしれません。ただ、これは私の希望的観測も含めたものです。いずれにしてもケリー氏が訪朝した後に方針が決まると思います。実際、この問題でこじれるようであれば日本は北朝鮮と国交正常化交渉することもできません。また、安全保障問題は日朝の間で話す環境ができているわけですから、アメリカ側の姿勢を北朝鮮側に伝え、説得する役割が日本に期待されているのだろうと思います。むしろ、北朝鮮が日本との安全保障対話に応じているのは驚きです。これまで北朝鮮の安全保障問題の対話相手はアメリカでした。日本は交渉する相手ではないと無視してきました。なぜやり始めたのかと考えると、日本側に対しての安全保障上のカードを切るということは、すなわちアメリカに対して安全保障の処置をとると同義であるということを北朝鮮は認識したのではないでしょうか。仮にそうだとすると、北朝鮮に対して、日本はアメリカと協調してこわもての姿勢をとるのではなく、懐柔策でいく方法で安全保障の問題を解決すべきなのではないかと考えます。拉致の問題は今日本国内では問題の中心となっていますが、日朝固有の問題と国際的関心事である安全保障の問題はある程度同時並行させないといけません。単にアメリカが日本の交渉スピードを調整するだけではなく、北朝鮮の姿勢に変化があるとすれば、日本側もアメリカと一緒になってスピードを調整するということは可能になってきます。ここが日本の腕の見せ所となるのです。

司会:

小泉総理の訪朝が電撃的に発表されてから、日本が突出した対応外交をするのではないかと心配しました。アメリカとの調整はついているのかという不安が日本に漂いました。しかし、今は拉致の問題一色になっています。せっかく安全保障の問題で前進ができるというときに、拉致で解決が遅れては困るということも我々は忘れてはいけないと思います。

Q:

米朝交渉が先に進み日本が取り残されるようなことがあった場合、国際的な圧力の前に日朝固有の問題を犠牲にしてそれにつきあわなければならない状態になったとします。そうなると日本と朝鮮半島の複雑な問題をこのまま残してしまうことになりませんでしょうか? 日本国内での拉致問題の不信感を取り除きつつ、外交的にきちんとプレーができるようなシナリオをもう一度書き直すべきだと思うのですがいかがでしょうか?

A:

ご指摘の通りだと思います。ただ、今ご指摘された状況があったのはクリントン大統領が北朝鮮に日本よりも先に訪問するのではないかといわれた時のことです。日本側もかなりあわてたのが事実だと思います。しかし、安全保障問題について米朝が先に進むのはかなり難しいことではないかと考えます。アメリカは北朝鮮に対して、先ほどのミサイル、核、通常兵器、人道問題という4つの問題ではハードルを下げることはなく、それをクリアしないと関係改善がないと明確にしています。これはクリントン政権の時と全く違う姿勢なのです。クリントン政権時代にはハードルの高さを微妙に調節していましたが、ブッシュ政権では絶対にハードルは下げません。ブッシュ大統領の強硬さが表れていると思います。もちろんこれは北朝鮮にとってはかなり厳しい話です。しかし、このブッシュ政権が設定したハードルを全てクリアした北朝鮮が、日本にとっては付き合いやすい国になっている可能性は非常に高いと思います。もちろん、米朝交渉が仮に進んだとしても、日本側はペースを見て米朝交渉を進めないで欲しいということを強調していく必要はあると思います。それがあればこその同盟国です。米朝交渉の進展具合と日米関係をうまくリンクさせていくことは日本にとっても大きな課題だと思います。
Q:ロシアが6者間協議を切望しているとおっしゃいましたが、今回の日朝の話から始まる北朝鮮問題の最終的な解決へのプロセスの中で必要なコンポーネントとして、Regionalな安全保障のダイアローグみたいなものが組み込まれていく、あるいは派生してくるという可能性はありますか? A:6者間会談をやれば、まさにそのようなことになってくると思います。北朝鮮の脅威を前提とすれば北東アジアの情勢は変化していくわけです。中国やロシアの方から在韓米軍、在日米軍も含めての定義や日米同盟の定義の質問は出てくると思います。それを含めて、多者間の会議は必要だと思いますが、私ができるだけ多者間会議は慎重に臨んだほうがいいと申し上げたのはそのような状況に一気に行く前に朝鮮情勢を安定させる必要があるからです。とりあえず6者の前にまず日米韓と北朝鮮の調整が必要です。これまで4者会談と言いますと南北朝鮮プラスアメリカ、中国だったわけですが、日米韓プラス北朝鮮という枠組みをベースにして、中国とロシアを加えたほうが日本にとってことが運びやすいのではないかと思います。

Q:

ケリー氏の訪朝は米朝協議を図るうえで非常に大きな指標であると思っています。その結果のシナリオとして北朝鮮はべた折れするのか、もしくはしないのでしょうか。べた折れするとなれば、おそらく北朝鮮にとって決して有利な状況ではないはずです。それはケリープロセスの頃と今は違って、ハードルが上がっているからです。その場合、北朝鮮が考えている戦略的背景の1つには経済ファクターがあり、2つ目にはイラク情勢があり対イラク攻撃に示されるようなドクトリンが適応されることが懸念される、従ってべた折れするというシナリオなのでしょうか? それともそもそもハードルを上げられても北朝鮮は悪い条件はないと、ブリンクマンシップ外交自体がそれほど効果がないので、ここで折れてもいい、そのような背景でべた折れというシナリオを考えられるのでしょうか? もしべた折れをしないというシナリオが出た場合、おそらく、北朝鮮はこれまでのような日米韓離間政策をさらに強化させて日本に対する譲歩を重ね、できるだけ条件、拉致に関してもその他色々な過去の懸案に対してもできるだけ対処して、経済協力を日本から早めにとり、米国との歩調を見出すこういうことになるのではないでしょうか?

A:

べた折れする可能性はあるような気がします。それはアメリカの強硬姿勢のために、イラクと同様に処理されてはかなわないからです。それに抵抗しても得はないという発想もあると思います。必ずしも北朝鮮にとってミサイルや核はこだわる必要がないのです。彼等の発想からすると自分たちの体制さえちゃんと維持され、それを保証してくれればミサイル、核については譲歩できるということになってくると思います。実際所持していたからといって、使用できるとは限りません。所持しないことにより、得るものがあるわけですからその方向に変わっていく可能性が高いような気がします。極端な話をすれば、北朝鮮が体制崩壊をカードに使い始めてきている可能性も否定できません。べた折れして、北朝鮮の体制を維持するために、周辺諸国に協力を求めるような方向を徐々にたどりつつある可能性もあるのです。そして後者のべた折れしないシナリオもありえます。従来の北朝鮮の発想からすると日米韓3国の協調を崩すために、日朝と南北の交渉を進めて日本と韓国を人質にとり、アメリカの強硬姿勢に対抗するのにミサイル、核、通常兵器その他でべた折れしないですむ状況を作りだすように思えます。ただし、この場合日本がかなり厳しい状況においこまれます。その場合は日米韓の枠組みで対応せざるをえないと思います。極端な話ですが我々の立場からすると拉致問題はとても納得できるような解決状態ではないのですが、もし現状よりたくさんの被害者が発見される中で、アメリカとの緊張が高まっていくとします。そのような状況に目をつぶりアメリカとの同盟を押し進めることは日本にとって酷な状況です。しかし日本はアメリカを説得して、なおかつ北朝鮮とアメリカの調整役をする必要性がでてきます。いずれにせよケリー国務次官補の訪朝の結果により北朝鮮が本当に変化したのか、あるいはこれまでの路線の延長線なのか判断の材料がいくつかでてくると思います。

Q:

Local、Regional、Globalの交渉の前にNationalな決定はどうなっていますでしょうか? 今回の訪朝により急に北朝鮮が見えてきたような気がしている人もいるかもしれませんが、多くの点で謎の国であることには変わりないと思います。下からの積み上げの結果、今回のアクションになったのかあるいはリーダーシップを発揮してこうなったのでしょうか? 果たしてこのリーダーシップは基盤のあるものなのか、もしくはどこかでこけてしまうのではないでしょうか? その辺のお考えをお聞かせください。

A:

北朝鮮の政策はおそらく多くの部分は金正日氏本人の判断で決まっているのだろうと思います。金正日氏が末端のことまで全てきめているという仮説もあります。その一方で、軍は金正日氏との間に対立構造があり、軍はOut of controlという説が、韓国ではよくいわれています。これは韓国の亡命者がよくいっていることです。軍が金正日氏に忠誠を尽くしていない、金正日氏は軍にひっぱられているといっているのです。私はそれを否定はしませんが、そうであるとすれば、そのような軍の不安要因を内部に抱えたまま長期間国を出ることができるのか? という疑問が残ります。韓国側の主張を否定することはできません。しかし、根拠のある話でもありません。おそらく事実はその中間くらいだと思います。それを前提とすると今回の決定は金正日氏がかなりイニシアティブを発揮したと思われます。又、日本側では末端の人間に日本の立場を伝えても彼等は自分たちの責任を問われるわけですから、金正日氏に正確に伝えているかよくわからないという状態でした。ですから今回小泉総理が訪朝し、直接日本側の立場を伝えたのは意味があったことだと思います。金正日氏にしてもバイアスのかからない日本側のストレートな姿勢を直接聞くことはよかったと思います。金正日氏のリーダーシップ、国内の不安定要因については目を光らせる必要がありますが、基本的には現在の金正日体制を前提に交渉に臨んでいく必要があると考えます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。