国際経済政策協調の推移と日本の課題:あるインサイダーの見解

開催日 2002年7月23日
スピーカー 重原 久美春 (国際経済政策研究会代表/経済協力開発機構(OECD)前副事務総長)
開催言語 英語

議事録

重原氏は、過去30年間、OECDやIMFなどによる多角的監視が日本のマクロ経済政策運営に果たした役割を概観した上で、構造改革を促す多国間アプローチに日本がどのような関わりを持ってきたかについて講演した。重原氏の講演内容中の構造政策に関する部分および関連質疑の要約は下記のとおり:

現代は国際的相互依存の時代

1970年代までは、貿易と資本移動の自由化が焦点でした。一連のガット・ラウンドへの参加を経て、日本の平均関税率は米国や欧州連合(EU)を下回るレベルにまで引き下げられました。しかし、その一方で、多くの農産物に対する高い保護障壁は温存されました。

1980年代後半、私がOECDの経済総局政策調査局長だった頃のことですが、政策調査局が自ら開発した一般均衡モデルを使って、農業保護政策が経済全体に及ぼす影響を量的評価すべく、ペーパーを準備したことがありました。事務局が準備したこのペーパーをたたき台に委員会で議論がもたれることになっていたのですが、当時、OECD加盟各国の経済省と農業省の意思疎通が十分に図られていないことを痛感していましたので、各加盟国政府に対し、経済・農業の両部門からそれぞれ代表を送るよう、依頼の書簡を送りました。この書簡は日本を含めたいくつかの国々で大きな反感を買いました。しかし今では、当時OECDが行った客観的かつ厳密な分析がガット・ウルグアイ・ラウンドにおける農業自由化に貢献したと評価されています。

とくに貿易・投資を通して、国際的な相互依存が深まりましたが、その結果、国内の構造政策が国境を越えて直接的な影響を及ぼす事態がより広範な分野で見られるようになりました。法制度、教育制度、社会立法など多くの構造政策分野においては、他国に重大な波及効果を直接もたらすような国際的局面は一見、存在しないように思われます。しかし、こうした分野における政策は、マクロ経済発展を方向付け、マクロ経済の均衡化をもたらします。構造政策はまた、国際的波及効果を持つ他分野にも影響を与えます。明らかな国内問題に多角的監視制度を適用しようとするのは、このためです。たとえば、国内で実施された不適切な構造政策によってマクロ経済政策への信頼が揺らぐことがあります。その結果、為替市場が混乱し、保護主義的感情を生む格好の材料を提供することにもなりかねません。

OECDで高まる多角的監視制度の重要性

OECDでは過去10年間、ベンチマーク(評価基準)とベストプラクティス(最高の実践方法)に基づく多角的監視制度の重要性が高まってきました。1994年、OECD閣僚会議によって承認された「雇用研究(The OECD Job Study)」は、労働市場および関連政策を分析し、失業削減・雇用創出のための数々の政策提言をとりまとめたものです。この提言はその後、租税移転制度のある側面がもたらす労働意欲阻害要素や積極的労働市場政策など、個別政策課題のフォローアップ分析を通じてより精査されました。

他分野における類似の試みとしては、革新と技術、環境政策、規制慣行の諸分野でOECDの複数の委員会が共同で行ったものがありますが、これらについては、日本も関わって来ました。

1990年代、IMFサーベイランス(国際通貨基金による政策監視)の領域が拡大しましたが、加盟各国を調査する上で、労働市場政策、製品市場改革、民営化、金融セクターの規制・監督といった分野が主要な調査対象となっています。OECDのサーベイランスは加盟各国の首都から派遣された代表から成る委員会によってなされますが、IMF理事会による加盟各国調査は在ワシントンの各国代表理事によって行われます。

構造政策の多角的監視は本質的に困難なものです。まず、構造政策変更の効果が不明確であるという問題があります。これは、異なる分野の構造政策が相互作用しやすいことに起因するものですが、同様な政策変更を行っても効果が国によって異なる場合があることを暗示しています。また、構造政策の効果がどういう時間曲線を描くのかについてもほとんどわかっていません。そして最後に、実態経済はたいてい重要な点において教科書的なモデルから逸脱するので、政策立案者はセカンドベストまたはサードベストの世界に甘んじざるを得ないという問題があります。これは、教科書どおりのファーストベストの理論に基づいた政策を適用するには注意を要する、ということでもあります。

より重要と思われるのは、構造政策の決定にしばしば分配をめぐる争いが絡んでくるということです。構造政策措置を講じるときは、陰に陽に、公平性・安定性に対して効率性を天秤にかけなければなりません。しかし、構造改革に伴う痛みはたいてい改革効果が現れる前にやってきます。改革の効果は広範囲に分散し、組織化されていない多様な集団にもたらされるのに対し、改革の痛みは特定の、場合によっては均質でまとまりある集団に集中する傾向があります。確かに、まだ存在しない企業や仕事に恩恵を与えるような改革をすすめようというとき、その改革の支持者層を特定するのは困難かもしれません。改革を支持する声より反対する声が大きくなりがちなのはこのためです。

多角的監視制度は日本の構造改革に効果的か否か

以上のような問題を踏まえると、日本の構造改革を多角的監視制度の下におくことが果たして効果的か否か、という当然の疑問に行き着きます。このことに関しては、多角的監視制度の効果とその対象となる国の規模は直接的な逆相関の関係にあるという見方があります。また、OECDやIMFのような多国間機関のスタッフおよび他の加盟国から国際会議に派遣される代表は、検討対象国における構造改革に絡む政治・社会問題について必ずしも十分な知識を持っているわけではないので、とりわけ構造政策について多角的監視制度の信憑性を疑問視する人もいます。

EUのような地域連合においては、委員会や他の加盟国の代表によるピアプレッシャー(仲間内の圧力)がより大きな効果を発揮することがありますが、日本はそのような地域組織に属していません。地域組織内のピアプレッシャーがより有効である理由として、各加盟国が地域の問題をよりよく把握していること、ピアレビュー(相互評価)に対する各国の明確なコミットメントがあることが挙げられます。OECDやIMFによる監視の場合こうしたコミットメントは存在しませんから、その効果はひとえに、監視される側、つまり日本がどの程度積極的に国際機関や他の加盟国の代表からの助言を受け入れるかにかかっています。仮に先進7カ国(G7)または主要8カ国(G8)がより組織立ったかたちで相互監視を実施することになったとしても、その効果についてはOECDやIMFと同様の問題が出てくるかもしれません。

多国間ピアレビューの結果をたとえばエコノミックサーベイというかたちで公表すれば、公の論議を活発化することができます。ほとんどの争いは公の論議や考え方の世界で決着がつけられるということを念頭においておくべきです。もう少し一般論的に言うならば、構造政策やマクロ経済政策を監視する際、情報を共有することが重要な要素になるということです。OECDが提供する国際比較データ、加盟各国の構造政策措置に関する詳細な情報およびその分析など、国際的公共財を入手・利用することで、日本の経済政策の設計・実施を促すことができます。OECDが引き続き、質量ともに十分な公共財を提供していくために必要な資源を確保する上で、世界第2位の資金拠出国である日本(日本の拠出額は米国の25%をわずかに下回るレベル)が重要な役割を果たすことを期待されています。

質疑応答

Q:

日本が需要不足を解決する唯一の方法は輸出しかないというのは事実ではないでしょうか。

A:

輸出主導の成長は、通常のマクロ経済政策の効果が減殺されている難しい現状から脱却する1つの解決策です。それは、もし更なる市場開放を含む構造改革と共に生ずるものであれば、近隣窮乏化政策ではなく国際社会にとっても悪いものではありません。経済政策の効果には短期的にはトレードオフが存在しますが、動態的な捉え方をすべきです。円安になると、日本と競合する輸出国は短期的には不利になりますが、日本製品を輸入している国や価格に関して非弾力的な1次産品や日本で生産されない製品の対日輸出国は恩恵を受けます。また、日本輸出の伸長は国内需要を喚起し、これにやがて構造改革の効果が加われば、時の経過とともに輸入が全体的に増加し、日本と競合する輸出国にもプラスとなります。

Q:

G7は政策協議の場として有効なのでしょうか。

A:

G5の「華々しかりし時代」といわれたときでさえ、協議の成果は必ずしも華々しくありませんでした。国際的な経済相克を解決するための真剣な議論は脚光の外に出て初めてできるものなのです。マクロ経済問題について、現在のG7/G8の国別構成は最早妥当ではありません。ユーロが導入された今、G7/G8にヨーロッパの数カ国が引き続き個別国代表を出す意義があるのでしょうか。G7/G8のメンバー構成を変えるべきなのかもしれません。我々の経済協議の相手としては中国と韓国のほうがロシアよりは重要だと思います。

Q:

自由貿易は結構なことですが、各国それぞれ変化に対応するための時間が必要です。労働者の経済的福祉を維持することのほうが重要だと思いますが。

A:

貿易の自由化が雇用に及ぼす影響は、90年代初から、特にフランスで、激しい論議の的となってきました。私は貿易自由化よりも為替の乱高下から生ずる国際的な生産資源や雇用機会の攪乱的なシフトを懸念しています。効率性と公平性のトレードオフの中で、あまりに公平性を重視しすぎると、消費者利益を損ね、成長ポテンシャルの低下が福祉厚生支出や失業者に対する支援関連政府支出などの基盤となる税収の基盤を脆弱にすることになります。国際競争の激化に伴い生ずる非効率な産業や企業の市場退出はそこで働く労働者の職を奪いますが、効率的な既存そして新規の産業ないし企業では国際市場での仕事が増加します。対外債務国の場合、国際金融機関のコンデイショナリテイーによって貿易自由化の加速を迫られることがありますが、世界最大の債権国である日本は、自らの意志によって貿易の自由化とグローバル化を推し進め、その中長期な経済便益を享受すると共に、構造調整過程における痛みを克服しなければならないのです。そのためには、政治屋ではない本物の政治家(ステーツマン)の出現が必要です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。