ITベンチャ企業の創業の実際

開催日 2002年7月9日
スピーカー 鳥谷 浩志 (ラティステクノロジー(株) 代表取締役社長)

議事録

ラティステクノロジー株式会社

ラティステクノロジー株式会社はリコー研究所で行われていた三次元キャドキャムの研究から始まりました。三次元キャドキャムデータは非常に複雑で容量は大きくなる一方でしたので、そのデータを圧縮する技術により、インターネットの中でサービスを提供する事業を思いついたのです。

XVL

XVLとは三次元キャドキャムデータの軽量化技術を指します。データの容量を数百分の1に圧縮することができるのです。それにより、データの通信も非常に速くなります。昨今しきりにブロードバンドが注目されていますが、通信状態はあまりよくないようです。先ほども申し上げましたが、キャドキャムデータは非常に重たいデータです。CD-ROMで30枚のデータ量になることもあります。ブロードバンド時代になってもデータの軽量化は重要なのです。

圧縮技術について

1799年8月にナポレオンが発見したロゼッタストーンには、3つの言語で同じことが書かかれています。ヒエログリフ、デモティック、ギリシャ文字によって書かれた文章はそれぞれ長さが違います。ラティス構造は類推して考えることができます。ある言語を使用することにより、データを軽くすることができるのです。

経営ビジョン・創業プロセス

創業時からの経営ビジョンは市場創造型ベンチャーを目指すというものです。傑出した三次元技術を基盤に、3Dインフラを提供することです。慶應義塾大学から7人のPhDを集めてきて創業したベンチャーですが、数年間は収入がありませんでした。会社を設立した97年はちょうど山一證券が破綻した時期で、資金繰りに非常に苦労しました。98年には青山にオフィスを移しましたが、手持ち金は底をついていました。ベンチャーキャピタルからの融資はむろん、レンタル会社からのPCレンタルも断られるありさまでした。
そんな時、当時の通産省外郭団体のマルチメディアコンテンツ振興協会より、マルチメディアコンテンツ市場整備事業に採択されました。それにより会社は息を吹き返すことができました。しかしその後も資金繰りには苦労しました。転機になったのは、1999年9月にVECより債務保証先として選定されたことです。それにより、新聞にたった3行でしたが、記事が出ました。その後は20行以上の銀行が融資を申し出てくれました。しかし、すでにVECより6000万円の融資が決まっていましたし、トヨタとJAFCOからも出資を受けることが決まっていたので、銀行からの申し出はお断りしました。そのお陰で、1999年11月には社員7人、資本金2億5千万円の会社に成長しました。また同じ頃、郵政省より「通信・放送新規事業」として認定も受けることができました。これをベースに千代田区に移転し、開発体制を強化しました。また、各業界でトップの会社とネゴシエーションし、ブランド力をアップしていくことを戦略として進めていきました。

カジュアル3D

カジュアル3Dと命名した背景には、誰もが手軽に3次元を使っていく希望が込められています。そのために、Web3Dエンコーディング技術を開発しています。キャドキャムの市場は、ITの中でじつに3%しかありません。残りの97%の市場に3Dの市場を創出できないだろうか? と考え、インターネットでの3Dサービスの提供を試みました。3次元データは見るだけでは意味がありません。従来の情報に自動的に3Dデータを統合する時に意味が出てくるものです。そのためにはXVLに変換したデータに、いろいろなソフトと互換性を持たせる必要があります。
目指すところは日本発世界標準+製造業復権の起爆剤です。製造業ではもはや既存のやり方では中国に追いつくことができません。そのため、データ転送を数百分の1にまでする方法をとっていけばいいと思います。先週XVLの事例セミナーを開催いたしました。300人のセミナーの予定でしたが、600人の応募がありました。思惑どおり進んでいると思います。

XVLで実現するカジュアル3D

Information Leveragingとは、個別最適システム構築からビジュアル情報を利用して、全社で情報を共有するしくみです。今まで組織内の個別システムは確立されていましたが、データを軽量化することで、インターネットの環境内においてシングルデータをマルチユーズすることが可能になりました。

課題と対応

人材の確保:ソフトウェア業界では優秀なエンジニアの確保がキーになります。ネットワークでCADを行っている会社は日本の中でラティステクノロジー以外にありません。その関係で、ホームページ上からの募集は効果的です。
社内のモチベーション確保:ストックオプション制度はモチベーション確保に効果的なものになっています。また、ホーソン効果という手法もとり入れております。これは、作業環境を観察されている環境の中で仕事を行うと効率が上がるというしくみです。ラティステクノロジーではネットワーク上でソフトを無償でダウンロードするサービスを行っています。何万本もダウンロードされるので、バグは決して許せません。そのような監視されている状況の中でモチベーションを向上させるのです。また、一流企業に採用されるというのもプラスの効果を生み出しています。営業も、技術もモチベーションが上がります。まさにプラスの循環です。そして、企業も社員とともに成長しています。

XVLのデファクト化

リコーに勤めている間に知り合ったキーパーソンに促し、たくさんのメディアに掲載させるような働きかけをしました。それにより各メーカーに、XVLはデファクトであるいうイルージョンを起こすことができます。

ブランド戦略:トレンドをブランドへ

99年11月に技術開発完了をし、00年2月米国で発表しWeb3D/VRML2000にてTechnology Awardを受賞しました。同年3月には中小企業優秀新技術・新製品賞をいただき、01年1月には日経優秀製品・サービス優秀賞、02年1月にはニュービジネス大賞、経済産業大臣賞を受賞することができました。また、日経BPの技術賞をいただくことができ、メディアにXVLを露出しブランド力を高めていく戦略は成功しつつあります。

企業内を流通する情報の流れ

既存の3D技術は開発する段階でしか使用されておりませんでしたが、カタログ、受注発注システム、ドキュメント、その他のシステムなど企業内を流通する情報の流れの中で3D技術を使用してもらうことによるメリットをあげます。
まず、今までは出張して届けるしかなかった大規模データを圧縮することにより、インターネットで送信することで時間のロスを防ぐことができます。それにより、色をEditできたり、テクスチャー、写真を簡単にWeb上に割り当てることができます。また、寸法を測ることも、変更することもできますし、ハイパーリンクの定義も容易です。それを保存し、ネットで瞬時に共有すれば、3Dの図を見ながらマニュアル、商品説明を作ることができます。今までのやり方ですと、マニュアルは実物を見ながらイラストを描いていましたが、この技術により大幅な時間の短縮が図れます。

大企業からの起業

リコーにいる間に受けた、社内ベンチャーによる一通りの業務経験、実践的教育などは非常に役立ちました。しかし、実際に起業してみないとわからないことが山ほどありました。そのために弁護士の方やその他の専門家の方々と出会う機会がありましたが、それはとても有効なことでした。政府債務保証については、創業の後押しには有効でしたが、保証料は問題だと思います。金利負担が非常に重たく、抑制力が必要になります。大企業とは正面から競合しても勝てる見込みがないので、お互いに利用できる環境の創出、差別化できる技術力を作ることにしています。
才能を持った人材との出会いが大企業の中にあり、チームを組みスピンアウトすることができます。その後、大企業との協業によりブランド力、販売チャンネルなどが可能になります。

質疑応答

Q:

特許はどのようになっているのでしょうか?

A:

起業した当時の、最初の1年はリコーからの出向というかたちをとっておりました。そのときに研究開発したものは、リコーのものなのか、ベンチャーのものなのか、きわどい問題でした。双方の話し合いの結果、特許権はリコーとラティステクノロジーの共同で持つことにし、実施権はラティステクノロジーで持つことにしました。また著作権でソフトウェアは守られています。

Q:

起業する時に、ベンチャーキャピタルから融資を受けるのは一般的だと思いますが、なぜ、大企業からのファイナンスを受けたのですか?

A:

大企業との連携はあまり一般的でありません。ただ、創業当初の目標であった市場創造型ベンチャーを作り上げるには大きな資金を受ける必要がありました。ベンチャーキャピタルからは無色透明の融資を受けることはできますが、大企業から出資を受けることにより、XVLの技術をそこで使用してもらうことに意義があったのです。もちろん時間はかかりましたが。

Q:

最初の1年はリコーからの出向ということでしたが、トレードシークレットの問題にはひっかからなかったのでしょうか?

A:

用途が違うということでリコーはOKしてくれました。

Q:

出向したときに発明した特許は、どのような経緯でリコーが特許の共有を許可されたのでしょうか?

A:

ラティステクノロジーにも同じ特許に関する開発者がいたので、それは許可されました。

Q:

他国との競合や技術を盗まれたりすることについてはどのように対処しているのでしょうか?

A:

ソフトウェアの特許は防衛的なものでしかありません。相手が侵害していてもわからない状態です。それは著作権で守るようにしています。実際に、特許でも技術の中枢は隠して申請しています。また、ブラックボックスの技術は安くライセンスするしくみを作っています。技術をゼロから作るよりも安いライセンスを購入した方がはるかに効率的なのです。

Q:

99年にJAFCOは融資だけよりむしろ起業の手助けをする観点に変わっていきましたが、そこからの恩恵はありましたか?

A:

JAFCOからはプロのスタッフを派遣してもらい、財務など有益なサジェスチョンをもらうことができました。ただ販路については、紹介してくださったのがベンチャーだけでしたので、お金のないもの同士ではあまりうまくいきませんでした。

Q:

起業をよりしやすくするためにどのような政策があったら良いとお感じですか? 大学発よりも大企業発ベンチャーのほうが上手くいきやすいですか? 両方から進むのがベストだと思いますが、それぞれ問題点が違うと思います。どのような改善点があると思われますか?

A:

政策的には充分だと思います。大学の先生はマーケットがわからない傾向が強いので、起業は非常に困難だと思います。それよりも、企業と大学がうまく出会い、スピンアウトすればよいと思います。そのための出会いの場があればと思います。ベンチャーが成功する共通点は、役員の信頼関係にかかっています。

Q:

大企業から起業する人材、また創業予備軍は潜在的に多いと思いますが、退職金のしがらみや年功序列から飛び出していった動機はどのようなものがありますか? また、いつ頃から独立することを考えていたのでしょうか?

A:

入社した当時は創業することなんて考えておりませんでした。起業しようと思ったきっかけは、リコーで事業をゼロから立ち上げたとき、技術のサチュレーションを感じたとき、失敗したとき、天才エンジニアが集まったときでした。もちろん、リコーの中で同じことをやろうと思いました。提案してビジネスプランを書きましたが、やはり大企業ですと100億単位のビジネスでないと意義がないということで、興味はもたれませんでした。

Q:

成功には哲学と運があると思いますが、制度的なものも上手く活用されてきたと思います。その制度的なものについてのコメントを伺いたいのですが?

A:

ベンチャーが発明したものを製品化してロイヤリティーを払っているのはあまり一般的ではありませんので、ベンチャーへの投資は捨てるお金として考えてもらいたいです。国策としては有効だと思います。

Q:

大学との連携はありますでしょうか?

A:

基本的にはすべてインハウスで行っています。リスクが高いものや、新しい技術の開発などは大学にやってもらっています。現在は、医学の部分などやe-learningの分野で3Dを使用することを検討しています。そしてそれが現実的になってきた段階で、こちらで製品化しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。