産学官連携とTLOの役割

開催日 2002年6月19日
スピーカー 井深 丹 (タマティーエルオー代表取締役社長)
モデレータ 原山 優子 (RIETIファカルティフェロー/東北大学教授)
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議事録

産学官連携は歴史が非常に長く、また切り口も難しく、それぞれの立場によって目的も違うものですが、今日は私の理解している産学官連携で話をすすめさせていただききます。

研究開発と特許

私は民間企業で、国からの補助金で30年間、現有製品に直接関係のない研究開発を行ってきました。その研究過程を通して、産学官連携によって企業が新しい技術を身につけ、新製品を出す重要性が分かってきました。

企業は、マーケットニーズに対応した製品を設計、製造することを目的としていますが、ゼロから設計するのは非効率です。すると作業としては、既存製品の改良品を作るか、コストダウン設計をするかになります。一方、大学の研究成果すなわち仮説の検証結果は、直接には製品になりません。大学の研究成果と企業の開発を結ぶ産学官連携研究は新製品の開発には最も効果的な手段なのです。

産学官連携は企業のニーズから始まります。そのニーズから技術仕様を作り、大学の先生方の成果を活用してどのように製品にもってくるかということが研究の中心です。出来上がったものはあくまでも試作品ですから、性能は充分でも値段が高く使いものにはなりません。その大学の成果を、企業がコストダウン設計をすることで事業化に至ります。ここで仲介機能を果たすTLOの作業と、この仕組みに中小企業をどうあてはめるかが今日のメインの話しになります。

TAMA産業活性化協議会と地域コンソーシアム

平成10年、TAMA産業活性化協議会が設立されました。TAMAとはTechnology Advanced Metropolitan Areaの略で、技術先進首都圏地域のことです。具体的には首都圏西部地域を指していて、東京のベッドタウン工業地帯です。TAMAは昭和20年までは軍需産業ベースで発展してきた地域です。そのため、地域にはハイテクの産業が集まってきました。また、大学が都内から移転し、大手企業の中央研究所ができ、先端技術の集積地としてのポテンシャルを高めていきました。TAMA産業活性化協議会はそのような立地条件の中、産学官連携で地域産業を振興し、新製品・新事業を起こすというはっきりとした目的を持った団体です。中小企業、大学、地方自治体、商工団体が参加し、関東経済局の指導のもとに発足し、平成13年には社会法人首都圏産業活性化協会に発展しました。

ここで企画、運営された産学官連携研究開発(地域コンソーシアム研究開発)を紹介しましょう。

○IMI(Intelligent Micro Instrument)の設計と試作

平成10年にスタートしたのがIMIプロジェクトです。TAMA地域内企業の最大の市場は半導体製造業です。その半導体工場でいちばんエネルギーを使うのは空調システムです。IMIプロジェクトでは、そのエネルギーを半減させるための省エネ用マイクロセンサーの開発をしました。

産学官連携プロジェクトをスタートするにあたって、いちばん大事なことはフォーメーション構築です。冒頭にも申し上げましたが、産学官連携のベースになるのは企業ニーズです。関連した技術を持っている大学・研究所、試作・製造ラインをもつ中小企業(加工業)、研究成果を企業化できる中小企業(研究開発型)でフォーメーション、すなわち地域コンソーシアムを作り上げました。また、プロジェクト管理ができるコーディネーター役をつけました。できあがった成果は、ニーズを出した会社が製造、販売するというものです。コンソーシアムの利点は、それぞれ自分達だけではできないことを最終的に達成できるというところです。見かけ上は大企業の新事業開発センターと同じ構成です。これにより、地域で中小企業と大学と公設機関を組み合わせ、それぞれがあまり負担を負わないで新しい事業・製品を市場に出すことができる、いわゆるバーチャルな開発会社を作ることができます。それが地域コンソーシアムの重要なポイントです。

そのマイクロセンサー技術を使用し、ガスセンサーやLSIテスターのプローブカードを開発しました。これらの製造には、半導体IC製造ラインに近い高度な製造設備が必要です。年間数千個の需要しかないものを製造ラインを持たない中小企業にやらせるとは、とNEDOの中間審査でもめたこともありましたが、そのようなセンサーを多品種開発することによりビジネスになるということを強調しました。また、TAMA域内で、大手企業が小ロットの半導体デバイス製造の外注を受ける、ファウンドリーサービスを開始しており、事業化できるようになっています。

○太陽光発電用分散型パワーコンディショナー

省エネに寄与する太陽光発電は、住宅の屋根に1m角の太陽電池を30枚並べた3kW発電が標準で、得られた直流電力をまとめてインバータで商用交流電力に変換して使用します。

このプロジェクトは、1m角の太陽電池に取り付け、100Wの交流電力を取り出すインバータの開発を行うものです。既存の製品はヨーロッパにありますが、値段は6万円と高いものです。それを名刺大にし、1個4000円にすることと、多数のインバータをそれぞれ最大効率で運転する制御システムを開発するのがこのプロジェクトの目標です。

このプロジェクトをスタートさせるにあたり、フォーメーションには非常に気を使いました。インバータとエレクトロニクスを扱っている会社から新しいビジネスのニーズを出してもらい、大学から技術シーズと基盤技術開発提供をしてもらいました。また先行技術開発を電子技術総合研究所にお願いしました。部品の開発には大手の企業に参加してもらいましたが、そこの事業部が参加するのではなく個人が参加するようにいたしました。このプロジェクトの特徴は、量産化研究です。この部分は小型電源のメーカーにお願いしました。そこは無人工場でロボットが24時間、小型電源の製造をしています。すると人件費はまったく関係なく、コスト的には東南アジアに負けません。すでに図面があり、部品が決まっていれば短時間で量産ラインを組むことができます。そこで、この製造ラインを使うことを想定して開発を進めることにしました。このように、それぞれの出口を固めて、ビジネス化の利益を共有できるようにして産学官連携を組むとうまくいくのです。

TAMA-TLOの設立と運営

TAMA-TLOは、首都圏産業活性化協会を母体とする地域内の大学、企業の連携TLOです。TAMA地域にはあまり大きな大学がないため、独自にTLOを作ってもあまり仕事になりません。そこで、30程度の大学の共通TLOを作ればビジネスになると考え、さらにTAMA地域にある250~300社の中小企業がお客様となることでTLOを作りました。大学の技術によって新しい製品を作る時に、どの技術を選んでどのように組み合わせて産学官連携を組んでいったらよいかをビジネスの中心にし、平成12年にTLOをスタートさせました。

TAMA-TLOが目指すもの

本来であればTLOの役割は大学の研究成果の特許化、技術移転だけですが、TAMA-TLOは産学官連携の企画、管理、運営を行う、いわゆるコンソーシアム研究を実現させることを役割としました。提案書を作成し、公的資金を獲得し、そこから生まれた特許を参加した会社に購入してもらい、ロイヤリティーを得ます。そうすると、商品化がより現実的になります。

具体的に、ニーズはTAMA協会が非常に強力なネットワークをもっていますので、そこから集めます。そして、大学の技術シーズと企業のもつニーズ・製品技術をマッチングします。技術は一方通行ではありません。実現には長い年月がかかるかもしれませんが、社会ニーズが大学にいくパスができるのです。それにより、大学の研究にもはずみがつき、企業も大学に期待することができます。すると、地域での産業振興ができ、そこで発生したロイヤリティーや技術開示料により大学にリターンがくるようになり、大学もますます活性化されます。

現在までにTAMA-TLOと連携・協力関係にある大学は次の3種類に分けられます。

1.株主大学:私立大学で、学校法人が出資しています。

2.公立大学:出資者は先生個人ですが、それぞれ大学としてのTLO窓口を作って、そこを経由して先生方の発明がTLOにくるようになります。

3.その他の協力大学:私立大学で先生個人が出資しているところです。また、発明を特許にする判断を行う評価委員を出す大学もあります。

発明が多く出ている大学の特徴は、教授の多くが企業出身の方だということです。企業にいる間に持っていたアイデアを、大学にきてから学生や助手と一緒に研究しているのです。その発明をTAMA-TLOでは、現在までに4件技術移転しました。

○煙道中のダイオキシン測定システムの開発

地域コンソーシアムの3番目の例は、ダイオキシン測定プロジェクトです。これは、ごみ焼却場から出てくるダイオキシンの濃度を直接量ることができる装置です。中小企業の社長の発想から出てきました。従来の測定装置は、ガスをサンプリングして測定するのに1カ月かかり、その装置は約1億円のものでした。これではすべてのごみ焼却場に設置するのは不可能です。それを価格1千万円で、しかも1時間で測定することができる装置であれば市場ニーズはあるというものでした。この発想を受けて大学、公設試、企業が集まって、マイクロ加工技術とバイオ技術の融合による現実性を検討しました。それから地域コンソーシアムを組み、このプロジェクトは実現できたのです。

コンソーシアムを組むにあたっての提案は、技術が社会に貢献できることをアピールする。また、費用と期間を明確にする。そこから会議にかけ、プロジェクトの促進について話し合います。このプロジェクトで実現する測定法はJISの方法(公定法)に対抗する形でしたので、採択には少し問題があったと聞いていますが、1年間やってみて、反応速度が非常に速いという結果が出ましたので、現在進行しています。

○光ファイバセンサーによる水位計、成分計の開発

もう1つの例は光ファイバセンサーの研究開発です。これは昨年度の補正予算で採択されたプロジェクトです。このセンサーは電気ではなく、光で水位を測ることができる水位計に応用されます。電池は一切使用しないので、無人のダムの水位が測ることができます。また、安全性も非常に高いものです。これも大学の先生の発案と企業のニーズがマッチングして開発を行っている最中です。

産学官連携を成功させるには

4つの地域コンソーシアムの例をお話しましたが、ポイントは特徴をもつ技術力の高い中小企業を前面に出すことです。そして中小企業が製品化したいものを、大学と企業と公設機関が支援する構成です。大学からは教授が個人単位で支援します。大企業の研究所でも個人のもっている知識をもって支援します。そうすることによって、地域の中小企業の夢を実現します。中小企業の成長につながるわけです。これが産学官連携を進める上での重要なポイントであり、国のお金を有効に使うものであると考えます。

質疑応答

Q:

フォーメーション上、事業化の後の利益分配はどうするのですか?

A:

3年間のコンソーシアムの例で示すと、1年目では成果はあまり出ません。大学が中心の調査研究です。2年目は大学と企業が一緒になって研究を行い、製品のタネを作り出します。3年目に大学は少し下がり、産学官連携のリーダーは企業になります。このようにフォーメーションの組み替えを随時行っていきます。その進捗管理、全体を見ながらの調整をTLOが行っています。2年めから3年めにかけて発明が生まれます。これは各研究グループの所有とし、合意できれば特許出願してもらいます。発明人に大学の先生も入っているときは、その部分だけTLOは譲渡を受け、権利を持ち企業と共同出願します。TLOはプロジェクトの管理法人としての利益配分の権利はまったくなく、連携大学から譲渡された権利の手数料だけです。

Q:

マーケットを見据える機能はどこにあるのでしょうか?

A:

研究の成果にマーケットがあるのか? 誰が売るのか? ということが見えなければ、産学官連携研究を行う意味がありません。従ってTLOは、製品化して売るという会社を見つけてくることから始めます。産学官連携の主体は企業です。類似品を販売した経験がある会社ならば、顧客もはっきりしていますし、販売方法も明確です。また、販売ラインは決まっていますし、マーケットサイズも予想がつきますので、そこから新製品の販売をするわけです。また、TLOでは信用金庫と提携をしています。次製品を検討している企業は、融資をしてもらいに信用金庫に相談にきます。そのときにTLOでは新プロジェクトの目利き役を果たします。そこから新しい産学官連携プロジェクトが始まることもあります。

Q:

プロジェクトを発足するにあたってのTLOの役割はどこにありますか?

A:

TAMA協会では年に1~2回、会員企業に対して、大学の力を借りコンソーシアムを組みたいテーマを募集します。昨年は8件の実績があります。それを大学教授、中小企業の社長、TLO社員で構成されるTAMA協会の研究開発促進委員会で検討します。そして、コーディネーターとして登録してある技術士、公認会計士、大手企業の退職者の方々が、審査を通ったプロジェクトに対し、コンソーシアム構築や提案書作成を支援する仕組みになっています。

Q:

産学官連携の問題は政策のアジェンダとしても重要なものです。現状の産、学、官はともに問題があると思います。そこで、産学官を結びつける中間組織はとても重要だと思いますが、井深さんはどのような経緯でTLOを起業したのでしょうか?

A:

以前、横河電機に勤めていたときは、国の補助金で研究をしていましたが、バブルがはじけて、研究開発部門を再編成することになりました。そのとき、専門技術者を預かり、横河総合研究所を設立してもらい、社長に就任することになりました。ゼロからスタートした研究所ですが、生き残るために3つのミッションを掲げました。1つ目は横河電機がもっている在庫削減などの生産技術ノウハウの販売、2つ目はISOやCE等、国際規格の認証を受けるための企画コンサルテーション、そして3つめは産学官連携です。この3つ目の産学官連携をTAMA産業活性化協議会と一緒に推進していくうちに、TAMA-TLOをスタートさせることとなり、横河総研社長は退任いたしました。

Q:

産学官連携やその他の中間組織に必要な、井深さんのような人材はどこにいるとお考えですか?

A:

大手企業に勤めていて、技術管理、企画などをおやりになっている人は最適です。特に公的機関から補助金を受けたことのある人は、企画書作成の経験もあり、より能力を発揮できます。大手電機メーカーなどはそのような人達を集めて会社を設立しています。しかしTAMA-TLOとして必要なのは、個人としてコーディネートができる人です。そのため、TAMA協会では大手企業に声をかけて、コーディネーター役を探しています。

Q:

コーディネーター役の大企業退職者が直面する、それまでとの給料の差にはどのように対応しているのですか?

A:

地域に貢献するのであれば、定年までの給料差額を退職時に支払う制度をとっている大手企業もあります。しかし、企業としてのメリットは薄いわけですし、ここに公的資金の補助があればよいと思います。

Q:

企業に所属しながら、TLOで兼業するケースはありますか?

A:

そのようなケースはありません。しかし、その場合は企業がTAMA-TLOに人材を派遣するという形をとればいいと思います。つまり、企業とTLOが共同で将来のリーダーのために費用負担をするというわけです。

Q:

TAMA-TLOのエリアがだんだん広がっていくことはありますか? また、エリアがあることによってうまく軌道しているのでしょうか?

A:

リアの選別については、最初の協議会のとき、関東通産局が線を引きました。今までは無理であった、県をまたいで東京、埼玉、神奈川が協力し合うというプランです。しかし広ければ広いほうがいいというのはありますが、たとえば関東圏全体に広げると、求心力がなくなってきてしまいます。求心力を生み出すために、同質の開発ポテンシャルがある一定の地域でエリアを切っています。

Q:

将来、国立大学が独立行政法人化され統合が進むことになった時に、TLOの方針はどうなるのでしょうか?

A:

大学が統合化されて、各大学がTLO窓口を設置し、その機能が大学内で発揮できればそれはよいと思いますが、そうなるとは考えにくいです。産学官連携や技術移転のシーズである、発明の数がある程度ないとTLOは経営できません。TAMA-TLOは地域の中でその機能を果たせばよいと思います。
企業で役に立つ発明が出てくるのは、地方に分散した事業部です。しかしその事業部には知的財産部門はありません。すべて、本社の特許部に上がってきます。また、ロイヤリティーも本社が管理しています。そのように考えると、TAMA-TLOは本社特許部で、各大学は事業部です。ビジネスできる規模のTLOがいくつか存在すればよいと思います。

Q:

知的財産権はニーズを出した企業に帰属するのでしょうか? もし、それがTLOのものであれば、企業のモチベーションはどのようになるのでしょうか?

A:

知的財産権が発生するケースは、おおよそ2つのケースに分けられます。
1.大学(TLO)が特許をすでにもっているケース
これは企業がロイヤリティーを払って使用します。
2.何もないところから産学官連携で特許が出てくるケース
それらの管理は各グループにまかせることにしています。一般的には共同研究なので、大学の取り分である半分をTLOが譲渡を受けます。そして、残りの半分は企業のものにします。大切なことは、お互いが無断で特許を販売したりしないことです。産学官連携で、管理法人のTLOが全部もつということはありません。

Q:

研究開発を進めていく中で、会社のもっている特許を持ったまま転職をするなど、やりにくい部分はたくさんあると思いますが、特許制度の一番いい形とはどのようにお考えですか?

A:

特許は技術を移転するための道具にすぎません。ポイントは技術が大学から企業に移転するということです。そして、その技術によって新しい製品が出来、企業、大学が繁栄するのです。特許とはそのための通貨にしかすぎないと考えています。それらを考慮して、現在TAMA-TLOでは知的財産権を確立しようとは思っていません。実際、今までに70件の特許を出願してきました。しかし、すべてについて審査請求し、特許権確立をしようとはしていません。売れる特許だけを審査請求するのです。従って、3年経ち、審査請求期限が過ぎたものは捨てます。そのため、3年の内に売れる特許かどうか、審査請求に耐えうるものかどうかを決断しなければなりません。売れない特許を審査請求のためにいくら飾っても結局は売れないのです。特許は企業が新製品を出すきっかけ、または大学と組んで、素晴らしい技術を導入するための媒体として使ってほしいと思います。発明者の技術を無視して、特許自体を買い取り、販売するものではないと思います。

Q:

国に対して何かリクエストはありますでしょうか?

A:

産学官連携研究に必要な公的資金はすでに充分投入されていると考えます。しかし、必要なのは選定されたプロジェクトを段階的に評価し、スクリーニングをかけ、事業化に結びつきそうなものを継続してサポートすることです。一旦採択されたプロジェクトに無条件に公的資金をつぎ込んでいるだけの現状では、事業化歩留まりが非常に悪いのです。事業化を目指した、責任のある評価システムが重要だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。