日本の金型産業に何が起きているのか

開催日 2002年5月24日
スピーカー 堀 信夫 ((株)山城精機製作所代表取締役社長)

議事録

日本の金型産業の特徴

まず、日本の金型産業の特徴についてお話しします。
金型産業の一般的な特徴として次のようなものが挙げられます。
1)金型製品は「一品料理品」である
金型業者の場合は、1製品ごとに金型を作成(型組構想、加工段取り)しますので、どうしても作業には時間と手間がかかります。また、新しい「型組構想」を考えるには、暗黙知と呼ばれる、文字や言葉などでは伝えにくい経験と創造力が要求されます。まさにこれは一品料理そのものでしょう。
2)量産用マザーツール(転写母型)のため、高い精度が要求される
金型製品は量産品を作るための母型であります。つまり、母型を使って子供(=製品)を生み出すわけで、作成した製品の数だけ利用されることになり、それゆえ非常に多くの利用回数に耐え、なおかつ寸分たがわず同じ製品を作れる精度が求められます。
3)設計期間が短く、仕様変更が多い
金型製品の開発は、親会社の開発設計と量産開始の間に挟まれており、短期間での納品が要求されます。さらに、製品自体の設計変更が行われることが非常に多く、そのつど金型の設計にも影響が出るため、対応に苦労させられるケースが多々あります。
4)設備集約型で投資負担が大きい
金型製品の設計製作にはCAD、CAM、NC加工機、測定機、トライ用加工機など、広範な設備とそのための投資が必要とされます。中小企業の多い金型産業にとって、これは大きな負担です。
5)仕事の領域が広い
金型製作の仕事では、金型の基本的な構想、設計から加工、組立、トライまでを行います。1社(または一人の職人)がカバーする領域が広いため、当然それは製品のクォリティや納期等に影響してきます。
6)中小企業が多く、下請形態が約80%を占める
金型産業の多くは、いわゆる中小企業です。一人の職人さんしかいない個人経営から、300人程度のまとまった企業まで大小さまざまです。しかし、金型製作の仕事は多くの場合、大企業からの依頼、つまり下請け形態となります。これが全体の約80%程度を占めており、後述する問題の主原因の1つともなっています。
7)日本は世界一の実績(シェア約30%)を誇る
さまざまな範囲の金型を含めて考えると、日本の金型産業は世界一といえましょう。全世界のうちのじつに約30%のシェアを日本の金型企業が担っているわけです。
以上、短所、長所を含めて、日本の金型産業の特徴を挙げてみました。
現状で世界一のシェアとはいえ、将来的にはかなり暗い見通しとなります。特に、暗黙知を必要とする職人的な分野であることは、つまり後継者難であることがいわれていますし、さらに下請け依存、設備投資の増大といった現状が放置された場合、日本の金型産業企業は現在の1/5や1/3に減少してしまうのではないかと危惧する人もいます。

金型業界の現状問題

つぎに、現在の金型業界の問題点をいくつか取り上げてみます。
1)仕事量の減少
量産を行う親会社が海外へシフトしているため、国内で生産する新製品が少なくなっています。また、モデルが集約されたり、モデルチェンジの周期が延長されています。さらに、海外企業との競争も激しさを増して来ています。これらの理由で仕事量が減少しています。
2)価格の低下
メーカーからは、国内外の競争を踏まえた製品価格からの逆算コスト積み上げによる金型価格が要求されます。ぎりぎりまでコストを削りたいメーカーの要求に応えていると、それまでより30%以上赤字になるという下請け業者も多く、いかに値段対応をするかが大きな課題となっています。なかには、「注文服を露天の叩き売り価格で受けているような状態」という人もいるくらいです。
3)短納期化
価格に加えて、製品の短納期化が問題になっています。上流(親会社)の開発の遅れを下請けに押し付けられるという状態が続いており、開発方法改善や納期改善策のアップデイトが追い付きません。これらを長時間労働で対応せざるを得なくなっています。
4)図面提供問題
メーカーからは発注する製品の図面だけが渡されます。それをもとに金型の図面を起こすのは我々の仕事です。金型図面は、金型業者が製品ごとに構想を考えて設計したノウハウであり、知的資産でもあります。それを海外生産の保守用という名目で親会社に無償で提供させられることがあります。我々が無償提供した金型図面をもとに、2型目以降の類似製品が海外などで作られ、国内の仕事量減少に拍車をかけています。
5)技能の継承
従来、金型で重要とされる技能は、「金型構想(型組み)」「磨き」「組立調整」でした。「組立調整」や「磨き」の部分では、加工機の高精度化、デジタル化、高品位化により技能要素が縮小されています。反対に、製品の高度化対応に比例して、「金型構想」を考える部分の重要性はますます高まっています。
6)資金難による設備更新の停滞
時とともに設備は陳腐化していきますが、価格の低下、仕事量の減少等で採算が合わず、新規投資をする余裕がありません。また、投資するにも金融機関からの借り入れが難しくなっています。
7)利益減少
昨年末の日本金型工業会東部支部の調査で、関東地方の金型屋の9割は赤字状態であるという結果が出ました。金型産業の衰退の一方で何かをしようとしても、経済的な負担を負うことができず、対応策がなくなっています。また、回復は不可能という悲観的な見方も出ています。
8)廃業、倒産の増加
後継者難、低価格化、短納期化などの問題が山積であり、解決の見通しが立たないために嫌気がさし、職人気質の熟練技能者が廃業する例が増加しています。その一方で、廃業はしたくても借金の連帯保証人になっているため廃業はできない、つまり、延命すればするほど追い込まれて行くような状態なのに、さらに無理に延命をしている業者もあるわけです。このような業者社に対しては、周囲への影響が少ないうちに廃業するよう行政指導を行うべきでしょう。また、廃業を勧めるだけでなく、一度整理したあと再起ができるような仕組み、たとえばセーフティネットが必要なのではないかと考えます。

型組構想を考える熟練技能の危機

金型作りで最も重要なのは、加工や組立調整を考慮した上での「型組構想」ですが、この「型組構想」の継承が難しくなっています。「型組構想」は設計と現場の両方を熟知していないと引継ぎはできません。しかし、企業の成長に伴い、設計者と現場技能者が分業化されており、新しい「型組構想」を考えることが難しくなって来ました。さらに、各企業が頭を抱える短納期化も後継者問題を加速します。デジタル化による技術資産の共有についてはのちほど触れますが、デジタル化をしても、データとして表現するのが難しい暗黙知などの継承はなかなかできません。

多くの場合、製品メーカーが斬新なデザインで複雑精巧な新製品を設計し、1次下請けの成形業者または金型業者に発注します。しかし、1次業者の設計担当者は、短納期のもとで新しい製品の「型組構想」を考えることができません。普通にやっても間に合わないのです。そこで、さらに彼らの下請け(2次下請け)に廻します。2次下請け業者になってもじつは同じことで、構想そのものができないか、できても納期に間に合わないことが多いために、さらに3次、4次へと仕事が流れます。この段階になって、ようやく設計と現場作業に関わっている経営者や熟練担当者が登場し、新しい金型構想を考えられる状態になります。

町工場の高齢の熟練担当者が「**メーカーの++製品の金型はx社も?社もできなくてうちに来た。それで俺が考えたのだ」と自慢するケースが多いのもこのためで、実際に日本の複雑で精巧な先端産業の新製品開発を支えているのは、零細に近い3次、4次の下請け金型業者なのです。

また、このような発注の流れで1次、2次業者がマージンを取っていますので、ただ丸投げした1次、2次業者がそこそこ儲けているのに、本当に難しいことを実現した3、4次業者の受注価格が大変低くなるという事態になります。安い価格で難しい仕事しか来ないうえに、さらに仕事の量そのものも少ない。このような現実に嫌気がさして廃業する業者も多くなっているのが現状です。

デジタルマイスターの期待と不安

暗黙知(型組構想)をできるだけデジタル化して皆でシェア(共有)しよう、という動きが出始めています。従来の人から人へ伝える技能継承が難しくなったため、暗黙知を形式知化するデジタルマイスター事業が進められています。このデジタルマイスターの利点は、かなり高度な技術もデジタル化により業界内ではコモデイテイ化され、どこでも、誰でもできるようになるということです。しかし、誰でも利用できるということは、日本でなくてもいいということにもなりかねません。つまり、デジタル化と共に海外シフトも容易になるという不安も出始めています。積み重ねてきた技術資産をただデジタル化するだけでは、完成したところで海外に運び込まれて終わり、ということにもなりかねません。

また、金型作りの一番重要な「型組構想」を考案するために必要な暗黙知は、いったん途絶えると回復するのは非常に難しいのです。その上、個人の創造性、構想力に依存するので、すべてをナレッジベースに乗せるのは事実上無理です。デジタルマイスター化により基本的なノウハウはシェアできても、こうした部分をどのように継承するかが課題になって来るのではないでしょうか。

暗黙知には経験と創造力、構想力が非常に大切です。暗黙知継承のための本質的な対策として、高い潜在力を持った若者が製造業に就職するような社会の仕組みを作っていくべきでしょう。これは金型業に限ったことではなく、優秀な人材が「モノ作り」に参加する社会にしていく必要があります。モノ作りに興味を持たせる小中学校の教育だけではとても不安です。文部科学大臣の「学びのすすめ」に期待するだけでなく、もっと積極的な対策が必要ではないでしょうか。

将来に対する楽観論は、高成長を支えた日本人の資質が続くことを前提としていますが、団塊世代を境に製造業だけではなく、日本の平均的な人材資質は変わってしまっている感があります。設備格差が企業格差となる現社会においては、文字通りのデジタルディバイドになるでしょうし、設備の整った企業間では、海外企業も含めてコモデイテイ化していくのではないでしょうか。

デジタル化、I社の事例

少し専門的な部分になりますが、デジタル化の実例としてI社のお話をさせていただきます。I社は3年ほど前に3次元CAD/CAMとNC加工機を使用し、学生アルバイトレベルの技術者が携帯電話の試作金型を10日以内で作ることのできるシステムを発表して話題となりました。さらに、現在のシステムでは同レベルの人が操作しても2、3日程度というくらいに開発期間が短縮されています。

I社のシステムは、高度化された金型作りをデジタル化し、熟練技能者不在を可能とした典型的な事例です。

このシステムでは、製品設計が3次元CADのソリッドモデルで行われます。3次元CADの金型設計、NCデータを作成するCAMの精度、分解能は0.1ミクロン以下で、新しいNC加工機の精度、追従分解能は0.3~0.5ミクロンとなっています。CAD/CAMで製作されたデータが電送され、高品位加工(表面の粗さ2ミクロン以下)を行えば、「磨き」「組立調整」にも、高度な熟練技能者は不要になります。

したがって製作する製品が従来品と類似形状であり、「型組構想」を新しく考える必要がなければ、適性のある学生アルバイトに少しの教育、訓練期間を与えるだけで、熟練職人同様の高度な金型作りが可能となるわけです。

さらに「型組構想」を考えられる熟練技能者が1人いれば、まったくオリジナルの金型を起こすところから仕事の領域も広げられます。企業規模が大きくなれば、デジタル化された技術をもって海外シフトに移行できます。これは、技術の普遍化であり、歴史の必然の流れでもあります。このような時代だからこそ、企業が何を特色にすべきか考えねばならないと思います。

金型図面の知的資産化

金型業界の問題点の部分でも少し触れましたが、金型図面の知的資産化が最近の話題として挙がっています。金型業者は親会社から製品図を受け取り、それを作る金型構造はそのつど自ら考えて設計します。プラスチック金型の場合、金型のノウハウ、熟練で一番重要なのは型組構想(キャビテイプラン、PLの選択、突出系、ゲート系、駒割、材質、処理など)です。これらは、過去の実績を蓄積し、その構想やデータを参照すると共に、加工工程を考えた上で、新しく構想する必要があります。それらは金型業者の知的資産ですし、ある面では特許と同価値です。しかし、先ほどもお話ししたように、取引上の力関係で図面の無償提供が強要される例があります。図面さえあれば簡単に真似されるような技術なら、もともとたいした技術ではないという意見もありますが、金型業界において図面の提供に関する取引契約が結ばれていないなど、いくつかの問題は改善しなくてはなりません。

図面にノウハウをすべて表現できるものではないし、金型の現物を渡すのだからよいではないかという意見もありますが、金型と図面の両方を受け取ってしまえば、そこからコピー品を作ることは簡単にできてしまいます。そういう形でノウハウが海外に流出している事例が大変多いのです。金型図面が知的資産であると認められてはいても、権利を主張するためには裁判を起こす必要があり、大変面倒な手続きを踏まなくてはなりません。また、実際に取引をしている企業とのやり取りになりますから、立場上も大変難しくなります。

そこで体力のある企業では、こうした金型のノウハウの流出防止、つまり抱え込みのために金型の後工程の加工までやるよう、仕事の領域を広げています。さらに、依頼された製品・部品は作って納入するが、金型だけは売りたくないという業者も出ています。金型図面に限らず、知的資産価値を認める習慣を定着させるために、新しい公的規制も必要だと思います。

金型業界の改革

つぎに、問題点をどう改善すべきか、金型業界における改革についてお話しします。
1)付加価値の確保努力
積極的な価格交渉のため必須なのは、交渉できる技術、管理の信頼性、そしてなによりも情報です。「情報の背景無き交渉は滑稽に近し」といわれるように、これらを無視して価格交渉はありえません。また、それ以前に、親会社自体が製品の高付加価値化を図り、外注への付加価値分配に理解と協力をしていくべきだと思います。
そのほか、仕事の領域拡大、連携等に加えて、見積等の有償化も考えることができます。しかし、見積を有償化することで取引先との関係が悪くなったり、力関係でそうもいかない、といった問題もあります。多数の企業が見積を有償化する一方で、逆に無償であることをセールスポイントとしてうたう企業も出て来ます。
2)リードタイム短縮、納期短縮
リードタイム、納期の短縮のために、親会社と共に設計から一緒にデザインインを行う、また、IT等を使用して時間短縮を図ることも考えていくべきです。さらに、親会社の開発の仕組みも見直しが必要だと考えます。
3)コストダウン
人や物が動くとコストがかかりますから、IT活用による人・物の移動の削減(親会社の協力が必要)、工程改革による時間短縮などが考えられます。しかし、海外との競争の観点から、企業の努力だけではコストダウンを達成するのは難しいと思います。海外競争に打ち勝つためには、インフラコスト削減等の協力、また、税制上の支援が必要でしょう。
4)加工の高度化
金型製品の加工は複雑化する一方です。そもそも単純な加工で済むのなら、3次、4次の下請けまで仕事が流れません。中小の金型産業にしかできない高度な加工技術があるからこそ、仕事量は減ってもゼロにはなっていないのが現状です。しかし、高度な加工を施すためには、設備投資および人材の問題があります。現状ではなんとかできても、将来的にはどうなるかわかりません。体力的に厳しい企業は、加工の高度化が進むにつれてさらに追いこまれていく可能性があります。
5)設備の共同利用、協業化、連携
重複設備投資は稼働率を低下させますし、コストアップの要因ともなりますから、設備の共同、連携等を行うべきでしょう。しかし、インフラコストが高いため、近場の連携だとうまくいきますが、人・物の移動を伴う遠隔地での連携は難しいのが現実です。
6)多品種少量生産用金型作り
金型は量産用の道具ですが、金型の用途や領域拡大につなげるために、多品種少量生産可能な分野にも対応していく必要があります。
7)海外市場、親会社海外シフト対応
金型を使った部品製作工程も自社あるいは連携で抱え込み、部品供給も一緒にやる企業が強いようです。
8)後継者教育
金型業に魅力を持たせて、優秀な人材を採用し、後継者を育てていく仕組みを作るべきでしょう。
9)廃業
存続が困難になってしまった企業には、行政側からの廃業指導も必要ではないでしょうか。

行政への期待と要望

身勝手な部分や相互矛盾もあるかと思いますが、現場からの声として行政に期待する点をいくつかお話しいたします。
第1に、次世代を担う子供達が製造業に興味を持ってくれるような政策をお願いしたいと思います。義務教育に限りませんが、全国一律テストなどを行い、その理解度で終了認定するという制度はどうでしょうか。記憶に頼りがちで、ただ暗記すればいい成績になる現在の教育から、モノを作るうえで必要な創造力を育てる方向にシフトするわけです。現在の日本の経済状態や将来を考えると、このような政策は必要であろうかと考えます。
第2に製造業は、日本にとって重要だといわれているにもかかわらず、農業などと比べると積極的、具体的な促進的政策がありません。重要度を認識させるような画期的な政策が必要です。また、経営改革支援は補助金よりも税制改善を行い、産業構造を変えるぐらいのことが必要ではないでしょうか?
もちろん、各企業自身の歳出削減が前提ですが、応能負担から受益者負担にし、税金は社会秩序維持費用という考えのもとで、赤字企業でも応分の負担は当然とし、それを負担できない企業は交代するといったこともあってよいと思います。構造改革の発端は税制にあり、これが構造改革を促進していくのではないでしょうか。
第3に、企業間取引の力関係への行政関与です。支払条件も含めた知的資産問題等に、行政にも協力していただきたいと思います。たとえば、熟練技能、ノウハウ、試行錯誤を評価し、これらを有償化するような「新しい規制」で、付加価値を増やせるようにして欲しいものです。そして、支払条件も含めた新しいルール作りも重要です。
第4には、金融による支援としての、担保主義から力量評価への移行です。まず、政府系金融機関から始めるべきだと思います。創造法、支援法などの認定に権威を持たせることによって次のことをして欲しいものです。たとえば、担保代替にする(これは民間がやるべきかもしれませんが)利益保険、機械保険に準じる不良発生保険を補償する保険制度を構築する、開発支援は単年度補助金を止めて長期低(無)利子融資にし、返済義務を持たせて真剣にやらせる、再起、復活できる仕組の制度化(セーフティネット)、借入金の個人連帯保証制度の廃止などです。そして、コーディネート機能の充実です。受益者負担で、産学連携、専門家派遣を行い、川上の製品メーカー、金型業者、川下の部品加工業者、加工素材メーカーも動員した連携をとりまとめる必要があります。これは、新工法の共同開発やトータルなモノ作りの効率化にかかせないと思います。
つぎに、これも民間が行うべきかもしれませんが、権威ある金型企業情報の収集、公報を行って欲しいと思います。得意技、実績、技術、技能レベルなどを含めて、インターネットなどで、本当の技能、技術を持っている企業が中間業者を排し、直接受注できるようにしたいものです。 技能士の権威を高めるとともに、再教育・更新制度も必要です。その上で、所得税制で優遇するなどの政策が後押しとなります。後は、外国企業の投資しやすい環境の整備が重要だと思います。

最後に

日本の金型業界で多くの企業は、海外への技術拡散、低価格化、短納期化のスピードの速さに伴う変化に自律的な対応が難しく衰退の危機にあります。しかし、支援や対策が適切に行われれば衰退を防ぐことができます。そして技能の形式知化と共に、熟練技能者が現役のうちに潜在力を持った若い世代がその暗黙知を引き継いで新しい産業構造に適応できれば、企業は復活、再生し、日本産業の強みを支え続けることができると思います。そのための重点対策は、次の3つだと思います。
1)教育問題:小中学生時代からモノ作り重視の教育。適性者の発見および指導。
2)技能者:ホンモノの技能者、ノウハウの社会的な評価や報酬の改善。
3)政策:製造業を選択的に重視する政策。規制はスクラップ&ビルドで行う。古い規制を排除し、新しい規制を作る。
農業のように補助まですると国際競争力が衰退しますので、バランスをとった形で、日本にとって製造業は絶対必要だという政策にしていただきたいです。これらによって、企業は将来に希望を持ち、積極的に行動できるようになっていくと思います。ご静聴ありがとうございました。

補足

<梅村副所長> 堀社長の山城精機(株)は、金型だけでなく射出成形機製造も行っており、規模としては従業員数170名くらいの企業です。射出成形機は量産型を目指さず、パーツをいろいろな形でモジュール化することで、受注生産を可能にされました。金型のほうでは、プラスチックと金属を併せ持った部品を作るための特色のある金型の製造をなさっています。

<堀社長:金型の型組構造について> こちらはオーディオカセットケースの金型の部品です。特殊な形状の穴が開いているなど、とても複雑にできています。これをどういう形に、型分割して作るかというのは、各社の設備、技能に応じて作成していくものです。一見簡単そうに見えるオーディオセットでも、横にアナがあくなど、かなり複雑な構成からできていて、20~30くらいの部品を必要としています。

質疑応答

Q:

金型業界全体の現状分析として、堀社長のお話は大変貴重でした。山城精機さん自身の事情を知りたいのですが、親会社との力関係や図面提供問題はどうでしょうか?

A:

当社では、基本的には図面提供をいたしません。最初から図面を提供する契約の場合は有償にしています。または、組立図は提出しますが、部品加工図は提出しないなど、ノウハウ的なものは出さないようにしています。当社は金型単体ではなく、成型機などと組み合わせて出荷するといったことが多いので、このようなことができます。特化した技能技術を持っていると大丈夫ですね。

Q:

設備共同利用について、アイディアがあればやっていけるとのことですが、共同利用はどのくらい進んでいるのでしょうか? また、どのくらいの割合で進んでいるのでしょうか? 政策的関わりで行っているのか、または、メーカーが自主的に行っているのでしょうか?

A:

特化して共同利用ができれば、非常に効率がよいのですが、なかなか進んでいないというのが現状です。当社は金型関連では2つのグループに所属しており、金型も含めた部品加工では、川口市地元の企業連携に加入しています。まず、「21世紀金型会」は広域の金型関連業界で、新潟から静岡までの企業が連携し、設備共同利用もうたっていますが、実際にはあまり進んでいません。共同化が進んでいるのは、電送できるCAD/CAMデータの処理です。金型の部品加工部分が浸透していかない理由としては、人、モノを動かすことにはコストがかかるからです。一方、川口市でやっている企業連携は、近場で人・モノを動かすことに気兼ねがないため、こちらは小さいものでも頻繁に動いています。ですから、今の段階で設備の共同利用というのは、地域を限定とした狭い地域でやらないと駄目ですね。これらは政策的なものとは関係なく、このような形をとらないとなかなか仕事量が確保できないという理由から、企業が生き残りを賭けて動き出したものです。

Q:

金型産業の連携、製品を作る人との間に連携を持つことを、メーカーに働きかけてやっていくことはできるのでしょうか? それともまったく受身なのがあり方なのでしょうか?

A:

従来の縦の連携があるので、受身のイメージが強かったのですが、従来の系列、縦の連携が壊れていき、デザインインということで、親会社に入り込み、金型を作りやすい部品を親会社と一緒に設計を行うなど、新しい縦のつながりが始まっている状態です。当社は金型だけでなく、機械設備も含めた検討も一緒に行っています。「モノづくり」をそのような形で一緒にやらせていただいています。企業連携は、連携によって各社の仕事の領域を広げて、積極的に新しい需要に近づきやすくして、受注を増やすこと、受注したものを分担並行で作り、短納期対応することが目的です。

Q:

日本のメーカーの力が弱くなっているとよく聞きますが、もうしそうなら、システムの需要が高まってくるのではないでしょうか?

A:

日本のメーカーに関しては、その通りです。工法開発力が特に弱くなっています。1970年代の前半までは、大企業の専門部門が物作りの全体のシステムをまとめ、それを設備メーカーに分配して一緒にやっていました。しかし、生産量が増加し、大手の専門部門では処理ができくなったため、1970年後半から、我々設備メーカーが、教えてもらいながら引き継いできました。1980年代には大企業の専門部門で世代交代がありましたが、工法開発を丸投げして来たので、今の大手メーカーの多くでは、製品開発力だけでなく、設備のシステム開発力も衰えています。日本量産メーカーのモノ作りのシステムが衰えているのです。「21世紀金型会」では、このように丸投げされたものをこなせる技術を持っていますので、協力して、より大きなシステムを請け負っています。
中長期的には、このような設備システムの需要は高まると思っています。

Q:

技術開発をするときに、大学などとの連携はしていらっしゃるのでしょうか?

A:

R&Dにつきましては、当社はDevelopmentに特化しているので大学との連携はしていません。Researchについては、大学や国立研究機関にお願いして来ています。県の公設試とのやりとりがないのは大変残念に思いますが、本社のある埼玉県は地場企業との製品開発がうまくいっていない状態です。山登りでいうと、本当は8合目からが難しいのですが、基本的に8合目までしか一緒にしてくれないんですね。技術開発だけやって、その後の製品開発は、各企業でという考え方です。8合目からは特定企業との連携となるので、癒着等の懸念問題への心配があるのかもしれませんが。新潟県や当社の工場のある山口県では、製品開発まで一緒にやってくれるようです。現在の環境で、企業と共同開発をするには、公設試の技術担当者の勤務体制も、裁量時間、成果評価などに変えていただく必要があると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。